第14話 「 帰還と微睡み 」
陽が落ちかけた山道を、俺たちは静かに下っていった。戦いの爪痕は、あちこちに生々しく残っている。
倒木、崩れた道、焦げた岩肌──だが、それでも風が吹き抜ける音だけは、どこか穏やかだった。
ようやく村の入り口が見えた頃、ふと後ろを振り返る。遠くに見える山の稜線の先に、もうあの敵──黒羽燻の姿はない。
けれど、あの毒の気配だけは、まだ皮膚にまとわりついている気がした。
「 み、皆様。よくぞご無事で..... 」
村の門の前にいたのは、風間さんだった。顔は土と煤で汚れていたが、目元の優しさは変わらなかった。
「 まぁ何とか... 」
俺がそう言うと、風間さんはゆっくりとうなずき、小さく笑んだ。
「 礼を言わせてもらうの。おぬしらが来てくれたおかげで、村は救われた。わしらには到底できんことじゃ 」
少しだけ肩の力が抜けた。戦いの緊張が、ようやくここで溶け始めたような気がする。
「 これからは、どうなさるのですか? 」
「 ......一度、千葉に戻ります。 」
そう答えながら、俺は隣を歩く碧の顔を横目で見た。彼は変わらず前を向いたまま、少しだけ頷いた。
「 ふむ、なら帰る前まではこの村でゆっくりしていってください 」
そう言う風間さんの声には、どこか寂しさのような、あるいは別れを悟る者の静けさがあった。
俺たちは再び歩き出す。村の中へ、そしてその先の帰路へ。
だが──心のどこかでは、すでに分かっていた。
この戦いが、まだ終わってなどいないことを。
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「 本当に悪いのじゃが、もうひとつだけ……頼みを聞いてはくれんかのう 」
そう言って、こちらへ一歩近づく。俺たちが足を止めると、風間さんは静かに言葉を続けた。
「 私の娘にの、“ たまには顔を見せに来い ”と伝えてやってほしいんじゃ。もう何ヶ月も顔を出さんでな.... 」
その言葉に、紬がぴくりと眉を上げた。
「 ....娘さんって、もしかして。“ 美月 ”ですか? 」
風間さんは、驚いたように目を丸くしてから、ゆっくりと頷いた。
「 そうじゃ。風間 美月。よう知っとるのう 」
その名が出た瞬間、空気がわずかに揺らいだ。
久遠が微かに目を伏せ、俺も思わず紬と目を合わせる。
確信に近いものが、胸の奥で静かに灯る。
風間 美月──それは、俺たちが“ アサギ ”として知るアイツの名前だ。
( やっぱり.....娘って、アサギのことだったのか )
ただ、風間さんはそれに気づいていないらしい。彼の様子は、ただ一人の父親としての心配に満ちている。
「 最近はこの村にも来なくなってしもうてな...体を壊してるわけじゃなければええがのう。....まぁ、あの子のことじゃ、勝手にどこかで誰かの世話でも焼いとるんかもしれんが 」
苦笑しながらそう言う風間さんに、俺たちの間でわずかな間が流れる。
──この村に来ない理由。それは、アサギが俺たちの拠点......神奈川での拠点にいるからだろう。
言うべきか一瞬迷ったが、紬が先に口を開いた。
「もし見かけたら、伝えておきます。“ お父さんが待ってる ”って」
風間さんは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「 .....おぉ、やっぱりお主ら、うちの娘を知っとるんじゃな? あの子は昔から不器用での。心配ばかりかけおって.... 」
その表情は、どこまでも優しかった。アサギのことを本当に大切に思っているのが、言葉の端々から伝わってくる。
「ありがとうの。見かけたらでええんじゃ。無理に探せとは言わん。...ただ、ほんの一言でもええ。“ 元気でおる ”と聞ければ、わしはそれで十分じゃ」
「 ....分かりました 」
俺たちは、軽く頭を下げた。
アサギ──いや、風間 美月。
彼女が背負ってきた過去と、今も切れない“ 家族 ”の繋がりが、たしかにここにもあった。
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夕方になり、村はどこか落ち着いた空気に包まれていた。
俺──碧は、村の外れで自分の盾を磨いていた。
戦いが終わった後の汚れを落とすこの作業は、いつもどこか心を落ち着けてくれる。金属の表面に映る空の色が、昼間よりも少しだけ赤く染まって見える。
ふと顔を上げると、畑の方に安都の姿が見えた。農民の人たちと何か楽しげに話し込んでいる。
彼女はこういう場でも自然と馴染む。なんとなく羨ましくなるくらいに。
その視線を少しずらせば、苑里の姿も見える。助けた子供たちに囲まれながら、どこか照れたように笑っているが、その横には久遠が立っていた。
どうやら戦闘中の苑里について質問しているらしく、苑里は困ったように頭をかいている。
子供たちは興味津々だが、苑里の表情はどこか真面目で──ああ、やっぱりあいつ、責任を感じてるんだろうな。
さらに少し遠く、風間さんの姿が目に入る。その隣には紬がいた。彼女は静かに、けれどどこか真剣な顔で話をしている。
風間さんも、いつものように穏やかに応じていた。何を話してるのかは聞こえないが、たぶん、風間さんのことだから、紬の中にある不安や疑問を、丁寧に拾っているのだろう。
俺たちは、こうして少しだけ“ 日常 ”の空気を味わっている。束の間だとしても、この時間があるだけで、また次へ進める気がした。
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翌朝、空は澄みきっていて、昨日の霞のような毒の気配はもうどこにも残っていなかった。
村の入口──といっても獣道に毛が生えたような細い道だが、そこに俺たちは集まっていた。
「 ....よし、じゃあ行くか 」
誰からともなく背を向けて歩き出すと、後ろから風を切るように手を振る姿が目に入った。
安都だった。少し離れたところで、俺たちの背中に向けて、静かに笑っている。
「 ん?安都も早く行こうぜ 」
碧が振り返って言うと、安都は少し困ったように笑った。
「 .....私は、ここに残るよ 」
「 え? 」
思わず振り向いたのは、俺だけじゃなかった。
安都はゆっくりと歩きながら言葉を続けた。
「 私はこの村の神様....いや、調節屋なので 」
そう口にしたとき、彼女の表情は少しだけ迷っているように見えた。自分の立場に、ほんの少しだけ戸惑っているような。
──だが、そこに現れたのは風間さんだった。杖をつきながら、穏やかな目で安都を見ていた。
「 安都様は、安都様のしたいことをしてくださいな。それが、この村の願いでもありますじゃ 」
その言葉に、場がふっと静まる。
風間さんの口調は、いつもと同じなのに、なぜか胸に響いた。
安都は目を伏せて、小さく息を吐いた。
──そして。
「 ....風間さん 」
小さくそう言うと、安都は一歩、風間さんに近づき、深く頭を下げた。
「 お世話になりました。村は.....お願いします 」
顔を上げた安都の瞳は、もう迷っていなかった。
それを見て、俺たちもまた歩き出す。
村の出口へと向かう朝の道は、少しだけ眩しくて、だけど心地よかった。
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神奈川の住宅地。坂の途中にある、外観だけはわりと普通な一軒家。
そこが、俺たちの“ 帰る場所 ”だ。
「 .....ここ、ですか? 」
隣で安都が首を傾げる。不安げな目つきで家を見上げていた。まぁ、無理もない。あんまり“ 拠点 ”って感じじゃないからな。こっちにしてみれば、ただの自由人──アサギの家でしかない。
「 まあまあ、見た目は普通だけど中身は....いや、やっぱ中身も普通かもな 」
俺がそう言いかけたところで、碧が「 オレが開ける! 」と勢いよく玄関のドアノブを捻った。
ガチャ、と軽い音がして、ドアが開く。中からはいつもの匂い。人の気配は、なし。
「 ──って、やっぱり誰も出迎えてくれないか 」
玄関を上がりながら呟くと、久遠が「 元からだろ 」と素っ気なく返した。
リビングに入ると、目の前のテーブルに紙切れが一枚。
「 ....置き手紙かよ 」
碧がそれを手に取って、読み上げる。
『 近海の影の件だけど少し時間がかかりそうだから、他の異変に向かってね!
by美少女 』
「 ...... 」
「 ...... 」
俺と久遠は、同時に碧の顔を見た。
「 いや、オレじゃねぇよ!? 」
「 誰も疑ってねぇよ。っていうか、字があいつだしな..... 」
紬もチラリと紙を覗いて「 アサギってやっぱり自由人なんだ 」って呟いた。いつの間にか“ さん ”が消えてる。こっちが何も言わなくても、たまに自然に話してるあたり、ほんと時々コミュ症忘れるんだよな。
「 紬、お前そこまで人と話せたのか 」
「 っ...!? い、今のはっ.... 」
「 はいはい、忘れてたパターンな。わかってるって 」
案の定、紬の耳まで真っ赤になってる。まぁ、もう見慣れた反応だ。
そんな俺たちのやり取りを横目に、安都が眉を寄せて考え込んでいた。
「 .....“ 美少女 ”?どなたですか......? いや、字面だけでは情報が少なすぎます。近海の影...という記述からして、拠点にいる女性職員か──いや、家主....? 」
「 ...... 」
「 ...... 」
みんな揃って口をつぐむ。
そりゃそうだ。この家の主が、あんなふざけた手紙を真顔で置いていくやつだなんて、わざわざ教える気にもなれない。
「 うーん.....“ 美少女 ”。“ 美 ”って名前がヒントか?でも名前とは限らないし.... 」
安都が小声で、真剣に推理を始めてる。真面目すぎるだろ......。
「 ま、いいんじゃねぇ?そのうち正体わかるっしょ 」
碧が肩をすくめてリビングのソファにどかっと座る。
「 とりあえずオレは風呂入りてぇ 」
「 水止めてないぞ、多分 」
「 マジか。あいつ、そういうとこだけ自由だよなー! 」
「いや、全部自由だよ」
久遠が淡々とツッコミを入れて、俺は思わず吹き出した。
変わらない空気。何も知らない新入り一人だけが、このカオスの中心でまだ「 “ 美少女 ”の正体 」を必死に考えている。
──ま、アサギに振り回されるのも、これが“ 日常 ”ってやつだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
少しずつ仲間たちの絆が深まりつつある一方で、不穏な空気も静かに忍び寄ってきています。次回もお楽しみに。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬




