表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/117

74話 観測開始:5年14日目-3 / 冒険者特例登録試験

 振り返ると、一人の男がエデンとアリシアのことを、嘲るような目で見下ろしていた。


「おじさん、だあれ?」


「あぁ? 俺の事を、知らねえだと?」


「私も知らんぞ?」


「ギ、ギズーさん! まだ冒険者になれると決まったわけでは!」


「ああ? まだってことは、なるかもしれねえってことじゃねえか!」


 ギズー。その名を聞いて、エデンの記憶がヒットした。

 二日前、夜の森で出会った冒険者の一人だ。

 ギズーは冒険者証を取り出すと、見せびらかすように二人の目の前でひらひらと振った。


「俺はD級冒険者のギズーだ。ガキどもが、とっとと帰りやがれ」


 大きな手を、虫でも追い払うかのようにしっしっと振ってくる。

 それを聞き、シエルは興味を失ったように目を細めた。


「威勢がいいからどこの猛者かと思えば……たかがD級か。話にもならん」


 その言葉に、ギズーの顔に青筋が浮かぶ。

 そんな中、シエルのひざ元にいるアリシアがエデンの服を引っ張った。


「おねえちゃん、でぃーきゅうってなに?」


 なんとも今さらな質問に、エデンの口がぽかんと開いてしまった。


「……アリシア、A級の意味分かってなかったの?」


「うん。パパがいってた」

 

「冒険者の等級のこと。さっき、シエルさんはB級だって言ってたでしょ?」


「あー……どっちがすごいの?」


「シエルさんね。Aが一番高くて、B、C、Dの順番だから」


「うむ。よく知っているな。その下にEとF級もあるぞ」


「おー! じゃあパパのほうが、あのひとよりすごい!」

 

 アリシアの右手が、びしっとギズーに向けられた。

 その指の先で、ギズーの口の端がひくひくと怒りに痙攣している。

 それを見て、エデンはそっとアリシアの腕を下ろした。

 

「パパだあ!? てめえらの親父ってのは、どこのどいつだ!」


「え! おじさんも、パパのことしってるの?」


 ギズーの怒声に、またしても周りの視線が集まってしまう。

 アリシアはぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに返した。


「アリシアのパパのなまえ、ディーンっていうの!」


「ディーン、だあ? ディーン……」


 すると何を思い出したのか、口元をにやりと歪ませた。


「がははっ、ディーンってまさか、『不出の軍才』か!? あいついつの間に、ガキなんてこしらえてやがったんだ!」


 ギズーが大口を開けて笑い始めた。

 下品な笑い声がホール全体に響き渡り、さらに注目を集める。

 なぜ彼が笑っているのか分からずにいると、ギズーの後ろから数人の人影が近づいてきた。


「何よギズー。うるっさいわね」


「おう、お前ら聞けよ! こいつらディーンのガキだってよ! あの『玉無し野郎』のな!」


「え、もしかして、『不出の軍才』?」


「まじかあ、そいつぁ見物だぜ!」


 複数の下卑た目が、値踏みするような見下した色で二人を見下ろしている。

 不躾な視線に思わずエデンが眉をしかめると、アリシアもむーと不満そうに呻きながら、エデンの腕をぎゅっと抱きしめてきた。

 だが、二人よりも怒っていたのは。


「……貴様ら、我が友を愚弄するとは死にたいようだな」


 シエルが一歩前に出ながら、腰の剣の柄に手をかけた。

 うっすらと笑みを浮かべながら、細められた瞳の奥には殺意が燃え盛っている。


「し、シエルさん! ギルドの中で、剣を抜こうとしないでください!」


 クラリスが叫び声を上げる中、ギズーたちもそれぞれの武器に手をかけた。

 張り詰めた空気に見物していた者たちが慌てて距離を取り、ギルド内の喧騒が一瞬静まり返った。

 そしてシエルが剣を抜こうとした時。


「あれ? 皆、どうしたんだい? そんなに集まって」


 緊張感のない穏やかな声が、階段の上から降ってきた。

 不思議そうな顔をしたジンが、長身の壮年の男性と共に一階へと降りてくる。

 その男性、アダルマンは眼下の光景を一瞥すると、長いため息を吐いた。


「全く、何をしているのだ、貴様たちは。全員資格を剝奪されたいか?」


 シエルは小さく舌打ちして剣から手を離し、ギズーたちもまた不服そうに、武器から手をどけた。


「んー? シエル、何かあったぁっ!?」


「何かじゃない! あと五分遅く帰ってこい!」


「そ、そんな、無茶な……」


 理不尽な要求と共に、ジンの襟元がシエルによって振り回される。

 その傍らを、アダルマンは何も見えていないかのように通り過ぎ、エデンとアリシアの前で長身をかがめた。


「……お前たちが、冒険者になりたいという子供か?」


「うん! そう!」

 

「あ、はい。その通りです」


 二人の返事を聞いて、アダルマンは目を細めた。


「……これからお前たちの実力を見るために、試験を行おうかと、考えていたのだが……」


 やはり、どう見ても幼すぎる。

 すると、会話を聞いていたギズーが馬鹿にしたような大声を上げた。

 

「おいおい! ギルマスさんよお! マジで試験なんかするつもりかよ!? 本気か!?」


「……正式にB級冒険者から推薦を受けた。であれば、やるべきだろう」


 まだ確信を持てないアダルマンの声。

 それを受けて、ギズーは二人の幼女を見下ろし嗜虐的に笑った。

 

「おもしれえ! その試験の相手、俺がやってやるよ!」



 *********



 シエルとアリシアが、真剣な表情で向かい合っている。シエルは組んでいた腕をゆっくりとほどくと、顔の前でぐっと握りしめ高らかに叫んだ。


「いいか、アリシア! あいつはただのゴブリンだ! ほんの少し図体がでかくなっただけの、ただのゴブリンだと思え! その剣で奴の首を撥ねてこい!」


「うん!」

 

 試験に向けて、過剰とも言える勢いで気合を入れている。

 どこ気圧される光景に、エデンは少し離れた場所から、ジン、クラリスと共に見つめていた。


「……アリシア、大丈夫でしょうか?」


「まあ、心配はいらないと思うよ。けど……シエルは何を言ってるんだい? 殺しちゃ駄目だろう」

 

「殺してはいけないのですか?」


「え、エデンちゃん? これは、あくらもで試験だからね?」


「試験……なるほど、そういう物なのですね」


 困ったように笑うクラリスに、エデンは新しい知見を得たと頷いた。

 冒険者ギルドの建物の裏手に広がる、だだっ広い訓練場。

 その空間を簡素な木の壁が囲み、その上には見学用と思われるベンチがずらりと設置されている。

 ギルド内にいた野次馬たちが大勢そこに座り、今から始まる試験を賑やかに見下ろしている。

 訓練場の中央には、不機嫌さを隠そうともせずに腕を組むギズーが。その傍らで、試験官を務めるアダルマンが、静かに目を閉じていた。


「よし! では、行ってこい!」


「うん! おねえちゃん、いってくるねー!」


「うん。頑張ってね」


 大きく手を振ってくるアリシアに、エデンも小さく手を振り返す。

 それを見て満足そうに頷くと、アリシアはアダルマンの元へと向かっていった。


「……心配です」


「そうよね……怪我しないと、いいんだけど」


 アリシアがギズーの前に立つと、体格差が残酷なまでに鮮明になる。

 すると、満足気な顔で戻ってきたシエルは自信満々に笑った。


「心配はいらん。アリシアなら、大丈夫だ」


「そうだね。僕も、何も心配はいらないと思うよ」


 二人の自信に、エデンは両手を握りしめてアリシア見つめていた。

 アリシアがアダルマンへ近づくと、彼はゆっくりと目を開け、三本指を立てる。


「ではこれより、冒険者特例登録試験を開始する。ルールの確認だ。相手を故意に殺害するようなことはしない。試験官を務める者は、受験者に再起不能となるような、重大な怪我を負わせてはならない。試験管は、相手が全力を出せるように留意する。……分かったか?」


「分あってるよ。とっとと、始めようぜ」


 思い上がったガキを軽く痛めつける。それだけの楽な仕事だ。

 ギズーの口が吊り上がると、アリシアの手がぴょんっと上がった。


「ねえ、りゅうい、する? って、なあに?」


「あぁ!? ったく、これだからガキはよお……」


「……いや、これは私がいけなかったな。アリシア。お前は全力で戦えばいいだけだ。ただし殺してはいかん。いいか? 殺しては失格だ」


「あれ? ……分かった! ころしちゃ、ダメ。ダーメ!」


 念押ししたアダルマンに、ギズーは不服そうに彼をのことを睨みつけた。


「おい、俺がこんなチビに、負けるとでも思ってるのかよ!」


「……苛立つな。ただ、ルールを確認しただけだろうが」


 そう言ってアダルマンは二人から距離を取るが、ギズーはその背中を忌々しげに睨みつけていた。

 遠目からギズーの振る舞いを見て、シエルがため息をついた。

 

「あいつ、品が無いな。試験をする側の人間が、冷静さを欠いてどうする」

 

「……あれ? あのギズーって男、どこかで会わなかった?」


「む、そうだったか?」


「ジンさん。この前森で会いました。夜に冒険者たちが来た時の」


 エデンが伝えると、ジンはその目をすっと細めた。


「あー……クラリス。あの男、どんな奴なの?」


「え、そ、そうですねえ。もう十五年ほどこの街で活動されているそうで。まあ正直、あまり素行が良いとは言えませんね」


「ああ。だから俺のことを知らないのか、などとのたまっていたのか」


「そう、十五年……。ふーん……」


 アリシアの手が、背中の黒い剣の柄を握りしめた。

 お互いに武器を抜き、向かい合う。

 そしてアダルマンが、手を高く掲げた。


「では……始めろっ!」


「ええいっ!」


「っうおっ!?」


 アダルマンの開始の合図と同時。

 アリシアは即座に身体強化を発動させ、地を蹴破るかのように前へと踏み込んだ。

 肉迫すると同時、驚いたように目を見開くギズーの胴体へと、下から切り上げるように黒鉄の剣を振り抜いた。

 その速度に、油断していたギズーの反応が一瞬遅れる。

 なんとか、自身の剣でぎりぎりで受け止めた。


「っぐ!?」


 だが、手から伝わってきたのは重い衝撃。

 剣が押し込まれそうになるのを、片刃の峰を押さえ、なんとかその場で持ちこたえた。

 すると、手に感じていた重みが、ふっと消え――。


「たーっ!」


「なっ!?」


 アリシアがコマのように回転し、遠心力を乗せた次なる一撃がギズーを襲う。

 迎え撃つように振り下ろしたギズーの剣が負け、体がのけぞるように上へと弾き返される。

 たまらず後ろへ距離を取ろうとするが、見開かれたアリシアの赤い瞳が、逃がさないとばかりに追ってきていた。


「く、くそがっ!」


 負けじと剣を両手で握り直し、アリシアの首元めがけて振り下ろす。

 だがその大振りな一撃は、銀色の残像を残して、小さな体をさらに低く沈ませたアリシアにあっさりと躱されてしまった。

 がら空きになった懐へ切り返された黒い一閃に、剣を引くのが間に合わず――。


「ぐぅっ」


 分厚い皮の防具の上から、骨まで響くような衝撃が脇腹を襲った。


(……は、はええ!)


  周り込むアリシアを目で追おうとするが、その陰が高く飛んだのが見え――。


「やああっ!」


「う、うおおっ!」


 上段から振り下ろされた一撃に、防いだはずの腕が重みで下がる。頬に走った痛みから、血が流れるのを感じた。


「くそっ、クソガキがあっ!」


 ギズーの暴言が訓練場に響くも、アリシアは攻撃が防がれたのを確認するとすぐに離れた。

 ギズーの周りを駆け回り、小さな体からは想像もつかないような重い一撃を次々と繰り出していく。


「おいおい。なんだよあの子、凄すぎないか?」


「さっき、ディーンの娘だって言ってたよな」


「まだあんなにちっちぇえのになあ。何歳なんだ?」


「やばい。あの子、超かわいいな!」


 それまで、冷やかし半分で見ていた観客席の野次馬たちからも、次第に、驚きと賞賛の声が広がり始めた。

 その騒めきに、シエルが不機嫌そうに眉をひそめる。


「ん? ……今アリシアのことを、不躾な目で見てた不届き者がいなかったか?」


「そう? それよりあのギズーってやつ、弱いな。本当にD級なのかい?」


「知らん。本人がそう言っていたのだ」


「そっか……。D級、ねえ」


「はわー……アリシアちゃん、あんなに強かったんですね!」


 皆が言葉を交わす中、エデンは両手を固く握りしめたままアリシアを見つめ続けていた。

 ギズーはアリシアの速さに翻弄され、防戦一方になっている。

 このまま何事もなく終わればいい。

 そうエデンが願っていると、苦し紛れに振られたギズーの剣が、偶然にもアリシアの剣を見事に受け止めた。

 一瞬、二人の動きが止まる。

 無数の細かい傷が刻まれたギズーの顔が、にやりと醜悪な笑みを浮かべた。


「ひゃはあっ!」


 それはもはや剣技ではなかった。

 ギズーの太い足が、アリシアの無防備な顔面目掛けて、思い切り蹴り上げられ――。


「――あ、勝ったね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ