第65話:理由が足りない
「さて、少々話がズレてしまいましたので、もう一度本題に戻りましょう。
えー……問題は、この“四角い箱”ですね」
「ちょっと、ソウジ君。化けの皮が剥がれてきたよ。
あれ、絶対に敬語を使うのが面倒になってきてるでしょ」
……君さっきから、他国の王を前にして随分と気楽だな。
その図太さ、少しでいいから俺にも分けてくれ。
「恐らくですが、途中から外交の話に入ってしまったことで、そちらに集中力を割きすぎたのでしょう。
あの程度のやり取りは雑談の範囲内。他国とのパーティーではよくあることです。
ですから、そろそろ本格的に“勉強”の方も進めていかなければなりませんね」
「スケジュールのことなら私に任せて。
最近は宰相としての仕事が多いけど、本業はソウジ君の秘書なんだから」
「……会議が進みませんので、関係のない会話は控えてください」
「ソウジ様……というより、陛下も大変なんですね」
本当だよ。
王様になれば楽できると思ってたのに、とんだ重責だ。
「はあ……。
で、この四角い箱なんですが。
皆さん分からないと思いますので、結論から言います」
俺は一度息を整え、はっきりと言った。
「――爆弾です。
この世界で例えるなら、爆裂魔法を四角い箱に詰め込んだもの。
しかも、威力は使用者の意思一つで、簡単に調節できます」
「つまり今回の事件には、この世界の人間ではない者――異世界人が関わっている、と言いたいのだな」
「えっ⁉
異世界人って……それって、陛下と同じ日本人ってことですか?
今、確認されている日本人って、陛下と……もう一人だけですよね……」
そう。
俺以外に、もう一人だけ“日本人”がいる。
どこの国の勇者様かは知らないが。
「ここからは、私が話してもいいかな?」
「ええ。そのために陛下達をお呼びしたのですし、どうぞ」
ブノワの親父が、一歩前に出る。
「息子以外は、少し前に起こったスロベリア王国とクロノチアという小国の戦争について知っているな?
そして、突如として戦況がひっくり返り、国が完全に乗っ取られたことも」
マリノ王国の友好国が、一方的に優位だったにも関わらず、
魔法の杖を持った百人の兵と、一台の鉄の馬車によって敗北。
そのまま国を奪われた――あの件だ。
「ギルドでは、この件について、
意図的に自国を圧倒的不利な状況に追い込み、そのタイミングで勇者召喚を行ったのではないか、という意見が多いですね。
呼び出された者を、扱いやすくするために」
「一国の宰相として言うのもどうかと思いますが……
勇者召喚のタイミングとしては、最も適しています。
何も知らない状態で呼び出され、目の前で戦争が起きており、しかも圧倒的不利。
洗脳もしやすい」
戦争とは、上に立つ者が“正義”を定義し、
それを疑わずに従う者が大勢いるからこそ起こる。
スマホやネットが普及した現代地球ですら、
少し調べれば分かる嘘に引っかかる人間はいくらでもいる。
ならば、この世界でそれをやるのは、もっと簡単だ。
同じ日本人として、勇者様にはちゃんと情報収集してから判断しろと言いたいが……
俺も、最初はミナを脅して信用できるか確かめただけだ。
偉そうなことは言えない。
「今二人が言った通りだ。
突然知らない世界に呼び出された者は、非常に御しやすい。
この一連の流れは、最初から仕組まれていたと考えるのが自然だろう」
「でも……今、マリノ王国ではスロベリアの重要人物達を匿っているんでしょう?
今後どうするつもりなの?
勇者様相手じゃ、勝ち筋はかなり限られてくると思うけど」
「現在出ている案で最も現実的なのは、
我が国の魔方陣を使って勇者様を召喚し、自国を奪還。
可能であれば、そのままクロノチアを制圧する……ですね」
なるほど。
魔方陣を貸す代わりに、奪還後の権利や対価を得る腹か。
「……それは、やめておいた方がいいでしょうね」
「え?
でも、勇者様相手に勝つなら、勇者様を呼ぶか、ソウジ君に協力を頼むしか……」
マイカは頭がいい。
だが、勇者に関しては知識も発想も、まだ足りていない。
「マイカさんもご存じの通り、この世界の勇者召喚は――
必ず一つだけ特別な力を持って現れ、二度と元の世界には戻れない。
それが、今のところの常識です」
「……ああ。
もしその特別な力が、二つの世界を自由に行き来できる能力だったら……」
「最悪です」
勇者召喚は、美談じゃない。
拉致であり、誘拐だ。
そこに“世界を繋ぐ力”が加われば――
それは、世界規模の戦争の引き金になる。
「だが、スロベリア側としては黙っていられない。
次の標的がどこになるかも分からない以上、悠長なことは言っていられん」
「しかし、ソウジ殿の言う通り、リスクが高すぎる。
最悪、この世界そのものが奪われかねない」
二人が、ちらりと俺を見る。
「言っておきますが……
今のところ、私達が動くつもりは一切ありません。
マリノ王国が襲われたわけでも、うちの国に実害があったわけでもない。
何より――まだ、戦争をする理由が足りない」
「だいたい次の標的は、高確率でこの国じゃないですか。
それなのに、なんですか……二人してソウジ様を不安にさせるようなことまで言って。脅しみたいに」
正直、戦力的に劣るとは思っていない。
だが――
「うえ゛っ……。
やっぱり、この国が次の標的なんですか?
私、異動してきたばっかりなのに……」
「私的には、この国が戦争を起こすかどうかよりも……
ソウジ君が、同じ世界の人を殺さなきゃいけなくなるかもしれない。
そっちの方が、ずっと心配かな。
……戦闘面に関しては、完全に人任せの私が言うなって感じだけど」
面接の時、リアが話を聞きながら取っていたメモによると、
マイカは完全に事務仕事がメインで、戦闘に関してはからっきしらしい。
まあ、戦闘とは別の役割をきちんと果たせるミナ達の方が特殊なだけで、
それが普通だ。
だから気にする必要なんて、まったくないのだが……。
「なにも、ソウジ様と一緒に戦場へ行く人達だけが偉いわけではありません。
それに、この方を他の誰よりも近くで支えられる立場にある、という意味では――
マイカさんは、十分すぎるほど重要な存在です」
ミナは、静かに、しかしはっきりと続ける。
「スケジュール管理はもちろん、
私達には話してくれない相談事も、きっとたくさん出てくるでしょう。
だから……そんなふうに、自分を卑下しないでください」
そこで、ミナの声がふっと途切れた。
どうやら途中から念話に切り替えたらしく、
その先に続いた言葉を、俺が聞くことはなかった。




