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118話 観測開始:5年34日目 / 回復薬を売ろう

 震える手がフラスコを傾け、ガラス瓶へ回復薬が静かに流れ落ちる。

 コルクをぎゅぅっと押し込み、モニカはほーっと息を吐いた。


「で、できた?」


「はい。これで完成です」


 エデンが見つめる瓶の中で、回復薬は淡い光を確かに放っている。

 キーシュも隣から覗き込むと、嬉しそうにモニカの手を握った。


「モニカ! ちゃんと銅貨十三枚に見える! アリシアが作ったのと同じ値段だよ!」


「それじゃあ……ほんとに? ほんとに、できたんだ」


 モニカが少しの間ぼーっとしたように固まると、嬉しそうにぴょんぴょんと小さく跳ねる。

 エデンはその様子を眺めながら、完成した回復薬をテーブル下の箱へとそっと入れた。

 そこに並んだ完成済みの回復薬。ほとんどはアリシアとエデンが手伝いながらの物だが、今回は違う。


「モニカさん。今日はこれで終わりですが、明日も一人で作ってみましょう」


「うん! ……キーシュ、ちょっと心配だから、もう一回一緒に確認して」


「そう? さっきも、全部覚えてたのに」


 レシピを覗き込む二人は、真剣な顔で口を動かしている。

 あとはこれを繰り返し、彼女たちだけで何の心配もなく作れるようになるだけ。

 とりあえず、回復薬の製造は大丈夫そうだとエデンが考えていると、勢いよく扉が開き、ルークが入ってきた。


「エデン、ちょっと来てくれよ」


「……ルーク。調薬をしている時は、静かに入ってきてください。埃がたちます」


「あいよ。それより、アリシアの言ってることがよく分かんねえんだ」


「……モニカさん、キーシュさん。片付けお願いします」


 小屋から出れば、目の前の畑半分まで緑と青が規則正しく並んでいる。

 最初に植えた癒し草は、収穫できそうな大きさまであと数日で育ちそうだ。

 ルークの背中を追って子供たちの元へ行くと、その中央でアリシアが拳を握った両手を広げていた。


「あのね、ムンって! フンってやるの!」


 そう言いながら腕を振り回すアリシアを見て、子供たちが分かんないと悲鳴を上げている。


「……身体強化の説明ですか?」


「ああ。だけど、上手く伝わってないみたいでな」


「ルーク。あなたも、身体強化は使えるでしょう?」


 エデンが尋ねると、ルークはバツが悪そうに顔を逸らした。


「俺も教えてるんだけどよ……」


「どう教えているのです?」


「うおおおぉっ! ってやったら、出来るだろ?」


「……ガランさんは、なんて?」


「おっちゃんは気合いだっ! ってさ。すっげえ分かりやすいと思うんだけどな」


「なんとも直感的ですね。まずは、魔力操作を覚えないといけないでしょう?」


 エデンも子供たちの輪に入り、魔力操作が出来るかの確認を始める。

 そうして日が沈め始めたころ、クラリスが二人の使用人と共に夕食を運んできてくれた。

 皆が美味しそうに口を動かすのを、エデンがアリシア、クラリスと並んで眺めていると、モニカが回復薬を作れたという話題で歓声が上がった。


「モニカ! すげえじゃんか!」


「うん。でもまだ、一本作っただけだから」


「ううん。凄いよ。僕まだ一人で任せてもらえないし」


 照れくさそうに頬をかくモニカを見て、クラリスが感心した様子でエデンへと語りかけた。


「凄いのね。本当に回復薬、作れるようになっちゃったんだ」


「はい。ですがまだ、作れただけです」


「あれ? つくれるだけじゃだめなの?」


 アリシアが首を傾げるが、それだけでは駄目なのだ。


「うん。ちゃんと売って、お金を貰わないと。それでご飯とかを買えるようにね」


「あー、そっか!」


「そうだ! そうだった!」


 エデンの声が聞こえていたのだろう。

 ルークが立ち上がると、エデンをじっと見つめてきた。


「よし、明日売りに行こうぜ! 出来たの、何本かあるんだろ?」


「え? う、売りに行くの?」


「……そうですね」


 エデンが悩む様に目を閉じると、アリシアが「おー!」と目を輝かせた。


「おみせやさん、アリシアもやりたい!」


「そうだろ! エデン、やろうぜ!」


「まあ、いいですか」


 どのみち、どこかでやらないといけないと考えていたことだ。


「それで、回復薬っていくらで売れんだ?」


「あーどうなんだろう? 僕には、銅貨十三枚に見えたけど」


「じゃあ、その値段で売ればいいの?」


 モニカが疑問の声を上げると、エデンは手を上げた。


「この街の回復薬は、銅貨十五枚です。ですが、私たちは銅貨十枚で売ります」


「えっ、どうして?」


「十三枚の価値があるんだろ? それで売ればいいじゃんか!」


「……ルーク。あなた、もし見ず知らずの子供が物を売ろうとしていたら、安心して買えますか?」


「……あ?」


 エデンの言葉に、ルークが分からないといった様子で固まってしまう。

 その彼を、モニカとキーシュが困ったような目で見つめた。


「私、ルークが売ってたら盗品だと思うかな」


「うん。僕も」


「おい、なんでだよ!」


「言ってしまうと、私たちには信頼が無いのです。なので、まずは盗品ではなく自分たちで作っていること、そして質の良い回復薬であるということを、多くの人に知ってもらわないといけません」


「あ、だから安く売るんだ」


「はい。その通りです」

 

 エデンが頷くと、アリシアがバッと手を上げた。


「アリシア、いらっしゃいする!」


「お、じゃあ俺箱持つぜ!」


「……ルーク、落とさない?」


「何言ってんだ、落とさねえよ!」


 騒がしくなったテーブルを見て、クラリスもつられて笑った。


「楽しそうね。ここに来たばかりの時は、皆不安そうにしていたのに」


「そう……でしたね」


「うん。それで、明日はどうするの?」


「はい。朝一で冒険者ギルド前の広場に行き、そこで販売します」


「ギルド前?」


「はい。欲しい顧客はリピーターです」


 冒険者であれば、消費するたびに購入してくれる。

 すると、クラリスが首を傾げながら小声でつぶやいた。


「……あれ? 私、どうすればいいの?」


「クラリスさん?」


「あ、ううん。なんでもないわ。明日、相談しに行けばいいし」


 クラリスは一人納得すると、立ち上がって手をたたいた。


「ほら、皆。明日売りに行くのなら、身体綺麗にしないとね。ご飯食べ終わったら、お風呂に行くわよ」


 その声に、子供たちから歓声が上がる。モニカが一番うれしそうだが。


「いいですか。明日はいつもより早く動き始めるので、今日は早めに寝てください」


 エデンが追加で告げると、皆頷いて返してくれる。

 その反応に満足しつつ、エデンは左腕を上げた。


「そうですか。明日ですか……」


「エデンちゃん? どうしたの?」


「いえ。私も、明日が来るのを心待ちにしていたので」


 そう答えながら、青い瞳がキラキラと輝いた。


「明日の明け方に、やっと欠損が完治します」



 *********



 カランと扉が開き、一人の女性が『朝露の森』から出てきた。

 困惑するような表情で数歩歩くと、頭を抱え通りの上でしゃがみこんでしまう。


「どうしていないの!?」


 突然の叫び声に、通行人が驚いた顔で振り返るが、彼女は気にする余裕がないのか意に介さない。


「シエルさんたちも依頼に行っちゃっていないし!」


 たまらず心配した男が声をかけようとすると、彼女が突然立ち上がった。


「冒険者ギルドに……クラリスさん!」


 そのまま、なにも目に入らないかのように走り出した。


「何処にいってしまったのですか! アリシア様、エデン様ーっ!」

 

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