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第2章 個人ランクAの指南【5】

「さ、次の討伐対象はレッドバイソンよ」

 レッドバイソンはポケットラットやグリーンウォンバットより上位の魔獣だが、魔獣の中ではランクが低い。討伐はそう難しいものではないはずだ。

「基礎は教えたわ。応用してみなさい」

 四人はそれぞれ頷く。昼食を取ったことで気力が回復したようだ。

 まずはヴェラがポケットラットを従属契約(テイム)する。従属契約(テイム)は索敵と同時に討伐対象の能力値を鑑定することができる。それを伝達魔法で他の三人に伝える。それにより必要な強化魔法を割り出し、ライカがディランとダンに各種強化魔法をかける。あとはディランとダンで叩くのみだ。

(本当に基礎は頭に入ったみたいね。ただ……)

 リーフェットは腕時計に目を落とした。このまま見守っていれば、彼らはレッドバイソンを討伐するだろう。だが、基礎を覚えたことで能力値が上がるわけではない。レッドバイソンは最下位御三家よりは上位の魔獣だが、冒険者から見れば大した強さではない。ふたり掛かりならさほど時間はかからないはずなのだが。

 レッドバイソンが地に倒れると、ディランとダンは膝に手をついて荒い呼吸を整えた。その姿に、リーフェットは溜め息を落とす。

「時間がかかりすぎだわ」

「倒せたんだからいいだろ……」

 息も絶え絶えに言うディランに、リーフェットは肩をすくめた。

「レッドバイソンは群れを作る習性があるわ。今回みたいに一頭でふらふらしているのは稀よ。魔獣討伐には魔獣に関する知識も必要。寝る前に魔獣図鑑で勉強しなさい」

「ああ……」

「わかったらさっさと角を採取する! レッドバイソンは、討伐と採取、ふたつの実績が得られるわ。積極的に倒しなさい」

「そうなのか……」

「依頼書をしっかり見なかったわね。依頼書は隅から隅まで目を通す。そんなの基本中の基本でしょ!」

「はっ、はい~!」

 四人はすっかりリーフェットに逆らえなくなっている。ここで逆らえば、自分たちが勇者パーティ候補から外されることがわかってきたのかもしれない。それは彼らにも本望ではないはず。彼らは自ら勇者パーティの募集に志願したのだ。このまま無様に終えるわけにはいかないだろう。

 そこへ、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえて来た。あら、とリーフェットは顔を上げる。

「珍しい。ゴブリンだわ」

 ゴブリンは三体で連なって歩いている。人間を見つけて騒いでいるのだ。好戦的な個体が揃っているらしい。

「ちょうどいいから倒してごらんなさい」

「は!?」ディランが声を上げる。「ゴブリンをか!?」

「私の言う通りになさい」

 毅然とした態度で言うリーフェットに、四人はゴブリンを恐れながらもそれぞれの武器を手にする。ゴブリンは先ほどのレッドバイソンより上位で、個体ごとに戦術が変わる。駆け出し冒険者が苦労する魔獣だ。

「ライカさん! ディランとダンさんに攻撃力、防御力強化魔法!」

「はいっ!」

「ヴェラさん! あの響鳥(オペラバード)従属契約(テイム)! 怪音波でゴブリンを攪乱なさい!」

「了解!」

 リーフェットの声に合わせ、ライカはディランとダンに向けて杖を振り、ヴェラは響鳥(オペラバード)従属契約(テイム)する。響鳥(オペラバード)が鳴き声を立てると、ゴブリンが耳を塞いで暴れ回った。

「ディラン、速力強化スキル!」

「ああ!」

「ダンさん、攻撃力強化スキル!」

「おう!」

「まずは足を狙って機動力を奪いなさい! 攻撃はひたすら躱すのよ!」

 昨日の今日で戦闘能力が上がることはない。魔法とスキルを重ねても、ディランとダンの動きが劇的に変わることはなく、それでも、確実にゴブリンの機動力を奪っていった。

「ゴブリンの急所は首よ!」

 棍棒を落としたゴブリンの首に、ディランの剣が食い込む。しかし、ゴブリンの首は硬い。その斬撃は首を斬り落とすに至らなかった。

「ディラン、虹撃破(こうげきは)!」

 リーフェットの声に、ディランがハッとする。そして両手に力を込め、虹色の輝きとともにゴブリンの首を落とした。その勢いのまま剣を大きく振り上げ、背後に迫っていたもう一体のゴブリンを一刀両断する。それに気を取られていたゴブリンの首をダンの魔剣が落とし、戦闘は終了した。

「及第点ね。いまのあなたたちにしては頑張ったんじゃない」

 四人は地面に倒れてぜえはあと息を整えている。彼らの能力値はまだ伸びる。それというのはつまり、いまは能力値が低いということ。彼らには厳しい戦闘だっただろう。

「さっさと牙を採取して、ギルドに帰るのよ。先に戻ってるわ」

 リーフェットは自分に転移魔法をかけ、四人と別れる。いまはへばっているが、そのうちライカが回復魔法を使えるまで復活するだろう。それまであのまま転がしておくほうが彼らのためだ。

 冒険者ギルドのドアを開けると、リーフェットは何度目かわからない溜め息を落とす。あのパーティに関わってから、幸せがどれほど逃げていったことだろう。

「おっ? リーフェットじゃん」

 不意にかけられた声に、リーフェットは顔を上げる。目立つ紫髪の、金縁のシャツの襟を大きく開いた、チャラけた男が歩み寄って来た。その途端、リーフェットは思わず眉間にしわを寄せる。

(出た。迷惑系冒険者の……中の誰かだわ)

 リーフェットは、こうしてギルドでふらふらしている冒険者を「迷惑系冒険者」と名付けている。彼らはまともに依頼クエストを受けず、寄生するパーティを探している。手数が足りずに困っているパーティに潜り込み、まともな働きもせずに依頼料だけを受け取るような小汚い連中だ。この冒険者ギルドにも何人かいるが、このチャラけた男の名前を、リーフェットは覚える気がなかった。

「借金は返し終わったのか? 手伝ってやろうか?」

「結構よ。あなた、どこの家の方?」

「忘れたのか? ジャン・ワイルドだ」

「あー……」

 左から入った声が右に抜けていく。この情報を頭に留めておく必要はない。

 そのとき、大きな音を立てて入り口のドアが開いた。まだ息が整わないままのディランのパーティが転がり込む。まだしばらく、この光景を見ることになるだろう。

「遅かったわね。あなたたちが遅いせいで、性質(たち)の悪いナンパをされたわ。速力が足りないんじゃない?」

 リーフェットの憎まれ口にも、四人は応えることができない。必死になって戻って来たようだ。

「平原で走り込みをしたほうがいいかもしれないわね。訓練に組み込みましょう」

「勘弁してくれ……」

 ふらふらになりながら、ディランがカウンターに戦利品を入れた袋を叩きつける。中身を確認したアンネリカが、えっ、と大きな声を上げた。

「ゴブリンの牙!? 東の平原でゴブリンを討伐して来たの!?」

「ああ、そうだよ……」

「たまたまね。ギルドの情報を更新しておいたほうがいいわ」

 ディランたちの訓練をしている東の平原は本来、せいぜいレッドバイソンが最上位種だ。ゴブリンの巣は近くになく、ゴブリンが出現することは滅多にない。そのため、東の平原は比較的、平和なのだ。

「組合に報告してくるわね。追加の報酬が出るはずよ」

 アンネリカがわくわくした表情で報告書を手に取る。いまだ息の整わないディランがサインすれば、四人には組合から追加報酬が出る。出現するはずのない魔獣が発見された場合、組合から冒険者に出される情報を更新する必要がある。その情報更新が、冒険者にとって大きな報酬となるのだ。

「よかったわね。これでようやく装備が整えられるわ。やっとスタートラインまであと一歩になったわね」

「ま、まだスタートラインに立ててすらいないのか……」

 ディランに続き、他の三人も肩を落とす。ランクCから勇者パーティを目指すには、まだまだ程遠い道のりになる。スタートラインはランクBになってやっと立てる。それがリーフェットの持論だった。

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