旅は道連れ
庭から森をしばらく行くと、竹が生息する泉がある。
ソータが見つけたもので、家族も気に入り、母の墓も分骨しているほどだ。
ソータは泉の脇にしゃがみこんで、泉を覗き込んだ。
泉に写った情けない顔を見て、自己嫌悪を深めた。
「やぁ」
明るい声が後ろから響き、泉にはソータの顔の横にパラの顔を写る。
ソータは泉に写るパラを見つめて、口を開いた。
「何しに来たんだよ」
「別に」
そう言ってソータを真似て泉を覗き込むパラ。
二人が無言のまま、周りの笹だけが風でわずかに音を立てていた。
はぁ、とソータは諦めたように溜息をついた。
「・・・完敗だよ」
「・・・がんばったもの」
泉に写ったパラの顔が申し訳なさそうな笑顔になった。
「教えてくれるか?」
パラは頷くと話はじめた。
1対1と決まった時点で、まともにやっては勝ち目がないことはわかっていた。
「弓以外でソータに勝てないじゃない?」
そこでトウマに相談して、槍で戦うことににした。
それ自体は罠の一部だが、ある程度使えるレベルに達していないと疑われると踏んだ。
「小兄、スパルタでさぁ。大変だったよ」
突きだけを徹底的に仕込まれた、とパラは溜息を付く。
槍のギミックと足元の罠はカナメのアイデア。
ソータはパラに怪我させないように槍を掴みにくるはず、と見越してた。
「ソータは優しいから絶対そうするって」
足元の罠は前日に作っておいた。
本当はパラがソータより先に現場に立っていて、ソータの立ち位置を
コントロールするはずだったが、上手くいかなかった。
「足元の罠が上手くいったのはほんと偶然なんだよね」
遅れた理由は、弓の出来上がりが当日までかかったから。
弓と槍のギミックはファブリカに頼んだ。
「嫌がっていたんだけどね」
ソータを負かす手助けをしたくないとギリギリまで渋っていた。
それで準備が遅くなった。
「ファブリカを責めないでね」
「・・・わかってる」
パラの説明が終わって、ソータが思ったのは彼女の用意周到さだった。
正確にはその想定を全くせず、時間を無駄に過ごした自分への嫌悪だった。
勝つ自信はあった。
まともな手でパラは勝つことができない。
ヤンダムは、策に気をつけろと言っていた。
そこまで理解しながら結局何もしなかった。
根拠のない自信に最後まで縋ってしまった。
彼女を止められないのは自分の愚かさ故だ。
「・・・・」
ソータは何も言えなかった。
言いたいことはたくさんあるはずだった。
行くな。
死ににいくようなものだ。
そこまでして何故いくのか。
今の暮らしではダメなのか。
その全ての言葉が今の自分には言う資格がないと感じた。
それでも、と思う。
沈黙の二人を笹の擦れ合う音が包む。
「ついて・・・きてくれないかな?」
パラは唐突に言った。
ソータは驚いてパラを見る。
パラは泉を見たままだ。
ソータは溜息をついて、視線を泉に戻す。
「いいよ」
その言葉に今度はパラがソータを見る。
「即答?意味わかってる?」
「北の国についていくんだろ?いいよ」
それでもパラが必要としてくれるならば、応えようと決めていた。
「兄さまたちはこれないしな」
パラが一人で行くと言った理由には、フォスター家への遠慮がある。
フォスター家は東の国では警戒対象だ。
パラにヨウゼンの家族がくっついて行けば、あらぬ疑いがかけられるだろう。
二人の息子は有能さと勇猛さで名も売れている。
ヨウゼンを敵視する連中からすれば、北の国の亡命姫と活動していることは
危険な可能性に満ち溢れている。
北の国とヨウゼンの間にパイプができる可能性から、北の国と東の国で緊張が
張り詰めることになる可能性まで。
その点自分の名は全くと言ってよいほど売れていない。
過去のアイデアも、早世したバンのものと誤解されているくらいだ。
何より彼はフォスター家の実子ではない。
ヨウゼンなら上手く誤魔化してくれるだろう。
それがわかっているから、二人の兄はパラに手を貸したのだろう。
「まぁ兄さま達が行けるなら、僕はお留守番だろうから」
「違うよ、多分」
今度はパラがソータに顔を向けた。
「希望は皆で行きたいけど、一人選ぶならソータにしたと思う、多分」
「多分が続くね」
「選ばないなんて勿体ないからね。カナメ兄や頭いいし、トウマ兄は強いし」
だけど、とパラは続ける。
「一番旅をしたいと思うのはソータかなって」
その言葉でソータに在りし日の思いでが蘇る。
夕日と血で体は真っ赤に染まっているのに、肌は透き通るほど白かった。
自分が足を引っ張って死なせた兄。
-いつか二人で旅しようぜ-
-二人で強くなれば大丈夫さ-
泉に写った自分がそう語りかけた気がした。
あの頃から何も成長していない自分が。
唾棄してやりたくなる。
ソータが水面を薙ぐように払う。
パシャリと水しぶきが上がる。
驚くパラにソータが聞いた。
「ヤンダムさんにはお願いしないのか?」
「ヤンダム・・・さんは、あの国で充分苦しんだと思う。
ついてきてもらうのはちょっとね・・・」
パラは泉に顔を向けて言う。
水面に写る自分は苦し気な表情をしていた。
パシャリと水しぶきが上がる。
今度はパラが水面を払った。
「嘘・・・ほんとは嫌なの」
また裏切られるじゃないか。
信じてあげられないことに自己嫌悪はする。
しかし自分の旅が、誰かに裏切られて終わるのだけは御免だ。
それでは母に逃がされたあの日と変わらないではないか。
「裏切られて後悔するのが、嫌」
「僕だってわかったもんじゃない」
その言葉にパラは断言した。
「ソータならいい」
言葉を続けるその笑顔は清々しかった。
「ソータに裏切られたんなら、諦められる気がする」




