只より高い物はない
結局一晩を焚火ですごした。
馬は失ったが、荷は持っていかれなかったのは幸いだ。
パラと話し合い、翌朝一つ前の町へ戻ることとした。
俺自身体調が戻らない上に、ローシットの仲間が国境の町にいるかも知れない。
一度体勢を立て直す結論となった。
歩みは早くなかったが、1日で町に戻ることができた。
パラは町に医者がいないかを通りすがりの人に聞いている。
俺は貧血だから問題がないといっているのだが、
体調が悪いままなのは事実だ。
結果、この町にはちょっと変わった医者がいるということを聞いた。
「どこに?」
「墓地にいるんだって」
ちょっとか?
訝しむ俺を引きずるようにパラは墓地へと向かった。
墓地には墓守がすむような木造の小屋があった。
パラがドアをノックすると「ハイハイ」と返事の後、ドアが開く。
眼鏡をかけた白衣の男が顔を出した。
「診ていただけないでしょうか?」
パラが上目遣いで訴えかけている。
完全に外モードだ。
奴は意外とこういう切り替えも上手い。
「どうぞ」
パラの外面が功を奏したのか、
眼鏡の男は俺たちを招き入れた。
中にはベットにテーブル、椅子が数脚と、学校の保健室を彷彿とさせる。
「どうされました?」
男は俺たちに椅子を勧めると自分の対面の椅子に座った。
素直に自覚症状を説明する。
男は、俺の熱を測ったり、心音を聞いた後でベットに乗るよう指示した。
本当に医者のようだ。
俺はそう思いながらベットに横たわると、男は首から腹までくまなく押してきた。
ローシットに刺された近くを押すと何か感触が違ったのか、数回繰り返し押してきた。
「ここ痛くないですか?」
「特には」
俺は正直に答える。
「貧血ですね。あと少しだけお腹に水か血が溜まっているような・・・。
しかし痛みがないなら様子見かな」
へぇ、と内心感嘆の声を上げた。
医者と言えば、かあさまの治療にやってきた医者の中には、
素人の俺が端で聞いても、明らかに胡散臭いことをいうやつもいたので、
ここでまともな診断をされるのが意外だった。
「どうすればいいですか?」
「しっかり食べて、ゆっくり眠る。若いからすぐに治りますよ」
その言葉にパラの顔が明るくなった。
「ありがとうございます。お代を払います」
「いえ、お代は結構です。その代わり・・・」
俺は医者の眼が、眼鏡の奥でキラリと光ったような気がした。
医者は1枚の紙を出してきた。
「献体承認書・・・って何?」
パラが書いている紙を読み上げる。
「俺が死んだら、死体を解剖してもいいって認めることだよ」
俺が説明すると、パラはウゲッという顔をした。
確かに気分がいい話ではない。
「解剖してどうするの?」
「人間の構造を調べて、治療に活かすんだ」
「そんなの動物でいいでしょう?」
「動物と人間では構造がちがうんだよ」
そんな俺とパラのやり取りを聞いていた医師はプルプルと
震えだした。
「同志!」
突然、医者は俺の手を取ってまくし立てた。
そうなのです。
人間の治療には人間の構造を深く知る必要があるのです。
それなのに死体を解剖しようとすると、死者の冒涜だの、道徳的におかしいだの。
根拠のない治療を患者に勧めることのほうがよほどおかしい。
そうは思いませんか?
病で亡くなったなら、どのような原因でなくなったか、
どうすれば治療できるかを知る方法は解剖しかないのです。
臨床による情報の積み上げと解剖による原因究明。
これは医学の発展には不可欠なのです!
拳をふりあげて熱弁を振るう医師に、俺もパラもまばらな拍手を返してしまった。
「あなたのような理解者が増えれば、医学はさらに進んでいくでしょう。
挨拶が遅れました。わたくしハンターと申します」
ハンターは俺の手を握り締めてきた。
明らかの俺たちの方が年下なんだが、壮年の医者には余程うれしかったらしい。
そこからはハンターの話が続いた。
墓地に住んでいるのは解剖する機会を得るため。
診療料金は裕福な者からは取るが、貧者からは取らない。
俺たちが請求されなかったのは、旅姿で貧者分類されたらしい。
どの患者にも共通して死後の献体はお願いしているということだった。
「もしよければこの後お時間いただけませんか」
ハンターが俺たちに問いかけた。
考えの合う俺たちに,
今日の作業を手伝ってほしいという。
なかなか助手をしてくれる人がいなくてね。
彼の言葉から、何をさせようとしているのかピンと来た。
「い、いやぁ。体調が戻らないので、今日はこれで・・・」
「わかりました!やります!」
俺の言葉を遮るようにパラが断言した。
お前絶対わかってないだろ。
ハンターはうんうんと頷くと、奥へ案内した。
パラは意気揚々と、俺はこれから起こるであろう難儀を思い、
背中を丸めて後をついて行った。
その後、部屋からはパラの絶叫と俺がえづく音が響き続けた。
俺とパラは青い顔で、手を洗っている。
「お二人はセンスがいい」
後ろでハンターは笑顔で手を拭いていた。
一緒に医学を極めませんかと誘われたが、丁重にお断りした。
俺とパラが外に出ると、一人の男が二頭の馬を引いて立っていた。
「ソータ様、パラ様ですね」
俺は剣に手をかけ、パラは弓を出す。
「お待ちください。私はメルカトの指示できました」
その言葉を聞いて、俺は剣から手を離そうとしたが、
パラはまだ疑っていた。
「何故私たちがここにいると知っているの?
それに対応が早すぎる」
俺は確かにと思い、柄を握り直した。
俺のその動きをみて、男はにっこりと笑った。
「対応の早さは、あなたのおかげではないですか。ソータ様」
何の事だろうか?本家ソータが何かしたのか?
記憶は全て共有しているはずだが。
「まず、メルカトの販路は東の国全てに及んでいます」
男は続ける。
東の国の全ての町にはメルカト出資の店舗があり、そこには
町には鳩小屋が設置されている。
「伝書鳩網・・・」
俺の言葉に男は頷くと、続けて最近メルカトさんからあった指示に触れた。
若い男女二人組の旅人が来れば、メルカトに情報が
届くようにすること。
順調に見えるようであれば絶対に手を出さないこと、とも。
ただ先日南の国国境の町へ出て行ったはずの二人が、翌日に戻ってきて
医者を探している姿を見つけた。
何かあったと判断し、すぐ伝書鳩を放し指示を仰いだ。
「私はその指示どおり、馬をお二人に届けに参ったわけです」
そうか、メルカトさんは伝書鳩網を広げてくれていたのか。
「メルカトさんからは何と?」
「何も」
俺の質問に男は即答した。
自分で決めろということか、進むか戻るか。
傷は治っている。
不調もしばらく休めば戻るだろう。
何よりパラは先に進みたいはずだ。
俺はその心構えでいたが、パラの意見は違った。
彼女は俺を見て言った。
「帰ろう?ソータ」
話は少しだけ遡る。
男の前に馬が通り過ぎていく。
馬の背には人が倒れこんでいた。
馬は背に乗る荷物を気にすることなく闊歩している。
男は、地面に付くほど長い義手で地面を突く。
「よっと」
左手を伸ばして、垂れた手綱を掴む。
通り過ぎようとする馬を、左手の手綱さばきで止める。
男は馬の背に乗りかかる女の足首に触れた。
「残念」
そうつぶやいた男の表情は、無造作に伸びた髪に隠れて伺い知れない。
右手の義手を杖のように使い、右足の義足を引きずることなく
馬の右手の回り込む。
馬はおとなしく男に引かれるまま、町へ向かって消えていった。




