81話 観測開始:5年15日目-2 / Shared_View.ver.Alicia
『マジックソナー』紐づける形で、新たなプログラムを組み上げていく。
意思に反応し視界を拡張する、アリシアのためのプログラム。
作業が終わり意識が浮上すると、待ちくたびれたのか、アリシアがエデンの肩に頭を預けて眠っていた。
「アリシア。起きて? 作業、終わったから」
「……ん? あ、おねえちゃ……」
眠そうな瞳がエデンを見つめると、次の瞬間ぱっちりと見開かれた。
「ねちゃった!」
かと思うと、両手で自分の頬をぺちんっと叩いた。
「魔物が来ないかは確認してたから。だから、少し寝ちゃっても大丈夫」
「え? ……あ、うん。そうだけど……そうじゃなくって」
アリシアが悩むように目を逸らす。
アリシアもきっと、プログラムが無事に完成したのか気になっているのだろう。
エデンはアバターを解除し、アリシアの中へと戻った。
「プログラム、ちゃんと完成したから。だから試しにやってみましょう」
「あ……う、うん! できたの!?」
「いい? プログラムを稼働するけど、いつもと違う景色が見えると思うの。だから驚くかもしれない」
「なにそれ、おもしろそう!」
期待に弾む声に応えるため、アリシアから流れてくる魔力を、プログラムの稼働リソースとして集束させていく。
「それじゃあ、始めるわね」
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[COMMAND] 補助連携プログラム『Shared_View.ver.Alicia』を設定に合わせて起動。
[SYSTEM] 連携シーケンスを開始。サブシステムをコールします。
[SUB_SYSTEM] アプリケーション『マジックソナー』を起動... 広域探知データを同期。
[SYSTEM] 各種探知魔力を放出開始。
[SYSTEM] 探知情報を視覚情報へコンバート中...
[SUB_SYSTEM] プログラム『Mana_Circulation_ver.3.2』を起動... 魔力経路をマッピング。
[SYSTEM] 対象『アリシア』:網膜細胞への投影を開始します。
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周囲50mの探知範囲が魔力信号に変換され、循環する魔力と共にアリシアの体内に流していく。
そしてアリシアの網膜へと、視覚情報を直接展開した。
「お! おおー!」
「上手く見えてる?」
「うん! う、ん……? おぉ~?」
「……アリシア?」
両手を上げたアリシアの体が、疑問の声と共に傾いていく。
そのままアリシアの体がふらつき始め、地面に手をついてうずくまってしまった。
「あ、アリシアっ!?」
エデンはプログラムを強制終了し、実体化させたアバターで膝をついた。
顔を覗き込めば、アリシアは驚いたように目を丸く見開き、ぽかんと口を開けてしまっている。
「ね、ねえ、アリシア。だ、大丈夫?」
もしや、視覚情報だけでなく、体に何か異変が。
不安がよぎった瞬間、アリシアの手がエデンの腕を掴んだ。
「すごい! おねえちゃん、なんか、すごかった!」
「えっ、えっと?」
「いつもより、たくさんみえたの! たくさん! たっくさん!」
話を聞くと、視覚情報はアリシアの目に投影されていたらしい。
だが全方位が一枚絵のように見えるため、どちらが前なのか、自分が今どっちを向いているのか分からなくなり、平衡感覚を失ってしまったようだ。
拙い説明を組み立てていると、アリシアが笑った。
「すごかった!」
「ありがとう。……でも、これは失敗ね」
アリシアが理解し、適応できる形に修正しなければなんの役にも立たない。
「え? そんなことない! アリシア、みえたもん! あそこに、やくそうあった!」
アリシアが指さしたのは、藪の奥にひっそりと生えている癒し草。
それに気付けたこと自体は、成功と言えないこともないが。
「駄目。薬草だけじゃなくて、他にもいろいろ見えたでしょ? もしかしたら、脳に負担になっちゃうかもしれないし」
「んー、おねえちゃんのいってること、よくわからない。のうにふたん?」
「うん。そうね、頭が大変になっちゃかも。あれも見なきゃ、これも見なきゃって」
「あー……?」
上手く伝わっていない反応に、どう説明すべきかとエデンが考えていると、アリシアがエデンの裾を掴んだ。
「じゃあ、やくそうだけ、みえるようにできないの?」
「……薬草だけ?」
確かに、視覚情報のすべてを映す必要はないのかもしれない。
必要なものだけをピックアップして、強調表示するような形で伝えれば……。
完成形が頭の中で組み立てられていく中、突然、ぐーという音がエデンの耳に入った。
見れば、アリシアが照れくさそうにお腹をさすっている。
「そろそろ、お昼ご飯にする?」
「うん! おなかすいた!」
プログラムの改修は夜、アリシアが寝た後で作業したいが、今は他に手を付けているプログラムもある。
エデンはどうしようかと頭の中で悩みながら、バックパックを地面に下ろした。
昼食にと受け取っていた包みを開け、サンドイッチを並んで頬張る。
のんびりと食事を終え、エデンは時間に余裕があるのを確認した。
「薬草採取、もう少しやっていく?」
「うん! つぎ、どっち?」
「あっちに毒見草があるわ」
茂みをいくつか越えた先、特徴的な青い葉の草が地面から顔を出しているのが見える。
それを聞いて、アリシアが元気よく走り出した。
「あっちね!」
「アリシア。焦らなくても」
薬草は逃げたりしないのに。
そう伝えようとしたエデンの声に、アリシアが振り返る。
その拍子に、足元にあった木の根っこに躓いて、派手に後ろ向きに転んでしまった。
「大丈夫? 痛いところない?」
「ん。いたくない! だいじょうぶ!」
アリシアがぴょんっと立ち上がるが、痛がる様子もない。
特に怪我もなさそうな様子にエデンが安心すると、アリシアが「あれっ!?」と腰のポーチに手を当てた。
「あー! おくすりが!」
見ると、ポーチの底から液体が染み出し滴っている。
ポーチを外し中を確認すると、一本の小瓶が割れてしまっていた。
「うー……ママとつくった、おくすり……」
「アリシア。まだ二本残っているから」
「そうだけど……」
残りの二本を見れば、回復薬特有の光に仄かに影が差している。
もしかしたら、劣化で効能が落ちているかもしれない。ただ、そうそう使う場面も訪れないだろう。
アリシアの腰にポーチを付け直し、エデンがカバンを背負い直しても、アリシアの表情は暗いままだった。
「アリシア。回復薬はまだ二本あるの。だから、そんなに落ち込まないで」
「うん……」
「薬草、たくさん採るんでしょう? クラリスさん驚かせるって」
「そ、そうだった! はやく、いかないと!」
「それじゃあ、今度は転ばないようにね?」
「うん!」
*********
「クラリスおねえちゃーん!」
「クラリスさん、戻りました」
「あら。二人とも、お帰りなさい」
ギルドへと戻ったエデンたちを、クラリスは仕事の手を休め、笑顔で出迎えてくれた。
エデンが薬草を詰め込んだ革袋を取り出すと、クラリスが身を乗り出して、カウンターへと引っ張り上げてくれた。
手当たり次第に集めたつもりだが、革袋にはまだ余裕がある。
クラリスが中を確認すると、感心したように微笑んだ。
「お昼までだったのに、こんなに採れたのね」
クラリスが薬草を一束取り出し、光にかざすように回しながらじっと観察する。
「葉の状態も良いし、根っこまでは採らずに採取したのね。枚数もちゃんと採れているし……初日でこれは素晴らしいわね」
「ほんと!?」
「ありがとうございます」
エバから教わった採取方法を、ただ忠実に守っただけだったが、それで正解だったらしい。
「おねえちゃんがね、いっぱいみつけてくれた!」
「それじゃあ、裏で確認してくるから、少し待っていてもらってもいい?」
「はーい!」
「分かりました」
カウンターの前でクラリスを待っていると、幼い子供が二人だけでいるのが珍しいのか、ちらちらと好奇の視線を送ってくる冒険者たちがいる。
中には宴会で大騒ぎしていた顔見知りもおり、こちらへ気づくと親しげに手を振ってくれる人もいた。
アリシアが嬉しそうに手を振り返すと、彼らは笑いながらギルドから出て行ってしまったが。
「クラリスおねえちゃん、たくさんとれたねって!」
「お昼までにしてはってことだと思うけど、どうだろう?」
エデンが頭の中の採取できた薬草の種類と枚数を確認していると、クラリスがカウンターへと戻って来た。
「二人ともお待たせ。これが今回の報酬ね。癒し草が十五枚で、銅貨九枚。毒見草が三枚で銅貨二枚。他に一枚だけの薬草もあったから、それ全部で銅貨四枚。全部で十五枚ね。問題ない?」
「はい。問題ありません」
「きゅうと、にと、よんで……えっと……?」
アリシアが指を折り曲げながら、必死に計算と格闘している。
宿に戻ってから一緒に確認しようと決め、エデンはトレーを両手で持ち上げた。
「……枚数があると、重いですね」
今も鞄の底には、三十枚の銅貨が眠っている。
これも合わせると、エデンの体には少し負担になる。
「そうね。魔法袋があると、その煩わしさも無くなるけれど」
「……魔法袋、ですか?」
「そのお話は後でしましょうか。今日の報酬は、冒険者証に登録しておく?」
「あ、はい。お願いします」
「うん。それじゃあ、もう少し待っていてもらっていい? 私、あと少しで仕事終わるから」
「分かりました。……確か昨日は、夕方までお仕事だと仰っていたような?」
エデンが冒険者証を差し出しながら確認すると、クラリスは笑いながらそれを受け取った。
「んー。そうだったんだけど、今日は早く上がらせてもらえることになったの」
そう言うと、彼女は窓の方へと視線を移した。
時計の針は、まだ三時を回ろうかというところ。夕食には早すぎる時間だ。
「だからお姉さんと一緒に、美味しいの食べにいこっか」
*********
「では、魔法袋というのは、魔道具なのですか」
三人の中央で両手を塞がれ、少し歩きにくそうなクラリスを見上げながら、エデンは納得したように頷いた。
「うん。貴重品だから値段も高いし、そもそも数があまり出回らないんだけど。でも凄く便利だから、それを目標にする冒険者も多いわね」
「どんなふくろなの?」
「んー。魔法袋と呼ばれてはいるけれど、見た目はいろいろね。革袋の物もあれば、ポーチや鞄の物もあるし。どれも見た目の大きさより、何倍も物を入れることが出来るの」
「すごい! じゃあごはんも、たっくさんもてるの!?」
「アリシア。ご飯以外も、持ち運べるのよ」
「そうね。魔法袋は重さも無くなるから、お金を入れておく人も多いわね。シエルさんたちも使っているはずよ」
「おー!」
物がたくさん入るだけでなく、重量さえも無視できる。なんとも有用性の高い魔道具だ。
「魔法袋は、いくらくらいするのでしょうか?」
「それがね、数が少ない魔道具だから決まった値段がないのよ。だからお金を貯めておいて、いつでも買えるようにしておくといいわね」
「……なるほど。そうします」
「おねえちゃん! がんばろうね!」
「うん。そうね、がんばらないと」
体が小さい自分たちには、大きな鞄を持ち歩くのも負担になる。いずれ、最優先で手に入れたい魔道具だ。
人の流れに沿って歩いていると、香ばしい匂いが漂う広場にたどり着いた。
「わあ、いいにおい!」
「甘い匂いもします」
「ここはね、お昼はもっと賑わってるの。でも夜までやってるから、お腹すいた時は来てみるといいかもね」
連なった屋台には美味しそうに調理された料理や、色鮮やかな果物が並べられている。
奥にある簡易な調理場からは、白い湯気と煙が立ち上り、それぞれの店の前にはまばらに人が並んでいた。
アリシアが屋台を覗き込もうとするのを軽く引きながら、クラリスは1つの屋台へと近づいた。
「ここの包み焼きね、甘くて美味しいの。どれがいい?」
「あまいの!?」
アリシアが嬉しそうに前に出て、屋台の前に置かれた看板をじっと見つめる。
エデンも横から覗き込むと、生地に挟む果物やソースを、自分で選ぶことができるらしい。
上から下まで書かれた文字を一通り眺め、エデンはクラリスへと振り返った。
「クラリスさん、おすすめはありますか?」
「ん、そうねえ。私はベリーが好きだけど。でも、好きなのを選んでもいいのよ?」
「そうですか……では、私は同じ物で」
エデンがそう伝えると、看板を見つめていたアリシアがエデンの腕を掴んだ。
「おねえちゃん! ねえ、ルルもある! ルルあるよ!」




