114話 観測開始:5年21日目-2 / エバの調薬レシピ本
「ありがとうございます。まあ、こんな物でしょう」
調薬に使う道具が並べられたテーブルの上を眺め、エデンは頷く。
子供でも分かるように、一定量で印の着けられたビーカー、蒸留に使うフラスコ、温度を測ったり、火を保つ魔道具等。そして真ん中に置かれている、エバから貰った調薬書。
エデンの代わりに物を動かしていたリリカも、同じようにテーブルの上を眺めた。
「これは、使用する順番に並べたのですね」
「はい。アリシアが調薬する時に、ママが同じように並べてくれました」
「なるほど。子供でも分かりやすいように、ですか」
材料が無い為今日すぐに使うわけではないが、それでも近いうちには使うことになる。
現状準備できる物は全て揃っているのを改めて確認し、踏み台から降りた。
使用人のほとんどは、ダリヤと共に屋敷へと戻ったが、最低限子供たちが生活できる環境を整えてくれた。
その上で残ってくれたリリカに感謝しつつ二人で小屋から出ると、すぐ近くの地べたに子供たちが座って集まっている。
「モニカさん、キーシュさん。お話ししたいことがあるのですが」
「あ、エデンちゃん。え、ええとね……」
「こ、これは、さぼってたんじゃなくて!」
「よ、よおし、皆やるぞ! ほら、雑草抜きだ!」
ルークが慌てた様子で、皆を立たせようとしている。
何故か顔を引きつらせる彼らを見て、エデンは首を傾げた。
「休憩していたのですか?」
「ご、ごめんなさい! 少しだけ、休んでいました!」
「いえ? 別に、構いませんが」
確か、昼食の時間を除いても、もう4時間ほどは作業している。
「もう2時間ほど作業したら、今日は終わりにしましょう。日も落ちてくるでしょうし」
「……え? あと、二時間だけ?」
「はい。明日中に、この区画が使えるようになっていれば良いので」
エデンが指し示したのは、今子供たちが座っているあたり、四方5mほど。
すると、ルークが「へ?」と間の抜けた声を出して、遠くへと広がる畑を指差した。
「そうなのか? あれ、あっちは?」
「あちらは、途中から別の方の畑です。それに、徐々に使える範囲を広げていけばいいのです」
「紛らわしいな! それに、あと二時間でいいのか? 夜中まで働いたりは?」
「夜は、子供は寝る時間です」
エデンが当然のように口にすると、子供たちが安心したように体の力を抜いた。
「……なんです?」
「エデンさん。恐らく、貧民街から出られる環境を提供する対価に、過酷な労働を求められることを危惧されていたのでしょう」
リリカの言葉に、それが正解とでも言うかのように皆がそっと視線を逸らす。
「私は別に、そんなつもりはありませんが……ただ一生懸命やらないと、予定通りにはいかなくなってしまいます」
「そ、そうですよね! ほら、みんな、十分に休んだでしょう? お仕事しましょう!」
「いえ、モニカさんにはお話しがあります。キーシュさんも」
「ん? 僕も?」
「……俺は?」
ポカンと自分を指差すキーシュの横で、ルークはどこか不服そうに同じポーズをしていた。
「ルークは、他の子たちの面倒を見てあげてください。年長者がいなくなったら困るでしょう」
「ああ、そういうことか。まあ、いいけどよ……ところでさ」
ルークが立ち上がると、エデンへと顔を寄せた。
「なんで俺だけ、呼び捨てなんだよ?」
「……私は、あなたがアリシアのブレスレットを盗もうとしたこと、忘れていませんから」
「えっ、そ、それが理由かよ!?」
「十分すぎる理由です」
バッサリと切り捨てると、ルークがショックを受けたように肩を落としてしまった。
子供たちに慰められながら作業を再開するのを見送り、モニカ、キーシュ、リリカと共に小屋へと戻る。
二人の視線が小屋内を彷徨う中、エデンは再び踏み台の上に立った。
「お二人には、畑作業とは別に、できるようになってもらいたい事があります」
前置き抜きで話し始めたエデンに、二人がコクコクと頷いた。
「回復薬を作るというのはお伝えしましたね。なので、誰かが調薬をしなければなりません。それを、あなた達にやっていただきます」
「わ、私達が、調薬を?」
「なんか……難しそう」
「いえ。回復薬はそんなに難しくありません。ただ、注意すべき点がいくつかあるだけです。ちゃんと理解すれば、子供一人でも作ることができます」
実際、アリシアも道具を準備すれば、一人で作ることができる。
その言葉が励ましになったのか、モニカが安心したように息を吐いた。
「良いですか? これから二週間で、売り物になる回復薬を作れるようになっていただきます」
「に、二週間?」
「そんなに早く?」
「はい。それだけしか、時間はありません」
早速と、目の前に置かれている本へと手を伸ばすと、モニカとキーシュが怪訝な顔でエデンを見つめていた。
「時間がないって、どうして?」
「もしかして、ご飯を買うお金がなくなっちゃうとか?」
「それもありますが、別の理由です。私とアリシアは、そう遠くないうちにこの街を出ますので」
ジンとシエルが戻ったら、すぐに発つことになるのだろうか。
具体的なことは分からないが、何ヶ月もここに留まったりはしないだろう。
すると、二人が驚いたように悲鳴を上げた。
「エデンちゃん、どこかに行っちゃうの?」
「はい。王都に行く予定です」
「い、いつ行っちゃうのさ?」
「正確には分かりませんが、早ければ一月ほどで街を出るかもしれません」
その言葉に、二人の顔が目に見えて不安に染まってしまう。
「ですが、それまでに回復薬を作れるようになれば良いのです。良いですね?」
「う、うん!」
「それで、何をすればいいの?」
キーシュに尋ねられ、エデンは本を開き、回復薬のレシピを広げた。
「材料が揃うまでの間に、レシピと作業工程を覚えておきます。お二人は、文字は読めますか?」
「少しだけ、なら」
「ぼ、僕は読めない」
「では、私が教えますので、このページの内容だけ読めるようになってください。このページだけで結構です」
本来ならしっかりと教えた方がいいのだろうが、あれもこれもと欲張っている時間はない。
本を二人の前に寄せると、二人とも興味深そうに覗き込んだ。
「なんか、絵が描いてある」
「うん。数字なら分かるけど、読めないところもたくさん……」
「私が読み上げるので、器具の名前も一緒に覚えてください。リリカさん」
エデンが振り返ると、リリカは心得たと頷いた。
本に書かれている内容にさっと目を通し、テーブルの器具を二人が見やすいように前に出してくれる。
すると、手を動かしながらリリカは感心したように口を開いた。
「しかし、調薬のレシピをお持ちとは驚きました。エデンさん、この本はどちらで?」
「トリト村でお世話になっていた方が、お別れの時にくださった物です」
「ふーん……」
キーシュは興味深そうに、角度を変えて本を眺める。
彼の瞳が一瞬光を放ったかと思うと、次の瞬間息を呑んで数歩距離を取った。
「な、な、何この本!?」
本を指さす手が、小さく震えている。
「この本は、手書きのレシピ集ですが」
「そういうことじゃなくって! この本、金貨十三枚もするんだけど!?」
その言葉に、リリカとモニカの瞳が驚いたように見開かれた。
「まあ、そのくらいはしてもおかしくないですね」
何しろ、印刷技術もインターネットもない世界だ。情報の重要度がまるで違う。
エデンが納得していると、リリカがそっとページを捲り始めた。
「……毒消しに鎮痛薬、活力剤に……上級回復薬までありますね……魔法薬以外もこんなに……」
「き、金貨、十三枚? それって銅貨だと、ええと?」
「銅貨十三万枚ですね。ですが、今はこの本の価値はどうでもいいのです」
そんなことより、早く二人に内容を伝えなくては。
エデンが話を先に進めようとするが、リリカが「いえ」と首を振った。
「エデンさん、どうでもよくはありません。この本、ここに置いていくおつもりですか?」
「はい。私は全て覚えていますし、夜などの時間に二人が確認出来るように」
「いけません! こんな無防備な場所に置いて行ってはいけません」
「そ、そうだよ! 持って帰って! 誰かが汚しちゃうかもしれないし!」
「う、うん。そんな高価な本があるなんて、夜眠れなくなっちゃう……」
皆の猛反対を受け、結局、小屋にはリリカが書き写したレシピを置いておくことになった。
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夕方、戻ってきたアリシアはちゃんと癒し草とその種、そして月見草を持って帰ってきてくれた。
明日やるべき作業を確認しながらの転移。
視界の切り替わりと共に視界に入ってきた光景に、思わず思考が止まってしまう。
「……ルルの、山?」
書庫が並んでいたはずのライブラリに、赤い果実が山のように……いや、実際に山となっている。
見上げたその頂点では、キューレがだらしなく寝そべりながら、その手に持ったルルを皮ごと齧っていた。
「ふははっ! 美味! 美味すぎる!」
「……あの、キューレ? 情報を頂きに来たのですが」
「たまらん! たまらんぞおっ! いくらでも食べられる!」
ルルに夢中になっているのか、聞こえていない。
エデンは顔をしかめると、もう一度大きな声で叫んだ。
「キューレ! 聞こえていないのですか!? 情報を貰いに来たのです!」
「ん? おお、なんだ、何か用か?」
「ですからっ! 情報を貰いに来たと言っているのです!」
それ以外に、ここに来る理由があるのか。
エデンが叫びながら伝えると、キューレはめんどくさそうに手を振った。
すると、ただの革張りの本が頭上から足元へ落ちた。
いつものようなうるさい表紙もない、何の変哲もない普通の本。
「……今回は、普通、なのですね」
「ああ、私は忙しいのでな! とっととインストールして帰るが良い」
その物言いに、胸中でイラァッ! としながらも、言葉通りさっさと帰ろうとインストールした。
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[SYSTEM] 情報オブジェクトの変換シーケンスを開始します。
[TARGET] 概念情報『隙間時間で出来ちゃう家庭菜園』を認識。
[DECONSTRUCT] 対象オブジェクトをデータ粒子へ分解... 完了。
[INTEGRATING] データ粒子をシステムコアへ統合中...
[REBUILDING] 知識体系を再構築しています...
[SUCCESS] 新規ガイド『隙間時間で出来ちゃう家庭菜園』のインストールが完了しました。
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「……家庭菜園、ですか」
求めている情報には、足りていない。
すると頭上から、キューレのめんどくさそうな声が降ってきた。
「貴様が植えようとしているのは、そこらに生えている雑草の類であろう? 植えれば生える」
「かもしれませんが、より万全を期したいのです」
「そうか。まあ、頑張りたまえ」
寝転がったまま、こちらを見もせずにかけられた、まったく心のこもっていない応援。
エデンは息を吐くと、関われずに不貞腐れている友人の顔を思い浮かべた。
「仕方ありません。また頼りにさせていただきましょう」




