119話 観測開始:5年35日目-1 / ターゲットは冒険者
指先に灯っていた淡い光が、ゆっくりとその輝きを止めた。
確かめるように左手を握り、そして開く。
数回繰り返した後、眼帯をそっと外すと、その下にある瞼がぱっちりと開いた。
鏡を覗き込むが、傷一つ残っていない。
深海を思わせるような深い青が、確かな光をともして見つめ返してくる。
「うん、よし」
呼吸をする度に、体内に取り込まれたマナが魔力へと変換され、体内に蓄積されていく。
その結果にエデンは一つ頷くと、ベッドでまだ眠っているアリシアへと近づいた。
「アリシア。今日はもう起きないと」
「ん、ふぁい」
体を揺らすと、ゆっくりと瞼が上がる。
そして視線が合うと、アリシアがバッと起き上がった。
「おねえちゃん、白いの付けてない!」
「うん。もう治ったから」
「おー! やったーっ!」
「おぶっ!」
久しぶりに遠慮のない突撃に、エデンの体がベッドに押し倒される。
「……いたい!」
「えへへー」
「もう」
首に回された腕が少し苦しいが、まあいいかと思っていると、扉がノックされた。
「あ、リリカさんね」
「そうだった、お着換え!」
その声が聞こえたのだろう。
扉が開き、リリカが入室してきた。
「おはようございます。お二人とも、起きてらっしゃ……」
リリカの瞳が、エデンを見て見開かれる。
「まあ、エデンさん、怪我が」
「はい。完治しました」
「おねえちゃん、元気になった!」
アリシアに手を掴まれ、一緒に万歳のポーズを取らされる。
それを見て、リリカは微笑みながら口を開いた。
「おめでたい事です。きっと、お嬢様も喜ばれます」
*********
ネスト中央にある広場、その噴水が朝日に照らされ長い影を作る。
噴水の前、人々が織りなす喧騒と人の数を見て、ルークの喉がゴクリと鳴った。
「お、おし。……どうすればいいんだ?」
「どうするも何も、やることは一つだけです。声を出して、興味を持ってもらうのです」
「そ、そうだけど、なんか怖いよ。みんな武器持ってるし……」
「冒険者に買ってもらうのが目的なので、何も間違っていません」
「売れるかな……私、心配になってきた……」
「おねえちゃん、いらっしゃーいって言っていい?」
目の前を行き交う冒険者の姿を見て、顔を寄せ合って囁き合う子供たち。
その姿を、すぐ傍で眺めていたダリヤは目を細めた。
「リリカ。これって、やる必要あるの?冒険者ギルドは、回復薬を欲しがっているんじゃなかったかしら」
「そうですね。ですが、信頼が必要というのも分かります。何か起きた時に、子供が作ったからだと難癖をつけられても困りますから」
「まあ、確かにね。だから安く売って使ってもらうのね」
「ギルドとしても、その方が安心でしょう。クラリスさん、その辺りはどうなっているのですか?」
「うーん、それがなんとも……ちょっと、アダルマンさんに確認してきます」
駆けだしたクラリスが冒険者ギルドの中へ消えていく。
それを見送り、ダリヤは一度頷いた。
「でもまあ、楽しそうでいいわね」
「はい。少なからず、試しに買う者は出るでしょう。その体験も、あの子たちにとって必要なことです」
「……ねえ、私もあの子たちと一緒に」
「いけませんぞ、お嬢様」
エッフェンの低い声が、ダリヤの背後から響いた。
彼だけではない。ダリヤとリリカを囲むように、三人の騎士が護衛に立っている。
「お嬢様に、売り子をさせるなど」
「むう。ねえ、リリカ?」
「こんな人の多い場所なのです。諦めてください」
「むう」
ダリヤが口元を尖らせた先。
子供たちが人のながれに向けて声を張り上げていた。
「い、いらっしゃーい! あの、回復薬売ってて」
「……なんか、全然止まってくれねえのな」
「う、うん。売れないのかな?」
自信無さげな声に、エデンは首を振った。
「いえ、まだ始めたばかりです。それに朝は依頼の取り合いにもなっているので、こちらを気にする余裕もないのかもしれません」
人の流れは、ギルドに入っていく人の方が多い。
「それより、バラバラに声を出しても上手く伝わりません。タイミングを合わせましょう」
すぐ隣では、アリシアが一番元気よく声を出している。「いらっしゃい」しか言っていないが。
「そうだな。何て言う?」
「回復薬売ってますよーとか?」
「うん。それなら分かりやすいかも」
「では、それでいきましょう。アリシア? 聞いてた?」
「ん? ううん、聞いてなかった!」
そう言って笑うアリシア含め、もう一度横一列に並びなおす。
「では、いきますよ。せーの」
「「「回復薬、売ってまーす(よー)!」」」
その声に、駆け足で通り過ぎようとしていた男が、驚いたように足を止めた。
「……回復薬? って子供?」
「あ、あのっ」
「おい、早くしろ、良い依頼取られちまう!」
「お、おう!」
男はキーシュが伸ばそうとした手の先で、振り返ってギルドへ駆けこんでしまった。
だけど、一度、確かにこちらへと振り返ろうとした。
「なあ、もしかしてだけど、今の良かった?」
「かもしれません。それに、本番はもう少し後です。依頼を受けて、街を出ようとする人の方が、足を止めてくれる可能性が高いです」
「そっか。……じゃあ、売れるかも!」
「ねえ、もっかい! もっかいやろ!」
アリシアに急かされながら、もう一度とエデンは口を開く。
「では、いきますよ。せー――」
「あれ? もしかしてエデンちゃんとアリシアちゃんか?」
「はい?」
名を呼ばれ振り返ると、見覚えのある冒険者がこちらを見つめている。
確か、ギルドで宴会をしていた時にいた人だ。
「あ、こんにちは」
「……おじさん、だあれ?」
「おじ……いや、まあおじさんだけどよ……」
「アリシア。ギルドでご飯をごちそうになったでしょ。その時にいた人」
「あー?」
首を傾げるアリシアに、彼は肩を落とすが、気を取り直したように顔を上げた。
「怪我してるって聞いたけど、治ったんだな」
「はい。ですが、何故ご存知で?」
「はは、お前たち、冒険者の中ではちょっとした有名人だぞ」
それは知らなかった。
すると、モニカが遠慮がちにエデンの袖を引っ張った。
「え、エデンちゃん。冒険者の人と、お知り合いなの?」
「はい。あ、そうでした。私達、冒険者なので」
「お、おい、聞いてねえぞ!」
「今初めて伝えました」
「それで、こんな朝っぱらから何してんだ?」
その言葉に、ルークが足元に置いていた箱から回復薬を1つ手に取った。
「お、おっちゃん、買ってくれ! 回復薬!」
「おっちゃんじゃねえよ! って、回復薬?」
「はい。私達で作りました。品質に問題はありません」
彼はルークの手から瓶を受け取ると、朝日にかざすように目の高さまで持ち上げた。
「はー。お前たちで作ったのか? ちゃんとした回復薬に見えるな……」
「う、うん。一個銅貨十枚です!」
「え? そんな安いのか?」
「まずは、多くの人に使って欲しいのです。良い商品だと知ってもらうために」
「あー、なるほどな。……なあ、何個買っていいんだ?」
「おじさん、かってくれるの!?」
「おじ……」
おじさん呼びに苦笑いしながら革袋を取り出すのを見て、ルークが箱を持ち上げた。
「全部、全部買ってくれ!」
「ルーク、駄目です。数があまりないので、今は一人一個までです」
「いろんな奴に使って欲しいんだったな。まあ、仕方ないか」
そう言って差し出された銅貨。
エデンが受け取ると、彼は満足そうに瓶を揺らしながら笑った。
「ちょっと、知り合いに声かけといてやるよ。何個あるんだ?」
「それは、とても助かります。回復薬は二十本ほどありますので」
「そうか。全部売れるといいな。んで、もっと作ってくれ」
彼はそう言って笑うと、背中を向けて去ってしまう。
残された子供たちは、エデンの手の上にある銅貨を覗き込んで固まってしまった。
「……どうしました?」
「え? あ、えっと……」
「ほ、本当に?」
「やったー! 売れた!」
アリシアが嬉しそうに両手を上げて飛び上がると、モニカの両手がエデンの体を抱きしめてきた。
「売れた! エデンちゃん、本当に売れたよ!」
「信じられない! 僕たちが作った物が、売れるなんて!」
「よっしゃあああっ! やったぞぉ!」
「……ルーク、箱を揺らさないでください。割れてしまいます」
歓喜の声を上げる彼らを、エデンはなんとか落ち着ける。
「売れたのは喜ばしいですが、出来たら全部売りたいのです」
「よっしゃ、任せろ!」
ルークは威勢よく噴水の縁に上がると、声を張り上げた。
「回復薬欲しい奴、見て行ってくれ! 今なら銅貨十枚だからよ!」
「あ、ずるい! アリシアも!」
「駄目よ、印象が悪いから。ルークも、降りなさい!」
アリシアの服を掴みながらも、ルークの声が聞こえたのだろう。こちらへと振り返った者が何人か見える。
これなら、全部とはいかなくともそれなりの数が売れそうだ。
エデンがそんなことを考えていると、共を連れた一人の男が眉を顰めながら歩み寄ってきた。
「回復薬だ? お前たち、何をふざけたこと言っている?」
不機嫌な瞳に睨まれ、子供たちが怖がるように体を寄せる。
そんな中、エデンは瓶を一本手に取り、首を傾げた。
「いえ、ふざけてはいません。ちゃんとした回復薬です」
見えるように掲げた瓶から、回復薬特有の淡い光が放たれている。
それを見て、男の目が細められた。
「……盗んだのか?」
「私達で作りました。品質に問題はありません」
「お前たちみたいな子供が、回復薬を作れるわけないだろう!」
男が上げた荒い声、そして回復薬という言葉に、人々の足が止まる。
「作れるわけがないと言われても、作れましたので」
「デタラメを言うな! いったい、どこのどいつが作った!」
「アリシアたち作った! ねー、モニカちゃん!」
「う、うん。が、頑張ったもんね」
「ちっ! 適当なことを!」
広場中央での言葉の応酬に、集まる視線が多くなる。
そんな中を、ダリヤの咎めるような声が響いた。
「ピゴット! あなた、何様のつもり!?」




