108話 観測開始:5年18日目-8 / MUI『Overlay_Map_System』
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[SYSTEM] アプリケーションのパッケージングが正常に完了しました。
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エデンの意識が、現実世界のセンサーと再びリンクする。
徐々に聞こえてくる喧騒と、焦点を結んでいく視界。
けれど、網膜が捉えた非論理的な光景に、エデンの口から困惑の声が漏れた。
「……え?」
「いい! いいわよアリシア! すっごくかわいい!」
「えっへん!」
「アリシアさん。こちらのお花はどうでしょう? とても良くお似合いになるかと」
「リリカさん、ありがと!」
リリカの手から造花を受け取ったアリシアが、埋もれているエデンの手にその茎を握らせる。
状況が読み込めず、パチパチと瞬きを繰り返していると、ちょうど上からのぞき込んできたアリシアと視線がかち合った。
「……あ! おねえちゃん、おきちゃった!」
「……アリシア。……何をしているの?」
手の中の白い花を不思議そうに見つめ、起き上がろうと体を動かそうとしたら、ダリヤが「動かないで!」と叫び声を上げた。
「今目に焼き付けてるから、あと一分、いいえ、二分くらい」
「いけませんよ。エデンさんが目覚めるまで、という約束でしたから」
「むぅ……」
エデンが混乱したまま視線を横に向けると、兎のぬいぐるみと目が合った。
「……ぬいぐるみ?」
「うん! おねえちゃん、ぬいぐるみさん好きでしょ?」
「ううん。ぬいぐるみは、べつに好きなわけではないけど」
「えー!? だって、言ってた!」
「……私が?」
「えっと……だれだっけ?」
エデンが上半身を起こすと、ベッドの上には色鮮やかな花びらやシルクの布が敷き詰められ、まるでぬいぐるみたちがパーティでも開催しているような装飾が施されていた。
「これは……どういう状況ですか?」
「おねえちゃん! げんき、でた!?」
「元気?」
「うん! なんかね、おねえちゃんもダリヤも、へんなかおしてた!」
「そう……」
そんな顔していたのだろうか。でも、元気づけようとアリシアがこれを準備してくれたのだと考えると、エデンの口元が緩んだ。
「ふふ。よく分からないけど、ありがとうね。アリシア」
「うん! ダリヤたちもね、手伝ってくれた!」
「まあ、最初は部屋が荒らされたと思って驚いたけれどね。……でも、いいわね。そのパジャマ」
ダリヤが羨ましそうに見つめた先で、アリシアの熊耳がぴょんと立っている。
「ねえ、リリカ。私もああいうのを――」
「いけません。可愛らしいですが、お嬢様にはエルネスト家としての品位があります。寝ている間に、使用人と顔を合わせることもあるのですから」
「うん。……そうよね。分かっているわよ」
ダリヤが残念そうに頷くと、彼女もベッドに手をついて上がってきた。
「ところで、ずっと動かなくてびっくりしたわ。アリシアの話を聞いてもよく分からなかったけれど、何をしていたの?」
「ああ、そうでした」
エデンはベッドの上に座り直すと、隣で満足げに横たわっているアリシアの手を引いた。
「アリシア、起きて。新しいアプリが完成したから」
「んん? なんだっけ?」
「えっとね。……言葉で説明するより、実際に起動した方が分かりやすいかな」
アバターを解除し、アリシア内のコアでシステムを確認する。
以前の失敗を反映し、アリシアでも問題なく使うことが出来るように改善した。
「では、『Magic_User_Interface:Overlay_Map_System』起動します」
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[COMMAND] MUI『Overlay_Map_System』を起動。
[REGISTRATION] マスターアプリ:『MUI』として登録します。
[SYSTEM] 連携シーケンスを開始。サブシステムをコールします。
[CONVERT] 探知パルスを多層レイヤーへ展開中...
>地形:トポグラフィック・レンダリング...完了
>動体:魔力サイン・トラッキング...完了
>不要オブジェクトのノイズフィルタリング...実行
[SYSTEM] 対象『アリシア』:網膜への視覚オーバーレイ投影を開始。
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視界の隅に浮かび上がった光の幾何学模様に、アリシアが「おーっ!」と歓喜の声を上げた。
「すごーい! よく分からないけど、なんか見える!」
「この屋敷周辺の地図ね。……ちゃんと見えてる?」
「うん! まるいのが動いてる!」
アリシアの視界には、現在地を中心とした透過型の平面地図が表示されていた。
地図上では、小さな光のアイコンがリアルタイムで屋敷内を移動している。
アリシアが思わずその地図に触れようと手を伸ばすが、当然触れるはずもなく空虚をかいてしまう。
「丸いアイコンは人ね。中心に、赤いアイコンがあるでしょ? それがアリシア」
「ん? これアリシア? それじゃあ、こっちの2個は?」
アリシアの意識に反応したシステムが、地図上に簡素な情報ウィンドウを展開した。そこには『ダリヤ・エルネスト』『リリカ』の文字が表示される。
「知ってる人は、緑のアイコン。それ以外はオレンジ色になってるから」
「ほへえー」
「あとは用途に合わせて、ナビゲーションモード、採取モードもあるから。他にも考えてはいるんだけど、それは今後アップデートしながらね」
「ん? うん! わかった!」
これは分かっていない時の返事だと受け取りながら、アリシアと機能の確認をしていく。
視界の邪魔にならないようにスケールと配置の調整をしていると、側で見ていたダリヤがアリシアの肩を揺さぶった。
「もう! なによ! さっきから何してるの!?」
「えっとね! ……これ見てるの!」
アリシアの指が何もない空間を指さす中、エデンはアバターとして実体化した。
「周囲を探知した情報を、二人で確認していたのです」
エデンが説明すると、控えていたリリカが目を丸くした。
「アリシアさんも、探知スキルをお持ちなのですか?」
「いえ。私がそれを持ってますので、アリシアも活用できるようにしました」
「……ちょっと待って。エデンの持つスキルを、アリシアに共有したってこと?」
厳密には違うなのだが、まあ似たような物か。
エデンが頷くと、ダリヤとリリカは信じられないと見つめ合った。
「そんなこと、可能なのかしら?」
「聞いたことはありませんが……エデンさんなら、可能なのでしょう」
そもそも自身がアリシアのギフトスキルなので、機能を最適化することでアリシアの役に立たせるのは当然のように思える。
それが無いと、アリシアはギフトスキルを持たないのと同じになってしまうし。
すると、アリシアが突然笑いながら頭を左右に振り始めた。
「……アリシア、どうしたの?」
赤い瞳が何かを追いかけるように動いた。
状況が分からなければ、確かに不審に見える。
「ん? ちずがね、グルグルーって!」
「そ、そう。使いこなせてるみたいで良かった」
まだ伝えていない回転機能を使って遊んでいる。
エラーも無く、マスターアプリとしての登録も無事に完了したことに胸をなでおろしていると、アリシアの指が天井を指差した。
「クラリスさんがいる! 上に!」
「え? 上に……?」
「上の階に部屋はありませんが……」
ダリヤとリリカが慌てて天井を見上げるが、エデンは首を振った。
「いえ。地図が平面で表示されているので、その上部にいるということです。恐らく屋敷の外にいらっしゃいます」
「あー、なるほど……ややこしいわね!」
「今日はいらっしゃるのが、ずいぶんと遅かったですね。まあ、昼間の騒動を考えると、仕方のないことかもしれませんが」
もう、外はとっくに暗くなっている。
今日は、彼女も泊まっていくのだろうか。
「あとね! えーと……モニカちゃんとキーシュくんもいる!」
アリシアが嬉しそうに告げた名前に、皆が驚いて顔を見合わせた。
「おねえちゃん! むかえにいこ!」
「……そうね。どうしたのか、聞きにいこっか」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなたたち、その恰好で行くつもり!?」
二人が纏っているのは、モフモフとした着ぐるみ型寝間着だ。
エデンは振り返ると、左腕の袖を振った。
「いいえ? カモフラージュ用の上着だけは着て行こうかと」
「そ、そう」
「確認に人をやりましょうか?」
「いえ、会いに行きましょう」
ダリヤは着替えてから追うとのことなので、先にアリシアとエデンは外へ飛び出した。
正門へと近づくにつれ、モニカの叫び声が聞こえてくる。
門前では、門番に詰め寄ろうとするモニカを、クラリスが必死に宥めていた。
モニカの背中には腕を垂らし、意識を失っているキーシュが背負われている。
「こんばんは、クラリスさん。どうしました?」
歩み寄りながら声をかけると、背中を向けていたクラリスが弾かれたように振り返った。
「あ、エデンちゃ……その恰好できちゃったの?」
「ああ、よかった! 来てくれ、た?」
モニカもエデンの姿を認めた瞬間、言葉を失った様子で目を丸くしている。
「二人とも、どうしたの?」
「さあ。ところでモニカさん、何故ここに?」
エデンが尋ねると、モニカは電源が入りなおしたかのように動きだす。
クラリスの手を払うと、エデンへと駆け寄った。
「お、お願いがあって! キーシュを雇って欲しいの!」
「雇う? 私たちに、ですか?」
「違うの! ダリヤ様に! あなたたち、ここで雇ってもらえたんでしょう?」
「え? ちがうよね?」
アリシアが答えると、エデンは冷静に付け加えた。
「私たちは、雇われてなどいません。友人として、滞在させて頂いてます」
「……え?……そ、そんなはず、ない! だって、貴族が私たちみたいな……親のいない子と友達なんて!」
「いいえ。彼女たちは、私の友人よ」
背後から響いたダリヤの声。
着替えを済ませた彼女が、門番を下がらせて姿を現した。
ダリヤの傍らに控えるリリカも、現実を突きつけるように目を伏せる。
「モニカさん。残念ですが、エルネスト家は事前団体ではありません。理由もなく安易に人を雇い入れることはできませんので、お帰りに――」
「そんなことない! キーシュなら、絶対にお役に立てます! この子、凄いギフトを持ってる! 鑑定眼を持ってます!」
その言葉に、全員の目が険しくなった。
ダリヤが瞳を細め、射抜くような視線を少年へと向ける。
「……それは、本当なの?」
「ほ、本当です! たぶん、鑑定眼の一種で……物の値段が分かります!」
「おねえちゃん、かんていがんって?」
「さあ。でも物の値段が分かるのは、たぶん本当だと思う」
これまでも、アリシアのブレスレットを見てお金持ちと勘違いされたり、納得できる場面があった。
エデンが頷くと、モニカが顔を綻ばせ、背負っていたキーシュをエデンへ押し付けた。
「え? ちょ、ちょっと」
「キーシュのこと、お願い」
片手で受けとめようにも、キーシュの方が身体が大きい。エデンが倒れそうになると、アリシアが慌ててキーシュの身体を支えた。
モニカは最後に一度だけ、キーシュの頬に手を当て、慈しむようにそっと抱きしめた。
「……ごめん、ごめんね。大好きよ」
それだけ言い残すと、ぱっと踵を返してしまう。
「ま、待ってください! 彼、体調が悪いのでは? モニカさん!?」
エデンの叫びも虚しく、少女は振り返ることなく走り去っていく。
門番が困惑した顔で、「追いますか?」とダリヤを仰いだ。
「……いいわ。今は、キーシュに話を聞かないと」
「お嬢様、医者を呼びましょう。この子のことは、私たちにお任せください」
リリカが慣れた手つきで、エデンにしなだれかかるキーシュをそっと抱き上げた。




