78話 観測開始:5年14日目-7 / 大切な事を忘れている!
「……」
「うむ、やはり良いな。やっぱりクマが似合うと思うぞ」
「はー、こっちも可愛いらしいですね。ですけど、さっきの兎さんの方が似合っていたのでは?」
「兎も確かに良かった。だが……白だと、エデンの銀髪と色が被ってしまわないか? この茶色となら、お互いの色味がはっきりと際立つし、メリハリが出ると思うのだが」
「それもそうですけれど……似た色にする事で、服との一体感が出ると思うんですよね。ああ、でも、こっちも本当に可愛いです」
「なるほど……。そういえば色違いもあったな。いっそのこと、白熊というのはどうだ?」
「えへへー! ねえ、おねえちゃん! アリシアもくまさん! がおーっ!」
アリシアへと目を向ければ、ふんわりとした熊の着ぐるみに身を包んだ妹の姿が。
丸い目をした熊顔のフードを被り、小さな耳が頭の上にちょこんと乗っかっている。
サイズは余裕のある作りになっているようで、股下がだぼっと弛んでいるため、足がより短く見えた。
そのアンバランスな姿が、熊でありながら、小動物のような庇護欲を感じさせる。
「……アリシア、可愛いわね」
「えへへー。おねえちゃんもくまさん、かわいい!」
エデンもまた、アリシアと同じ寝間着を着させられている。
……なぜ、こうなった?
最初は冒険者として活動する時に着る、丈夫で実用的な服を選んだのだ。
エデンも真剣にどれが良いか考えた。
その後はお出かけをする時のための、少しお洒落な服。品の良さを感じるワンピースを、クラリスが選んでくれた。
そして、日中の部屋着を選び、最後に寝間着となったのだが。
「……おねえちゃん、くまさん、あんまりすきじゃない?」
「あ、ううん。そんなことはないけれど……」
「ん? エデン、何か思うところがあるのなら、ちゃんと言うのだぞ」
「もしかして、動物さんはあまり好きじゃないの?」
シエルとクラリスが真剣な顔を寄せてくる。
エデンは目を逸らしながら、寝間着が並べられた棚の一角を指さした。
「あの……あちらの寝間着の方が、着衣の手間が少なく、より実用的かと思いまして」
それは薄手の柔らかい布で作られた、前をボタンで止めるシンプルな寝間着。上下が分かれているため、簡単に着脱出来る。
シエルはエデンが示した寝間着を一瞥すると、短く息を吐き、エデンの両肩にそっと手を置いた。
「なるほど……。お前の言う事は、全くもってその通りだ」
「はい。あちらの方が、利便性にも優れているかと――」
「だが! お前は大切な事を忘れている!」
シエルの手に力が入り、エデンの目を覗き込んできた。
「た、大切な事……ですか?」
「いいか? 寝間着とはつまり、休む時に着る服だな?」
「はい。主に夜間に着用するので、その通りです」
「そして私達にとって、良い休息を取ることは何よりも大切だ。しっかり休めないと、疲労が溜まってしまうからな」
疲労とは無縁のエデンだが、アリシアはそうもいかない。
彼女にとって良質な休息は、疲労回復だけでなく成長のためにも大切だ。
「はい。それは理解しています」
「なればこそ! 休む時には、心の癒やしとなるべき存在が必要不可欠なのだ! よく見ろエデン! あの、アリシアの愛くるしさを! 見ていて可愛いと思わないか?」
シエルが指さした先。
アリシアはフードについている丸い耳が気になるようで、袖からわずかに覗いた指でしきりにそれを触っていた。
くいくいっと引っ張ると、そこにちゃんと耳があるのが嬉しかったのか、ぱあっと笑った。
「はい。アリシアのあの姿は、とても可愛いと思います」
「だろう? ならば、逆もしかりではないか? アリシアもお前のその姿を見ることで、より良い休息を取ることが出来るはずだ」
エデンは、はっと息を呑んだ。
確かに、シンプルな寝間着は実用的だ。
だが、果たしてそこに癒しは存在するのだろうか?
アリシアがより安らげる空間にするため。この着ぐるみに、そのような意味が込められていたとは。
「……この姿は、全てアリシアのため。……そういうこと、だったのですね!」
「そうだ!」
なんということか。大切な本質を見落とすところだった。
エデンはもふもふとしたお腹の生地を、ぎゅっと手でつまんだ。
柔らかい手触り。もしや、これもアリシアのため?
過ちを振り払うように首を振ると、決意を新たにシエルへと力強く頷いた。
「分かりました。私、この寝間着にいたします」
「うむ、良い覚悟だ。よし、アリシアにその姿を見せてきてやれ」
「はい!」
シエルに背中を押され、エデンはアリシアの元へと歩いていく。
お尻についた小さな丸いしっぽが、ぴょこぴょこと揺れていた。
シエルはエデンの背中をじっと見つめると、なんとも言えない表情で腕を組んだ。
「……エデンのやつ……あんなにちょろくて、大丈夫なのか?」
「レイラさんは嫌がって、絶対に着てくれませんでしたからねぇ」
クラリスが苦笑いすると、シエルは目を瞑り、ぎゅううっと拳を握りしめた。
「すまない、レイラ。……二人が可愛くて……どうしても。どうしても……我慢、できなかった……!」
*********
三時間にも及ぶシエルとクラリスによる激戦を終え、その後は事務処理でもこなすかのように生活用品を買い揃えた。
宿のに戻るなり、一気に片付けを終わらせる。
それが一息ついた頃には、窓から見えるネストの街並みが夕日に染め上げられていた。
戻ってきたジンと合流し、今は食堂のテーブルを囲んでいる。
「……それでは、明日の朝には行かれてしまうんですね」
「うー。もうすこし、いっしょにいたい」
「すまんな。なるべく早く帰ってくる」
「明日も、一緒に冒険者ギルドに行こう。お金を預けないとだし、依頼の受け方も確認しないとね」
「そうですね。二人とも、何か困ったことがあれば相談に来てね?」
クラリスも、二人に柔らかな視線を向けてくれる。
明日からは、シエルとジンがいなくなる。
クラリスに相談はできるが、自分たちで決めなければならないことも増えていくだろう。
隣に目を向けると、アリシアが俯きながら、スプーンでシチューをかき混ぜていた。
「分かりました。困った時は、クラリスさんに相談に行きます」
「ああ。そうすると良い。……いいか、二人とも。まずは新しい生活に慣れろ。無茶をしようとするなよ。受ける依頼も、クラリスに面倒を見てもらえ」
「二人とも、まずは薬草採取からね。魔物の討伐依頼は、ジンさんたちが帰ってきてからにしましょう」
「はい、分かりました」
「……うん」
アリシアが小さな声で頷くと、持っていたスプーンをそっと口に含んだ。
すると、テーブルの向かいからシエルの腕が伸び、アリシアの頭を少しだけ乱暴に撫で回す。
「どうした、元気がないな。明日はお前の冒険者デビューだろう?」
「……うん、そうだけど」
「そんな様子では、アリシアに冒険者はまだ早かったか? ん?」
「う、ううん! できる! アリシア、ちゃんとできるもん! ね、おねえちゃん!」
アリシアの手が、エデンの腕に回された。
薬草採取程度であれば、自分たちでも問題なくこなすことが出来るだろう。
「うん。大丈夫よ」
「依頼で得たお金は、好きに使うと良いよ。宿代は当面の分は既に払ってある。ここで朝と夜は食べられるから、お昼ご飯をどうするか考えてみるといいよ」
「まあ、頼めばお昼も準備してくれるがな。だが、街を見て回っただろう? どこかで買ってみるのも、良い経験になる。とはいえまだ慣れていないだろうから……」
シエルの目がクラリスに向けられると、彼女は心得たとばかりに引き継いだ。
「明日は私のお仕事、夕方には終わるの。だからその後、一緒に美味しい物でも食べにいきましょうか」
「おいしいもの!?」
「アリシア。そうじゃなくて、お買い物ができるように練習するの」
「うん! でも、おいしいものもあるって!」
そう言って笑顔を見せたアリシアに、テーブルを囲む全員がつられたように笑ってしまった。
*********
クラリスはもう少し二人と過ごすと言って、子供たちと部屋に向かった。
ジンは部屋に戻ると、並べられたベッドの一つに体を投げ出した。
だらけるように仰向けになると、ぼんやりと白い天井を見つめる。
「んー……っふう」
久しぶりに得た、ゆっくりとできるわずかな時間。
体を思い切り伸ばし、まどろみ始めた頃。
部屋の一角から、慌ただしく棚を掻き乱す音が聞こえてきた。
シエルがその手に、着替えやタオルを抱えている。風呂に入るのかと眺めていると、なぜか小さなカバンへと詰め込んでいる。
「……シエル。なにをしているんだい?」
「ん? ああ、決まっているだろう?」
決まっていると言われても、分からないから尋ねているのだ。
ジンが不思議そうに首を傾げると、シエルはカバンをぱんと叩き、ニヤリと笑った。
「これから、あの子たちの部屋に行ってくる。……今夜は、パジャマパーティーだ!」
「……は?」
「あの子たちに寂しい思いをさせるわけにはいかんだろう? 今日はもう帰らんから、のんびり過ごしていてくれ」
それだけを一方的に告げると、シエルは上機嫌に部屋から出て行ってしまった。
相変わらずのマイペース振りに、ジンは笑いを浮かべながら、再びベッドへと体を預けた。
どうやら本当に久しぶりに、誰にも気を遣うことのない、自分だけの時間を持てそうだ。
「……」
怒涛のような2週間だった。
急に届いた、レイラからの手紙。
ディーンとレイラの死。
大きくなったアリシアとの再会に、彼女の姉だというエデンとの出会い。
ネストへの短い旅を経て、冒険者登録試験。
そして、あの、謎の腕の正体。
ジンの脳裏に蘇った、空気が揺れるほどの轟音と地響き。
我先にと逃げ出そうとする魔物の群れ。
駆け付けた先にったのは、冷たく横たわったレイラの亡骸と、無造作に転がっていたディーンの片腕。
たまらず、口の中で、歯をぎりぃっと噛みしめた。
魔族。魔族。魔族。
残念ながら、伝承で語り継がれている程度の知識しか持ち合わせていない。
『古の勇者』がそのほとんどを駆逐し、『大聖女』の時代に表舞台から姿を消したはず。
それが何故、こんな辺境の地に現れる?
目的は?
その魔族は、死んだのか?
いたのは、果たして一人だけ?
頭の中で無数の疑問を一通り並べ連ねた後、ジンは小さく息を吐いた。
先のことを考えると、それだけで頭が痛くなる。
魔族のことはもちろんだが、何よりレイラの死が――。
「……シエルは、どうするつもりなんだろう?」
一度、ちゃんと話した方がいいだろうか。
いや、まずは目先の依頼に集中しないと。
話すのは王都へ行った後、王城で魔族について情報を得た後でも――。
まとまらない思考に、今度は大きく息を吐く。
そして、ジンは諦めたように、頭の下で両手を組んだ。
「あー……やっぱり、『僕』には向いてないと思うんだよな……」
窓から差し込む月明かりを瞳に映しながら、ジンは悩ましい顔で天上を見つめていた。




