こんなの気に入らない
レミリアとの間合いを詰めながら、剣を大きく振りかぶる。レミリアは避ける様子も抵抗する仕草もなく、穏やかに笑っていた。既に決まった結末に向かおうとしている状況に、あたしは奥歯を噛み締めた。
このままで本当に良いのかと。
あたしの剣は、こんなことをするためにあるのかと。
そう考えているうちに、あたしは振りかぶった姿勢のまま、それ以上動けなくなっていた。直後、アウスバーグの剣がレミリアに迫るのが見えた。
これで、化け物を一匹、葬り去れる。
また一歩、世界は平和に近付く。
そういうはずだった――
「ああもう!」
あたしは咄嗟にレミリアを突き飛ばし、迫り来る刃を剣で受け止める。刹那、アウスバーグの目が驚愕に見開かれる。
「なっ……!」
声を上げるより先に、あたしは剣を押し込み、鍔迫り合いの形に持っていく。息を吐かせる間もなく、剣を勢い良く弾くと、大剣は手を離れて宙を舞い、アウスバーグの後方に突き刺さった。
「何のつもりだ! リズペット殿!」
「うるさいうるさい!」
あたしは抗議の声を黙らせながら、剣の先を相手に突き付けた。
「どういうことね!? 何故お前があーしを――」
「あんたも黙りなさい! あたしだってわからないわよ!」
あたしは頭を掻きむしる。自分でも何をやっているのかわからない。だけど、黙って見ていることができなかった。とにかく、無性に。
「気に入らないのよ! あんたたち全員!」
周囲を見渡しながら叫んだ。アウスバーグとレミリアは唖然とした表情を、ノアとカーラは沈痛な表情をしていた。
「まずはあんたよ、このおっさん!」
「だ、誰がおっさんであるか!」
「あんた以外誰がいるのよ! 元はと言えばあんたのとこのバカ王子が勝手にやったことでしょう!? 何を訳知り顔の仲介者面して偉そうに解決策を授けようとしてくれているのよ!」
「別に偉そうになどしてないが……」
「偉そうにする前に、まず自分の義務を果たしてから言いなさいよ!」
乱暴に言った後、次にノアに向き直る。
「ノアも、こんな結末で良いと思ってるの!?」
「……ボクは、レミリアに合わせたまでだよ。ボクらは所詮部外者だからね」
「そんなことを聞いてるんじゃない! こんな終わり方で良いのかって聞いてるのよ!」
「良いわけないだろう! バカにしないでくれ!」
ノアが吐き捨てるように言ったのを聞いて、あたしは頷いた。そうだ、それでこそノアだ。お利口さんな姿なんて、ノアには似合わない。
「カーラ! あんたも同じよ! これで良いの!?」
「わたしは……レミリアからいつかこんな日が来るからって言われてて……ずっと前から覚悟してて……」
「はあ!? 聞こえないわ! もっと大きな声で言いなさい!」
「っ! こんなの嫌ですっ! レミリアと別れるなんて嫌ですっ!」
そう叫んで、カーラは顔を手で覆いながら座り込んだ。今まで我慢していたのだろう。手の隙間から嗚咽が漏れていた。
「まったく。ちゃんと言えるじゃないの……」
そして、あたしはレミリアに向き直った。
レミリアは座り込んだ姿勢のまま、拍子抜けしたような顔をしていた。
あたしは無言で歩み寄ると、胸倉を掴んで持ち上げた。
「一番気に入らないのはあんたよ、この化け物」
レミリアの顔を引き寄せながら、あたしは毒付いた。
「化け物は化け物らしく、人間を食い物にして自分勝手にずる賢く生きていればいいのよ。いつからそんなに物分かり良くなったのかしら?」
「……あーしは、少なくともお前よりは長いこと人間をやってるね」
「だとしたら勉強不足ね。人間は自分勝手で生き汚いのよ。都合良く誰かのために死んであげたりなんてしない」
「ふん。それじゃあお前の言う化け物と同じね」
「同じなのよ。あんたとあたしたちは」
そう。同じなのだ。
誰かを守りたいと思う。その点において、目の前の化け物とあたしたち人間は同じなのだ。
「とにかく、化け物ごときが自己犠牲を発揮して人間を救おうだなんて、そんなのあたしが許さない」
「じゃあどうすればいいね!?」
レミリアは胸倉を掴むあたしの手を払った。その目には怒りよりも悲しみが宿っていた。
「こうしている間にも、村に報復の手が迫ってるね! あーしは昔、何があっても村を守ると決めたね! 他に手がないね!」
「手ならあるわ! 戦えば良いじゃない! あんたなら、たかだか数百人の人間を喰らい尽くすことなんてわけないでしょう!?」
「馬鹿なことを言うな! 貴殿はどっちの味方なのだ!」
「あんたは黙ってなさい! あたしはあたしの味方よ!」
あたしは口を挟んできた男を一喝し、改めてレミリアを睨み付ける。
「それで、できるの!? できないの!?」
「……できるね。だが、数百人を撃退したら次は数千人で来るだけね。……それに」
レミリアは視線を外し、自嘲気味に笑った。
「お前が前に言った通りね。そこまで人間を殺したら、あーしはニンゲンの味を思い出す。あーしは、もう元に戻れなくなるね」
「ふーん、そんなこと。いいじゃないの、別に」
「何が良いことあるね!」
「もしあんたが本当の意味で化け物に戻ったら、今度こそあたしが退治してあげる。それだけよ」
あたしの言葉を、レミリアはしばし茫然と聞いていた。目を丸くしながら、目の前の小娘が何を言ったのかを噛み締めているようだった。
しばらくして理解したのか、レミリアはふっと吹き出した。
「ははっ、それなら安心ね」
レミリアはにやりも笑った。肩の荷が降りたような、どこかすっきりとした表情だった。
「――そういうわけだから」
最後に、険しい表情で立ち尽くしているアウスバーグに目を遣った。
「悪いけど、あんたの提案は却下よ。大人しく帰って出撃準備でもしてなさい」
「……それはできぬ」
アウスバーグは少々躊躇いながらも、はっきりと口にした。
「何よ、やっぱり化け物がいるのは見過ごせないって?」
「それはもう良い。……どうやらここの住民にとっては、我ら王国よりそこの化け物の方がよほど信用されているようだ」
悟り半分、諦め半分といった具合に、アウスバーグは言った。
「だが、私は無用な血が流れるのを防ぎたい。愚かな貴族の手を領民の血で洗うことなど、あってはならないのだ」
「あんたも貴族でしょう?」
「その通りだ。だから、我らは変わらなければならない。――ついては、だ」
そう言って、アウスバーグはあたしを見た。
「リズペット殿。私に力を貸してくれ。貴殿の力が必要だ」
「何であたしが貴族なんかのために……」
「まあいいじゃないか。彼にも何か考えがあるようだしね」
いつの間にかあたしの近くまで来ていたノアが応じる。
「でもギルドマスターとして言わせてもらうけど、彼女を王国のゴタゴタに巻き込むのはやめてくれ。うちのギルドは特定の国家には肩入れしない主義なんでね」
「承知している。これは我らの問題である。――だからそこの化け物。貴様にも協力してもらうぞ?」
「はあ!? なんであーしが!?」
「当然だろう。貴様も我が王国の領民なのだからな」
アウスバーグの言葉に、レミリアは目を丸くした。やがて、肩を竦める。
「……仕方ないね。でも首はもうくれてやらんね?」
「わかっておる。が、その前に一つ言わせてくれ」
「何ね? 急に改まって……」
「今日まで我が領民を守ってくれたこと、誠に感謝申し上げる」
アウスバーグは背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で頭を下げた。レミリアは急な展開に「え、ちょ」と慌てた後、尚も頭を下げ続ける男を見てふっと笑い出した。
「やっぱりこいつ、めんどくさいね」




