第72話:主導権
そんな俺の怒鳴り声に返事をしてくれたのは、隣に座っているミナだった。
「私達も、ソウジ様がまだ会議室にいらっしゃった時に聞かされましたから、お気持ちは分かりますが……これに関しては、早いに越したことはありません。このまま進めるべきかと」
「そんなこと言いつつ、裏ではこっそり三人でドレス選びとかしてたくせに。しかも、ソウジ君の世界の物を選ぶ気満々だったし」
「おい。まさか、特注のドレスを勝手に三着も頼んでたりしないだろうな? この間のベッドはまだ許容範囲だったけど、流石にお前らが着るようなドレスは値段が値段なだけに、簡単に買えるようなもんじゃないぞ」
マジな話、この世界の王族としての感覚で通販なんかを使われたら、普通に破綻する。シャレにならん。
「それくらい、私達だって分かっています。そのため、この間ルナ様にお願いして、物の値段を全てこちらの世界と同じにして頂きました」
リアの口から、さらっと飛び出した衝撃的な一言。
俺は慌ててスマホを取り出し、いつも使っている某通販サイトを開く。
「……俺が買おうとしてたゲーム、半額以下になってるんだけど。ちなみに、いつ頼んだんだ?」
「あれは確か……お嬢様が、この世界では中々見ないような値段のベッドを勝手に購入された後ですね。ご自分で注文しておきながら、流石に拙いと思われたのか、私に相談に来られましたので……その流れで、です」
「別に、私達は貴方達の関係にどうこう言うつもりはないけれど……お金にだけは気を付けなさい。じゃないと、いつか喧嘩だけじゃ済まない日が来るわよ」
一応、セレスさんがみんなの給料から通販代として毎月一定額を引くようにしてくれていたみたいだけど……それでも甘かったかもしれない。
「私達も、レミア様と同じ結論に至りました。今後は毎月お給料を頂く際に、その月に使った分をお支払いする形にいたします。もちろん、経費で落とせる物は別ですが」
「ふ~ん。じゃあ今月分は全部俺の金でいい。今後は、それで頼むわ。……あと、ベッド代に関しては色んな意味でお礼は貰ってるから、気にしなくていいぞ。なあ、ミナ?」
そう言った瞬間、ミナはびくっと体を震わせ、珍しく顔を真っ赤にした。
「あ、あのことは……もう言わないでください! 私、凄く恥ずかしかったんですからね!」
「う~ん……まあ、あれはお仕置きの意味を込めてやらせてみただけなんだけどな。ミナには、ちょっと向いてなかったみたいだし。今後は何か悪さをしない限りやらないかな。別に俺も、根っからのS気質ってわけでもないし」
「どの口が言ってるんですか⁉ 初めての私を気遣って、優しくパジャマを脱がせてくれたかと思ったら……いきなりソウジ様ってば、私に向かって―――」
流石に、これ以上喋らせるのは不味い。
俺はさっきの反省を活かし、魔力量を調節しながら転移と飛行魔法を同時に使い、ミナの口を手で塞いだ。
「別に、母さん達に聞かれても俺は気にしないけど……ミナはいいのか?」
そう聞くと、ミナは凄い勢いで首を左右に振る。
手を放してやると、ここまでのやり取りを見ていた母さんが腕を組んで言った。
「あれは絶対にSね。しかも、普段はそんな素振りを一切見せないどころか、甘えん坊で少しMっぽいのが、更にたちが悪いわね。これでソウ君の女の子の中にM気質の子がいたら、堪らないでしょうけど」
「勝手に人をサディスト認定したり、夜の営みについて解析を始めるな! 余計なお世話だ」
「そうは言っても、貴方……さっき“ベッドのお礼”の話をしてる時、特にミナの名前を呼んだ瞬間なんか、凄くサディストっぽかったわよ」
「私も横から見てたけど、あの時のソウジ君、すっごい意地悪そうな笑みを浮かべてたよ。それに、その瞬間だけ大人っぽさが出てて、尚更Sっぽかったし」
……いや、まあ確かに。
あの日の夜は、ミナのパジャマを脱がした後、お仕置きの意味を込めて“俺の前で一人でしろ”とは言った。
(命令したら、恥ずかしながらもやってくれた)
実は結構良かった、とか思ってたりもするけど……。
でも、別に相手にそういう趣味がないなら無理強いする気はないんだから、Sではないだろ。百歩譲って、少し……ほんの少しだけSっぽいかも、程度だ。
――などと考えていると、後ろからまた誰かに抱き上げられ、そのままぎゅっと抱き締められた。
振り向くと、母さんがにやにやしながら俺を見下ろしている。
「いつものソウ君でも十分、母性本能をくすぐられるんだけど……今のソウ君を見てると、さらに刺激されるというか。もう、うちの子にしちゃってもいい?」
この人達の……。
「いいわけないじゃないですか! 今すぐ、ご主人様を返してください!」
「そうですよ! というかソウジ様も、黙ってないで少しくらい抵抗してください‼」
「そんなこと言ったって、ティアの奴が魔力だけじゃなく身体能力まで下げたっぽいからさ。あんまり動きたくないんだよ。実はそのせいで、今結構眠いし」
多分、午前中の会議で体力というか……主に頭と精神力を使ったのが、今になって効いてきているのだろう。
「…………。そんなことより、私はさっきアンヌがした質問の答えが知りたいのだけど」
「そうそう。じゃないと、本当に私が連れて帰っちゃうわよ」
母さんはそう言いながら、俺を抱っこしたままソファーに座り直した。
それを見て、ミナとリアは諦めたのか、若干不満そうな顔をしながらも大人しくなる。まあ、義理とはいえ本当に親子みたいなものだし、浮気にはならんだろ。……しかも片方、八百歳超えてるし。
「ティアが吸血鬼ってことは、知ってるのか?」
「ええ。それと、吸血鬼は生物の血を吸うことが出来るってことも知っているわ」
「それと、血液中にはその生物の魔力が一緒に流れているから、吸血鬼は血を吸った相手の魔力も一緒に吸うことができて、魔力回復にも使えるぐらいで……あとは普通の人間とかと変わらないんだよね」
そんな母さんの言葉に一度だけ頷いてから、俺は続けた。
「その特性を活かして、俺がティアに魔法を掛けたんだよ。体内に俺と同じ魔力を保有している奴限定で、俺と同じ魔法を使えるって魔法をな。まあ、こんなことが出来るのは吸血鬼だけだし、ティア以外に血を吸わせる気はないから、他の奴には絶対に無理だけどな。あ、一回の吸血による持続時間は大体24時間な」
「ちなみに、結界みたいな、持続させるには術者の魔力を流し続けなければいけない魔法に関してはどうなるんですか? いくらティアさんとはいえ、一人でそれを維持するのは無理ですよね」
「そういう魔法に関しては、一応使えるは使えるけど、結局吸った魔力が無くなれば効力は全部消えるし、ティアが俺の魔力を使って作った結界だと言っても、俺はそれに魔力を送ることが出来ないから意味ないぞ」
(まあ、ここまでの説明は殆どが嘘だけどな……。まず、ティアは特異体質だから、あいつが俺の血を吸えば俺が使える魔法は全部使えるし、結界を張った後も普通に俺が魔力を送り続けることが出来る。というか、今もしてる)
そう念話でミナ達に教えてやると、今度はマイカが首を傾げた。
「もしかして、この前お城の周りをソウジ君と一緒に歩いてた、あの綺麗な女の人ってティアだったの?」
「そうだぞ。俺が結界を張り替えに行くって言ったら、勝手に着いてきたんだよ。しかも俺の血の味を気に入ったらしくて、万が一の為に渡しておいたストック分をジュース感覚で飲みながらな」
(……というのも嘘で、魔力の扱いに関してはあいつの方が圧倒的に上手いから、実際は俺が頼んで結界を張り替えてもらってたんだけど)
「そういえば、成長が途中で止まった吸血鬼は、血を吸うことによって本来の体の大きさになれるって聞いたことがあるわね」
「……つまり、ミナちゃんは大人の姿になったティアちゃんを、ソウ君の浮気相手と勘違いしていたと。焦る気持ちは同じ女として分かるけど、もうちょっと情報を集めてからにした方が良かったわね~」
それからも少しだけティアの話をした後、片付けが終わったらしいセリア達がこちらにやってきた。
子供達は、昨日飾った雛人形の前まで母さん達を連れていき、どれが誰なのかを一生懸命説明し始める。母さん達は本当に嬉しそうに、それを聞いていた。
普通の母親がどういうものか分からないって言ってたけど……二人とも、十分普通の母親じゃねえか。
俺が母さんに正面から抱っこされながら、背中をゆっくり優しくぽんぽんされているのは意味が分からんが。……いや、確かに。これも普通の母親っぽいと言えば、そうだけどさ。
「そういえば、ひな祭りの日には何か特別な物を食べたりなさるんですか? もしそうなのであれば、後で私とエメ先輩とで、どうするか相談しますが」
「んぁ? まあ、一般的にはちらし寿司か海苔巻きが定番どころじゃないか。あとは一緒にお吸い物とか……ふぅ~~あぁ……」
やばい。
母さんに背中をぽんぽんされてるせいか、気を抜いたらこのまま寝そうだ。
「そうだ、良いことを考えました!」
……あっ。
駄目だ、これ。
ミナが何か言ってるけど――もう寝よ。




