会談
「ちょ、ちょっと待って」
我慢できず、思わず口を挟んだ。
「何でそこであたしの名前が出てくるのよ?」
「そんなのボクに言われても困る、と言いたいところだけど、まあ待ちなよ。順を追って説明するからさ」
そう言って、ノアは手に持っていたお椀に口を付けて、中の芋を頬張った。そして「うん、おいしい!」と作り手への気遣いを口にした。
「そもそも何なの、その会談って?」
あたしは釈然としないまま、思ったことを口にした。
「やるなら村長のレミリアでしょう? 何であたしなのよ?」
「あーしはやらないね」
ひとしきり食べ終えて満足したらしいレミリアが、お椀を脇に置きながら言った。
「そもそも、あーしの主張は一つだけね。あーしが全部やった。それを奴が信じるかどうかね。それ以上、あーしから言うことないね」
「それはそうかもしれないけど……」
「どうやら先方も同じ考えみたいだよ。『私はかの村長にあまり信用されていない故、現時点ではこれ以上の対話は無用であろう』だってさ」
「ふん! やっぱりめんどくさい奴ね!」
レミリアは不機嫌そうに、自身の太ももを叩いた。
「それでその代わりとして指名してきたのが、リズペット。キミだ」
「それがわからないのよ。何でそこであたしが出てくるの? この村の人間は?」
「あーしに何かあれば、カーラが村長を継ぐことになってるね」
レミリアは何でもないことのように言った。カーラと言えば、優しそうではあるものの、気の弱さも目立つ女性だ。一体どういう人選なのかは気になるところだけど、今はそこを追及している場合ではない。
「……本来なら、そのカーラが出るべきなんじゃないのって話よ」
「それはボクも言ったよ。でも、どうしてもリズペットが良いんだってさ。よくわからないけど、『この地にてかの高名なリズペット殿にお目通叶うは光栄の極み』とか何とか言ってたから、同じ武人として通じるものがあったんじゃないのかな?」
「この非常事態に呑気なものね」
「ああ。だから嘘だと思ってるよ」
ノアはさらりと、これまた何でもないことのように言った。
「ただ、嘘だとしてもボクらは向こうの提案に乗るしかない。そうじゃなければ、この村は地図上から消えて無くなるだけだからね」
悔しいけど、ノアの言う通りだった。
村に王太子殺しの容疑を掛けられている以上、その先に待つのは報復、つまり村の焼き討ちである。どういうつもりかはわからないけど、あの騎士団長はその未来を回避するためにこちらに赴いてきてくれているのだ。
そうなれば、多少のわがままには目を瞑ってあげるべきなのかもしれない。
「会談にはボクも同席するよ。一応、この村の代表者も入れた方が良いかな?」
「それならカーラを貸してやるね。交渉の一切はお前らに任せるね」
「オーケーだ。……そういうわけだよお姉ちゃん?」
「もういいわよそれは……仕方ないわね。あたしに交渉の機微を期待しないでよ?」
「わかってるって。フォローはボクがするから、キミは好きなように喋ってくれていい。ただし、先方に失礼のない範囲でね?」
「わかってるわよそれくらい!」
やけになって、あたしはお椀の中身を一気に掻き込んだ。
少しだけ、面倒なことになったなと思った。
*
アウスバーグとの会談の地に指名されたのは、村の中心にある集会所だった。この場所には村の非常事態を告げる井楼と共に、簡易ながらテーブルと椅子が設置されており、村で何か決議を行う際に使用されているということだった。
あたしがノアとカーラを連れて到着した時には、既にアウスバーグが着席して待ち構えていた。相変わらず、両手は後ろに縛られたままだった。
「交渉しに来たのはわかったから外そうか、とは言ったんだけどね。でも『万が一のことがあってはならぬ』『完全に信用を得るまではこのようにさせて頂く』とか言って聞かなくてさ」
話を聞きながら、随分と頭の固い男だと思った。
まあ、それでこそあたしの知る貴族、という気もするのだけど。
アウスバーグはあたしたちの姿を認めると、一瞬怪訝な表情を見せた。
「悪いね、アウスバーグ卿」
先んじて、ノアが口を開いた。
「キミは一対一の会談を所望していたのかもしれないけど、そっちの目的が知れない以上、進行役として同席させてもらうよ。あと、この村ではボクらはよそ者だ。一応、村の代理人にも入ってもらうけど、構わないかい?」
「……無論だ。当方の希望を汲んで頂き、誠に感謝申し上げる」
「カ、カーラです。よろしくお願いします……」
カーラがおどおどしながら頭を下げると、アウスバーグは何か言いたげにふむと唸ったものの、特に何も言わずに口をつぐんだ。自信なさげな代理人の姿に不安を覚えたのか、それとも単にまた女性かと思ったのか。
「さて、アウスバーグさん? まずはご指名ありがとうございます、かしら?」
あたしは席に着くなり、やや挑戦的に仕掛けた。
「うむ。此度は不躾な要望にも関わらず快諾下さり、誠に光栄の極みなり」
一応、不躾である自覚はあるのね。
内心苦笑しながら、あたしは続ける。
「あたし、細々とした駆け引きって嫌いなの。だから単刀直入に聞くわね? ――あなたは何を企んでいるのかしら?」
「企み、とはどういう意味であるかな?」
「とぼけないでよ。あなたのやっていることは王家の利益を代表していない。徒にあなた自身を危険に晒しているだけよ」
「ふむ。これは異なことを仰られますな」
あたしの言葉に、アウスバーグは控えめに、だけどはっきりと否定を口にした。
「自らが領民を守るは高貴なる貴族の務めなり。また、務めを果たすことこそが王家の利益に繋がる。そうは思いませぬか?」
「なるほどね。あなたの中ではそうなのね」
「お褒め頂き、光栄の極みである」
アウスバーグはどこか誇らしげに身を逸らした。どうやら、この男に皮肉というものは通じないらしい。
「では、私からも質問をお許し頂きたい。……リズペット殿は、何故このような地に?」
「……その質問にはさっき答えたはずだけど?」
「リズペット殿ほどの冒険者が、何の理由もなしに我が王国の地に踏み入れられるとは思えぬ。一体、どのような用件であるか?」
「それ、そんなに重要かしら?」
「重要である。少なくとも私にとっては」
アウスバーグはまっすぐとあたしを見ながら言った。その目は、まるで何かを品定めしているようだった。
さて、どうしようか。
別に隠すようなことではない。ちゃんとギルドから正式に請け負っていることだし、何らやましいことをしているわけでもない。
ただ、ここに来た目的を話すということは、あのことを話すということだ。
それは、藪をつついて蛇を出してしまうことにならないだろうか。
「――それはボクから答えよう」
思案していたところで、ノアが口を開いた。
「アウスバーグ卿、冒険者は依頼の内容をみだりに話せないんだ。どこから情報が漏れるかわからないし、取り扱い注意な情報もあるしね」
「ふむ。そうであったか」
「だから、ギルドマスターであるボクから説明するよ。リズペットがこの村に来たのは、調査のためさ」
「調査、とな?」
「ああ。王国でも吸血鬼の噂は聞いたことがあるだろう?」
ノアの言葉に、思わずはっとなり、横に座るギルドマスターの顔を見遣る。
ノアはあたしの視線に気付くと、まあ任せておけよと言わんばかりににやりと笑った。
「元々は魔物討伐のために来ていたんだけど、せっかく近くまで来たということで、その噂についても確認しに来たのさ。我がギルドとしても吸血鬼は無視できない存在なんでね」
「なるほど。筋は通っておるな」
「通ってるも何も事実なんだけどね。まあ信じないのならご自由に」
どうでも良さそうに言いながら、ノアは両手を頭の後ろに回した。一方のアウスバーグはふむと唸った後、何か考え込むように目を伏せた。
「それじゃあ、次の質問よ。どうしてこの場にあたしを指名したの?」
「それは単純である。私がリズペット殿に用事があったからである」
「用事?」
あたしは思わず聞き返した。
「此度の件を聞いた時、私にはどうしても腑に落ちなかった。王太子の殺害。何故という部分にはひとまず目を瞑ろう。王族が領民に恨まれる理由など星の数ほどあるからな。問題はどうやって殺したかである」
「それ、そんなに重要かしら? 目の前で起きていることが事実だと思うのだけど?」
「重要である。王国にとって、王太子の部隊を返り討ちにできるほどの戦力を把握していないのは、懸念以外の何ものでもないのでな。だがここしばらく見た限りでは、この村の戦力では王太子の部隊をどうにかするのは叶わぬ。村長殿も、そちらの代理人のお方も、失礼ながらただのご婦人である」
「わからないわね。何が言いたいの?」
「そろそろとぼけるのはやめにせぬか、リズペット殿。いや、王太子殺しよ!」
アウスバーグは急に叫ぶと、勢い良く立ち上がった。そして、拘束されていた両手を振り解き、背中の大剣を抜いた。
「何のつもりかしら?」
あたしは腕を組んだまま、武装した男を見据えた。
「ほう。驚かぬか。さすがはSランク冒険者、『剣聖』の名も誉れ高いリズペット・ガーランドよ」
「別に。あんたたちのやりそうなことだって思っただけよ。それで、さっきのはどういう意味かしら?」
「知れたことよ!」
アウスバーグは剣の切っ先をあたしに突き付けた。
「王太子を殺したのは貴殿だと言っておるのだ、リズペット・ガーランドよ!」




