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117話 観測開始:5年30日目 / 調薬を始めよう

「……少し、伸びが早くなってますよね」


「ふぉっふぉ、そうじゃのう。活き活きしとる」


 上機嫌に笑うホブナンの隣で、エデンは目の前にならぶ癒し草を見つめた。

 この数日も順調に育ち続け、緑の葉が畑一面に広がりつつある。

 すぐ隣の畝には、月見草の青みがかった葉が、こちらも少しずつその面積を増やしている。


「これも、モニカさんのおかげでしょうか」


「えっ? そ、そうなのかな? そうだったら、嬉しいけど……」


 照れくさそうに頬をかくモニカに、ホブナンがうんうんと頷いた。


「『植物の隣人』(ボタニカル)とは、素敵なギフトを持っておる」


「で、でも、なんとなく分かるだけなんです」


「いえ、私も素晴らしいと思います」


 エデンがどれだけ植物を観察しても、植物が何をしてほしいかなんて分かりはしない。解剖でもすれば、その状態を把握することは出来るだろが……。


「癒し草は、どんなことを言っているのですか?」


「え? んっと、お水もっと欲しいとか、隣のやつがうるさいとか。機嫌が良いとおしゃべりしよって」


「……なかなか、注文の多い草たちですね」


 癒し草に顔を近づけるが、みずみずしい葉が見えるだけで、何も分からない。

 エデンが首を傾げていると、モニカが笑いながら口を開いた。


「エデンちゃん、いいの? そろそろ」


「あ、そうでした。ではホブナンさん、畑をお願いします」


 モニカと伴って小屋へと戻ると、ルークが洗濯物のシャツを張られたロープへ干そうとしている。


「なあ、クラリスのねーちゃん。こんなでいいのか?」


「シワちゃんと伸ばさないと。跡になっちゃうから」


「へーへー」


「適当にやらない!」


 クラリスの手がルークの頭をぺしっと叩くと、それを見ていた子たちから笑い声が上がった。

 横を歩くモニカも、それを見てクスクスと笑っている。


「クラリスさんとは、仲良くやれていますか?」


「うん。すっごく優しくて。……なんか、お母さんみたいで」


「え? お母さんですか?」


 彼女の顔を見ると、まぶしそうに目を細めてクラリスのことを見つめていた。


「クラリスさんは私達のこと見ても、嫌な顔しないし。ちゃんとお話しも聞いてくれるの」


「……そうですか」


 そういえば、クラリスはいつまでここにいてくれるのだろうか。

 休暇と言っていたが、いつまでもそれが続くわけでもない。

 その後の生活のことも考えなければいけない。

 エデンが悩みながら小屋に入ると、作業台の前で手を動かしていたアリシアとキーシュが振り返った。


「あ、おねえちゃん! 準備できたよ!」


「うん。ありがとう、アリシア」


 エデンたちも作業台の前に立つと、キーシュが緊張した様子で手をさすり始めた。


「うー、いよいよだね」


「だ、大丈夫よ。たぶん……」


 不安な二つの瞳に見つめられ、エデンは首を振った。


「問題ありません。最初はアリシアが作るので、お二人はまず見学していてください」


「うん! アリシアが作るから!」


「……え? アリシアが作るの?」


「エデンちゃんじゃなくて?」


「はい。今は……左腕を怪我していますので」


 綿の詰まった左手を振りながら、エデンは踏み台の上に立った。

 目の前には器具だけでなく、この数日でルークとアリシアが作ってくれた粉末になった薬草の瓶、匙やガラス棒に小皿等も並んでいる。


「ダリヤも、これたらよかったのにねー」


「仕方ないわ。今日はお仕事だって」


「ダリヤぷんぷんしてた!」


 実際、調薬というものを見たいと言っていたが、仕方ない。

 明日もやるだろうし、来れる時に見てもらえばいい。


「私が解説をしますので、アリシアの作業を見ながら聞いてください」


「さいしょはこれ!」


 アリシアの手が天秤はかりをむんずと掴み、手前に引き寄せる。

 その隣で、エデンは分銅の入った小さな箱を取った。


「まずは調薬に使用する粉末の量を正確に測ります。器具の詳しい使い方は、後で改めて説明します。重さを測るにはこの分銅を使いますが、ここに印がついているのが分かりますか?」


 エデンが指差した場所に、小さな印が二つついている。


「緑の印は、癒し草を測る時に使用します。青は月見草です。両方あるのは、どちらにも使うということです」


「これとこれとこれ!」


 アリシアが分銅を3つ取ると、片側のお皿の上にそっと乗せる。


「……これって、何グラムなの?」


 キーシュがアリシアに尋ねると、口をポカンと開けて固まってしまった。


「……さあ?」


「十五グラムです。ですが、覚えなくても色で見れば分かります。いずれは数字も覚えた方がいいでしょうが」


「えっと、緑が癒し草で、青が月見草……」


 モニカがぶつぶつと呟きながら、必死に覚えようとしている。

 それを見て、エデンは彼女の手をつついた。


「モニカさん。何度も繰り返せばきっと覚えられます。工数は多いですが、他の器具も使いやすいように印を着けてあります。なので、落ち着いて話を聞いてください」


「う、うん。分かった」


 何度もうなずいている様子は、まだ肩に力が入っているように見える。

 だが、時間が経つにつれて落ち着くだろう。

 エデンは改めて粉末の入った瓶を、アリシアの前に寄せた。


「では、次に粉末を反対のお皿に乗せます。取る時は綺麗にした匙を使うようにして――」



 *********



 薄暗い路地にある寂れた酒場、その丸テーブルに空になったジョッキが叩きつけられた。


「おい、追加だ! 酒くれ!」


 その声に、店主の男が面倒くさそうに顔をしかめながらも、次のジョッキを用意する。

 それをしり目に、四人の男女のうち一人の男が声を荒げながら立ち上がった。


「くそっ! どいつもこいつもよお! 俺たちのことふざけた目で見やがって」


「……うるさい」


「あんだとぉっ!?」


「うるさいっつってんのよ! 酒がまずくなるでしょうが!」


「二人とも、うるせえよ」


 男は気だるげにテーブルに突っ伏すと、「あー」と力の抜けた声を漏らした。


「ギズーの野郎、へましやがってよ」


 ギズーが冒険者ギルドで捕まって以来、他の冒険者やギルド職員から冷ややかな視線を向けられる。


「あいつ、捕まってどうなったんだろうな」


「知るかよ! 今頃檻の中にでも放り込まれてんじゃねえの?」


「ねえ、それよりこれからどうすんのよ? もう、今までの手は使えないんだから」


 その言葉に、皆が困ったように黙りこくってしまう。

 目を付けられている以上、また新人を襲おうものなら、どこからバレるか分からない。


「……もういっそ、別の街行くか?」


「あー、まあ、それもありか」


「何言ってんのよ。別の街なんて、私達ネストから出たことないのに」


「冒険者として活動するなら、この国ではここが一番だろ」


 結局変わらない結論に、皆が頭を落としてしまった時、下衆な笑い声が頭上から降ってきた。


「ガハハ、お前らか? 最近煙たがられてるって馬鹿どもは」


「んあ?」


 顔を上げると、そこにいたのは初対面の厳つい男。


「誰だ、お前?」


「ああ、俺はザッハってんだ。んで、お前らで間違いねえな」


「あ、おい、勝手に座んなよ」


 図々しく身体を滑り込ませた男を睨みつけると、彼は気にしていないように手に持っていたジョッキを傾けた。


「っぷはあっ! んでよ、お前ら最近苦労してるみてえじゃねえか。聞いたぜ? 愚図を殺して身ぐるみ剝いでたのがバレたんだって?」


「……俺たちはやってねえよ。ギズーだ」


「どっちだっていいじゃねえか! お前らがまとめてゴミのように避けられてんのは変わんねえんだからよ!」


 そう言って、何が面白いのかザッハが高笑いする。


「あんた、私達に何の用よ?」


 彼女が不機嫌そうに尋ねると、ザッハは肩を揺らしながら両側の男の肩に腕を回した。


「がはは、今人集めててな。どうせ色々気に食わねえってんなら、暴れるだけ暴れて逃げ出しちまおうぜ! 報酬なら色付けてやるからよ!」

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