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吸血鬼の初まり〜???年〜

「待て!!」


 前方に兵が四人現れた。


「後ろもヤバいよ!」


 チェスが言った。その言葉とは裏腹になぜか楽しげだ。


「そろそろいいかしら」


 そう言うとアナは、魔力で風を起こす。ヴラドたちを取り巻きながら次第に強くなるその風は、石でできた城を内側から削り始めた。兵士たちは強すぎる風にたじろぐ。


「お、おい、これ、少し強すぎないか?」


「平気よ。こんな城、潰したって困らないから」


「いや、俺たちまで下敷きに……」


「意外に心配性なの!?」


 ヴラドは溜息をついた。そんなヴラドをよそに、さらに強くなる風を引き連れて、三人は西側の塔まで来た。その先は中庭で、奥にはあの森へ繋がる扉がある。


「さて!ヴラド、これで議会とはさよならよ!!」


 三人は外へ飛び出した。同時に、アナが竜巻と化した風を塔に叩き付ける。ものすごい破壊音がして、石の壁にヒビが入っていく。


「マ、マジかよ……」


「立ち止まらないで!!」


 振り返るヴラドをアナがせかす。ヴラドは前を向いて走り続けた。なぜか心が晴れ晴れとして、いつもより速く走っている気がしてくる。


「うわあ!!アナ、崩れちゃったよ!!」


 チェスが嬉しそうに叫ぶ声が、轟音の中かろうじて聞こえる。そのままヴラドたちは、森の中に入った。夢中で走り抜ける。いつの間にか陽は沈みきり、湖に着く頃には暗くなっていた。


「はあ、はあ、はあ、ボクあんまりこういうの向いてないんだけど……」


「たまには走らないと、足腰に来ちゃうよ」


 チェスはいかにも疲れた声を出しながらその場に座り込んだ。アナは息一つ乱していない。もちろんヴラドもだ。


「それからヴラド。改めて、外の世界へようこそ!」


「あ、ああ」


「どうしたの?あまり嬉しそうじゃないね。キミは閉鎖的な議会という組織の外に出られたんだよ?」


 ヴラドはドナシアンのことを考えていた。彼は怒るだろうか。日頃から規律を重んじる男だった。ヴラドにも厳しかったが、自分にはもっと厳しかった。彼が与えられた任務をこなせなかったことなど、一度もなかったように思う。それこそ、ヴラドのこと以外は。


「ドナのために、リオネルだけでも殺すつもりだった」


 ヴラドは言った。


「そうすればキミも死んでたかもね」


「……」


 議会のメンバーは強い。リオネルを殺した時点で、きっと自分は死んでいただろう。


「キミはこうしてあたしたちについてきてくれた。だから、カルディアに入ってくれるなら、言った通りに力をあげる。それからキミがリオネルを殺しに行ったって、あたしたちは文句を言わないわ。ヴラドの好きにしていい」


 アナは至って真剣だ。さらに、


「リオネルだけじゃない。これからキミが手にする力は、議会そのものを潰すことだってできるかもしれない。キミの唯一の友達だったドナシアンに、最低な仕打ちをした議会を、ね」


 ヴラドの心は決まった。この腐った態勢を続けている吸血鬼の社会に、自分は復讐しなくてはならない。それは決して他人のためだなどという、綺麗ごとではなく、自分自身のためだ。ヴラドはアナを見て言った。


「わかった。俺はカルディアに入る。今よりも大きな力をもって、あの腐った吸血鬼どもに対抗してやる!!」


「フフ、野心があるのは大歓迎よ」


 湖に月が写っている。それを見ながら、アナスタシアは不敵に笑う。


「話がすんだならそろそろいくよ。ボクもう疲れちゃったし」


 欠伸をしながらチェスは歩き出した。


「そうね。追っ手が来るかもしれないし……」


「……?どこに行くんだ?」


「他のメンバーのところ。これからキミには、力を得るための試練を受けてもらう」


 ヴラドは身構えた。そう簡単に力を得ることができるとは思っていないが、改めて試練と言われると疑い深くもなる。


「そんなに構えなくても……」


「そうだよ?ボクたちもほんとはイヤなんだからね!」


 ますます怪しくなってきた。


 三人は湖を離れ、木の小屋がある方に向かう。途中で、チェスが木の枝や草むらに何かを置いた。それは彼が開発した魔具らしく、追っ手が来たときに役に立つそうだ。それからしばらくすると、城の方から悲鳴が聞こえだした。チェスが両手を振って喜びを表現する。どんな魔具か気になったが、同時に知ってはいけないような気もした。


「もう少しよ」


 木の小屋を通りすぎ、さらに森の奥へと進むと岩場に出た。そこの洞窟から、穏やかな光が漏れている。誰かが火を焚いているようで、近付くにつれ話し声も聞こえてきた。


「あ、やっと来た!」


 洞窟の入り口で、金髪に碧眼の女吸血鬼が顔を出していた。ヴラドは初めて自分と同じ容姿の吸血鬼を見て驚いた。


「初めまして、わたしはセレスティア。フフ、ほんとに同じだね!」


「……ああ」


「それからこっちのじいちゃんがグレゴール。もう一人がジェイク。ラドスラフは知ってるよね?」


 ヴラドは頷いて答える。皆がヴラドをみて会釈をするが、グレゴールだけは一瞥するだけだった。


「まあ、詳しい自己紹介はおいおい各自でしてもらうとして……アナ、さっそく初めちゃう?」


 ついてすぐだが、その試練とやらがなんなのか気になって仕方がない。チェスがボクたちもイヤだと言っていたのも気になる。


「そうね、みんないい?」


 アナが見回すと、他のメンバーは軽く頷いた。それからニコリと笑っていう。


「ヴラドには、今からメンバー全員の血を飲んでもらいます!」


「はあ?」


 ヴラドは思いっきり怪訝な顔をしてアナを見た。吸血鬼にとて、同族の血を飲むことは禁忌とされている。それは明確に書き記されているわけではなく、遺伝子に刻み込まれた、嫌悪するべきことの一つだ。人間が人間を食べないのと同じように、吸血鬼は吸血鬼を食べない。


「なんの冗談だ?」


「冗談でそんなこといわないわ。あたしたちカルディアの強さの秘密は、この共食いによるものよ」


 そう言われて、わかったと納得できるものではない。しかし、ヴラドの心中とは裏腹に、事実は残酷に告げられていく。


「あたしたちは、全員の魔力を全員で共有しているの。まあ、少し取り入れる程度しかできないけれど、それだけで格段に強くなれる」


「ようするに、キミの魔力と、ボクたちの魔力を少し入れ替えて、自由に使えるようにしようってことなんだけど。今のところ、ボクたちはもとから持っていた魔力を増幅することには成功してる」


 チェスが人差し指を立てながら言う。そんなことが可能なのだろうか。それも、血を飲むだけだというから驚きだ。


「ヴラド、どれだけ悩んでくれてもいいけれど。あたしたちはこれでも忙しいのよ」


「まあ、そう急かすなよ、アナ。まともな吸血鬼ならヒトの血を飲もうなんて思わない」


 カルディアの中ではラドスラフが一番常識があるようだとヴラドは思った。それでもこの空気は異常だ。ヴラドは生唾を飲み込む。


「それで本当に力が手に入るなら……お前らの血でもなんでも飲んでやるよ!」


「フン、威勢のいいガキじゃ」


 グレゴールが鼻を鳴らす。アナは満面の笑みだ。


「それでこそ、あたしのヴラドよ!!」


「アンタのものになった覚えはない」


「口の聞き方に気を付けたまえよ若者っ!」


 ヴラドは顔を顰める。たしかにこの中では自分が一番年下だということに気付く。


「はいはい。じゃあさっそくはじめようぜ」


 ヴラドがそう言うと、チェスがそばに来た。


「ボクは綺麗好きだから、最初がいいんだよね」


 そう言ってヴラドの右腕を掴むと、突然手首に噛み付いた。


「いっつ!?」


 驚いて思わず手を引くが、小柄な割にチェスの力は強かった。ピクリとも身動きが取れないなか、右腕から魔力が流れ出すのがわかる。しばらくすると、唇から血を滴らせながら顔を上げた。相変わらずフードを目深に被っているため表情はわからない。それでも、口元がへの字に曲げられていることはわかった。


「ふむ。……なんというか、個性的な味だね」


 それだけ言うと、次は自分の腕を差し出した。


「はい、君の番。魔力はボクが出してあげるから、気にせずに飲んでね」


 ヴラドは差し出された腕をそっと掴んで、躊躇いがちに噛み付いた。口内に人間のものとは違う、生臭い味が広がる。これは確かにおいしくはない。

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