80話 観測開始:5年15日目-1 / 初めての依頼
早朝のギルドは、多くの冒険者たちの熱気でむせ返るように賑わっていた。
冒険者たちは新しい依頼書を奪い合うように確認し、職員たちもカウンターでの対応に追われ、息つく暇もなく忙しそうに動き回っている。
カウンターの端の一席で、エデンはジンと共に、クラリスと顔を向き合わせていた。
「それじゃあこのお金も、エデンちゃんの冒険者証に登録しておくわね」
「はい。お願いします」
クラリスの前に置かれた、硬貨の積み上げられたトレー。
金貨も混ざるその山の前に、エデンは冒険者証を差し出した。
「金貨三枚、銀貨七十六枚。確かにお預かりします。手続きをするから、しばらく待っていてね」
「あ、クラリス。悪いんだけど、銅貨を三十枚くらい用意してもらってもいいかい? この子たちに持たせておきたいんだ」
「分かりました。すぐに用意してきます」
エデンは上げていた踵を下ろすと、ギルド内へと振り返った。
昨日の馬鹿騒ぎとは違う、仕事前の緊張感が漂う騒めき。
その中に視線を泳がせていると、ジンが不思議そうに顔を寄せてきた。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ……。ギズーはいないなと、思いまして」
ジンもギルド内を見回すが、あの目立つ巨体はどこにも見当たらない。
「皆が皆、毎日仕事をするわけじゃないからね。朝に弱いやつもいるだろうし」
「そう、ですね」
「それより、そうだな……」
ジンが何かを思い出すように、悩ましげに目を細めた。
なんだろうとエデンが見上げると、ちょうど食堂の方から、アリシアとシエルが歩いて来た。
アリシアの手には、綺麗に包装された荷物が、大切に抱えられている。
「おねえちゃん! みて! おひるごはん、もらった!」
「貰ったんじゃないぞ。ちゃんと買ったんだ。エデン、お前の鞄に入れておくと良い」
シエルに促され、エデンは背中のバックパックを床に下ろす。
まだ幾分余裕のあるスペースに、アリシアから受け取った昼食の包みをそっとしまった。
「ねえ、おねえちゃん。かばん、おもくない?」
「ううん。大丈夫よ。それに」
アリシアの腰には、冒険者用のポーチが2つ着けられている。
「私のポーチも、持ってくれてるから」
「うん。そうだけど……」
身体強化を使っていれば、この程度の重さは全く問題ない。
すると横から、ジンがもう1つ革袋を出してきた。
「エデン。これお金ね。あと冒険者証」
「あ、はい。ありがとうございます」
顔を上げると、いつの間にかクラリスが戻ってきている。
お金をバックパックに入れていると、クラリスが一枚の羊皮紙をカウンターに置いた。
「それじゃあ、依頼について説明するわね。アリシアちゃんもいい?」
差し出された羊皮紙を見れば、まず一番上に、依頼の分類が大きく書かれていた。
「……常設依頼、ですか?」
「ええ。依頼にはいくつか種類があるんだけど、今日二人に受けてもらうのは、いつでもギルドが出している依頼ね。これを、常設依頼と呼んでいるの」
クラリスの指が、常設依頼と書かれた文字を、とんとんと指さした。
「例えば、今日お願いする薬草採取。よく使う薬草を、わざわざ依頼を受けてもらうのは手間だけが増えてしまうでしょう? だから依頼を受けていない人であっても、物さえ持ってきてもらえたら依頼達成になるわ」
「……とにかく、もってくればいいの?」
「ということは、数や種類も指定はないということでしょうか?」
「うん。二人ともそれで合ってるわ。他にも、ゴブリンみたいにどこにでもいる魔物も、常設依頼になってるの。もし討伐することがあれば、討伐証明と魔石を持ってくれば、それも依頼達成になるからね」
エデンはその合理的なシステムに頷き、ジンへと振り返った。
「ジンさん。私たち、ナイフを持っていません」
すると、ジンもそれを分かっていたのか、鞘に納められた小ぶりのナイフを取り出した。
「一応用意はしたんだけど……薬草を集めると、カバンには入らなそうだったからね」
「……そう、ですね」
まだ余裕はあるが、採取した薬草を入れる予定だ。
ジンはアリシアの腰に手を伸ばし、彼女のベルトの空いているスペースに、手際よくナイフを固定した。
「おー!」
「まあ、使うかは分からんがな。街の近くに魔物はそんなにおらん」
「ほんと、念のためだね」
「準備は、しっかりしないとね。それで、依頼を達成した報酬についてなんだけどね……」
そう言ってクラリスの指が、羊皮紙の下の方へと動く。
そこには、長い薬草のリストと、その種類ごとの買取価格がずらりと記載されていた。
「……お、おねえちゃん! たくさんあるよ!?」
「そうね。でも……」
エデンはリストの一番上から、記載されている品名を確認していく。
そのどれもが、『植物辞典』の情報と合致していた。
「大丈夫。全部覚えたから」
「おー! おねえちゃん、すごい! ありがとう!」
「え、もう覚えちゃったの?」
「はい。報酬額も併せて記憶済みです。問題ありません」
リストにあるのは、珍しくない薬草ばかりなのだろう。
報酬額も銅貨数枚といったところだ。
エデンが再度リストに目を通し、情報の齟齬がないか確認していると、クラリスがその肩をポンポンと叩いた。
「二人ともいい? 薬草採取は、街の西側にある森でしてね?」
「にし? にしがわって……」
「私たちが、トリト村から歩いて来た森ですか?」
「そうだな。あの森であれば、深くまでいかなければ魔物には会わんだろう」
「ただし、北の方へは行っては駄目だよ? 危険な魔物が多いからね」
ジンの注意に、エデンとアリシアはコクコクと頷いた。
「分かりました。なるべく、街の近くで活動するようにします」
「がんばって、たくさんとってくる!」
アリシアがぐっと手を握ると、クラリスが笑いながら手を振ってくれた。
「それじゃあ、二人とも、行ってらっしゃい。怪我しないように、気をつけてね」
「はい」
「うん! クラリスおねえちゃん、またあとでね!」
エデンとアリシアがカウンターから離れると、入れ違うようにシエルが前に出た。
「クラリス。二人のこと、よろしく頼む。まあエデンがいるから、あまり心配はいらんと思うが」
「……そうですね。街で迷子になることの方が、よほど心配です」
「む、それは考えてなかったな。……街の外まで、一緒に行くか」
シエルの視線の先で、待ち切れないとばかりに走り出そうとするアリシアを、エデンが手を引っ張って必死に止めている。
その様子にクラリスが微笑むと、ジンがすっと身体を寄せた。
「ちょっと聞きたいんだけど。カラムって若い冒険者、最近見たかい?」
「カラムさん? ……には、お会いしていませんね。私も、ずっと受付にいたわけではありませんが」
「そうか……」
そう言って視線を逸らしたジンの横顔に、微かな影が差した。
「ジンさん?」
「……念のためだけど。アダルマンに伝えておいて欲しい」
「あ、はい。なんでしょう?」
「ギズーって奴のこと、一度、調べておいてくれ」
*********
城門から少し距離を取り、四人は木陰に立ち止まる。
そこでシエルは腕を組み、真剣な表情で二人を見下ろした。
「しばらくは別行動になる。二人とも、しっかりやるのだぞ」
「うん!」
「はい。シエルさんとジンさんも、お気をつけて」
街道のすぐ傍に広がる、穏やかそうな森。
エデンとアリシアはこれからそこに入り、薬草採取の依頼をこなすことになる。
ジンがアリシアの装備の最終確認をしているのを横目に、エデンの元へシエルが近づいて来た。
「エデン。改めて言う必要もないと思うが、アリシアのこと頼んだぞ」
「はい。アリシアに危険が及ばないよう、全力を尽くします」
「うむ。正直、アリシアはまだ子供だからな。危なっかしいこともある。だがお前が傍にいれば大丈夫だと、私は信じている」
エデンがアリシアへと視線を向けると、ベルトをきつく締め直され、お腹がくすぐったかったのか楽しそうに笑っている。
念のため、『マジックソナー』は五分おきに、半径一キロの範囲を索敵するよう設定した。
仮に魔物が近づいてきても、視界に入る前に撃退できる。
手持ちの選択肢と安全マージンを再確認し、エデンは再度頷いた。
「問題ありません。私は、アリシアのギフトスキルですから」
アリシアから離れず、安全を確保する。
そう決意を新たに視線を戻すと、彼女はなぜか怪訝な顔でエデンのことを見つめてきた。
「……シエルさん?」
「あ、いや……」
シエルは腰をかがめ、エデンへと顔を近づけてきた。
白い手袋をつけた指先が頬に触れ、黄色い瞳がエデンの目を覗き込んでくる。
「エデン……お前は――」
「シエル。そろそろ行こうか」
準備が終わったらしく、アリシアが「むん!」と両手を握ってポーズを決めていた。
「おねえちゃん! アリシアね、じゅんびばっちり!」
「あ、うん。……シエルさん、行かれますか?」
「む。あ、ああ。そうだな。……よし、二人ともあまり遅くなるなよ。今日は初めての依頼だ。お昼が過ぎたら、無理せずギルドに戻るようにな」
「依頼で気をつけるのはもちろんだけど。体調も崩さないようにね」
「分かりました。健康面含めて、管理いたします」
「シエルおねえちゃん、ジンおにいちゃん! またねー!」
アリシアが手を振ると、二人とも笑いながら手を振り返してくれる。
その背中が見えなくなるまで見送り、エデンはアリシアに手を引かれながら、森へと足を踏み入れた。
「みて! さんまいもとれた!」
アリシの泥だらけの手に、青々とした癒し草がまとめて握られている。
森の浅い場所だというのに、薬草は至る所に自生していた。
土で汚れてしまったアリシアの手を、魔法で綺麗に洗い流してやると、アリシアは楽しそうに視線を泳がせた。
「つぎの、どこ?」
「あっちね」
マジックソナーが探知した、まだ先にある薬草をエデンが指さす。
すると、アリシアは両手で双眼鏡を作り、エデンの指差した先をじーっと見つめた。
「んー、わかんない。おねえちゃん、みつけるのはやい」
そう言って、アリシアの顔があちこちに動く。
上を見上げても、薬草は見つからないだろうけど。
「マジックソナーを使って見てるから。目で見てるわけじゃないの」
「むー」
何か納得いかないのか、アリシアがほっぺをぷくっと膨らませた。
薬草は順調に見つかっているし、危険もない。何も問題はないはずだ。
すると、アリシアは足をばたつかせて、エデンへと抗議してきた。
「アリシアも! アリシアも、じぶんでみつけたいの!」
「そ、そうなの?」
「うー。アリシアも、おねえちゃんといっしょにさがしたい……」
「そう……。んー」
正確には、エデンは目で癒し草を見ているわけではない。『マジックソナー』で得られた膨大な情報を視覚情報へと再構築し、網膜に投影しているに過ぎない。
だが一度視覚情報へ変換している以上は、アリシアにも――。
「……やってみよう、かな」
エデンが小さく呟くと、アリシアの瞳が見開かれた。
「なに? なにするの!?」
「やってみないと分からないけれど……試しに、ね」
アリシアの手を引きながら、近くの木の根元に並んで座り込んだ。
念のため周囲三キロメートルの範囲を確認するが、小さな動物の反応がいくつかあるだけで魔物はいない。
「少し時間がかかるかも。何かあったら揺さぶってね?」
「うん!」
エデンは頷くと、少し顎を下げて動きを止めてしまう。
それを見て、アリシアはそっと手を伸ばした。
エデンの開いたままの瞳の前で、ふりふりと手のひらをかざしてみる。
全く反応しないのを見て、指でエデンのほっぺを優しく摘まんだ。
「……ん」
いつものような笑顔ではなく、アリシアの眉は少し下がっている。
「……おねえちゃん、もうっておこる?」
不安そうに呟いた後も、アリシアはふにふにと指を動かしていた。




