111話 観測開始:5年19日目-2 / できるやつがやるんだ
「……うちで働くの、嫌だったかしら?」
「そ、そうじゃないけど! ……み、皆と一緒にいたい!」
「その気持ちは否定しませんが。それが難しくて、体調を崩されたのではないですかな?」
「それは……」
キーシュは言葉を詰まらせ、糸が切れたようにソファに崩れ落ちた。
その落胆ぶりを見て、エデンは首を傾げた。
「……キーシュさん。なぜ、嫌なのですか? これまでを考えたら、生活が一変するような待遇だと思いますが」
「だって……皆と一緒にいたい」
「……家族でもないのに?」
どういう境遇で一緒に過ごすようになったのかは分からない。血縁のない、ただの共同体。純粋に疑問で聞いただけだったのだが、キーシュの震える声が溢れ出た。
「……ぼ、僕にとっては……家族だから」
魂を絞り出すような答えに、エデンの思考が一瞬だけ沈黙した。
瞬きを繰り返し、意味を吟味するとゆっくりと頷いた。
「そうですか。……家族なのですね」
「え? ど、どうなんだろう? でも……僕はそう思ってる、けど……」
「うちも、似たようなものかもしれないわね。リリカやオスカー、使用人を含めてエルネスト家だから」
「……なるほど」
昔は、自分も使用人のようだったのかもしれない。
その道を選んでも、レイラなら家族として迎え入れてくれたと思うけれど。
エデンが静かに頷くと、アリシアがキーシュの背中をポンポンと叩いた。
「それじゃあ、会いにいけばいいじゃん! まいにち、おさんぽで!」
キーシュが顔を上げたが、力なく首を振った。
「無理だよ。昨日、大人が来たから……たぶん、もう別の場所に隠れちゃった。僕、場所分からないから……」
「……では、帰ることも……難しいですね」
「うん……」
キーシュは膝を抱え、嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。
離れたくない。けれど、もう戻れない。
「……少し、性急すぎたわね。もう少し……時間をおいて話しましょうか」
ダリヤとオスカーが部屋を後にする中、エデンはキーシュの前に立つとその細い手を取った。
「キーシュさん。聞いてもいいですか?」
「……ん? なに?」
上がった瞳を、エデンの青い瞳が真っ直ぐに見つめ返す。
「家族と一緒にいたいですか? 私は……残念ですが、それが叶いませんでした」
「え? ……う、うん。もちろん、だけど……」
「きっと、ここに雇われるより……もっと、ずっと大変です。後悔するかもしれません」
エデンが淡々と告げると、キーシュがゴクリと唾を飲み込んだ。
「こ、後悔なんてしない。だって、ここにいたって……暖かいごはん食べられたって、さみしい、から……」
「……そうですか。……そう、ですよね」
エデンはそれだけ呟くと、アリシアを追って部屋を出た。
*********
昼食を済ませ、ソファで思案に耽っていたエデンの太ももに、アリシアが「ドーン!」と身体を投げ出した。
「……アリシア。重い」
「うん。しってる!」
確信犯的に乗っかっている事実に、エデンの眉が困ったように下がった。
けれど、どうにもアリシアとじゃれ合う気分になれずにいると、仰向けになったアリシアがエデンの顔を見つめてきた。
「……おねえちゃん。またヘンな顔してる」
「そう?」
「うん。おめめがね、こう、よこにびよーんって」
「……さすがに、そんな顔はしてない」
指で伸ばされたアリシアの顔に、たまらずエデンの口元が緩んでしまう。
変な顔をしているのだろうか。
片手で自分の頬を揉んでいると、アリシアが「ねえ、おねえちゃん」とまた語り掛けてきた。
「なあに?」
「……おねえちゃんなら、キーシュくん、助けてあげられる?」
「……」
昨日も問われたその難問。はいとも、いいえとも言えない沈黙。
何度も繰り返し、繰り返し演算して、唯一可能性があると思えた解決策は――。
「……きっとね、お金がかかるの」
「うん。ダリヤもそんなこといってた」
「ママとパパが残してくれたお金。それを……全部、使うことになっちゃうかも」
それは、両親が残してくれた、数少ない物の一つだ。
エデンの表情に影が差すと、アリシアは身体を起こし、右手を宙にかざした。
淡い光と共に一枚の銅貨が現れる。
彼女はそれを持ち上げると、しげしげと眺めた。
「おねえちゃんもダリヤも。どうしてこんなのが大切なの?」
ただの硬い鉄。アリシアの目には、そう映っているのかもしれない。
すると、何を思ったかアリシアが口を開けて硬貨を齧った。
「な、何してるの!? 食べちゃ駄目!」
「かたーい……」
「あ、あのね。お金はいろんな物と交換できるの。アリシアもお買い物したでしょ?」
「うん。でも、おかねは食べられないじゃん」
それは、その通りなのだが。
貨幣自体に物質的な価値はない。
その貨幣に裏付けられた信用によって取引が成立し、価値ある物を手に入れることが出来る。
「……おかねがたくさんあるとね、いろんな物の中から、好きな物を貰えるの。だから大切なのよ」
アリシアに分かるように、言葉を選んで伝える。
すると、アリシアは「分かった!」と笑った。
「じゃあ、つかわないとだ!」
「え? あれ?」
「だって、アリシアこれね、好きじゃない。おねえちゃんもダリヤも、ずっとむむむってしてる」
「そ、そうかもだけど……」
もう、ずっとぐるぐる考えている。それでも、踏ん切りがつかないのは。
「でも……ママとパパが……」
「あのおかねって、これとなにかちがうの?」
そう言って突きつけられた硬貨。これは、依頼を受けて自分たちで稼いだお金だ。
でも、ただの一枚の銅貨。
「……おんなじ、だね」
エデンがぱちぱちと瞬きをすると、アリシアがソファの上で立ちあがった。
「それに、アリシアしってるもん! おかねはね、もらえるんだよ!」
「……お仕事をしたらね。ただじゃもらえないわ」
「そう! でも、なくなったらおしごとするの!」
それは、あまり良くない考え方ではないだろうか。
「それにね。おかねなんてなくても、アリシアにはほら、これがあるもん!」
そう言って嬉しそうに髪飾りを指でいじる。
更に袖をまくると、銀のブレスレットが光を反射した。
「これも! それに剣もあるし! おねえちゃんもいるから、きっとだいじょうぶ!」
むふーと息を吐いたアリシアを、エデンはぽかんと口を開けて見上げてしまう。
その考えはあまりに世間知らずで、楽観主義が過ぎるかもしれないけれど。
指先が、服の上から胸元のペンダントをそっと触った。
「……こういうことは、できるやつがやるんだ、……って」
「ん?」
「パパがね、そう言ってたの」
そう、言っていた。
にかっと笑って、親指を立てながら。
「……でも……私には助けられないの」
そう、助けてあげることは出来ない。結論は変わらない。
「だけど、できることは……やってみようかな」
「うん! うん!」
エデンが自分に言い聞かせるように口にすると、アリシアが嬉しそうに抱き着いて来た。
「えへへー。おねえちゃん、だいすき」
ぎゅっと回された腕に感じる体温に、エデンも笑うと右手を背中に回した。
「うん。私も」
残された物は、少ないけれど。
大切な物は、まだ残っている。
「魔力もらっていい?」
「ん! ドーンとつかいたまえ!」
「……いつそんな言葉覚えたの?」
胸を張るアリシアに、苦笑いしながらアバターを解除する。
アリシアの魔力で生成した小鳥の姿で、エデンは窓際に着地した。
器用に嘴で鍵を開け、身体で窓を押し開ける。
「アリシア。ダリヤと一緒に待ってて。すぐに戻るから」
「うん。いってらっしゃーい!」
手を振るアリシアに背中を押され、エデンはネストの空へ飛び立った。
上空を目掛け飛び続け、ネストの街を一望する。
しばらく目当ての物を探すように視線を動かし続け、納得したように頷くと、魔力の粒子となって空に溶けた。
*********
辛うじて壁としての機能を有している一室で、ルークは困り果てたようにモニカの肩を揺らした。
「おい、もう泣きやめよ。悪かったって」
昨日、食い物を探しに外に出て。夜に戻ったら、キーシュの姿が消えていた。
モニカに聞けば、あろうことか貴族に預けてしまったと言う。
「怒鳴って悪かったよ……」
なんでそんなことをしたんだと、彼女を責めた。
その結果、モニカは今も力なく壁に寄りかかって泣き続けている。
他の子たちが、少ない乾パンを居心地悪そうに分け合いながら二人の様子を見つめている。
すると、外から貧民街に似合わない明るい声が聞こえた。
「……なんだ?」
ルークが警戒する間も、その声は近づいてきているのか、徐々に大きくなっていく。
そして扉が勢いよく開き、アリシアがひょこっと顔を出した。
「こんにちは!」
「アリシア。乱暴に開けちゃ駄目」
「……は?」
続けて入ってきたエデンの姿に、ルークが困惑の声を漏らす。
何をしに? そもそも、何故ここが分かったのか。
彼が固まっている間も、ダリヤ、リリカと部屋に入ってくる。そして最後に入ってきたのが――。
「た、ただいま……」
「……キーシュかっ!?」
ルークが跳ねあがるようにキーシュへと駆け寄るが、伸ばして手が躊躇するように止まった。
汚かった姿はもうどこにもない。小奇麗な服に身を包み、髪や肌に土やほこりはついていない。
困惑するルークの背中から、冷めた声が通り過ぎた。
「……なんで、帰ってきたの?」
ふらりと立ち上がったモニカが、キーシュを見つめ、そしてダリヤへと視線を移した。
「それが、僕にもよく分からなくて……なんだか、色々な場所連れまわされて……」
「はい。キーシュさんにも、協力して頂きました」
満足そうにエデンが頷く。
その要領を得ない会話にルークが「なんだ?」と目を細め、エデンの肩越しにダリヤを見つめた。
「いったいなんの話だよ」
「私も詳しい説明は聞いてないわ。エデン、どういうことなの?」
「すみません。彼ら次第で、無駄になる話だったので」
エデンは口にしつつ、視線をルークからモニカ、そして子供たちへと移す。
今日も、不安そうに見つめ返してくるその視線に、眉を下げつつ言葉を続けた。
「皆さん、ここを出ませんか? 貧民街は、良い環境とは言えません」
「あ?」
「……った、助けてくださるんですか!?」
モニカが驚いたように声を上げるが、その赤くなった瞳にエデンは首を横に振った。
「いいえ。残念ですが、助けることはできません」
「……え? でも、今――」
「ですが、あなたたちが一緒に過ごすことができる。そんな選択肢を、用意することはできそうです」
エデンは前に足を勧め、ルークの瞳を見上げた。
「選んでください。このまま貧民街で、今まで通りの生活を送るか。それとも――」
「それ、とも?」
「大変かもしれませんが、屋根のある……小屋ですが。暴力に怯えず、労働しながらの生活を望むか」
その提案に、ルークの目が真意を探るように細められた。
「……労働って、仕事か? 俺たちみたいなガキが、仕事を?」
「はい。糧を得ることができるように」
「な、何を、何をすればいいんですか?」
モニカがエデンに駆け寄り、そのワンピースにすがるように掴んだ。
「……モニカさんだけが頑張っても、駄目なのです」
エデンの瞳が、もう一度子供たちを見つめる。
そしてルーク、モニカ、キーシュへと視線を移し、アリシアの隣で、「そう。仕事、仕事ね……」と呟いているダリヤのことをじっと見つめた。
「……ん? な、なにかしら?」
エデンの視線に気づいたダリヤが問いかけると、エデンは「いえ」と首を振り、視線をルークに戻した。
「成功するかは分かりません。上手くいかず、結局ここに戻ることになるかも」
その言葉に、ルークがぎゅうっと拳を握り閉める。
背後を振り返ると、何かを諦めたような苦笑いと共に口を開いた。
「……今以上に、悪くなることはないだろ。でも、お前……俺よりちっこいのに、大丈夫なのか?」
疑いの目がエデンを見つめる。
「保証など、どこにもありませんが……」
エデンは悩む様に瞼を閉じると、それを断ち切るように青い瞳を見開いた。
「やってみなければ変わりません。ここにいる全員で、回復薬を作りましょう」
第5章:Part_A「Add_Branch」~紅の令嬢と灰塵の孤児~ 完
【第5章:Part_A「Add_Branch」完結!】
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第5章:Part_Bは週5、月水金土日で投稿します!




