傲慢王バルトゥス
アウスバーグに案内されて、あたしはグランヴェール王国の王都を訪れていた。
あたしが来ることは既に話が通っていたのだろう。到着してから身分の確認もそこそこに、早々に城に案内された。
通されたのは玉座の間と呼ばれる部屋だった。その名前に相応しくない粗野な造りで、煌びやかな荘厳さなどといったものはなく、地面は土が剥き出しになっていた。室内に窓は無く、灯りとしてかがり火が焚かれているのみでやや薄暗い。王の威厳を見せつける場というよりは地下の要塞といった印象で、遮蔽や隠れる場所も多く、侵攻された際には最後まで抵抗するという意思が垣間見える構造だった。
室内に足を踏み入れると、脇に立つ騎士たちが一斉にこちらを見た。全員で十人。いずれも屈強な身体に重々しい鎧を着込んだ者たちであり、一目でも戦い慣れた強者であることが窺えた。
そして、彼らを脇に従える形で、奥の玉座でふんぞり返っている男がいた。身体は熊のように大きく、獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼光が特徴の大男だった。
男の名前はバルトゥス。グランヴェール王家の当主であり、この国の支配者でもあった。
国王から数メートルのところまで歩いたところで、アウスバーグは無言で跪いた。片膝を付き、その顔を上げる許可が出るのを待っていた。
あたしらその姿を後方から見ながら周囲を窺った。国王の脇に控える騎士たちがあたしを見てざわついている。ある者は青ざめてすらいる。その理由はわかっていた。
「おい、女」
国王バルトゥスは乱暴に言った。
「このおれに向かって、頭が高いんじゃないのか?」
「お言葉だけど、国王様」
あたしは腕を組みながら言った。
「あたしはあなたのところの臣下でもなければ領民でもないの。よその国の王さまに頭を下げる道理はないと思うのだけど?」
「アウスバーグ!」
「はっ」
名指しされた男は、膝を付いたまま答えた。
「お前はこの無礼な女と引き合わせるためにおれの時間を取ったのか!」
凄みを効かせた怒鳴り声が部屋中に響いた。ぴりぴりと周囲の空気がひりつくのを感じる。よほど恐れられている男なのだろう。
「……陛下への無礼は私がお詫び致します。ですが、この者の言うことも一理ございます。この者は他国の冒険者。何卒、陛下の寛大な御心を賜りますよう」
「ふん! まあ良い!」
不機嫌そうに鼻を鳴らす。納得したというよりは「貴様の説教は聞き飽きた」という様子だった。
さすが、話に聞いていた通りの「傲慢王」といったところだろうか。
「そうでなければ、一体何の用か! おれは今すぐにでも我が息子の仇を討たなければならんのだ!」
「陛下、用件はまさに王太子殿下についてでございます」
アウスバーグは顔を上げる。
「この度、殿下を討った下手人を捕えました故、陛下の御前に連れてきております。――ここに」
アウスバーグの合図を受けて、あたしは脇に置いていた麻袋を持ち上げて床に放り投げた。周囲の視線が集まる中、あたしは袋の口を開けてみせる。
中から血塗れの身体が出てくると、周囲はにわかにざわついた。
「アウスバーグよ。それが何だと言うのだ。見たところ女の死体のようだが」
「此奴が下手人でございます。抵抗が激しかった故、無傷で捕獲することはできませんでしたが」
「貴様! おれを愚弄する気か! どう見てもただの女ではないか!」
「陛下。見た目に騙されてはなりませぬ。それに、此奴はまだ生きております」
「何だと?」
バルトゥスが眉をひそめるのと同時に、血塗れの身体がびくりと跳ねる。それを見てあたしは無言で剣を抜き、その背中に突き立てる。ざくり、という音と共に鮮血が飛び散り、その身体は再び動かなくなった。
「――吸血鬼。陛下もご存知でしょう」
アウスバーグは静かに語る。
「ガンボイス殿下は行軍中にこの吸血鬼と遭遇し、不幸にもお命を落とされたのです」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
バルトゥスは立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「仮にその吸血鬼のせいだとして、何故そのような生き物が俺の領地にいるのだ!」
「連中は人目を避け、闇に潜む者どもです。裏を返せば、どこにいてもおかしくないのです」
「それはそうかもしれんが……しかし……」
「いずれにしても、我らが仇はここにいるのです。この化け物の首を落として、今回の件は手打ちとするのが上策かと」
「むう……」
ここに来てバルトゥスは急に言い淀んだ。顔をしかめながら、何事かを考えている。
「何がおかしいことがあるの?」
口を挟むと、国王はぎろりとこちらを睨んできた。
構わず、あたしは続ける。
「王太子殿下のことはご愁傷様だけど、でもこうしてあんたたちの仇を連れてきてあげたのよ。ご丁寧にも首が付いた状態でね。これをどう処理するかはそっちに任せるけど、この期に及んで大掛かりな復讐なんて必要ないでしょう?」
「誰に向かって口を聞いておるのだ! 貴様!」
「それとも、辺境の村を襲わせるにあたってその周辺は安全という報告でも受けていたのかしら?」
そこで一瞬、バルトゥスは言葉を詰まらせた。だけど、すぐに憤怒の表情に変わった。
「言葉に気を付けろよ貴様……!」
「あら、何か気に障ったかしら?」
「何故おれが統治するべき村を襲わせなければならんのだ! 国王たるおれを侮辱するつもりか!?」
「侮辱なんてしてないわよ。あんたたちはいつだってそうだものね」
あたしが睨み返すと、バルトゥスは歯軋りをしながら顔を真っ赤にした。自身に口答えされることがどうしようもなく許せないらしい。
「それで、この化け物の首は受け取るの? 受け取らないの? 受け取るんなら、ペンネ村は無罪放免ってことでいいわよね? ああ、一応討伐したのはあたしだから、できればご褒美の一つでももらえると嬉しいのだけど」
「アウスバーグ! そいつの口を黙らせろ!」
「黙らせるのは構いませんが、その前に村の処遇についてお聞かせ頂きたい」
「ふざけるな! あんな辺境の村が何だというのだ!」
バルトゥスは腕を振り、地面を踏みつけた。
「この国はおれのものだ! 貴様ら騎士団も、領民一人一人に至るまで、全てこのおれの持ち物だ! 持ち物をどう扱おうとおれの勝手ではないか!」
「陛下、それでは……」
「息子、ガンボイスのことなど口実に過ぎん! 奴らは見せしめだ! このおれに歯向かったらどうなるか、他の者にも教えてやらねばならん!」
「陛下! どうかご再考下さい! 民の支持を失っては国は持ちません!」
「このおれに意見するな! いいからその女を斬れ! 斬らねば貴様を処断する!」
「おお、陛下……やはりあなた様は……」
そう言って、アウスバーグはがっくりと肩を落とした。自分の国王がそういう人物であることを知りつつも、一縷の望みに賭けたかったのだろう。
そして、その希望は見事に打ち砕かれた。
この期に及んでは、やることは一つだった。
「立ちなさい、アウスバーグ」
うなだれる男の背中に向かって言い放つ。
「あんたには、まだやることが残っている」
「……リズペット殿。剣を構えよ」
俯いたままアウスバーグは立ち上がり、背中越しであたしに向かって言った。
「ここに至っては致し方あるまい。私は、この国に忠義を尽くすまでだ」
「そう。不器用なものね」
あたしが言うと、アウスバーグは振り向き、ふっと笑った。
「貴殿には、愚かに映るであろうな」
「そうでもないわよ。あたしの父も、あんたに似た人だったから」
「……ふっ、左様であるか」
「アウスバーグ! 無駄話はそこまでだ! 早くやれ!」
バルトゥスの声を受けて、アウスバーグは静かに背中の大剣を抜いて、中段に構えた。切っ先はあたしに向けられていた。
「陛下! このアウスバーグ最後の奉公、とくとご覧あれ!」
叫ぶと同時に、アウスバーグは剣を振り上げながら駆け出した。自身を奮い立たせるような咆哮と共に振り下ろした剣を、あたしは自身の剣で受け止める。金属同士が擦り合う音が辺りに響いた。
「アウスバーグ! 良いのね?」
あたしが問いかけると、アウスバーグは険しい表情を見せる。だが、それも一瞬だった。
「構わぬっ! 一思いにやるがいい!」
アウスバーグの叫びを聞いて、あたしはにやりと笑った。
それなら、もう遠慮することはない。
「さあ! あんたの出番よ! やりなさい!」
あたしは叫びながら、足元の死体を蹴り飛ばす。すると、まるで待っていたかのようにびくんと跳ねた。
次の瞬間、血塗れの身体が勢い良く立ち上がった。
「まったく! お前ら吸血鬼使いが荒いねっ!」
真っ赤に染まった顔で乱暴に叫ぶと、レミリアはあたしたちの脇を抜けて駆け出した。
向かう先には、玉座の前で立つバルトゥスがいた。
「いかん! 陛下をお守りしろ!」
あたしと剣を重ねながら、アウスバーグはわざとらしく言った。瞬間、バルトゥスの顔が青ざめるのが見えた。
ここに及んで、傲慢な国王も化け物の意図を理解したようだった。
「き、貴様ら! 何をしているか! 早くおれを守らぬか!」
両手で剣を構えながら周囲に向かって叫ぶ。しかし、周囲の騎士たちは唖然とした様子で事態を眺めるのみで、誰も主君を守るための行動を起こせなかった。
いや、正確には起こさなかった。
「くそおおおおお!!」
バルトゥスはやけになって叫びながら、剣を迫り来るレミリアに向かって突き出した。大きな身体に似合わぬ俊敏な動きで、並の相手であれば十分撃退できただろう。
だけど、目の前にいるのは文字通りの化け物だ。
レミリアは剣先が届く寸前で身を捻ってかわすと、そのままバルトゥスの懐に潜り込んだ。そして、相手の首根っこを掴んだ。
その時、バルトゥスの顔が恐怖に歪んだ。何やら声を上げようとしたようだったけど、それまでだった。
次の瞬間、レミリアの振りかぶった右手が、バルトゥスの顔面を貫いていた。




