訣別
アウスバーグは強敵だった。リーチの長い大剣を自在に振り回し、それでいてこちらの弱いところを的確に突いて来る。レミリアとの戦いの後で消耗していなかったとしても、簡単には勝てない相手だったろう。
そんな中で、レミリアが乱入してきたのは一つきっかけになった。幸運だったのは、あたしはレミリアが吸血鬼であることを知っていて、相手はそのことを知らないということだった。加えて、目の前の男は律儀というか真面目な性格で、無関係な第三者を巻き込むことを良しとしないタイプのように思えた。そうでなければ、最初に剣を突き付けたのはあたしに対してではなく、ノアやカーラに対してだったと思う。
アウスバーグにとっては華奢な婦人にしか見えないレミリアがいることで、彼女を巻き込むまいと剣の振りが鈍くなることを期待したあたしは、レミリアを隠れ蓑にして一撃を加える作戦を思い付いた。ちょっとずるいかもしれないけど、戦いの中では手段を選んでいられない。それだけ、あたしにも余裕がなかった。
だから、レミリアが自らあたしの剣に刺さりに来たのを見て、少なからず動揺してしまった。
目の前では、レミリアの胸に剣が突き刺さっていた。傷口から血が吹き出し、辺りを真っ赤に染めている。
あたしは奥歯を噛み締めながら、刺さった剣を引き抜いた。直後、糸が切れた人形のようにレミリアの身体がその場にくずおれた。
「おお、なんてことだ!」
アウスバーグは大剣を取り落とし、天を仰いだ。
「私のせいで、罪もなき村人を一人巻き込んでしまった!」
「……落ち着きなさいよ」
「貴殿こそ! こんな惨劇を目の前にして何も思わぬのか!?」
「落ち着けって言ってるのよ。――ほら、さっさと立ちなさい」
「……何ね。もういいね?」
くすくすと笑いながら、レミリアはすっと立ち上がった。吹き出していた血はいつの間にか止まっていた。
「せっかくの、あーしを殺すチャンスだったね?」
「…………」
あたしは答えず、視線を外しながら剣を一振りして血を飛ばした。視線の先ではノアが神妙な顔を、カーラが今にも悲鳴を上げそうな顔をしていた。
「待て! どういうことだ!」
しばし呆気に取られていたアウスバーグが、意識を取り戻したかのように叫んだ。
「貴殿は、何故生きている!? 何故平気でいられる!?」
「簡単なことね。答えは目の前にあるね」
そう言って、レミリアは自身の目を指し示した。その目は鮮血のような赤に染まっていた。
「……なるほど。そういうことか」
ここに来てアウスバーグも事態を理解したのか、険しい表情で大剣を構えた。
「可能なわけだな。貴殿、いや、貴様になら」
「ようやく信じてもらえたようで嬉しいね」
レミリアは腰に手を当てながら口角を上げた。その口の端からは牙が覗いていた。
「まさかこの村が吸血鬼に支配されていたとはな。よもや、村ぐるみで吸血鬼を匿っていたのではあるまいな?」
アウスバーグは鋭い目つきでぎろりと睨んだ。その目は、明らかな敵意に満ちていた。
――やはり、そういう反応か。
あたしは内心舌打ちをした。この男ならあるいは、とも思ったけど、どうやら当てが外れたようだ。そして、自分の迂闊さにほとほと嫌気が差す。
結果的に、あたしはレミリアの正体を喧伝してしまったのだから。
「――ふふっ、はははっ!」
その時、レミリアが高笑いをした。突然の豹変振りに、アウスバーグは怪訝な表情を見せた。
「……何がおかしい?」
「なに、めでたい奴だと思っただけね。まさかお前は、吸血鬼と人間が共生できると本気で思っているね?」
「にわかには信じられん。だが現に!」
「それがめでたいと言ってるね! 吸血鬼であるあーしが、食料でしかないニンゲンと共に暮らす? ましてニンゲンがあーしを匿う? 笑わせるね! それともお前らニンゲンはパンとまで共生するね?」
レミリアの言葉を聞きながら、アウスバーグは無言で睨み返していた。言葉が通じる化け物。そう思っているようにも見えた。
「ノア殿!」
アウスバーグは、離れた場所で戦況を窺っていたノアに向かって叫んだ。
「貴殿は知っていたのか!? 此奴が吸血鬼であることを!」
「……まさか」
ノアは肩を竦めた。
「そもそもボクは吸血鬼を探すためにはるばるやってきたんだ。もし知っていたら、キミたち王国にそれを隠す道理なんてないだろう?」
「ではカーラ殿と言ったか! 貴殿はどうだ!」
アウスバーグは続けて、ノアの隣で縮こまっているカーラに水を向けた。カーラは突然名前を呼ばれて、びくりと肩を振るわせた。
「村の長が吸血鬼であることを、住人は知っていたのか!? 知ってて此奴を長にいただいておったのか!?」
「わたしたちは……」
カーラはおどおどとしながらも、まっすぐアウスバーグを見返しながら答えた。
「……レミリアをずっと人間だと思っていました。だから、そんなモノは知りません」
「そんな寂しいこと言わなくても良いね? 副村長?」
顔を背けたカーラに向かって、レミリアが言った。
「お前のことは小さい頃から知ってるね。今までずっとかわいがってきて、村の将来についても話し合ったね。いつかは村のみんなが飢えの心配がない村を作りたいとか、そんな青くさいことも言ってたね?」
「黙りなさいっ! ……レミリアとの思い出を汚さないで」
「あーあ、すっかり嫌われちゃったね」
カーラの反応を見て、レミリアは満足そうに笑うと、改めてアウスバーグに向き直った。
「それで、お前はどうするね?」
「知れたこと! 今ここで貴様を討つ!」
「おお怖いね。お前ごときにあーしを倒せるとでも?」
「確かに私一人では容易ではなかろう。――リズペット殿!」
そこでアウスバーグはあたしの名前を呼んだ。
「貴殿と目的は同じはずだ! ならば、今は互いに手を取れるはずだ!」
「……よくもまあ、勝手なことを……」
呟きながら、あたしはレミリアから距離を取り、剣を構える。これでアウスバーグとあたしで、レミリアを挟み撃ちする格好となる。
「お前らニンゲンに良いことを教えてやるね」
余裕の表情で、レミリアは口を開いた。
「あーしたち吸血鬼は不死身ではないね。特に生命力の源は心臓ね。ここをやられたらさすがのあーしもおしまいね」
レミリアは親指で胸を指し示しながら言った。
「……何故、それを教えるのだ?」
「あんまり一方的になっても面白くないね。これぐらいはハンデね」
「……後悔するぞ?」
アウスバーグは鋭く睨みながら、大剣をレミリアに向かって突き付けた。
「リズペット殿! 同時に仕掛けるぞ! 私に合わせるのだ!」
そう一方的に言うと、アウスバーグは剣を向けたまま駆け出した。
「うるさい! あたしに命令しないでよ!」
あたしは乱暴に叫んだ後で、少し遅れて走り出した。
距離としてはあたしの方が近い。あたしが先行してレミリアの隙を作れば、あっちの男が仕留めてくれるはずだった。
あたしの間合いが近付いても、レミリアは動かなかった。棒立ちのまま、顔をこちらに向けていた。
それから、レミリアはふっと笑った。
――あとは任せたね。
そんな声が聞こえた気がした。




