ペンネ村後日譚
「どうやら、うまくいったようだね」
村に戻ったあたしとレミリアを、村長の屋敷でノアが出迎えた。
国王バルトゥスが倒れた混乱の中、あたしは王都を脱出した。その後道中でレミリア合流した後、ペンネ村に帰還した。
当初の予定通り、アウスバーグは混乱の収束のためあの場に留まったため、この場にはいなかった。
「うまくいった、と表現していいかは微妙だけどね」
ノアの労いに、あたしは苦笑するしかなかった。
「仮にもよその国の王権を崩壊させちゃったんだから」
「なに、王権が倒れて困るのは王家の人間だけさ」
ノアは肩を竦めながらも、にやりと笑った。
「臣下や領民は変わらず、新しい王に従うだけさ」
「それはそうかもしれないけど……」
アウスバーグが提示したのは、簡単に言えば謀殺だった。
元々強権的なバルトゥスの統治に不満を抱く家臣は多かった。アウスバーグもその一人で、彼は常々、国王の息子の中でも良識のある第三王子を王位に就けたいと考えていた。
「王が倒れれば、一時的だが国内は混乱に陥る。たかが辺境の村に構っている余裕などなくなるであろう」
もちろん、いくら信望のない国王だからといって、表立って誅するのは簒奪者と看做されかねない。何より、理由なき謀殺は王権に対する正当性が疑われて、周囲からの支持を得られない。
しかし、言葉の通じぬ化け物なら話は別だ。
死んだと思われた吸血鬼がたまたま生きていて、息を吹き返して暴れた結果、不幸にも国王が巻き込まれてしまった、というのは辻褄の合う話だ。まして、今回は目撃者が多数いる。
「……少しは身体を張ったあーしのことも労って欲しいね」
あたしの横で、レミリアは口を尖らせる。
「あのおっさんにおもむろに斬られて、さらに追いうちまでかけられたね。お前ら、あーしに痛覚があるの忘れてるね?」
「『遠慮なくやるね』と言ったのはあんたでしょう?」
「まさかあそこまでやるとは思わなかったね。ただ、お前はあれで良かったね?」
「どういうこと?」
レミリアの言葉に、思わず首を捻った。
「あーしを殺さなくて良かったね? きっとあの男はあーしが死んだとしてもあの国王を殺していたね。お前にしてみれば、千載一遇のチャンスだったね」
「……馬鹿言わないでよ」
思いもよらぬレミリアの言葉に、あたしは吐き捨てる。
「あんなところであんたを退治したところで、誰があたしの功績を保証してくれるのよ」
「ふふん。まあ、そういうことにしてやるね」
「何よ、なんなら今ここで決着つけてもいいのよ?」
「せっかく片が付いたのに面倒事を増やすのはやめてくれよ……それに、ボクらだってそうゆっくりはしていられないんだ。そうだろう?」
「わかってるわよ!」
傲慢王バルトゥスは倒れ、いずれ新たな王が戴冠するだろう。
ただ、国王が謀殺された事実はいずれ露見する。アウスバーグがうまいこと処理してくれたとしても、あの場にあたしがいた事実は変わらない。そうなると、何らかの面倒事に巻き込まれる可能性がある。
王位が安定するまではしばらく混乱が続くことになるので、その隙にあたしたちはこの国を離れる必要があった。
そして、それは国王に対して直接的に手を下したレミリアも同様である。彼女もまた、ほとぼりが冷めるまではしばらく身を隠す必要があった。
――まあ、死ぬことに比べたらかすり傷みたいなものね。
最初に作戦を伝えられたレミリアはそう言って笑った。
果たして、文字通り死ぬような傷を負っても死ぬことがない吸血鬼にとって、その言葉はどのような意味を持つものだったのか、ただの人間の身であるあたしには想像が難しいのだけど。
「まあ、あーしには良いタイミングね」
レミリアはかかっと笑った。
「ちょうど村の統治にも飽きてきたから、そろそろ後進に任せたいと思っていたところね」
「任せて、どうするのよ?」
「さてね。とりあえず適当に各地を回ってみるつもりね」
「頼むから、面倒事は起こさないでくれよ?」
ノアは少し、真面目な顔で言った。それは、ギルドマスターとしての顔だった。
「キミが吸血鬼だと知れたら、ボクらは本格的にキミを討伐対象にせざるを得なくなる」
「わかってるね。あーしはこれまでもずっとうまいこと人間をやってきてるね」
「……言っておくけど、あたしはまだあんたの討伐を諦めたわけじゃないから」
「まだそんなことを言ってるのか、キミは」
そう言って、ノアは表情を崩した。
その反応に憤りを覚えながら、あたしはレミリアを睨んだ。
「せいぜい目立たないようにすることね。ギルドの命令がなくてもあたしは動くから」
「おー、怖いね。でも、お前がそう言ってくれるなら安心ね」
「何よ。あたしなんか敵じゃないって言いたいの?」
「そうじゃないね」
睨み付けるあたしに対して、レミリアはふっと表情を緩めた。
「あーしが化け物に戻っても、ちゃんと止めてくれる人間がいるってことね。だから安心できるね」
「……だから暴れるなってあたしは言いたいのだけど……」
「何だ、照れてるね?」
「照れてないわよ!」
あたしはレミリアの頭を思い切り引っぱたいた。つい全力で殴ってしまったけど、レミリアは堪えた様子もなく、ただ「へへっ」と笑うだけだった。
その反応が、また腹立たしかった。
「……まったく。それじゃあ、一足先にボクらは行こうか」
閑話休題と言わんばかりに、ノアは軽く手を叩いた。
「すっかり長居してしまった。帰って山積みになった仕事と向き合うのが怖いよ」
「……誰かさんの用事に付き合っていたおかげで、あたしの方の仕事はまだ残っているんだけど……」
「まあまあ、急ぐ依頼でもないんだし、後でこなせばいいじゃないか。それに――」
そう言って、ノアはあたしの顔を覗き込みながら、いたずらっぽく笑った。
「――キミの大事な大事なパートナーも、もうすぐ帰ってくることだしね」
「……ふん」
思わず、あたしは口を尖らせた。カノンが出発してから既に約二週間が経過している。予定は三週間ほどなので少し早いけど、時期的にはそろそろ戻ってもおかしくはない。
カノンは、また無茶をしてケガしたりしていないだろうか。
ちゃんと、あたしのことを覚えていてくれているだろうか。
「何ね。お前、協調性なさそうなのにパートナーがいるね?」
あたしの反応に、レミリアは興味を示した。
「あーしにはわかるね。そいつはきっととんでもない物好きね」
「うるさいわね。あたしのことはともかく、カノンの悪口は許さないわよ」
「ふーん、カノン言うか。旅先で会ったらお前のとこの相方に殺されかけたって伝えとくね」
「……勝手にしなさい」
あたしは腕を組みながらそっぽを向いた。この期に及んでは、目障りな吸血鬼に見つかる前に早く戻って、先にカノンを確保しなければならない。そう思った。
「それじゃあ、お前らも達者で暮らすね。出る前にアイラとカーラにも顔を見せてやって欲しいね」
「そうさせてもらうよ。偉大な村長の跡を継ぐ子たちだしね」
皮肉っぽく、ノアは笑った。実際、村唯一の吸血鬼として村の守備を一手に担うアイラと、村長を引き継ぐカーラにとってはしばらく予断を許さない状況が続くだろう。何だかんだ、長い間村を束ねてきたレミリアは住人から信頼を集めていたし、彼女がいないことでこれから様々な苦難に襲われるかもしれない。
もっとも、ノアの言葉を言葉通りに受け取ってへらへらする目の前の吸血鬼が、そのことをどこまで理解しているかは甚だ疑問ではあるけれど。
「とにかく、あんたはどこへなりとも行って構わないけど、人間社会では大人しくしていること。人間はこの村の住人みたいに物分かりが良い人ばかりじゃないんだから」
「わかってるね! お前はあーしの保護者じゃないね!」
「……まあ、どうしても困ったらグレゴールのボクを訪ねるといい。できる限りのことはしてあげるから」
「そうさせてもらうね。でもまあ、ここを出たらまず最初にやることは決まってるね」
「そうなの?」
あたしが首を傾げると、レミリアは急に真面目な顔になった。
それから、ふっと笑いながら言った。
「お前らに教えてもらった、ミリが倒れた場所。そこに行って、祈りの一つでもくれてやろうと思ってるね」




