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吸血鬼の初まり〜???年〜

「はい、オッケー!」


 言われてヴラドは顔を上げた。チェスが口元に笑みを浮かべながらヴラドに聞く。


「どう?なにか変わった?」


「……?なんか、体が熱い……」


「フフン、それはボクの魔力を、キミの体が取り入れはじめてる証拠さ!そのうち馴染むと思うよ!」


 カッと火照ってくる体にヴラドは戸惑った。心臓の鼓動が早鐘のように打つ。


「そんな焦った顔しなくても、その内慣れるよ。さ、次!」


 アナがヴラドの背中を押した。そうして、ラドスラフ、セレスティア、ジェイクと順に、チェスと同じく右腕を差し出して血を飲んだ。残るはグレゴール、アナスタシアの二人だ。


「では、先にワシが終わらせるとしよう」


 グレゴールは腰を上げてヴラドに近付く。ヴラドは四人分の魔力を取り込んだせいか、酒に酔ったような気分だ。視界が霞み、足元が覚束ない。


「大丈夫?」


 アナが心配げに肩に手を触れてくるが、それを振り払ってふらふらとグレゴールの前に立った。


「大丈夫だ……」


「気丈な若者よ」


 グレゴールがそう言って、ヴラドに右腕を差し出す。それを掴み、唇を寄せるヴラドにグレゴールは囁いた。


「ワシの器にふさわしい人材じゃ」


 ボヤける頭では、言葉の意味を考えることができなかった。そのままグレゴールの腕に少し尖った犬歯を突き立てる。またあの独特の味がする。


「……?」


 が、今度は生臭い不快な味だけではすまなかった。


「うっ!?」


 何か得体の知れないものが、ヴラドの体の中でのたうちはじめた。これは明らかにおかしい。さっきまでここまで不快な感覚はなかったはずだ。緩慢な動きで、グレゴールの腕を押しのけようとする。しかし、グレゴールはヴラドに伸し掛る勢いで、右腕をどけてはくれない。立っていられなくなって、その場に倒れるが、なおもグレゴールはヴラドに血を飲ませた。


「ちょっと、グレゴール!やり過ぎよ!」


 異変に気付いた他のメンバーが駆け寄ってくる。が、時すでに遅し。グレゴールの体が、ボロボロと崩れだす。まるで灰を崩すかのように、グレゴールの体は空気中に霧散してしまった。


「な、なに?」


「どうなってんだ?グレゴールは!?」


「ヴラド、大丈夫か?」


 一体何が起こったのかわからないまま、他のメンバーは目を見合わせる。


「……うう」


 ヴラドが頭を抱えながら身を起こした。それを見て、アナたちはホッと息を吐く。しかし、それもつかの間、ヴラドの様子がおかしい。


「ウ……ガあ、ああっ、つ」


「なに!?どうしちゃったのよ!?」


「ああ、ガハッ、はあっ、はあっ」


 あまりの苦しさに体を丸める。心臓を突き刺すような痛みで、息が上手くできない。


「まずいよ、アナ!グレゴールは魂を移す研究をずっとしてたでしょ?もしかしたら、ヴラドに移すつもりなんじゃ……」


「このジジイならやりかねないな」


 グレゴールは老いていく自分の体に嫌悪感を抱いていた。そのため、最近では不老不死や転生について研究していたことを、アナたちは知っていた。なかでも錬金術に興味を示し、魔術を研究しているチェスとは犬猿の仲だった。


「血を媒介に自分の魂をヴラドに移し、それからヴラド自身の精神を乗っ取るんだ。その過程で、グレゴールの魔力とヴラドの魔力が反発して体に影響が出てるんだと思う」


 チェスは研究者として様々な知識を持っている。その中に、グレゴールがやろうとしていることも入っている。しかし、それはまったく実現不可能なはずだった。本来、魂と体は最適な状態であるために生きることができている。魔力もそれぞれにあった量が備わっているはずだ。そこにまったくの異物である他人の魂と魔力が押し寄せてくるわけだから、ヴラドの体は決壊寸前のダムのようなものだ。耐えられないのが普通だし、もしグレゴールが勝ったのなら、それはヴラドの死を意味する。


「ガハッ!!」


 地べたをのたうち回るヴラドが、盛大に血反吐を吐いた。グレゴールが魔力でヴラドの体を自分の精神に合うように作り替えようとしているため、体中の組織が破壊と再生を繰り返しているんだと、チェスは説明した。


「このままじゃどっちかが勝つ前に体が持たないよ!」


「何かできることはないのか?」


 ラドスラフがヴラドの体を抑えながら言った。バタバタと手足を振り回すので、簡単に抑えることができない。


「……アナの力で体はなんとかできるかもしれない」


「癒しの力のことね」


 アナの特別な力は癒しだ。それは触れたものを治癒する力。


「血にその力を込めて、飲ませれば少しは効き目があるかも。あくまで体だけだよ!もし助かっても、中身はグレゴールかもしれない……」


「可能性があるならなんだっていいわ」


 アナがまわりを見回すと。全員が頷いてみせた。もし勝ったのがグレゴールなら、その時は彼を殺す。アナはそう決めて自分の腕を噛んだ。口いっぱいに自分の血を含む。ラドスラフとセレスティア、ジェイクがヴラドを地面に押さえつけて動けなくする。アナはヴラドの顎を掴むと、その唇に自分の唇を押当てて、ありったけの力と一緒に流し込んだ。










 ヴラドは暗闇で姿の見えないものと戦っていた。いや、戦うというものではない。一方的に嬲られているような気分だ。相手の姿も見えなければ気配さえもない。それでも確実に攻撃が来る。交わすこともできず、反撃もできない。これでは勝つこともできないじゃないか。そんな思いが脳裏を過る。


 そもそもなぜ自分は戦っているのか。少しくらい休ませてくれてもいいだろうに。思えば生まれてからずっと戦っている。戦っていない記憶の方が少ない。それもこんな体に生まれ、あんな家に生まれ、吸血鬼などに生まれ、自分が何をしたと言うのだ。生まれて初めてできた友達は、他人の手に寄って無惨にも殺されてしまった。しかし、元はと言えば自分が悪い。弱いからか、思いやりがないからか、捻くれてるからか?どうせなら一緒に死ねば良かった。いや、復讐してからかな。


 復讐。一体誰に?どうやって?


……ワシがかわりにやってやろうか。


 ふざけるな!そもそもお前は誰だ?


……誰でもいいが、お前より強いぞ。ドナシアンの敵をとるんだろう?


 それは俺が自分でする。


……そうか、そんなに弱いのにか?


 俺は……俺は弱くない!!


 ハッと急に意識が覚醒した。同時に、ものすごい倦怠感に襲われる。


「っつ!?」


「あ、起きた?」


「フフン、またボクの理論が一つ証明されたね!」


「そんなことはどうでもいい!コイツは、ヴラドなのか?それとも……」


 アナたち他のメンバーが殺気を放ちながらヴラドを囲んでいる。ここはあの木の小屋だった。一つしかないベッドに寝かされている。


「なんだ?何がどうなってる?」


 なぜ自分に敵意が向けられているのか理解ができない。洞窟でのことも、グレゴールの血を飲んだところまでしか記憶がなかった。


「キミ、名前は?」


「はあ?」


「いいから答えなさい!!」


 あまりの剣幕に首を傾げながらヴラドは答えた。


「ヴラド・シルヴェストリ……」


「本当にヴラド?」


 質問の意味がわからない。自分以外の誰だと言うのだろうか。


「覚えてる?今までのこと。キミは議会に追い出されて……」


「違う。追い出されたんじゃなくて、俺が俺の意思で抜けたんだよ!!」


 口をついて出た言葉に、アナたちはホッとした様子を見せた。


「良かった。キミがキミなら、そう言うと思ったよ」


 それからヴラドは今までに起こったことを聞いた。洞窟での出来事から三日たった。にわかに信じられないが、自分の中にグレゴールの魂が宿っているという。そして、それはヴラドを一生苦しめる呪いとなった。


「だから、下手に魔力を使うとグレゴールの魔力と反発しあって大変なことになるんだよ!」


 チェスはお気に入りの砂糖のかかった焼き菓子を頬張りながら言う。大変なことと言うのがいまいち伝わってこない。


「はあ……だから?」


「あーもう!悠長にしていられるのは今のうちだよ。キミはこれから、魔力を自由に使うことができないんだ。もし無理をすると……」


「……なんだ?」


 ヴラドが眉根を寄せて問う。チェスは口元に嫌な笑みを浮かべた。


「まあ、自分で体験するのもいいんじゃないかな」


「なんだそりゃ」


「フフ。そんなことより、ヴラドにもう一つ言っておかなければならないことがあるんだ」


 焼き菓子を持った手をヴラドに向ける。


「キミはね、定期的にアナスタシアの血を飲まなければ生きていけないんだよ」


 

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