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75話 観測開始:5年14日目-4 / Ice_Block

 ジンのその呟きが、不思議と皆の耳に届いた。

 アリシアの体は蹴り足を踏み台に、さらに高く舞い上がった。

 そのまま彼の肩に着地すると同時。アリシアは剣の切っ先をギズーの頭頂部で制止させた。


「っ――そこまでだ!」


 一瞬、驚愕に目を見開いたアダルマンが、試験の終わりを告げた。


「勝った……勝ちました!」


 アリシアが大人の冒険者に勝った。

 それも、ほとんど一方的に。

 嬉しくて、嬉しくて、思わずエデンは拳を強く握りしめた。


「ふはは! 見たか、ジン! 流石はアリシアだ! 私は信じていたぞ!」


「まあ、順当かな?」


「すごい! アリシアちゃん、本当に勝っちゃいましたよ!」


 観客席からも歓声が上がり、アリシアの鮮やかすぎる勝利を祝福している。

 嵐のような歓声を浴びながら、アリシアは剣を背中に収めると、茫然とうなだれているギズーを不思議そうに見つめた。

 そしてにぱっと笑うと、その肩をぽんぽんと叩いた。


「おじさん、やさしくしてくれたんだ!」


「……あ”?」


「アリシア、しけん? はじめてで、おててふるえちゃって。でも、()()()()()()()()()()だった! ありがと!」


 アリシアが嬉しそうに笑うと、ギズーはゆっくりと立ち上がり、肩をわなわなと震わせていた。


「……おい、アリシアの奴。あれは本気だよな?」


「んー。あの子にとっては、それが本心なんだろうね」


「あはは……。ギズーさん、怒ってますねえ……」


 立ち上がったギズーの顔は、怒りと屈辱で真っ赤に染まっている。

 その様子に、アダルマンは一度ため息を吐いた。


「アリシア。試験はこれで終わりだ。結果は後ほど伝えるので、仲間たちの元へ戻れ」


「はーい!」


 アリシアはエデンたちの方へ振り返り、嬉しそうに両手を大きく振ってくる。

 そして戻ろうと足を踏み出したその時。


「……この、クソガキがぁっ!」


「うわっ!?」


 その小さな背中をギズーが蹴り飛ばし、アリシアは受け身も取れず地面を転がってしまった。


「っ、アリシア!?」


「……あいつ、恥ずかしいと思わんのか? 恥の上塗りだぞ」


「あーあー、大人気ないね、ほんとに」


「お、お二人とも、そんなに落ち着いてないで、アリシアちゃんが!」


 アリシアの頬が、無防備に土の上を擦過したように見えた。

 たまらず、エデンはアリシアの元へと駆け出す。

 その卑劣な蛮行に、観客席からも一斉に非難の声が上がった。


「うおぃ! てめえ、子供相手になにしやがる!」


「もう終わってただろうが! ふざけんじゃねえ!」


「うるせえ、糞共が! 黙りやがれ!」


 ギズーも負けじと、野次馬たちに向かって叫び返す。

 更に中指をびっと立てると、さらに大きな非難の声が訓練場に響き渡った。


「いたた……。アリシア、ころんじゃった!」


「……は?」

 

 アリシアがむくりと起き上がると、えへへと恥ずかしそうにはにかんだ。

 何事も無かったかのように立ち上がると、服に着いた土埃を、ぱんぱんと叩き始めた。

 エデンはアリシアに駆け寄ると、頬にそっと手を当てて顔を上げさせる。

 

「アリシア。だ、大丈夫?」


 幸い、細かい砂がついてはいるが傷はない。だが白い頬はじわじわと赤くなってきていた。

 エデンはついてしまった砂を優しく払うと、アリシアが嬉しそうに抱き着いてきた。

 

「おねえちゃん! アリシアね、がんばったの! がんばったよー! みてた!?」


「うん……うん、見てた。ちゃんと見てたけど」


 ぴょんぴょんと跳ねるアリシアに、エデンの体もがくがくと揺れる。

 転んだのは、痛くなかったのだろうか?

 エデンがきょとんとした顔でアリシアに抱き着かれているのを、アダルマンは何も言わずにじっと見つめていた。

 そして観客と騒がしく言い争っているギズーへと、冷徹な視線を移した。


「……貴様、まるで相手にされておらんな」


「あ”? うるせえよ!」


 D級ということで試験管を任せてはみたものの。

 身体強化もろくに使えない体たらく。

 アダルマンが興味を失ったとばかりに、ギズーから目を逸らすと、クラリスがアリシアの頬を心配そうに確認していた。


「うーん。赤くなってるし、冷やした方がいいかも。アリシアちゃん、痛くないの?」


「うん! へいき!」


「そう……。でも、念のため手当しに行きましょうか」


「え? まって……お、おねえちゃんー……」


「アリシア。クラリスさんに、ちゃんと診てもらってきて」


「うー……」


「まあ、そうだな。可愛い顔に、傷でもついたら大変だ。行ってこい」


 シエルにも促され、アリシアは何度も振り返りながらギルドに入っていった。

 その背中を見送り、シエルはエデンの肩に手を置いた。


「エデン。次はお前の番だな! いいかエデン、遠慮などするな! 思いっきり……」


「どうしたの? エデン、君も……」

 

 ふとシエルの言葉が途切れる。

 ジンが怪訝な顔でエデンの顔を覗き込むと、彼もまた息を呑んで言葉を止めてしまった。

 そして数秒後。はっとしたシエルが、慌てた様子でエデンの肩を掴んだ。


「お、おい、エデン。いいか? 冷静になれ、な?」


「いいかい、ルールを無視すると冒険者になれなくなってしまうからね」


「はい。理解しています」


「それでは、次を始める! エデン、前へ!」


 アダルマンの声に、エデンは訓練場の中央へと歩みを進めた。

 近づくにつれ視線が上へと上がっていく。

 その視線に気づき、ギズーは再び下卑た笑みを浮かべた。


「なんだあ!? 次のガキは、さっきのより小せえじゃねえか!?」


「……お前に任せたのは失敗だったな。ルールについては聞いていたな? 何か確認しておきたいことはあるか?」


 アダルマンが尋ねて来るが、ルールは理解している。


「いえ、ありません。……あ、ですが、あなたには聞きたいことが」


「あ? なんだよ」


「なぜ、アリシアを蹴ったのです?」

 

「ああ? 蹴ってねえよ! 足が滑っただけだ。事故だろうが」


「なるほど。事故……。事故、ですか」


 そう復唱したきりエデンが黙り込む。

 アダルマンはそれを問題なしと判断したのか、両者の間に立ち右手を掲げた。


「では、始めろ!」


 

 --------------------


 [REQUEST] 攻撃魔法プログラム『Icicle_Lance』の実行を要請。


 --------------------

 


 アダルマンの合図と同時。

 エデンの足元から、幾筋にも枝分かれした青い閃光が地を走る。

 地を這う蛇のようにギズーの足元へと殺到し――。


 

 --------------------

 

 [COMMAND] Icicle_Lance.exe --EXECUTE


 --------------------


 

 ガガガガガッと、地響きにも似た音を鳴り響かせながら、幾本もの鋭利な氷槍が足元から突き上がった。


「……は?」


 痛みは、ない。

 つまり、一本も当たってはいない。

 だが身体全体に感じる冷気が、服一枚隔てたすぐ傍に、無数の凶器がたたずんでいることを明確に教えてくる。

 そして何よりも、喉元にぴたりと付きつけられた、一本の最も太い氷の槍。


「う、動けねえ……?」


 ギズーが動きを止めたのを確認し、エデンは散歩でもするかのように、ゆったりとした歩調で近づいていった。

 歩みを進めながら、足元に再び青白い光が走る。


 --------------------


 [REQUEST] 補助魔法プログラム『Ice_Block』の実行を要請。


 [PROCESSING] 現象再現のため、氷結及び、位置座標アルゴリズムを構築中...


 [LOADING] 基礎パラメータをロード...


 [EXECUTING] 全パラメータを適用し、魔力変換及び、相転移プロセスを開始。


 [COMMAND] Ice_Block.exe --EXECUTE


 --------------------



 足裏に生成される氷のブロック。

 空中で重力に逆らいながら、まるで見えない階段を上るかのように。まるで空中を歩くように、エデンの体は少しずつ宙へと上がっていった。

 そして、歩みを止めたその場所は。


「て、てめえ! 何のつもりだ!?」


 氷の槍に囚われ、身動きが取れなくなったギズーの頭上だ。


「……奇遇、ですね」


「ああ!?」


「私も、足を滑らせてしまいました」


「うおっ!?」


 エデンは淡々と告げると、ギズーの乱れた髪を足で無造作に踏みつけた。

 ギズーが頭を振って抵抗しようとするが、知ったことではない。

 エデンはゆっくりと足に力を込めていく。

 ギズーは何かに気付いたように、視線だけを下へと逸らした。その先にあるのは、鈍く青白く光る氷の凶器。


「お、お前、止めろ!」


「いえ、これは事故ですので」


 エデンが身体強化を発動させると、ギズーの頭を容赦なく氷の先端へと押し下げていく。


「てめえ! ルール分かってんのか!?」


「はい。私はまだあなたを傷つけてはいませんし、ルールは破っていません。その認識で合っていますよね?」


 ギズーから視線を外さずに問いかけると、アダルマンの低い声が返ってきた。


「……ああ。ルールの、範囲内だ」


「ふざけるなあっ!」


「いえ? 私は、いつだって真剣です」


 話しつつも、確実に下がっていくギズーの喉。

 喉元に感じる、突き刺さるような冷気が強くなる。


「クソガキがっ! 分かってんのか、相手を殺したら、失格だぞ!」


「いいえ、違います。『故意』に殺めてしまった時は、失格なのです」


「ふざけるな! こんなもん、どう見たって、わざとに決まってんだろうが!」


 その言い分にエデンは足を上げると、彼の目の前でしゃがみ込んだ。

 そして土で汚れた髪を乱暴に掴み、顔を無理やり上げさせる。


「であるならば、あなたが先ほどアリシアを蹴り飛ばしたのも、事故ではないということでしょうか?」


 覗き込んだギズーの濁った瞳に、無表情の自分の顔が映りこんでいる。

 ギズーの顔には、アリシアにつけられた切り傷の上を、おびただしい量の冷や汗が噴き出していた。


「……やっぱり、私には分かりません」


「……は?」


「アリシアは、なぜ魚を殺すのをあれほど怖がったのか。なぜゴブリンを殺して泣いてしまったのか。私にとっては、あなたも、魚も、ゴブリンも。どれも大して変わりません」


 その温度を感じさせない瞳に、ギズーの体がぶるりと大きく震えた。

 得体の知れない、子供の皮を被った化け物――。


「お、お前、ほ、本当に、ガキか?」


「……いえ、違いました。あなたのようにアリシアを傷つける者など、私には不要です。魚よりも、ゴブリンよりも、遥かに価値がない」


 淡々と告げると、エデンは興味を失ったように手を離し、再びその頭を踏みつけた。

 先ほどよりも、ずっと、容赦なく。


「こ、降参する! 降参だ!」


「これは、試験です。降参などというルールは、無かったかと」


 確実に下がる喉が、今度こそと氷槍の先端へと近づいていく。


「わ、悪かった! 蹴ったのは、謝る! 謝るから!」


「別に、私は謝罪など求めていませんので」


 さらにもう一押し。ついに鋭利な氷の先端が、ギズーの喉に触れた。


「どうすればいい!? 頼む、許してくれえっ!」


 届くことのない哀れな懇願を耳に入れながら、エデンの足が最後の一押しを――。


「懲らしめるには、やりすぎ、だな」


 ふわりと、エデンの体が持ち上げられた。

 振り返れば、いつの間にかすぐそばに来ていたシエルが、苦笑いを浮かべながらエデンの体を小脇に抱えていた。


「……やりすぎ、ですか?」


「そうだな。少し、な」


 見れば、ギズーは恐怖のあまりわなわなと震えている。

 ジンもどこか困ったように笑い、アダルマンはエデンを値踏みするかのようにじっと見つめてきている。

 歓声などどこからも上がらず、訓練場は水を打ったように静まり返っていた。


「……そうですか。では、このくらいで」


 エデンが魔法を解除すると、ギズーを囚えていた全ての氷が光の粒子となって消えていく。

 彼の体は前へとふらつき、地面へと四つん這いに崩れ落ちた。

 それを見て、アダルマンはふうと、大きく息を吐いた。


「……試験、終了だ」

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