第70話:隠し事
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それからも少しだけ二人の言い合いが続いた後、何気ない感じでお母さんが言った。
「取り敢えず、これからは私達も出来るだけソウジには“普通の母親”のように接してあげられるよう努力するから、貴方も本当のお母様と同じように接してくれると嬉しいわ」
「まあ、私に関してはほぼ完璧だけどね~♪」
普通の母親、ねえ。
それがどんな人なのか俺は知らないけど、間違いなく母さんみたいな人は珍しいだろうな。
……でも、悪くない。
「母親のように、ということは……お父様達はソウジ様に対して、今までと変わらずということでしょうか?」
「その言い方だと、何だか冷たい人間みたいに思われそうだから止めてくれ。別に私達だって、息子のことは本当の子供のように扱おうとしているし、現にそうしている。その証拠に、これからお昼をご馳走になった後は緊急の大仕事だ」
「私も陛下と考えは同じですが、やはり私達は国のトップ同士として、今後も話し合いをする機会が多いでしょうし……アンヌさん達のようにはいかないんですよ」
確かに、この二人とは今後も一緒に仕事をすることはあるだろうし、交渉をすることもあると思う。
その時は義理の親子だろうと、お互い自国の為に甘えは許されない。
だったら普段から馴れ合うより、ある程度距離を持って接する方がいい。
……などと考えていると、再びミナが振り返ってきた。
今度は何故か、俺の口元をじっと見つめながら。
「話は変わるのですが、ソウジ様の前歯って一本だけ、裏側に何かくっ付いてますよね? それに、その部分だけ色が少し濃い目の白ですし」
「……やたらキスする時に、俺の歯の裏を舐めてくると思ったら、そういうことかよ」
「最初は偶々当たってしまっただけだったのですが、何かでくっ付けられているようだったので……つい、気になってしまいまして」
たまに歯の裏を舐めてくるから、ちょっと気にはなってたんだが……そういう理由か。
「昔、自分の父親と喧嘩になった時に殴られて歯が欠けたんだよ。で、歯医者に行って、その部分に偽物の歯みたいなのをくっ付けてもらったから、一ヵ所だけ違うんだ」
「私は、騎士団長のアシルですら、流石に自分の息子に歯が欠けるような暴力を振るった、なんて話は聞いたことがないのだが……日本の父親は、そんなに厳しいものなのか?」
「昔は、日本人が恐れている物のランキング第四位に入るくらい厳しかったらしいけどな。今時そんな父親はいないだろ」
そこまで言ってから、少しだけ間を置いた。
「……まあ、偶々だよ。偶々」
そう言ったところで、タイミングを見計らっていたらしいエメさんが、お昼ご飯の準備が出来たことを伝えてきた。
俺はミナを元に戻し、居間にいた人達は二人を除いてリビングへ移動し始める。
……そう。
俺の肩に触れているティアと、そのせいで動けない俺を除いて。
「……今のわらわですら、お主の心が読めぬということは、無意識にそれだけをブロックしておる、ということかのう?」
「知るかそんなこと。それより早く離せ。俺は昼飯が食いたいんだ」
「お主、自分の父上の話をしておる時……いや、レミア達が“普通の母親のように”と言い出した辺りから、何やら隠しておったじゃろ?」
「俺と毎日一緒にいるミナやリア、セリアは勿論のこと、俺の子供っぽさを瞬時に見抜いた母さん達でさえ、何も言ってこなかったんだ。……お前の気のせいだろ」
「さっきも言ったが、お主は本当に隠したいことがある時ほど、上手くそれを隠しおるからのう。……それに、あれは一朝一夕で身に着くものではない。何十年と掛けて出来るようになったものじゃ。しかも王族の目すら欺くほどの完成度。一体、何を隠しておる?」
こいつの理屈でいくと、リアル王族の目すら欺いた俺の隠し事に気付いた、ってことになる。
しかも“年の功”がなせる業だと言われても、ティアはたかだか420歳だ。
少なくとも母さんは人間の筈だから、軽く見積もってもガチの800歳越えである。
……おかしくね?
「おい、どうせ今俺が考えてたことも伝わってるんだろ? 早く説明してくれよ」
「質問に質問を返すということは、わらわの考えは当たっておる、ということでよいのかの?」
「おいおい、質問に質問をするなよ。お前こそ、実は年齢をサバ読んでて、それを誤魔化したいだけなんじゃないのか?」
正直これに関しては、答える気はない。
ティアが諦めるまで白を切り通す――そう思った瞬間。
「あの、旦那様……少々よろしいでしょうか?」
いつの間にか、エメさんが近くまで来ていた。
「はい、どうしました?」
「一応、アベル様の分もお昼をご用意致しましたので……旦那様がお許しになるのでしたら、差し入れをと思いまして」
あ~、そういえばアベルは一人で朝から新しく作った訓練所で24時間サバイバル訓練中(使用テスト)だったな。完全に忘れてたわ。
「どうする? 一応サバイバル訓練だから、食べ物も自力でってことにしてたけど」
「折角エメ達が作ったのじゃ。別にお昼くらい良かろう。そろそろ色々と限界が来ておるかもしれんし、これで息抜きも出来るじゃろう」
今回の設定は(場所:森の中、難易度:Sランク)だからな。
難易度は冒険者ギルド基準なので、それに合わせたモンスターがランダム出現する。
つまり運が悪ければドラゴンが出るし、それが一回とは限らない。
倒したモンスターは食べられる物なら食料としてドロップするので問題ない。
仕組み? 知らねえよ。建物の材料が無限なのと同じで、食料も無限っぽい。訓練場のシステムが勝手に反応してるんじゃね?
ということで、俺は訓練場にいるアベルの元へ、エメさんが持っているバスケットだけを送ろうとした――その瞬間。
「エメのことは、わらわが連れて行くから、お主は先に座って待っておれ」
「はあ? いや、普通に荷物だけ送ればいいだ………………っテッメエ!」
突然、視界が低くなった。
――抱き上げられてる。
振り向くと、少し呆れ顔のセリアがいた。
「はいはい、ソウジは大人しく座って、二人が帰ってくるのを待ってましょうねえ~」
「おいおい、どんだけ小さくしたんだよ……って、いねえし」
どうやら俺が後ろを向いている間に、ティアはエメさんを連れて行ったらしい。二人ともいない。
しかもリビングでは、小さくなった俺の為に子供用の椅子や食器にせっせと替えているミナ、リア、マイカの姿が見える。
……そしてこの流れ。
間違いなく子供達が集まってきて「自分にも抱っこさせて」と言い出す未来が見える。
こりゃ、多分小一か、それ以下まで身長を縮めやがったな。
* * *
それから二人が帰ってくるまで、大人しく子供達に抱っこされたりしながら時間を潰し、ようやくお昼ご飯となった。
ちなみに今日の俺の隣の席は、ティアとセリアである。
初めての夜ご飯の時、誰が俺の隣に座るかで揉めた為、一部の子達で順番を作らせたのだが、何故かそこにティアとマイカも混ざっていたりする。
「この部屋に入ってきた時から匂いでホットケーキだって分かってたけど……俺がミナ達に作ってやったやつとは大違いだな」
今日のお昼は普通のホットケーキではない。
アイスや果物が乗り、ベリーソースっぽいものまでかかった完全デザート仕様だ。
しかもナイフを使うのが苦手な俺の為に、最初から切り分けられている。子供達と同じ仕様だが……正直ポイントは高い。
「生地を焼いたり飾りつけをしたのはエメとアンヌだけれど、そのソースはリアーヌに教えてもらいながら子供達が作ったのよ」
「お主も、その一人じゃろうて……」
ティアのツッコミを無視して、一口食べる。
「美味っ‼ 誰かのせいで口が小さくて食べにくいけど」
嫌味を言いつつ小さな口で慎重に食べるが、どうしてもいつもの感覚で食べてしまう。
結果、何度か口に入らなかった分が顔に当たり――
「ちょっと、口の周りがソースでベトベトじゃない。ほら、拭いてあげるから、少し大人しくしてなさい」
「んあ? 自分で拭けるから―――んむ、むみょ、うんん」
まさか、子供にまで子供扱いされる日が来るとは思わなかった。
今回は相手がセリアだからまだ良かったが……
これがアリス達だったら、ちょっと立ち直れなかったかもしれん。




