表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の欺瞞  作者: 広瀬
PR
16/18

第16話 「 黒衣の少女 」

 朝の光はまだ冷たく、風もどこか眠たげだった。

 湿った土の匂いがかすかに残る道端で、苑里は黙って澪の隣に立っていた。


「 .....身体は大丈夫か? 」


 その問いに、澪はふと目を細め、すぐに小さく笑ってみせた。


「 あぁ、大丈夫。それより──昨日の続きを話そうか 」


 苑里が頷くと、澪は遠くの山を見上げた。

 少しだけ肩が震えたのは、朝の冷気のせいか、それとも。


「 場所は、ここから少し走った高い山の上。....登るのは、ちょっとした運動だったかな 」


 冗談めかした口ぶりとは裏腹に、澪の目はどこか鋭さを帯びていた。


「 そいつは、現れてすぐに言ったの。“ ほんの少しか ”って 」


 苑里の表情がわずかに曇る。


「 それが何を意味してたのかは分からない。けど...あの後すぐに、一撃を加えてきて、それで姿を消したの 」


 澪は、自分の腕に巻かれた包帯を一瞥した。

 染みついた乾いた血は、夜の間に色褪せていた。


「 .....殺す気はなかったと思う。力を抜いてた。多分、試されただけ 」

「 試された? 」


「 うん、そんな気がした。....あれは、敵っていうより.....何か別の、もっと面倒な何かかもしれない 」


 苑里は黙って聞いていたが、しばらくしてぽつりと呟く。


「 “ ほんの少し ”...何のことだ 」

「 分からない。でも──あの目は、私たちのことをよく知ってるようだった。まるで.....前から見ていたみたいに 」


 言い終えたあと、澪は目を伏せる。

 その沈黙に、風の音だけが入り込んだ。


「 .....まるで、前から見ていたみたいに 」


 澪がそう言い終えた直後、控えめなインターホンの音が部屋に響いた。

 空気が一瞬で現実に引き戻される。


「 あ、アサギさんたちが帰ってきたみたいなので、ちょっと行ってきますね 」


 ぱっと立ち上がったのは紬だった。少しほっとした表情でドアの方へ向かおうとする。

 だが、その背に向けて、安都が低い声で呼び止めた。


「 待って。....もしかしたら、神蝶かもしれない。私が行きます。私が合図したら、みんなは逃げて 」


 その言葉に、場が一瞬凍る。

 確かに今は、誰が来てもおかしくない状況だ。紬が立ち止まると、澪が口を開いた。


「 いや、大丈夫。私が行k── 」


 ドンッ!


 言いかけた瞬間、床が揺れた。まるで地震のような突発的な衝撃が、建物全体を軋ませる。


「 っ!? 」

「 な、何っ!? 」


 みんなが身構えた直後、今度は下の階から明らかに人為的な大音響が響いた。

 床の下、まさに真下から──


「 何事だ! 」


 久遠が立ち上がりざまに声を上げる。


 その直後。


「 なーんだ。澪、起きてるじゃん! 」


 あまりに陽気な、場違いとも思える声が、下の階から飛んできた。

 そして、ドドドドッ!と軽快な足音が階段を駆け上がってくる。


 近づいてくるその音に、誰もが固唾を呑む。

 全員が目を向ける中、現れたのは──


 一回り大きな黒い服をまとった少女だった。

 そのだぼついた服を軽やかに着こなし、無防備なほどに堂々とした足取り。


 けれど、次の瞬間。


「 ....ん、何だお前ら 」


 吐き捨てるような一言と同時に、少女の全身から殺気が放たれた。


 久遠と安都が、まるで反射のように動く。

 どちらも無言で構えを取り、気配が一瞬で変わる。

 その気配に、俺も思わず息を呑んだ。


 だが、少女の姿を目にした澪が──

 ベッドから勢いよく飛び起きた。


「 ノアー!会いたかったー! 」


 放たれていた殺気がまるで嘘だったかのように、少女は笑顔で駆け寄ると、そのまま澪に抱きついた。

 まるで再会を待ちわびていたかのように。


 けれど、澪はそれをすぐに押し返し、ひとつ息をついてから一歩後ろへ下がった。


「 ノア、一応私以外の子たちからすると“あなたこそ誰”って思われてるわよ..... 」

「 ──あっ、確かに.... 」


 ノアは照れたように笑うと、くるりと勢いよく振り返り、こちらを見て頭を下げた。


「 私はノア。澪の友達。一応、神逐(かみおくり)の副総長。...まぁ仲良くするつもりではあるよ 」

「 え、神逐の副総長.....!? 」


 俺以外の皆が、一斉に声を上げ、唖然とした顔を浮かべた。

 その反応に、ノアはうんざりしたようにため息をついて、ぼそりと呟く。


「 そんなに叫ぶなよ、鬱陶しい.... 」


 さっきまでの殺気は嘘みたいに消えていたが──

 とんでもなく厄介そうなやつが現れた、という実感だけが、じわじわと胸に染みてきた。


 ノアは腕を軽く組んだまま、再び澪の方を振り返った。


「 ねぇ、澪。この子たちって、どれくらい強いの? 」


 唐突な問いかけに、場が少しざわつく。

 澪は特に驚いた様子も見せず、さらっと答えた。


「 .....神蝶の第什部隊に勝ったくらいだから、結構だね 」

「 ふーん 」


 ノアは目を細めて、しばらく何かを考えるように黙り込んだ。

 そして、ほんの数秒後。


「 澪....私、この子たちと戦ってみたい 」


 それは、あまりにも自然な口調だった。

 日常の延長線上みたいな感じで、爆弾を落とす。


「 は、えっ...? 」


 碧が目を丸くして声を上げる。


「 神逐の副総長と!?いやいやいや、勝機ないって! 」


 完全に引き気味の碧に対し、ノアは露骨に眉をしかめ、ため息をついた。


「 はぁ....謙虚かよ。面倒..... 」


 その苛立った声に、碧がさらに肩をすくめた。

 場の空気が一気に張り詰める。


 ノアはちらりと澪に視線をやり、周囲を見回した。


「 ここじゃ澪に迷惑だな。.....場所を変えよう 」


 軽い調子でそう言うと、彼女は先に歩き出す。俺たちは顔を見合わせたあと、無言で後を追った。

 向かった先は、少し離れた丘の上。見晴らしはいいが、身を隠すものは何もない。


 ノアはそこで立ち止まり、振り返った。

 そして、ゆっくりと構える。その姿は、どこまでも堂々としていて、挑発的ですらあった。


「 お前ら、全員でかかってこい 」


 短い言葉が、風を切った。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れる感覚がした。

 碧が小さく息を呑むのが、隣でわかった。


「 ....こうなったら、やるしかないな 」


 久遠が、低く呟いた。

 そのまま懐からナイフを抜き放ち、無駄のない動きで駆け出す。

 一直線に、ノアへ向かって──


「 はぁ...なんでそんなに真っ直ぐ攻めるかなぁ..... 」


 その声は、あくまで退屈そうで。

 次の瞬間、ノアの姿が視界から消えた。


 いや──違う。飛んだんだ。


「 っな──!? 」


 思わず声が漏れた。見上げれば、ノアは垂直に15メートル近く跳躍していた。

 ありえない。そんな高さ、常識じゃない。


「 高すぎだろっ!? 」


 碧が叫ぶ。だが久遠は止まらない。

 地面を蹴り、膝に力を溜め──次の瞬間、彼もまた跳び上がった。


 ノアを追うように、空へ。


「 ....跳躍力ないなぁ。大した修行もしてない... 」


 空中で交差する瞬間、ノアが呟いた声が風に乗って届いた。

 久遠の一撃──鋭い突き。

 しかし、それをノアは軽やかに避け、そのまま拳を握る。


 ゴッ──


 鈍い衝撃音とともに、久遠の顔面に拳が叩き込まれた。

 空中で、その身体がのけ反る。


「 ....っ、グハッ! 」


 吐き出された血が、赤い軌跡を描いた。

 そして久遠は、何もない空を落ちていく。


 ノアは軽やかに着地し、淡々と口を開いた。


「 次は....誰だ 」


 その声音には、欠片も焦りがなかった。


 地面に伏した久遠を見て、誰もが言葉を失っていた。

 その沈黙を破ったのは、安都だった。


「 ....久遠が勝てなかった時点で、私たちの負けです 」


 彼女は静かに言い切り、ゆっくりとノアの正面に歩を進めた。

 その声音には、悔しさよりも現実を受け止める冷静さがあった。


 ノアは彼女を一瞥しただけで、小さくため息をつく。


「 つまんないなぁ....お前らも掛かってこればいいのに... 」


 そう言うと、ノアは踵を返し、澪の元へと戻っていく。

 彼女の足取りは、戦闘の直後とは思えないほど軽やかで、まるでただの散歩帰りのようだった。


 アサギの家に戻る道を辿ろうとした、そのとき──


「 ちょっと、ノア!あなた....本気で殴ったの!? 」


 澪の声が響く。

 振り返ったノアの目の前に、彼女が立っていた。


「 澪ー!そんな訳ないじゃん 」


 ノアは、にこやかに笑った。

 その笑みは、戦いのときに見せていた殺気とは正反対で、子どものように無邪気だった。


 澪はそのままノアに身を寄せ、小さく耳打ちをする。


「 ....と、とりあえず...久遠さんの治療を..... 」


 その光景を、俺はぼんやりと見つめていた。

 さっきまでの緊張が嘘みたいに、現実味を取り戻していく。


 紬が駆け寄り、焦った様子で久遠に手を伸ばす。

 俺も、それに続くように足を動かした。

 碧と安都も同じだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


ノアの登場で一気に空気が変わりましたね。久遠の一撃が軽くいなされるあたり、彼女の実力は桁違い。これから彼女が物語にどう絡むのか、ぜひ楽しみにしてください。


では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ