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120話 観測開始:5年35日目-2 / エルネスト家の矜持

 不機嫌さを隠そうともしない顔で、ピゴットのことを睨みつけながら護衛を伴って近づいてくる。


「これはこの子たちが、一から作り上げた物よ。私が保証するわ!」


 ダリヤが告げながらエデンの傍らに立つ。

 すると、ピゴットは「ほほお?」と嫌らしい笑みを浮かべながら顎を撫でた。


「なるほど。お嬢様は、よっぽど私から回復薬を仕入れるのが嫌らしい」

 

「……なんですって?」

 

「こんな子供に使えもしない物を作らせて! 今、街では質の良い回復薬が手に入りづらくなっているのはご存知でしょう!?」

 

「おい! 使えもしないってなんだ!」


 ルークが噛みつくが、彼はそれを鼻で笑うと、後ろの男が抱えていた箱から一本の瓶を取り出し、群衆に見せつけるかのように掲げた。


「薬品とは子供のお遊びではない! ロンメーヌ伯爵家の信を得る私が、この街を助けるため回復薬を売ろうと努力しているにも関わらず! それを、エルネスト家は己の利権を守る為に妨害しているのだ!」

 

「あなた、デタラメを言わないで! 我がエルネスト家を愚弄するつもり!?」

 

「デタラメな物か! 見ろ、ここに回復薬はあるのだから!」


 得意げに掲げられたそれを見て、群衆の中に騒めきが広がる。

 エデンも握られた回復薬を見つめ、目を細めた。


「その回復薬……輝きが鈍くないですか?」


 一本、箱から取り出して見比べると、明らかに輝きが違う。

 その指摘に、ピゴットは呆れたように首を振った。


「だから言っている。子供に違いが分かる物か」

 

「ぼ、僕分かる! その回復薬、あんまり良くない!」


 キーシュが震えながら、指をそっと伸ばした。


「ど、銅貨五枚の価値しかない! だ、だって、僕の目がそう言って――」

 

「だ、黙れキーシュ! お前、何言ってんだ!」

 

「何でもない、今のは、何でもないの!」


 慌ててルークとモニカがごまかそうとするが、ピゴットの目はキーシュを捉えている。

 それを振り払うように、ダリヤが前に出た。


「さっきの発言、撤回しなさい! あなたとの商談を受けないのは、商業的な理由よ!」

 

「ふん、どうだか。貴方のように無知な子供を代理に立てるとは、エルネスト家も落ちたものだ」


 嘲るような視線がダリヤを貫く。

 すると、青筋を浮かべたエッフェンが、剣に手をかけながら前に出た。


「貴様、先ほどから聞いていれば、あまりに無礼な物言い。その首切り落とされたいか」


 それに答えるように、ピゴットの背後から荒くれ者のような男が前に出た。


「ああ? 騎士様ってのは随分お行儀が良いんだな。街中で流血沙汰がお望みかよ」


 張り詰めた空気に、それぞれ武装した者が前に出て対峙する。


「お嬢様。おさがりください。エデンさんの傍へ」

 

「で、でも、リリカ!」

 

「お嬢様」


 リリカの有無を言わさぬ圧に、ダリヤは唇を噛むとエデンの横へと下がった。

 目の前の状況に、エデンは首を傾げる。


「これは、想定していませんでした。どうしましょう」

 

「貴方ね、何を呑気に!」

 

「んー、みんなお薬買ってくれないの?」


 アリシアが不思議そうに首を傾げると、子供たちの表情に影が落ちた。


「ど、どうして? だってこっちの回復薬の方が、質が良いのに」

 

「あいつ、さっきから俺たちの事ガキだって馬鹿にしやがって!」

 

「エデンちゃん、ど、どうしよう」

 

「……私達が作った回復薬が、問題ないことを理解していただけるといいのですが」


 その為の販売だったのだが、評判が広がる前にこんな事態に。

 ピゴットに目を向けると、ニタニタと笑いながらこちらを見つめている。

 すると、その視線に気づいたダリヤが目を吊り上げた。


「……あいつ、許さない! みんなで、こんなに頑張ったのに!」

 

「とはいっても、どうしましょうか」

 

「要は、みんながこの回復薬が使えるってことを、知らしめればいいんでしょう!?」


 ダリヤはそう叫びながら、箱から回復薬を一つ手に取った。


「アリシア、あなたナイフ持ってたわよね? 貸して!」

 

「ん? うん」


 その剣幕に、アリシアは目を見開きながら、ポーチから出すふりをして、ナイフをダリヤに渡す。

 ダリヤはそれを受け取りながら、持っていた回復薬をエデンへと押し付けた。


「持ってて」

 

「あ、はい」

 

「お、おい、何すんだ?」

 

「エデン! 皆に見えるように、私と貴方を台座で持ち上げて! 出来るでしょう!?」

 

「で、出来ます!」


 言われるがままに、足元から氷を生成し体を持ち上げる。

 まっ平な天板がせりあがり、エデンたちの足元が大人の頭上よりも上へと上がった。

 そして眼下の広間に集まった群衆に向けて、ダリヤは叫んだ。


「皆、聞きなさい! 私はダリヤ・エルネストよ!」


 良く通る声に、突然現れた氷の台座。

 みんなの視線が一点に集まる中、ダリヤの声が空気を震わせる。


「我がエルネスト家はネストの繁栄の為に血を流す覚悟がある! 曇りなき眼で見定めなさい!」


 そう告げると、ナイフを抜き鞘を放り投げた。

 彼女の手が微かに震え、表情も強張っている。


「……ダリヤ?」


 何をするのか、そう確認する前に、彼女はナイフを持った右手を振り上げた。

 ここに至って、彼女が何をしようとしているのか気づいた。

 差し出した左手の平目掛け、その手が振り下ろされ――。


「だ、ダリヤ! 待っ――」


 銀の刃が、彼女の左手を貫いた。

 飛び散った血がダリヤの服を、滴った血は氷を濡らす。

 水を撃ったような静寂が広間に広がる中、リリカの悲鳴が上がった。


「っお嬢様!?」

 

「っ、だ、ダリヤ、何をしているのです!?」

 

「ぬ、抜かないと……」

 

「私がやります!」


 膝をつき、汗が噴き出している彼女にハンカチを噛ませ、手首をがっしりと掴む。


「いいですか? 抜きますよ!」

 

「っ、ん!」


 震える瞳に頷き返し、柄を握りしめる。


「いち、に、さんっ!」

 

「んんーっ!!」


 悲鳴に構わず、身体強化も使って一息に引き抜く。

 そしてあふれ出る血を目掛け、回復薬をぶちまけた。

 翠緑色の液体が血を洗いながし、皮膚の破れた傷口をあらわにすると、回復薬の輝きが集まり傷を修復した。

 その即効性に、ダリヤの口からハンカチが落ちた。


「……すごい」


 左手を上げ、手のひら、そして甲を確認するようにひっくり返す。


「……見て、傷がない」


 傷は完全にふさがり、ただ白い肌が時を巻き戻したかのようにあるだけだ。


「みんな、見て! 痛みも、傷もまったく残ってない!」


 飾らない、悲鳴のような声に、徐々にざわめきが広がっていく。


「え? 回復薬だよな?」

 

「そう言ってた。上級じゃないって」

 

「だとしたら、相当質がいいぞ」


 感心するような声が聞こえるが、それどころではない。

 エデンはダリヤの手を掴み、彼女の顔を覗き込んだ。


「なんてことをしているのです!」

 

「だ、だって、これが一番分かりやすいじゃない」

 

「それは、そうかもしれませんが」

 

「それより、手、手を貸して。足が震えちゃって、立てなくて……」

 

「……はあ」


 汗ばんだ顔で笑う彼女に、エデンは肩を貸して立ち支える。

 ゆっくりと立ち上がると、ダリヤは氷台の上からピゴットを見下ろした。


「ピゴット」


 その温度を感じさせない声と共に、持っていたナイフを彼の足元へと投げつける。


「貴方の手にある回復薬。自信があるというのなら、同じことをやって見せなさい」

 

「ぐ……」

 

「出来ないのなら、さっさと去りなさい。粗悪品にお金を払うほど、私は愚かではないの」


 ピゴットはしばらく血の付いたナイフを睨みつけると、「馬鹿馬鹿しい!」と吐き捨てる。

 そして子供たちの方を一瞥すると、背中を向けた。

 連れ従う男たちも追う様に群衆の中へと消えるのを見送り、ダリヤが大きく息を吐いた。


「あー……痛かったわ」

 

「当然です。怪我をすると痛いのです。知らないのですか?」

 

「知ってるわよ。……でも、知れて良かった」


 何を言ってるのかと彼女を見ると、茶色い瞳がエデンのことを見つめていた。


「あなたも、あんな痛い思いをしたのね」

 

「……知りませんでした。ダリヤは、存外馬鹿なのですね」

 

「ふふ、そうかもね」


 二人で静かに笑い合うと、台座のしたからリリカとアリシアの声が響いた。


「お嬢様! エデンさん! 降りて来てください!」

 

「おねえちゃーん! ダリヤー! だいじょうぶー!?」


 その声にエデンが台座をおろすと、あっという間に冒険者に囲まれてしまった。


「なあ、回復薬売ってんのか?」

 

「売ってくれ! 頼む!」

 

「え? あ、そうでした」

 

「お、おっさん、買ってくれんのか!?」

 

「ああ。それで、何個あるんだ? 全部欲しい!」


 その声に、背後にいた冒険者が騒ぎ始めた。


「ちょ、てめえ、何一人で買い占めようとしてんだ!」

 

「うるせえ! 次何時買えるか分かんねえだろ!」

 

「待ちなさいよ! 私たちだって欲しいんだから!」


 騒ぎ始める彼らに、逆に子供たちの方が困ってしまう。


「みんな買ってくれるって!」

 

「……どうする? 一人一個だっけか?」

 

「うん。その方が、たくさんの人に知ってもらえる、だっけ?」

 

「た、足りないよね? そんなに数ないよ?」

 

「そうですね。とりあえず今日は、早い人順で在庫があるだけ、それで済ませましょう」


 簡単にそう決め、ルークは回復薬の箱を持つ。

 待ってましたと、声をかけてきた男が瓶へ手を伸ばした時、「待て」と低い声が響いた。

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