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113話 観測開始:5年21日目-1 / きっとうまくいく!

 不満そうな青い瞳が、白い眼帯をじっと見つめている。

 鏡の中の彼女が袖を捲ると、今だ淡く輝き続ける断面が顔を出した。

 肘付近までしかなかった左腕は、二の腕の中間付近まで再生が進んでいる。

 だが、完治にはほど遠い事実に、エデンは不満そうに袖を戻した。


「おねえちゃーん。リリカさん来たよー!」


 アリシアの呼ぶ声に、エデンは寝室の化粧台の椅子から立ち上がった。


「うん。それじゃあ、先に行ってるからね」


 

 *********


 

 ネストの街北西に広がる、のどかな農業地帯。

 しばらく放置されていたであろうその場所で、ルークは生え散らかす雑草を前に息を吐いた。


「……広すぎるだろ、これ」

 

「ルーク、弱音を吐かない! 手を動かして!」

 

「……おう」


 モニカに叱られ、ルークは再び腰をかがめて雑草を引っこ抜いた。

 べつに、サボっていたわけでは無い。

 ただ、目の前の光景があまりに非現実的で、少しだけ呆然としてしまっただけだ。


「なあ、モニカ」


「ん? なあに?」


「本当に俺たち、あそこに住んでいいのか?」


 畑の端に建てられている、小さな物置小屋。

 そこでは大人たちが忙しなく動き回り、次々と資材を運び込んでいる。

 その中心で、小さな体で声を張り上げている銀髪の幼女が。


「……エデンちゃんは、いいって言ってたけど」

 

「まあ、な。分かってんだけどよ、でもなんて言うか……夢見てるみたいで怖ぇんだ」

 

「……私も。だって、こんなことって」


 モニカが立ち上がり、眩しそうに目を細めて小屋を見つめる。

 一昨日、エデンたちは準備があるとかで、そのまま帰ってしまった。

 実は嘘で、そのまま迎えはこないんじゃないかと疑ってしまったのに。


 昨日届けられた温かい食事。

 そして今朝、当然のように迎えに来てくれた。

 モニカがぼーっとエデンを見つめていると、傍らで作業していた一人が悲鳴を上げた。


「うわっ、む、虫! 虫がいる!」

 

「えー。虫くらいなんだよ! 踏みつぶせ!」

 

「あーっ! かわいそうだろ!」

 

「こ、こら! 遊んでないで、お仕事しないと!」

 

「お前らな、早く引っこ抜け! 虫なんかに構うんじゃねえ!」


 子供たちの喧騒が、開け放たれた窓から小屋の中へと流れ込む。

 陽光が差し込む室内では、エデンが使用人の抱えた箱を覗き込み、並んだ空き瓶を見て棚を指差した。


「その空き瓶は、割れないように棚の一番下へ。あと、調薬の道具はテーブルの上にお願いします」

 

「承知いたしました、エデンさん。丁寧に取り扱いますのでご安心を」


 使用人は微笑むと、言葉通り丁寧な手つきで箱を片付けていく。

 エデンはありがたさと、どこか釈然としない気持ちに首を傾げながら外へ出ると、待機していたダリヤに声をかけられた。


「これで、あらかた終わったわね。……どうしたの?」

 

「あ、いえ。使用人の皆さんが、とても良くしてくださるので」

 

「そう?」


 ダリヤが傍で作業していた使用人に目を向けると、ちょうど目線が合い、丁寧にお辞儀をしてくれた。


「……いつもと変わらないじゃない」

 

「それは、ダリヤだからでは?」

 

「お嬢様、エデン様。戻りましたぞ」


 振り返ると、オスカーがキーシュを連れてこちらへ歩いて来るところだった。

 キーシュの肩を落とした様子に、エデンの眉も自然と下がる。


「……結果は、芳しくありませんでしたか?」

 

「んー、駄目だった。やっぱり種なんて置いてない。癒し草なんて、森に入ればいくらでも生えてるからって。高い物でもないし」

 

「そう、ですか」

 

「あ、でも月見草の方はあったよ! オスカーさんが交渉してくれてね、少し安く買えた!」


 キーシュが嬉しそうに、種の詰まった小袋を掲げる。


「そうですか。片方だけでも入手できたのは朗報です。ありがとうございました」

 

「二人とも、ありがとう。少し休んだら?」

 

「え? あり……?」


 キーシュは一瞬ポカンと口を開け、次の瞬間、耳まで真っ赤に染まった。


「っ、ううん。いい! ぼ、僕もほら、皆と畑やってきます!」


 叫ぶように言い残し、彼は袋をオスカーに預けると、子供たちの輪へと走っていってしまう。


「……どうしたのでしょう?」

 

「ほっほ。お礼を言われたのが、純粋に嬉しかったのでしょうな。誰かの役に立って感謝されるという経験は、なかったのかもしれません」

 

「そう、ね。キーシュ、どうだった?」

 

「まだ落ち着かない様子ですが、流石に店に入るのは慣れてきましたな」

 

「それは……まあ、焦らずにいきましょう」


 ダリヤの視線の先で、キーシュが子供たちに迎え入れられる。


「ふふ、楽しそうじゃない」

 

「はい。ですが、まだ何も成していません」


 今はまだ、場所を整えているだけ。

 エデンが真剣な眼差しで子供たちを眺めていると、美味しそうな香りが漂ってきた。

 背後では、クラリスとリリカ、そして数人の使用人が昼食の準備を進めている。


「……クラリスさん。すみません、お手を煩わせるようなことを」


「え? あ、ううん。いいのよ! あの、ギルドがね、気を使ってくれて、えっと、よ、よろしくって!」

「よろしく?」


 エデンが首を傾げると、隣でお皿を並べていたリリカが同情するように目を細めた。


「……クラリスさん。あなたに、腹芸は無理です」

 

「そ、そうですか? ……私も、そう思います」

 

「ん、どういうことですか?」

 

「いえ。お気になさらず。それより、アリシアさんが来ましたよ」

 

 リリカの視線を追ってエデンが振り向くと、黒剣を背中に背負ったアリシアが、護衛を三人引き連れて上機嫌に歩いてくる。

 いつものように駆け寄ってくることなく、のっしのっしと。


「……アリシア?」


 アリシアはエデンの前でピタリと止まると、太陽を背に黒剣を抜き放ち、眩い空へと掲げた。


「おねえちゃん! アリシアたち、でんせつの薬草さがしに、たびに出るから!」


 背後の護衛たちから、示し合わせたような歓声が上がる。


「……癒し草ね」

 

「うん! でんせつのいやし草さがしに、たびに出るから!」

 

「……夕方までには、帰ってきてね」

 

「うん!」


 周りの大人たちが微笑ましく拍手を送ると、アリシアの鼻が大きく広がった。

 大丈夫だろうか?

 どこか興奮した様子で、頬がいつもより赤らんでいるように見える。


「あ、アリシア? あのね、一度落ち着いて?」

 

「うん! おちついた!」

 

「そ、そう? 護衛についてくださった皆さんの言う事をちゃんと聞いて、危ないことはしないでね?」

 

「うん!」


 元気よく頷く様子は、とても活発で落ち着き等感じられない。


「と、とりあえず、マップの使い方覚えてる?」

 

「うん! さいしゅモードでしょ?」

 

「そう。採取モードにしたら、探知範囲内にある素材の場所が分かるから。今回は癒し草と種、あと月見草も欲しいから、素材指定に登録して――」


 エデンの必死な背中を見て、クラリスがため息を吐いた。


「クラリスさん? どうされました?」

 

「いえ……あんな小さな子が、両親の残したお金を出しているのに……私ときたら」

 

「……言わないでください。私もです……」


 リリカが手を止めて、額を抑えた。


「エデンさんが食費などを計算されて、かなりギリギリだと」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。調薬に使う魔道具、良い値段しますね。まあ、致し方ないことですが」

 

「そう、ですか……」


 クラリスが子供たちの方をじっと見つめる。

 畑にしゃがんで作業しており、小さな背中が動いている。


「……お風呂につれていくくらいなら、なんとか……」

 

「そう、ですね。あとは……古着でも、見繕ってきましょうか」


 二人並んで、少し遠い目をしてしまう。


「私……恥ずかしいのですが、蓄えがそんなに無くて……」

 

「言わないでください、私もですので。……ですが、クラリスさんが来てくださって助かっています」

 

「……そうですか?」


 回りを見れば、それなりの人数の使用人が動いている。


「はい。毎日今日のようにはいきません。なので、クラリスさんがいて下さるのは心強いです」

 

「ふふ。ご飯を作ってあげることくらいしか、できませんが」


 クラリスが鍋の中をかき混ぜていると、そこへ少し不満気なダリヤが割って入った。


「あなた達はいいじゃない。私なんて、黙って見てるだけよ」

 

「お嬢様。それは、お立場というものです」

 

「そう、ですね……ダリヤ様が畑仕事や調理をするわけにもいきませんし……」

 

「……私だって、雑草の一本や二本抜けるわよ」


 その声が聞こえていたのか、エデンがアリシアを連れて戻ってきた。


「ダリヤ? 何を言っているのです?」

 

「え? だってほら、私、今も何もしていないし」

 

「今はそうかもしれませんが」


 エデンは一歩前へ出ると、ダリヤの目を真っ直ぐに見つめた。


「これを成功させるには、あなたが必ず必要です」

 

「え? それって、どういう――」


 その言葉を遮るように、畑の方から子供の泣き声が響き渡った。


「……何事ですか?」

 

「何かあったのかしら」

 

「特に転んだりといった様子は、見受けられませんでしたが」


 視線を向けると、泣いてる子をモニカが宥め、他の子もその場に集まっている。

 泣き止まないのに困り顏のモニカと視線が合い、エデンはそちらに駆け寄った。

 

「モニカさん。どうしました?」

 

「あ、あの、エデンちゃん。ごめんなさい、あの……」


 モニカが申し訳なさそうに視線を伏せる。

 鳴き声に釣られ、その場にいたほとんどの人が集まる中、ルークが頭をかきながら変わりに答えた。


「あ、あー……なんだ。貧民街に戻ることになるかもしれないって、話に出てな」

 

「嫌だって泣き出しちゃって。でも、ずっとここにいれるって、決まったわけじゃないし」

 

「お、お願い、泣かないで。迷惑になっちゃうから……」


 モニカが焦った様子でその子の背中を撫でるが、顔をうずめて首を振っている。

 なんとか励ましたいが、しかしそれは事実だ。

 回復薬を作ることが出来なかったら、あるいは売れなかったら、結局貧民街に戻るしかない。

 その事実にエデンもかける言葉を失い、眉を下げる。


 すると、アリシアが黒剣を、ザクッと畑の土に突き刺した。


「だいじょうぶ!」


 明るく澄んだ声に、皆の視線が彼女へと集まった。


「きっとうまくいく!」


 剣の柄に手を預け、幼いながらに凛と立つアリシア。その姿に、泣いていた子も顔を上げた。


「みんなががんばったら、だいじょうぶ!」


 一変の曇りもない自信に満ちた声。暗かった雰囲気が払拭され、子供たちの瞳に希望が宿った。

 たまらず、エデンも目を見開いてしまう。

 きっと、根拠のない自信。

 でもその明るさに、エデンもつられて笑いそうになり――。


「だって、おねえちゃんができるって!」

 

「……え?」


 アリシアの一言で、皆の視線がエデンへと移った。


「おねえちゃん、すっごいんだから!」

 

「え?」

 

「すっごくあたまよくて、つよくって、なんでもできちゃうんだから!」

 

「え?」

 

「おねえちゃんができるって言ったから、ぜったいだいじょうぶ!」


 アリシアの、キラキラと輝く信頼の眼差し。

 子供たちも、この中で一番背の低いエデンのことを、期待に満ちた瞳で見つめている。ルークとモニカだけは、苦笑いを浮かべているが。


「……そ」


 そんな事言ってない!

 なんでもはできないし、魔力が使えない今、たぶんこの中で一番弱い!

 だけど、流石にこの流れで事実を言えば、その後どうなるかくらいは分かってしまう。


 エデンは震える右手を握り――。


「も、もちろんです! 私の演算では必ず成功します! 皆さんが一生懸命頑張れば、何も心配はいりません!」

 

「ほんとっ!?」

 

「わぁっ! やったぁ!」


 エデンの断言に、子供たちの歓声が上がる。

 

 振り上げた拳を、下ろしたい。

 あと、大人たちの同情するような視線が、とても苦しい。


「ですが、まずはご飯を食べて、その後は畑を使えるようにしなくてはいけません。皆さんが準備してくださったのでお昼にしましょう」


 お昼と聞き、子供たちが元気よく駆けていく。

 大人たちも苦笑いを浮かべながら、配膳へと戻っていった。

 そして、なんともいえない顏で残ってくれたダリヤの肩を、エデンは掴んだ。


「ダリヤァ! ど、ど、どうしましょう!」

 

「まあ、もうとことんやるしかないわね」

 

「これで、もし無理でしたなんてことになったら……アリシアに……」


 視線の先では、子供たちと一緒にアリシアもお昼を食べている。

 ダリヤは笑いながら、エデンの背中を叩いた。


「でも、やることは変わらないわ。ただ、最善を尽くすだけよ」

 

「……そう、ですね」


 そうだ、やることは変わらない。

 エデンはもう一度、残された右手をぎゅううっと握り閉めた。


「……こうなったら、絶対に、成功させてみせます!」

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