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吸血鬼、再会

「俺が人間の血を飲めなくなったのは、グレゴールの魔力が人間の血を飲むことで反応してしまうからだ」


 ヴラドは得意げにそう締めくくった。部屋の空気が重い。傲岸不遜が言葉だけではないくらいに力を持った吸血鬼の過去は、思いのほか暗かった。


「あのときそんなことが……」


「僕たち、あまり外には出してもらえなかったからね」


 ルーニエとルーカスは当時まだ十歳と子どもだった。シルヴェストリの屋敷に帰れないヴラドを、クリストハルトはアイゼンシュタインの屋敷に連れてきてはくだらない話をしていた。そこで自然と妹、弟であるルニ、ルカの相手をすることが増え、今現在まで懐かれている。


「でも、あの後も僕たちをよく遊んでくれたよね?議会に追われてたんじゃないの?」


 ルカが言うとヴラドが不敵な笑みを浮かべた。


「あの儀式が終わった時点で、議会の奴らが俺に勝てるわけないだろう?……というかもとから俺に勝てるやつなんかいないけど」


 合点がいったルカが呆れていう。


「つまり、議会はヴラドを追うのを諦めたんだね」


「まあ、そういうことだ。議会とカルディアが争っても共倒れするだけだ。だからもとからお互いに干渉しないことが暗黙の了解で決められていた。手を出すことはできないけど出入りするくらいはいいだろ?」


 そう言って不敵に笑う。ヴラドがカルディアに正式に加入したことで、議会が手を出してくることはなくなった。しかしそれは、ヴラドの復讐も果たされなかったということになる。アナはその取り決めのことをヴラドに言わなかった。最初こそ怒っていたヴラドだったが、時が経つにつれ割り切れるようになっていた。だからせめて定期的に議会に顔を出したりして、リオネルに無言の圧力をかけて遊んでいたのだ。


「ということで、向こうが手えだしてくるなら大歓迎だ!心置きなくぶっ潰せるからな!!」


 今の自分なら議会の奴らなど簡単に捻り潰すことができる。ヴラドには実質三人分の魔力が詰め込まれていることになる。中でもアナスタシアの力は絶大だ。真っ先にリオネルの首を毟り取ってやることだってできる。


「だったら尚更です。お兄様、血が飲めないと魔力も何もないですよ!?」


 ヴラドは押し黙った。ルニの言うことはもっともだ。差し迫っては必要ないが、これから先、血が飲めないとなるとエネルギー不足で死んでしまうだろう。ヴラド自身それは身に染みてわかっていた。過去にも何度か、そういうことがあったのだ。


「と、ともかく!俺は人間の血が飲めない!なんかこう、これじゃない感がして飲めないんだ!」


「……ヴラドがそんなんじゃ、僕たちだけでは戦力不足かもしれないね」


 ルカが溜息を吐いて腕組みをした。


「なんだかだいたいの事情は察しましたが……私達フォルトゥーナも、バックアップさせていただきますよ」


 エドワードがそう言うのを、ルカは撥ね除けた。


「いらないよ。だいたい、聞いたこともないヘンテコな組織が僕たちの相手になるわけないじゃん。種族を超えた世界平和とか言ってるんだっけ?そんなこと、人間より遥かに数が少ない僕たちでも争いは絶えないのにできるわけないじゃん」


 厳しい意見だが、その通りだということをこの場にいるものは理解している。


「お前が言いたいこともわかるよ。でも、俺たちカルディアも、世界平和のために行動していた。それがどんな汚い仕事でもだ。アナスタシアは本気で世界を変えようとしてた。お前はできないんじゃなくて、やろうとしていないだけだ」


「っ!?だけど、その結果カルディアはみんな死んで、ヴラドは今にも殺されちゃうんだよ!?」


 ルカは真剣にヴラドの心配をしているのだ。ヴラドはそれを良くわかっている。


「前にも言ったが、お前に助けてもらうほど俺は弱くはない。そして、助けろとも言っていない。俺は今、フォルトゥーナに身を置いていると言ったな?イヤならここにいる必要はない、帰れ」


「クッ!!」


 唇を噛み締めるルカは、そのまま会議室から出て行ってしまった。ルニは厳しい瞳で、ルカが出て行った扉を見つめる。ヴラドの真意など、今のルカには伝わっていないだろう。しかし、年は同じといえ、弟にはもう少し成長してほしいところだ。


「ヴラドさん、少し言い過ぎなんじゃ」


 紅葉が重い空気を撥ね除けて口を開く。それをルニが制す。


「……お兄様の言いたいことはわかりますし、ルカがどうするべきなのかは自分で考えてもらいましょう」


 ヴラドはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「さすが、俺のルニは物わかりがいいな」


「っ!!」


 俺の、という言葉に顔を真っ赤にする。しかしルニは心を鬼にして、ルカを追いつめたヴラドにささやかな仕返しをはじめた。


「だ、だからといって、貴重な戦力を追い出してしまっては元も子もありません!だからここはお兄様にがんばってもらいましょう」


 ことの成り行きを黙って見ている人間たちは、次の瞬間顔を真っ赤にして目を逸らした。


「お、お兄様……わ、私で試すというのはどうですか……?」


 ルニは宮高のブレザーを脱ぎ捨て、カッターシャツのボタンをゆっくり外しながらヴラドに近付くと、その白い首元を露にした。


「えっと……優しく、お願いします……」


 伏し目がちに見上げるルニの顔は、恍惚とした表情で、ドクドクと激しい音を立てる心臓の鼓動と、それにともなって脈打つ血管がヴラドの目を釘付けにする。恭弥は妖艶なルニの姿にチラチラと視線を向け、レイラと瑠璃は好奇心からそっとこちらを眺め、エドワードに至っては楽しそうに凝視する始末である。ただ、紅葉だけは複雑な顔だ。無表情なのに目に殺気が籠っている気がする。


「わ、私の血じゃ……ダメ、ですか?」


 ヴラドは堪らなくなって、その場から慌てて逃げ出した。












 「それで、お前は日本語が読めないのか?」


「はあ?どんだけここに住んでると思ってんだ?読めるに決まってるだろ」


「だったら店の前の看板は見たか?」


「見てない」


 ジャックはグラスを拭きながらヴラドを睨む。


「準備中って書いてあったんだよ!!」


「そうか」


 だからなんだ、と言わんばかりのヴラドにジャックは律儀にウィスキーを出した。


「そういやお前、顔色が悪いがちゃんと狩りはしてるのか?」


 そう言われて、ヴラドは不機嫌な顔をする。会議室でルニに迫られたヴラドが、慌てて逃げ出してきた先はジャックのバー・ギデオンだ。


「してないし、必要ない!!クソ、どいつもこいつもそんなに俺に血を飲んで欲しいのか!?」


「なにかあったのか?」


 荒れに荒れているヴラドに、ジャックが真剣な表情で聞く。しかし、人間の血が飲めないなどと言えるわけもなかった。しかも禁忌に触れるのだ。人狼相手でもシャレにならない。


「いや、べつに……」


「そうか。それで、何か進展はあったのか?」


 ジャックは七十年前のカルディアの事件について言っているのだろう。前回の事件のときに、ヴラドを手伝って、その真相を突き止めようと言っていた。店で得た気になる情報をヴラドに伝えるなど、彼なりに気にしているようだ。


「いや、なにもない。ただ……」


「ん?」


 この街が戦場になるかもしれない。そう続けようとしたところに、もう一人客が来た。


「アロハー!!」


「なんだ、アリシアか」


 流れるような銀髪の吸血鬼が扉の前に立っていた。とっさにヴラドは自分の中に流れる魔力を押さえ込む。彼女には、自分がカルディアだとは伝えていない。それを説明するには、議会のことや、この前の事件のこと、フォルトゥーナのことまでいわなければならないだろう。議会のことは、知らないものにとっては残酷な話だ。自分たちが裏から操られているなど、そんな話はできれば知らない方がいい。


「あら、ヴラドじゃない!良かったらこれあげるわ」


「なにそれ?」


 おもむろに差し出された紙袋の中身は、カラフルなアロハシャツだった。


「……これを俺に着ろと?」


「だめ?この間知り合った男の人がね、ハワイ旅行に連れてってくれたの!そのお土産よ」


 吸血鬼が常夏の島に旅行とは、かなり笑える冗談だと思ったが、そう言えばアナスタシアも日光浴が好きだったことを思い出した。毎回付き合わされるヴラドは、肌が真っ赤になって痛むのを堪えるのが大変だった。


「いらねえ……」


 そう言って適当にカウンターに置く。ふと、アリシアの後ろに、小柄な人影が見えた。


「だれだ?」


「ああ、このヒト、さっき知り合ったの。この辺あまり詳しくないみたいだからとりあえず連れてきたの」


 フードを目深に被ったその人物は、ぺこりと会釈をすると、カウンターの一番端に座った。


「どうもだれか人探ししてるようなんだけど、詳しく話してはくれなくってさ」


「ふーん」


「連れてくるのは構わないが、アリシアさんも看板見てないんですね」


 ジャックは盛大に溜息をついた。それから壁の時計を見て、急いで開店準備を始める。といっても、後はあの看板を下げるだけだ。


「ヴラドさ、あの女の子とはどうなったの?ほら、あたしがここに連れてきた子」


 一ヶ月前の事件の時、レイラはこのバーにヴラドを探しにきた。その時はこのバーがどんなところか知らなかったが、最近になって闇の住人たちが集まるバーだと知った。青い顔をして気丈に振る舞うところがなんともおかしかった。


「どうって、何が?」


「またまたー。告白されたんでしょ?」


 ヴラドはグラスを持とうとした手を止めた。


「あれー?ひょっとしてもう食べちゃった?いろんな意味で」


 ニヤニヤとした女性特有の表情で、ヴラドの顔を覗き込むアリシア。


「なんにもねえよ!!」


 半分キレ気味に返す。今日の会議室でのことがあったため、アリシアの言葉でレイラの血を想像してしまう。久しぶりに嗅いだ血の匂いは、ヴラドの思考に陰をさす。やはり自分の飢えは限界が近い。


 そのとき、バーの近くに複数の魔力を感じた。それは吸血鬼のものだ。自分を追っているのだろう、殺気がこめられている。ヤル気満々のようだ。


「どうした?」


 ヴラドの異変に気付いたジャックが、心配げな顔で聞く。


「いや、なんでもない。今日は帰るよ」


 ジャックは察してくれたようで、一つ頷く。ジャックもアリシアも何も感じていないようだから、敵はまだ遠くにいるのだろう。ここに近づいてくる前になんとかしたいところだ。


「じゃ、またな」


「えーもう帰っちゃうの?」


 ヴラドは席を立つとアリシアに軽く手を振ってバーから出た。店に来た頃はまだ明るかったが、もうほとんど暗くなっていた。少しずつ外灯がつきはじめている。繁華街を歩いている人はまだ少ないが、これから賑わってくるだろう。


「さて、どこで迎え撃とうか」


 たとえ一人であっても、ヴラドには負けない自信がある。血を飲んでいないからといって負けるはずもない。


 少しずつ発する魔力を大きくしていく。敵は確実に自分の方を目指してきていた。上手く誘導できているようだ。ヴラドの目の前には、解体途中で放置された廃ビルがそびえ立っている。人間がいかにも肝試しという遊びをしそうな、そんなビルだ。錆び付いた剥き出しの鉄筋に、散らばるガラス片。何かの電線がヘビのように巻き付いている。複雑な構造の廃ビルは、一人で複数を相手にする場合に向いている。


 基本的に高いところにいる方が有利だ。ヴラドは十階建ての廃ビルの階段を駆け上がり、一番上の階に隠れた。所々床がなくなっていて、移動にも困らなさそうだ。柱の陰に座り込むと、ヴラドは魔力を完全に隠した。これで魔力で自分を探すことはできない。しかし、こちらも相手の魔力を感知できないので、全神経を研ぎすまして気配を探る。


 しばらくすると、僅かに足音がすることに気付いた。数は五人。決して相手にできない数ではない。この中に知っている顔がないことを祈るばかりだ。


 五人はそれぞれ手分けしてビル内を捜索しているようだった。足音が三方向にわかれ、一人分の足音がだんだんと近付いてくる。ヴラドは足元の鉄パイプを手に身構える。カツン、カツン、カツン、足音が止まった。とっさに柱の陰から飛び出したヴラドは、相手の顔も見ずに鉄パイプを振り被る。敵はとっさに後方に下がる。ガツンと鉄パイプは地面にめり込んだ。


「おっと、力入れ過ぎか」


 コンクリートに突き立つ鉄パイプを引き抜く。改めて敵を見る。顔はフードに隠れて見えない。が、相当若い吸血鬼のようだ。年紀のいった吸血鬼独特の雰囲気は感じられない。これはもしかすると大したことない集団かもしれない。


「お前、名前は?」


「貴様に名のる名などない」


「女か。残念だが俺は女にも容赦しないぜ」


 ニヤニヤと不敵な顔をしてみせるが、さすがに動じないようだ。単独でヴラドに向かってくるだけのことはある。


「もとより死は覚悟の上。議会の命により、貴様には死んでもらう!!」


 ダン、と地を蹴ってヴラドの懐に飛び込む。その手には短いナイフがいくつも握られている。シュ、と風を切る音とともに放たれるそのナイフは、吸血鬼の腕力と、魔力で使役した風の精の力によってものすごい早さで飛来する。近距離で放たれたナイフは、しかしヴラドには当たらない。


「なかなかいい速さだが……」


「くっ!!」


 全てのナイフを鉄パイプではじき飛ばしたヴラドは、嫌みなほど余裕な表情だ。


「マジで当てる気ある?」


 二撃めのナイフを放った敵は、さっとヴラドの背後に回り込む。背後から長めのサバイバルナイフで斬りつけるが、やはりヴラドの速さには追いつけない。投げたナイフは全て地に落とされ、その上鉄パイプはサバイバルナイフをしっかりと受け止めている。


「フン、面白くもないな」


 それだけ言うと、ヴラドは左手を手刀にして、敵の左胸に突き刺した。グジュ、とめり込む腕に血液が伝う。


「が、は……」


 心臓を潰すと、間もなく敵の体はくずおれた。たわいもないただの吸血鬼だ。引き抜いた左腕を振って血を落とす。


「……」


 そこでふと、したたる血が目に焼き付いた。吸血鬼の血だ。ドクンと心臓が高鳴る。目の前の死体から血溜まりが広がっていく。ダメだ、考えてはいけない。鼻を突く香りがヴラドの思考を溶かしていく。


「っ!!」


 パン、と乾いた音が響いて、ヴラドは肩に痛みを感じた。気が付けば周囲を残りの四人に囲まれている。これでは最上階をとった意味がない。それに敵の気配に気付けなかった。


「ヴラド・シルヴェストリ!議会のために死ね!!」


 四人が長剣を正眼に構えて走る。動きに無駄がない。かなりの使い手なのは一目瞭然だ。吸血鬼や他の一部の種族もそうだが、銃はサブにしかならない。剣を振る速さは本人の鍛錬次第だが、銃弾の速さや向きは変えられない。簡単に弾道を予測されてしまうため、実践では不向きといえるのだ。だが、四人は長剣とハンドガンを携帯している。二つを臨機応変に使うつもりだろう。そしてこの戦闘スタイルを、ヴラドはよく知っていた。


「なるほど、シルヴェストリの兵隊か」


 五家にはそれぞれ、得意とする戦闘スタイルがある。シルヴェストリ家では、長剣と銃を使った接近戦を得意とする。


 ヴラドは迫る四本の剣を鉄パイプで受け流した。その身のこなしは、まるで猫のようだ。


「くっ!!」


 圧倒的に長剣が勝るはずだが、ヴラドの持つ鉄パイプは思いのほか頑丈だ。武器は使い手の器量によってその効力を発揮するというが、ヴラドの手にある鉄パイプはまさに立派な武器となっている。


 ガキインッ、と鋭い音をたてながら、四本の長剣と鉄パイプが交わる。ヒラヒラと舞うように剣戟をかわすヴラドに、四人は圧倒され少しも当てることができない。仲間が離れている隙に弾丸を撃ち込むも、背中に目でもあるのかと思わせるような動きで避けられてしまう。ヴラドからすれば、見慣れた戦術であるために、剣の一振りから弾道の一つ一つまで予測することは可能だ。


「なめるのも大概にしろよ!!」


 そう叫ぶと、ヴラドはコンクリートがはがされた床を飛び降りた。一気に二階分降下して、軽々と着地するとそのまま近くの壁を蹴って飛び上がり、追ってきた敵の一人に鉄パイプを突き刺した。勢いで反対側の壁にめり込む。はでに砂埃が舞い、それが落ち着くと、壁に貼付けにされた吸血鬼の姿が現れる。


「ライオネル!!」


 着地した敵三人は、貼付けにされた仲間に向かって叫ぶ。腹部から突き出る鉄パイプの上に着地したヴラドは、ニヤニヤと笑いながらいった。


「お前はライオネルと言うのか」


「……」


 ライオネルは答えない、が、ヴラドは続ける。


「ライオネル。お前をこの任務に駆り出したのは誰だ?シルヴェストリの誰かなのはわかってる」


「答えるわけないだろう」


「そうか。時に俺のオヤジは元気か?」


 ライオネルは苦痛に歪む顔をしかめた。


「オヤジ……?」


 他の三人も眉根を寄せる。


「なるほど。お前たちは知らないらしいな」


「どういうことだ!?」


「俺の質問に答えてくれたら教えてやるよ」


 ヴラドが議会を抜けてカルディアに入ってから、エヴァルトはヴラドが自分の息子だと言うことを隠している。その事件以降に生まれた吸血鬼は、ヴラドのことを元シルヴェストリ家の者だということしか知らない。


「で、答える気になったか?」


「っ!!」


 全員が唇を噛み締める。答える気はないらしい。


「時間切れだ。俺はそこまで気が長いわけじゃないんだ」


 そう言ってヴラドはライオネルの顔を覗き込んだ。ライオネルは、いい知れぬ恐怖を感じて青い顔をする。


「なあ、吸血鬼の血がなんで赤いか知っているか?」


 ヴラドは満面の笑みを浮かべ、ライオネルの左胸に手刀を突き立てた。


「ヒッ!?」


 息をのむ音と、急速に失われていく体温。さっと飛び降りて敵の前に着地する。ヴラドの手には、ライオネルの心臓が握られていた。


「あ、悪魔だ……」


「違う。俺は吸血鬼だ」


 敵は恐怖と怒りでヴラドに反撃を試みる。長剣を振り回し、なりふり構わずヴラドに襲いかかる。一見めちゃくちゃに見えて、しかし連携がとれているところはさすがと言うべきか。だが、どんな攻撃もヴラドには擦りもしない。


「フン、雑魚が」


 そろそろ飽きたと言わんばかりに、ヴラドは魔力を解放しようとした。が、心臓がドクンと跳ねる。めまいがして足に力が入らない。飢えから来る禁断症状だ。魔力を使おうとしたことで反応したのだろう。


「クソッ!!」


「今だ!!」


 三人はその隙を逃さない。三方向からヴラドの急所目掛けて突きを入れる。


「ヴラドさん!!」


 ダン、と地を蹴る音とともに、ヴラドは誰かに突き飛ばされた。


「大丈夫ですか!?」


「はあ、はあ……紅葉?」


 紅葉は怖い顔をしながらヴラドを睨む。


「ヴラドさん、一人で危ないことしないでください!何のために私達がいるんですか!?」


「はあ?てかお前、なんでここに?」


「ヴラドさんの携帯のGPSを辿ってきました。普段行かないような場所に長く留まっているようだったので、なにかあったのかと……来て正解でしたね」


 ヴラドは溜息をつく。そこまで監視されているとは知らなかった。しかし、いかんせん相手が悪い。


「紅葉、来てくれたのはありがたいが逃げろ。あいつらには勝てない」


「どうしてです?」


「アイツらは俺の家の兵士だ。シルヴェストリの兵相手に、人間のお前が勝てるわけがない」


 真剣な表情のヴラドの言葉に、紅葉は息をのむ。しかし、だからといっておとなしく逃げる紅葉ではない。


「大丈夫です。なんとかしてみせます!」


「やめろ!!……クソッ」


 銃口を敵に向ける紅葉を止めようと立上がるヴラドだが、依然としてめまいが治まらずに、ふらふらと尻餅をついてしまう。


「人間がなぜそいつを庇う?」


 敵の一人が、長剣を構え直して言った。


「仲間だからです。あなた方も、仲間が殺されたことで怒って、必死になっているんでしょう?それと同じことです」


 毅然と答える紅葉は、微塵も恐怖を感じていないようだった。吸血鬼の兵士を三人も相手にしているというのに。


「人間、そいつは最悪の吸血鬼だ。そんなやつのために、その命を無駄にすることはない」


「愚問ですね」


 紅葉はそう言いながら、いかにもヴラドが言いそうな台詞だなと思った。


「あなた方はヴラドさんの何を知っているんですか?同じ吸血鬼なのに、何も知らないあなたたちに、ヴラドさんを殺させやしません」


 言い切った紅葉は、どこか誇らしげだった。ヴラドは溜息の出る思いだったが、今は紅葉を逃がすことに集中しなければ。ここまで飢えが体に影響するのは久しぶりだ。全身に力が入らない。


「紅葉、マジで逃げろって」


「なんでです?私はそこまで弱くはありません!」


「ボクも逃げた方がいいと思うなー、なんて!」


 どこからともなく声が響いた。少年のような無邪気さに溢れた声音だ。敵の吸血鬼たちは、突然のことに警戒心剥き出しで辺りを見回す。


「新手ですか!?」


 ここで敵の増援が来たら、自分一人ではヴラドを守るどころか、逃がすことも難しくなる。紅葉は生唾を飲み込む。緊張で銃を握る手が汗まみれだ。


「フフン、ボクが来たからにはキミたちに勝ち目はないよ」


 楽しげな笑い声が逆に不気味だ。姿が見えない分、余計に恐怖を感じる。


「そっれー!!」


 気の抜けるかけ声とともに、頭上の鉄筋から小柄な人影が落ちてきた。その人影は、紅葉と三人の吸血鬼のちょうど真ん中にふわりと着地する。パーカーのフードを目深に被っていて顔は見えないが、その姿はジャックのバーで見た人物だ。その場に微妙な空気が流れる。


「あれ?これでも助けにきたつもりなんだけど。ねえ、聞いてる?ヴラド?」


 ヴラド、と確かに聞こえた紅葉は、ヴラドの方を見た。


「……お前……チェス、か?」


「あったりー!!さすがはヴラド!!」


 ヴラドはとても青い顔をして、その人物を見ていた。


「いや、待てよ……お前もあのとき死んでた、よな?」


「それはまたおいおい話すよ。んで、そこのキミたち。見逃してくれないかな?」


 ニッコリと口元に笑みをうかべて、チェスは三人の兵士に聞いた。しかし、見逃してくれるわけがない。三人とも武器を構え直し、今にも向かってきそうだ。


「見逃してくれないんだね。じゃあ、いいよね!!」


 パチン、とチェスが指を鳴らす。その音ともに廃ビルのどこかで派手な爆発音がした。グラグラと揺れだすビル。危険を感じた敵はすぐさまビルから離脱する。


「おい!逃げられただろ!!」


「何言ってんの?ボクは戦闘がニガテなの!!ヴラドがそんな状態で、ボクに勝ち目があると思う?」


「アホか!!十分だろうが!!」


 チェスは肩を竦めた。その顔はムッとしているようだ。


「せっかく来てやったのにー」


「そんなこと言ってる場合でないでしょう!?私達もここを離れないと」


 紅葉が慌ててヴラドに近付く。肩を貸そうとしたところを、チェスが紅葉を引き止めて、軽々と肩に担ぐ。


「離してください!!」


「大丈夫だよ。ヴラドは自力で動ける。それより、ちんたら動くキミに合わせている方が死んじゃうよ」


 そう言ってチェスはそのままガラスのない窓から飛び降りた。軽く八階分の高さから降下する。ヴラドの耳に紅葉の小さな悲鳴が届く。


「クソ!!チェスめ、アイツがいるとろくなことにならない」


 ヴラドは幾分マシになった体を奮い立たせて、チェスの後を追った。ヴラドが窓から飛び降りるのと、ビルが崩れ去るのとほぼ同時だった。


「お見事ー」


 チェスの気のない賛称のの言葉を聞き流す。


「ここから離れるぞ。その内警察が来るだろうし、面倒はごめんだ」


「ヴラドは今学生だもんね!」


「なんで知ってるんだよ……」


 フフン、と笑うチェス。その肩で紅葉がじたばたともがく。


「おろしてください!自分で歩けます!!」


「イヤだね」


「もう!!」


 三人はとりあえずヴラドのアパートへ向かうことにした。

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