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76話 観測開始:5年14日目-5 / 不出の軍才

「まったく、参ったな」


「そう? 実力は申し分なかったでしょう?」


「……だからこそ、困っているのだ」


 アダルマンは呻くようにそう言うと、執務室のソファへと腰を下ろした。

 目の前で繰り広げられた試験。

 幼い子供にしか見えない二人の少女が、大人を完膚なきまでに叩きのめしていた。


「あの子は、エデンといったか。本当にディーンの娘なのか?」


 脳裏から、あの光景が離れない。

 無慈悲なまでに冷徹な瞳と、一切の躊躇なく事を成そうとする危うさ。

 アダルマンの記憶にあるディーンの姿とは、あまりにもかけ離れていた。


「アリシアが蹴られたから、怒ったんだろうね。まあ妹思いの子なんだよ」


「……お前、本気で言ってるのか?」


「両親を亡くしたのが、まだたったの10日前だからね」


 ジンの言葉に、アダルマンは悩むように目を閉じた。


「……やはり、冒険者になるのは、早すぎるのではないか?」


「いいや、資格はもう十分に得ているよ。二人とも魔物を殺したことがある。何度もね」


「……そうか」


 アダルマンは体を起こすと、必要な書類を準備するため執務机へと歩いていく。

 そして引き出しを開けながら、ジンへと尋ねた。


「お前たちは、確か……辺境伯からの依頼を受けていたな?」


「そうだよ。明日には、街を離れることになる」


「それで、あの子たちを冒険者にか? 自分たちがいなくても、身銭を稼げるように」


「まあ、それだけじゃないんだけどね。あの子たち、まだ買い物や外泊なんかもしたことが無いらしい。……アリシア、お金のこと理解してるのかな?」


「なんだそれは。お前たちがいなくなったら、あの子たちだけだと生活できんだろう」


「そうなんだよ。だから、クラリスに面倒を見てもらいたくてね」


 そういえば試験の間、彼女は子供たちの傍らに付き添っていた。


「……まあ、本人が望むのであれば、ギルドとして異論はない」


「はは。ありがとう、感謝するよ」


「礼などいらん。私もギルドマスターとして、あの子たちには期待している」


 アダルマンはぶっきらぼうに返しながら、書類に自身の名前を記入していく。


「あの子たちの等級だが、D級で構わんな?」


 相手があの体たらくだったとはいえ、内容は圧倒的だった。

 D級からスタートさせたとしても、決して高すぎる評価ではないだろう。


「いいや、F級からでいいよ」


「……私の権限であれば、D級からの登録も可能だぞ?」


「俺たちがいない間に、危険な目にあってもね。新しい生活に慣れることの方が大事だよ。だから薬草採取でもして、ご飯を買って。そうやって一月元気に過ごしてくれれば、それでいい。等級なんてどうにでもなる」


「……そうか。まあ、お前がそう言うのであれば、いいだろう」


 確か、まだ五歳になったばかりだったか。

 アダルマンは空欄に『F級』と書き、その書類を持って立ち上がった。

 

「さっさと依頼を片付けて戻ってこい。身近に大人がいたほうが、私も安心だ」


「そうなんだけどね……少し、厄介な依頼だ」


「……そうだな。まったく、厄介なことだ」


 アダルマンは息を吐くと、窓の外、北へと続く空を見上げた。

 


 *********



「よおし! 野郎どもぉ! 酒は持ったな!?」


「ちょっとお! 女だって、いるんだけど!」


「うるせぇっ! 細けえことは、いいんだよ! 酒を掲げろ! 新しい小さな冒険者の誕生に、乾杯だーっ!」


「「「うおおおおぉぉぉぉっ!」」」


 冒険者ギルドの食堂の一角。

 大勢の冒険者たちが雄叫びと共に、手に持ったグラスを高らかに打ち鳴らした。

 その熱狂の中心で、エデンとアリシアの手には果実水が注がれたコップが握らされている。

 周りの喧騒に、頬に湿布薬を貼ったアリシアも目を輝かせながら、コップを精一杯持ち上げた。


「かんぱーいっ!」


「……乾杯」


「まったく、うるさい奴らだ」


「あはは……。私、ここにいてもいいのでしょうか?」


 クラリスが戸惑いがちに、コップへと口をつけた。

 エデンたちの座るテーブルを取り囲むように、大勢の冒険者たちが酒を飲んでいる。

 エデンもコップを傾けると、冒険者たちの中からひときわ大きな男が前に出てきた。


「いいじゃねえか、クラリスよぉ! 今日はめでてえ日なんだからよ!」


「あ! ぴかぴかのひと!」


「アリシア。人を指差したら駄目だから」


 ギルドに入った時、笑いかけてくれたスキンヘッドの大男。

 彼は白い歯を見せると、太い腕を掲げた。


「よう、シエル! いやあ、子供なんて連れてるから別人かと思ったぜ」


「む、ガランか。久しいな」


「おう。ってかお前ら、もっとこっち来いよ。リグレスに行ったっきりほとんど来ねえじゃねえか」


「そう言うな。リグレスからは流石に遠すぎる」


「まあ、それもそうか。ところで、見てたぜ嬢ちゃんたち! いやあ、すげえ嬢ちゃんがいたもんだ!」


 ガランの巨体と同じく、声もでかい。

 笑い声がフロア中に響き渡るが、ギズーの時のように嫌な感じはしなかった。


「俺はガランってんだ。B級冒険者でな。困ったことがあったらなんでも言えよ。力になるぜ」


 大きな分厚い手を、エデンに向けて差し出してくる。

 エデンはそっと自分の手を乗せると、ガシッと握られぶんぶんと豪快に振られた。

 

「あ、ありがとう、ございます。私、え、エデンといいます」


「アリシアはね、アリシア!」


「そうだな。ガランなら信頼できる。私たちがいない間に困ったことがあれば、頼ると良い。あとは……あいつは何処だ?」


「ああ、フリオな。えっと、おーい、フリオ! こっち来いよ!」


 ガランが丸太のような腕を振って呼びかける。

 すると一人の小柄な男性が、ごった返す冒険者たちの波をかき分けて、こちらへ近づいて来た。


「ぐう……っ、だから、押さないでくれ……っと、とと」


 たたらを踏みながら、人混みから文字通り転がり出てきた男。

 その肩を、ガランが力任せに掴んで引き寄せた。


「おう、こいつがフリオだ。俺と同じB級の魔法使いだな。こいつのことも、いざとなったら頼ってくれていいぜ」


「……僕のこと、勝手に決めないでもらえるかな? やあ、二人とも。よろしくね」


 人の好さそうな笑みで挨拶をしてきたフリオは、柔らかな黒髪に、知的な印象を与える眼鏡をかけた男性だった。

 すると突然、フリオがアリシアの顔を覗き込んできた。


「わ、な、なに?」


「うーん……遠目にも感じてはいたけれど……君、とんでもない魔力量だね」


「……分かるのですか?」


「ああ、大まかにはね。まだ子供なのに、僕と同じくらいの魔力があるよ」


「なに? そうなのか?」


 今この瞬間も、アリシアの魔力は循環され続けている。

 B級冒険者と同等という事実に、エデンは納得したように頷いた。

 すると、フリオの視線が次の獲物を見つけたかのように、今度はエデンへと向けられた。


「そんなことよりさ! 君、エデンだっけ? さっきの魔法見たよ! 凄い密度の氷だったね!」


「え? は、はぁ」


「君は杖も使わずに、遠隔で魔法を使っていただろう!? きっとたくさん練習したんじゃないな! それに足場にしていた氷の魔法! 空中に固定するなんて! いったい、どんな魔力操作をしてるんだい? 他にもいろんな魔法が使えるのかな? ねえ、是非僕に見せべぇうっ!?」


「おい、いくらなんでも近いぞ。離れろ」


 シエルはフリオの襟首を掴むと、背後へ軽々と放り投げた。

 綺麗に飛んでいったフリオが冒険者たちへと激突し、連鎖的に人と酒が飛び散り、ギルド内に新たな悲鳴と怒号が響き渡る。

 そんな阿鼻叫喚の騒ぎに、アリシアが目を輝かせた。


「おーっ!」


「フリオは、魔法馬鹿だから気をつけろ。それ以外は、まあ良い奴だ」


「はあ……分かりました」


「魔法馬鹿って……いたた」


 フリオが腰をさすりながら戻ってくるが、後ろからは怒声が飛んできている。

 

「まあ、違いねえな。とにかくめでてぇ席なんだ! 二人とも昼はこれからなんだろ? 俺のおごりだから、好きなもん食ってけ!」


「おひるごはん! いいの!?」


「おうよ!」


 アリシアの喜びように、ガランは腕を組んで白い歯を輝かせた。

 すると、その言葉を聞きつけた周りの冒険者たちからも、一斉に歓声が上がった。


「おー! ガランの奢りかよ! 皆、一番高いの注文してこい!」


「流石、太っ腹だぜ! ありがとよ!」


「てめえらにまで奢るとは言ってねえよ!」


 ガランが慌てて言い返すが、既に走り出した者たちがカウンターへと注文をし始めている。

 そのどこか楽しげな光景に、エデンはぽかんとした顔で口を開いた。


「……冒険者というのは……皆さん、楽しそうにされているのですね」


「うん! みんな、たのしそう!」


「まあ、こいつらは、気のいい奴らだな」


「常にこう、というわけでは、ないですけどね」


「ん? 何言ってんだ嬢ちゃん。今日からお前らも『こっち側』だろ?」


 ガランがそう言って二人のことを見つめてくるが、エデンとアリシアは揃って首を傾げた。

 

「私たち合格なのでしょうか?」


「まだ、おしえてもらってないよね?」


 その声に、周りにいた冒険者たちが口を開けて固まってしまった。


「お前たち、そんなことを心配しているのか?」


「ちょっと待って、本気で言ってる?」


「合格に決まってるだろうが! そうだよな? クラリス!」


「えぇ!? わ、私には、分かりませんよ! でも、合格だと思いますけど」


 冒険者たちからも、心配するなと声をかけてくれる。

 これはどうやら、合格したと考えていいのだろうか。


「良かったね、アリシア。突然試験が始まったから、驚いたけど」


「うん! あ、あー……でも……」


 するとアリシアが、困惑した顔で眉を下げた。


「あのおじさん、どうしてパパのこと、わらってたの?」


「あー……それはだな……」


 ガランが言葉を濁らせると、周りの皆も、困ったように目を泳がせてしまう。

 どことなく気まずい空気が流れると、シエルがゆっくりと話し始めた。


「いいか、二人とも。まず分かってほしいのは、ディーンは凄いやつだったということだ」


「パパ、すごかったの?」


「ああ。ディーンに助けられた者は大勢いる」


「そうなのですね」


「だがな、その成功を妬む者もいる。事実を知ろうともせず、ただ噂のみで彼を見下し、嘲笑う者たちがな。そんな奴らが、皮肉を込めて呼ぶんだ。世に出ることを許されなかった、悲劇の才能。産まれ落ちる場所を間違えた者。『不出の軍才』とな」


 シエルが悔しそうに語ると、周りの者たちも同意するように顔をしかめる。

 すると、重くなった空気を振り払うかのように、ガランがテーブルの上に足を乗せ、手に持ったジョッキを高らかに掲げた。


「だがなぁ! 俺たちも奴のことをそう呼ぶぜ! 世に出ることを天にさえ見放されようとも、その才覚一つで死地をもひっくり返す! これこそが俺たちの誇る『不出の軍才』だってなあ! そうだろう、お前ら!」


「そうだ!!」


「それこそが『不出の軍才』だ!」


「俺たちの大将だ!」


 皆の声が大きな歓声となって、ギルドの天井を震わせる。

 その熱気に、アリシアは嬉しそうに手を叩いた。


「おー! パパ、かっこいい!」


「不出の……軍才、ですか」


「ああ。だからお前たちは気にするな。ただ胸を張って、堂々と生きろ」


 シエルが、そう言って優しく笑う。

 すると、ガランが怪訝な顔で「ところでよ」と口を開いた時。

 大皿に山と盛られた料理を抱えた男たちが、人の波を割って入ってきた。


「どけどけえい!」


「嬢ちゃんたち、ほれ、食え、食え!」


「おー! いっただっきまーす!」


「……こんなにたくさんは、食べられません」


 二人が対照的な反応をする中、クラリスがガランにそっと耳打ちをした。

 彼は驚いたように目を見開き、今度はフリオへ、そしてまた次の者へと伝言ゲームのように続いていく。

 アリシアが嬉しそうにフォークを握りしめると、ガランが少しだけ涙目になりながら、ひときわ豪快に笑った。


「いっぱい食えよおぉっ!」

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