一人は父と会い、一人は母と会う
「恥ずかしながら帰って参りました」
馬をもらった俺とパラは、故郷の村へ向かった。
メルカトさんの手配により、途中の町で宿や替え馬が準備されていた。
おかげで行きとは比較にならない早さで村に戻ることができた。
とはいえ村に着いたのは夕闇が迫るころだったため、
話は翌日ということとなり、その日は風呂、食事、寝るだけで終わった。
そして今、俺は皆の前ですごすごと帰ってきたことを詫びている訳だ。
パラも隣で頭を下げている。
「で、次はどうする?」
テーブルの上座に座るヨウゼンが言った。
パラに向けて聞いているようだ。
怒っているようでも、呆れているようでもない。
俺にも次、が旅の再開を意味することは分かる。
「・・・少し、考えてもいいですか」
俺は驚いた。パラは、すぐにでも!、と元気よく言うかと思っていたから。
パラの返事を聞いて、ヨウゼンは場を解散させた。
「ソータ、話がある」
皆が席を離れる中、ヨウゼンが俺を引き留める。
うーん。やっぱ怒られるのかな?
俺は席に戻った。
ヨウゼンは、俺と入れ替わりに席を立つと、
板1枚に小箱を乗せて戻ってきた。
「将棋・・・」
目の前に広げられた板を見て、すぐにわかった。
「一局いこうか。殲滅ありでな」
ヨウゼンは小箱から板へ駒を広げた。
殲滅ありというのは、フォスター家ルールだ。
俺が将棋を教えたのだが、そこはフォスターの血だろうか、
ルールに納得いかないと変更要求があった。
それは奪った相手の駒が全て味方になる点。
誰が言ったか、相手が全滅というケースもあるよなって。
そりゃチェスの発想だろう。
という訳でルールが追加。
相手の駒を奪った際に殲滅か味方にするかを選べる。
ただ殲滅するだけでは何のメリットもないため、駒を殲滅した場合、
周辺の敵駒一つを一マス下げることができることになった。
ただし全てを対象にするとバランスが悪いので、対象は歩に限る。
しかしその後将棋は、俺が記憶を無くしたことからブームが下火になって
日の目を見なくなった。
俺とヨウゼンは無言で駒を進めていく。
ヨウゼンは歩を一マス進める。
「お前は昔のソータなのか?」
俺はドキリとした半面、その言葉をどこか冷静に受け入れられた。
頷いててみるが、どう説明すればいいのか。
「フミノ・・・母が生きていたころを覚えているか」
ヨウゼンの質問に、俺はもう一度頷く。
忘れようもない。
あんなハチャメチャに強くて優しい人のことを。
「そうか・・・久しぶりだな。6年いや7年ぶりか?」
俺は首を横に振った。もっと最近会っている。
「パラを迎えに行った時だな?」
俺は黙ってうなずく。
無言でリアクションをする感覚を、俺は懐かしく感じていた。
「言い方が適切かわからんが、お前とソータの関係を説明してくれるか?」
俺はこの世界にきてからのことを正直に話す。
合間に駒が盤を叩く音が響く。
幼いころ命を救ってもらってから、かあさまを亡くすまでは俺の人格。
それ以降は本来のソータの人格が主で、俺は表立つことはなく過ごしていたが、
ローシットの攻撃で、二重人格のようになってしまったこと。
今はどうやら意識を失うと人格が交代するようだ、と。
神様、転生云々の話は触れない。
ヨウゼンも深くは追求してこなかったので都合が良かった。
「お前とはまた話してみたかった」
ヨウゼンは信じてくれたのか、ニヤリと笑った。
かあさまとバンがいた頃の話をした。
そんな昔話が一段落して、俺はパラについての疑問を投げた。
「パラの神恵・・・パラのちからは何だと思う?」
俺の命はパラに救われた。
具体的なイメージをすることで、回復が早まるんじゃないかという
カンのようなものが上手くいった。
出来すぎている、とは思う。
イメージできれば、何でも具現化できる?
これまでの生活でそんな場面は欠片もなかった。
ヨウゼンは右手で駒を弄びながら、ふむと少し考える。
「パラの弓を触ったことがあるか?」
俺は頭を振る。
あれでパラは自分の弓には神経質で、俺が勝手に触ったことは無い。
「ファブリカは、パラには引くことができない弓を作ったつもりなんだと」
あれやこれやとパラが弓に注文を付けるため、それ通りに作ったら
とんでもない強弓になってしまったらしい。
申し訳ないと思いながらパラに渡すが、彼女は苦も無く引いていたので
驚いたと言ったそうだ。
二人とも天然だな。
しかしパラは強弓使いというには華奢だ。
俺の前世の記憶にある強弓使いといえば、歴史小説で呼んだやつだ。
2mを越える大男で。300人乗りの船を弓で沈めたとか。
そこまでではなくても、バカ力のファブリカお墨付きの強弓を
使いこなし、さらにあの精度はやはり異常だ。
「あの弓の業もパラのちからの関係があるんだろうな。あ、これ殲滅な」
ヨウゼンは俺の駒を取り、さらに隣の歩を1マス下げた。
神様とコンタクトが取れれば確認できるのだが、
向こうからは許可なく取ってくる癖にこちらからは取れんとは。
俺はぐぬぬと唸りながら、駒を進める。
盤面に集中できないからか、圧倒的不利な状況だ。
「旅を続ける気はあるのか?」
「もちろん」
俺は即答した。
ヨウゼンは俺を見て、盤面に視線を戻す。
少し驚いたように見えたけど。
あんな形で終わらせるのは俺も忍びない。
パラのためじゃない。自分のためだ。
あんな三文芝居で騙されて、このまま負けっぱなしで終われるかよ。
なぁソータ。
しかしパラの心が折れてしまっていた場合、俺は何を目的に旅をすればいい?
自分のためといいながら、パラがいなければ俺の旅はただの放浪だ。
「パラがどう思うか次第なんだけどね」
俺には、パラが言った考えるという言葉は予想外だった。
ハンター医師と会った町で、戻ると言った時点で変だとは思った。
「パラは認めざるをえなかったんだろう」
ヨウゼンは王の前に金を置いて、続けた。
「自分の行動で、他の誰かに害が及ぶことを」
「でも、それは俺が自分が決めたことで・・・」
俺の反論に、ヨウゼンは盤面をちょんちょんと指さす。
あ、詰んでら。
「参りました」
「それを話す相手は儂ではないだろう?」
ヨウゼンは盤面の駒を箱に戻していく。
そうだな。まずパラと話そう。
俺は立ち上がると一礼して部屋を出た。
家を出て、辺りを見渡す。
パラはどこにいるのだろうか。
「ソオタザマァァ」
叫び声と共に突進してくる何かが見える。
一瞬で距離を詰められて、その巨体が俺の体を吹き飛ばす。
そのまま背後の木にぶつかったのか、全身に衝撃が走った。
流石だ、ファブリカ。相変わらずのパワーだぜ・・・
今度こそ俺のターン終わった・・・
俺の意識が遠のく中、周りで俺を呼ぶ声がこだまのように聞こえた。
少年は白い空間を漂っていた。
少年は自己嫌悪の真っただ中にいる。
あの女にまんまと騙された。
あんな三文芝居に疑うことなく乗ってしまい、パラを一人にしてしまった。
自分が意識を失った後どうなったのか、恐ろしくて考えることもできない。
ただ、ただ、自分のふがいなさを責めていた。
「不健康ねぇ」
少年の周りが部屋に姿を変える。
当然浮いたままではいられず、少年は床に落ちてしまう。
両手をついて顔を上げ声を主を見ると、女性が一人立っていた。
「どなたですか」
「あら、寂しいわぁ。かあさまのこと忘れちゃったの」
「かあさま・・・」
少年は妙に合点がいった。
記憶はないが、母は幼い日に死んだと聞かされている。
どうやら自分は死んでしまったらしい。
あの傷ではそれも当然だ、と思う。
思わず涙があふれた。
「どうしたの?」
「僕が不甲斐ないから、パラを、守れ、なかった」
両手をついて涙声でつぶやく少年の目の前に剣が突き刺さる。
「不甲斐ないと思うなら強くなればいいじゃない」
その挑発にも似た言葉に反応して、少年は立ち上がり母を睨みつけた。
しかし一瞬でひるんでしまう。
目の前の母を名乗る者に圧倒されていた。
ひるむソータを微笑ましく見ながら、右手で剣を器用にくるくる回す。
「しばらくはスパルタよ。ソータ」




