116話 観測開始:5年24日目 / モニカのギフト
畑に作られた畝に、等間隔で頭を出した芽。
それをホブナンと並んで眺めながら、エデンは不安げに口を開いた。
「ちゃんと育っているのは安心ですが、収穫までどの程度かかるでしょうか?」
「そうじゃなあ。順調に育っても、二週間ほどかかると見ていいかもしれんの」
「……そうですか」
であれば、今は収穫以外の方法で素材を集めるしかない。
今も子供たちが雑草を引っこ抜き、綺麗になった場所は小さなスコップで畝立てをしている。
種も無くなってしまったし、あまりやりたくは無いがもう一度護衛をお願いして、アリシアに癒し草を採ってきてもらうか……
エデンが悩まし気に唸っていると、ジョウロを片手に持ったモニカが近づいてきた。
「あの、ホブナンさん。聞きたいことがあるんですけど」
「ん? どうしたかね?」
「かけてあげる水の量なんですけど……」
モニカの声が尻すぼみに小さくなり、自信無さげに視線が横に逸れた。
「あの、も、もっとかけてあげてもいいでしょうか?」
「ふむ?」
「……十分に、足りているように見えますが」
畝は濡れて黒く染まり、葉についた水滴が日光を反射し光って見える。
エデンが首を傾げると、ホブナンも探るような目をモニカへと向けた。
「そうじゃな。して、モニカはどうしてそう思ったんだい?」
「え? あ、その、なんだかもっと欲しいって、そう言われたような気が、して……」
「……植物は、話しませんよね?」
「……ほほう?」
ホブナンの瞳が興味深そうに細められると、モニカは慌てて手を振った。
「す、すいません、変なこと言ったかも……」
「そうかい。モニカには声が聞こえるのかもね」
「……ホブナンさん?」
エデンが疑問の声を上げると、ホブナンは微笑みながらモニカの手を取った。
「エデンや。モニカのこと、少し借りるからの」
「え? え?」
「あ、はい。……分かりました」
困惑するモニカの手を引きながら、ホブナンが背中を向けて畑の奥へと行ってしまう。
エデンは首を傾げながら、小屋の隣で騒いでいるアリシアたちへと歩み寄った。
そこでは真剣な顔で拳を握るルークと、ニコニコと笑っているアリシアが向かい合い、その様子をダリヤとリリカが椅子に座って眺めている。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
「「ジャーンケン、ポン!」」
握られたままのルークの拳と、開かれたアリシアの手。
その結果に、ルークが膝をついて崩れ落ちた。
「くそおおおおぉっ!」
「やった! アリシアこっち!」
アリシアがすり棒を嬉しそうに握ると、ルークがゆっくりと立ち上がり、月見草の入ったすり鉢をガシッと両手で掴んだ。
そして腰を下ろすと、気合を入れて叫ぶ。
「よし、来い!」
「うん!」
その時、傍まで来ていたエデンがルークの視界に入った。
「お、アリシア、ちょっと待、ちょ待てーっ!」
腕を動かし始めたアリシアにルークが悲鳴を上げるが、その横を通り過ぎダリヤの隣に腰をおろす。
「……何やら、楽しそうですね」
「アリシアはね。ルークは必死だけど。それより、これ」
苦笑いしながらダリヤが差し出したのは、粉末の入ったガラス瓶。
エデンはそれを受け取ると、回しながら中を確認する。
「ええ。綺麗な粉末状になってますね。これなら使えます」
「そう? なら良かったわ」
ダリヤは椅子に座りなおすと、畑の奥をじっと見つめた。
「今のところ、順調なんじゃない?」
「はい。ですが、元々ここまでは問題ないと思っていました」
「そうなの?」
「はい」
エデンは一度頷くと、ダリヤと同じく畑の奥を見つめた。
「回復薬も、作ることはできると思っています。私が一緒に作業するので」
「そう。じゃあ、今後想定される懸念点は?」
「2つあります。1つは、そもそも作った回復薬が売れるのか。質の良い回復薬が市場に出回っていない以上、問題ないとは思います。ですが彼らは子供、それも親のいない孤児です」
「そうね。……もう1つは?」
「品質の維持です。私達がここを去っても、同じ品質で回復薬を作り続けなくてはいけません」
いなくなった途端、粗悪品しか作れなくなっては、意味がない。
「エバ様から頂いたレシピには、火入れの時間や温度管理まで細かく記載されています。なので内容を読むことができるようになれば、この問題も解決するのですが」
視線の先では、雑草を引っこ抜いた拍子に転げた子供が、キーシュにぶつかって悲鳴を上げている。
「キーシュには、エルネスト家で働いて欲しいのでしょう?」
「……そうね。いずれはそうなって欲しいわ。少し引っ込み思案だけど、悪い子ではないし。先生やオスカーからも、頑張って勉強してるって聞いてるわ」
「はい。なので、鍵になるのは……」
キーシュの奥、ホブナンと並んで何か話し込んでいる少女を、エデンの青い瞳がじっと見つめる。
「モニカね。でも、彼女なら心配いらないんじゃない?」
「……そう、ですね」
言葉に詰まったエデンに、ダリヤが怪訝な顔を向けた。
「どうしたの?」
「いえ。……モニカさんは何故、キーシュさんを私に預けたのでしょうか?」
「ん? ああ、あの時の」
エルネスト家の正門前で、気を失っているキーシュを押し付けるように託された。
「彼女は大好きだと言っていました。ならば、何故離れようとするのです?」
「それは、キーシュのことを思ってでしょう?」
「それは理解しています。ですが……私であれば、アリシアと離れるなんてことは考えられません」
「まあ、貴方はそうなんだろうけど」
そう言ってダリヤはクスクスと笑うと、傍らで紐に干し釣りにされている癒し草へと視線を移した。
「それで、いつ頃から調薬を始められそうなの?」
「乾燥には一週間ほどかかります。なので、今は畑の整備と、引き続き勉強や身体強化の練習に励んでもらおうかと」
「そう。先生たち、また明日も来てくれるみたいよ」
「それは、助かります。……それと……」
「それと?」
ダリヤがエデンへ振り向くと、その目が引くように細められた。
「……その顔、前も見たわ」
「……素材が追加で欲しいので……アリシアにまた、採取に行ってもらわないと……」
苦しそうに言葉を並べるエデンを見て、ダリヤが呆れたように息を吐いた。
「貴方ねえ、アリシアと数時間離れるだけじゃない!」
「それが嫌なのです! アリシアと離れるなんて!」
「だったら、うちの者に採りに行かせるって言ってるでしょう!?」
「ですが効率を考えると、アリシアが探知した方がたくさん量を確保できるので……」
「もう、心配しすぎよ! この前だって、何事もなく帰ってきたじゃない!」
「そ、そうなのですが……」
エデンが言いすがると、すぐ傍で甲冑のこすれる音が響いた。
その音に二人で振り返ると、見慣れぬ男がエルネストの家紋入りの鎧を身にまとって立っている。
「お嬢様。ご歓談中失礼致します」
「……エッフェン? あなた、どうしてここにいるの?」
「エッフェンさん。戻られたのですか?」
「はい。屋敷に戻ったところ、オスカー殿からこちらにいらっしゃると伺いまして」
ダリヤとリリカが親し気に話しかけるのを見るに、エルネスト家の騎士なのだろう。
「ダリヤ? こちらの方は?」
エデンが気さくに尋ねると、その言葉を聞いたエッフェンの眉がピクリと動いた。
「……ダリヤ? お嬢様、こちらの女児はいったい、どちらの家の者で?」
鋭い目つきがエデンを睨みつけ、たまらずダリヤが手を振った。
「エッフェン、この子はね、私のお友達なの! 貴族ではないけど!」
「エッフェンさん。オスカーさんから聞かれませんでしたか? お嬢様を助けてくださった方について」
リリカの補足に、エッフェンは軽く目を見開くと、エデンのことを観察するように見つめてきた。
「いや、聞いているが……誘拐犯を返り討ちにしたと聞いたぞ?」
「返り討ちというよりは、ほぼ相打ちでしたが」
「お主、年はいくつだ?」
「はい。五歳になったばかりです」
エデンが正直に答えると、エッフェンは眼がしらを抑えて首を振った。
「……どういうことだ?」
「オスカーに詳しく聞いてこなかったの?」
「いえ、色々聞きはしたのですが……聡明で礼儀正しく、お嬢様とも対等にお話しすることが出来る方だと。家中でも評判が良く、深い慈しみの心を持ち、妹のことをとても大切にされていると」
「評判……? それに、慈しみの心?」
そんな物、持ち合わせた覚えはないが。
エデンが首を傾げると、ダリヤが肩を震わせながら頷いた。
「まあ、だいたい合ってるんじゃないかしら。エデン、この人はエルネスト騎士団団長、エッフェンよ」
「うむ。エッフェンだ。よろしく頼む」
「あ、エデンです。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返すと、大きな手にエデンの手が見えなくなった。
「それで、妹というのは――」
「……そこですり棒を楽しそうに動かしているのが、妹のアリシアです」
指さした先で、歓声を上げながらアリシアが手を動かしている。いや、聞こえてくるのはルークの悲鳴もだが。
エッフェンの目がアリシアを見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「……あちらが姉では?」
「いえ、違います! 私が! お姉ちゃんです!」
やはり、初対面の人にはアリシアが姉に見えるらしい。
ぷくっと頬を膨らませて抗議をしていると、リリカがエッフェンへと尋ねた。
「それでエッフェンさん、鉱山の方はよろしかったのですか?」
「ああ。バルガス様の命令でな。お嬢様の警護には、私もつく」
「少し大げさ、でもないわね」
「はい。バルガス様が戻られるまでは、近くに控えておりますので」
頼もしく頷くエッフェンを見て、ダリヤが閃いたとばかりに口を開いた。
「エッフェン、あなた何人で戻ってきたの?」
「私含めて、5名です」
「そう。じゃあ、明日三人ほど仕事を頼みたいの」
「む? 仕事、ですか?」
「ええ。明日アリシアが薬草を採りに行くから、守ってあげて」
ダリヤがいたずらっぽく笑うと、エッフェンは目を瞬いた。
「は? いえ、しかしですな。……ところでお嬢様方は、いったいこんなところで何をされているのです?」




