吸血鬼の覚醒
恭弥と瑠璃と学校の前でわかれて、ヴラド、紅葉の二人はまず人質の居場所がはっきりしている体育館に向かった。
到着してすぐ、紅葉は現場の状況を確認するために指揮官の刑事とその部下であろう数人の刑事と話をした。彼らはヴラドを見て一様にゾッとした表情を浮かべ、中にはあからさまに避けるものもいた。それは彼らがヴラドの正体を知っているからに他ならないのだが、ヴラドは別段気にしなかった。国家権力の力を借りているフォルトゥーナのこともある。刑事の中に、そういう事件を担当する部署でもあるのだろう。
指揮を執る刑事は中年のオヤジだった。いかにもな風貌で、着古したタバコ臭いスーツに人を値踏みするような目。その目はヴラドに向けられ、しばらく見つめると鼻を鳴らした。吸血鬼などはなから信じてはいないぞと言いたげだった。
現場の空気はピリピリと重く、その理由は校庭に鎮座する二台の戦車にあった。椋本の所属する特殊部隊も現場に待機していたのだが、戦車を相手にするにはこの場所は狭すぎる。戦闘になれば辺りの民家や、現場のまわりに群がる野次馬に被害が出るのは目に見えていた。ようは出方を考えているところだったらしい。
体育館から侵入して人質を解放し、レイラを探す旨を伝えると誰もなにも言わなかった。この状況を打開することが出来るなら、それは人外の存在に他ならないと誰もが思っていることは間違いなかった。しかし、ヴラドが魔力を使えないことを知っているのはこの場に紅葉と椋本だけだ。ヴラドが常に不敵な笑みを浮かべていたこともあり、誰もが魔力による敵陣壊滅を期待していた。だから、ヴラドが紅葉と一緒に特殊部隊用の予備の銃器を借りていったことを不思議に思った。
そこまでで十分弱の時間がかかった。やっと二人は体育館のそばまでやって来た。宮高は私立の高校らしく体育館も大きい。一階と二階に出入り口があり、二階にはフロアといくつかの更衣室や部室、シャワールームがある。そのうちの一つの窓をこじ開けて二人は建物に侵入した。
「はあ、久々に重いな」
「何がです?」
「これ」
ヴラドは腰に巻いたホルスターに提げた、二丁のハンドガンを指して言った。
「そんな銃二丁だけで音を上げないでください」
ヴラドが持っているのはドイツ製のハンドガンだ。どこの国でも見かけるような銃だが、対して紅葉が持っているのは日本の自衛隊が持っているのと同じライフルだった。さらにヴラドと同じくハンドガンを二丁と、マガジンを数本、そこにナイフまで隠し持っているのだから驚きだ。
「いや、お前がおかしいんだよ……」
「なぜです?敵は戦車を所持しているくらいなんですよ。どれだけ備えても足りないくらいだと思いますが」
確かに戦車とは驚きだった。それも突然校庭に現れたというから尚更だ。
「あの戦車、どうやってここまで運んだのでしょう?校庭に入って来るまでだれも気付かなかったと言っていましたが」
「そりゃ間違いなく魔術だろ。どんな仕組みの魔術かは知らんが」
部室が並ぶ通路を、部屋を確認しながら進む。話している間も周囲への警戒を怠らない。
「魔術ってヴラドさんが言っていた制約を覗けば、けっこう便利なんですね」
「まあな」
「私も出来るようになるでしょうか?」
紅葉が真面目な顔で言った。フォルトゥーナの中にも魔術が使えない人間のメンバーは山ほどいる。そういったメンバーは、おもに各地の連絡係や戦闘員の補助として活躍している。魔術のスキルがない紅葉は戦闘では不利になるだろう。
「それはわからん。お前に呪を唱える才能があっても、魔具によっては発動しないこともある」
「なんでです?」
「魔術師は気まぐれなんだ。魔具に込める力にもムラがあるし、そいつの癖とか……まあ、下手なヤツが下手な魔力を込めて作った魔具は扱いが難しいってことだよ」
「そうなんですか」
無表情の紅葉だが、ヴラドには少し残念そうに見えた。
部室が並ぶ通りを抜けると広いフロアに出る。そこには武装した人間が二人、ライフルを構えながら歩いている。お互い決まった動きをしているわけではなく、うろうろと時間を潰しているだけのように見えた。
二人は通路から出られずに身を隠す。
「ヴラドさん」
どうします?と言いたげな紅葉の瞳がヴラドを見た。敵二人にそれほど戦闘力があるようにも見えないが、どちらも忙しなく動き回っているせいで近付く前に気付かれてしまう。
「よし、こっからが本番だ。どうせバレるだろうから、なりふり構わず突っ込むぞ」
「わかりました」
三、二、一とカウントをとると、二人は通路から飛び出し敵目掛けて発砲。ヴラドのハンドガンは的確に一人の敵の頭を打ち抜く。紅葉ももう一人を狙いライフルを連射。相手に撃たせる隙も与えず、一瞬で死体が二つ出来上がった。その音に気付いた敵の仲間が二人、近くの階段を駆け上がってくる。ヴラドと紅葉は、すぐにそちらへ向くと真っ向から突っ込む。さすがに吸血鬼であるヴラドは経験値からか素早い身のこなしで距離を詰める。身体能力は人間と同じはずだがその動きを誰も捕らえきれない。ライフルから放たれる弾丸は、ヴラドの通った後に着弾する。
ヒッと息をのむ敵の目の前で、ヴラドはその顔面に銃口を突きつける。助けを求めるように瞳を動かすが、隣にいたはずの仲間はすでに息絶えていた。
「ヴラドさん、殺さないでください。中の様子を聞きだすチャンスです」
「クッ、この、バケモノどもめ!!」
「残念だがバケモノは俺だけだ。そしてお前がいなくても、その扉の向こうがどうなっているかぐらい俺にはわかるんだよ」
そう言ってヴラドは、突きつけた銃の引き金を引いた。パンッ、と音がして、銃弾が頭部を貫通。男の体は無様に倒れた。
「!!なんで殺したんですか!?相手は無抵抗だったじゃないですか!!」
「お前だって殺してる」
「それは武器を持って発砲して来ているからです!!」
ヴラドは何の悪気もない顔で、平然と言う。
「俺は撃たれるのはごめんだ。敵である以上殺すことに躊躇いはない」
「それは人間を、ということですか?」
「いや、人間でなくてもだ。敵意があるヤツは人間だろうと吸血鬼だろうと関係ない」
きっとそれは本当なのだろう。紅葉はそう思った。こうして自分を守り、貫いて来たからこそ彼はどの吸血鬼よりも長く生きているのだろう。誰にも心を許さず、誰にも頼らない。何百年生きたらヴラドの心がわかるのか。紅葉には想像もつかなかった。
「なんで悲しそうなんだ?」
「いえ、なんでもないです」
深呼吸をすると、紅葉は気を取り直した。今はヴラドの過去を考えている場合ではない。これが終わったらヴラドに過去の出来事でも聞いて見ようと紅葉は思った。
「それで、どうして扉の向こうのことがわかるんですか?」
「音と気配、みたいな」
ヴラドはそう言うと、階段を下りた先にある大きな両開きの扉に耳を近づける。
「そんなんで本当にわかるんですか?」
ヴラドは疑う紅葉を無視して扉の向こうの様子を伺う。歩き回る足音が四つ。人質となっている生徒たちは体育館の中央に集められているのがわかった。
「敵は四人。人質は中心に十五から二十だ」
「このまま入ると危険ですね」
踏み込んだ時点で、人質が先に殺されるのは明らかだ。すでに四人倒していることで、こちらの存在はバレているし、二対四では確実に怪我人が出る。
「上手く四人を分散させられるといいんですけど」
そしてもう一つ、紅葉たちには問題があった。
「捕まっているのは俺らのクラスの奴らなんだよな」
ヴラドが確認するように言う。突入前、椋本が言っていたのだ。出来るだけ正体がばれないようにしろ、と。フォルトゥーナの一員として、その正体が知人にバレてしまうわけにはいかない。秘密組織のため、バレるとこの学校を去らなければならないのだ。本心から救わなければと思う反面、せっかく築いてきたクラスメイトとの関係が壊れることを考えると心が痛い。
「そんな顔するな。学校なんてまたいけるだろ?」
「そうですね」
小学、中学と事情があって行けなかった紅葉にとって、初めてのこのクラスがどれだけ大切かなど、ヴラドには理解できない。
「はあ、わかった。俺がなんとかしてやる」
あまりにも悲しげな表情の紅葉を見て察したヴラドは言った。
「あっちに備品倉庫があるだろ。そこにブレーカーがある。お前は倉庫に行ってブレーカーを落とせ」
「ブレーカー、ですか?」
「ああ。暗くなればわかりにくいだろ?そこで俺が中に入る」
吸血鬼は本来夜に生きる種族だ。ある程度夜目がきくし、たとえ目を瞑っていたとしても音と気配を察知する能力もあるから、紅葉よりもいい動きが出来る自信がヴラドにはある。
「一人で四人を相手にするのは危険ではないですか?」
「問題ない。紅葉は倉庫を出たら、二階の観客席から援護してくれ。見えなければムリに撃つ必要はないからな。間違って人質に当たると困る」
「……わかりました」
納得のいかない紅葉だが、この場は従うしかないだろう。自分を思ってのことだとわかっているし、実際自分がいなくてもヴラド一人で十分敵を制圧できることもわかっている。
「じゃ、行動開始な。電気が消えたらすぐ中に入る。あ、間違っても俺を撃つなよ!」
そう言って笑うヴラドに一つ頷いて、紅葉は行動を開始した。
通路の奥に消える紅葉の背中を見送って、ヴラドはハンドガンを腰のホルスターに戻した。銃声で場所がバレると暗闇から奇襲する意味がないからだ。奇襲と言っても、堂々と正面から入ろうとしているヴラドである。どうせ隠れられる場所などないし、人質に手を出される前に四人を殺すためには迅速に行動する必要がある。
しばらくすると、ガチャン、と大きな音がして電気が消えた。ヴラドは目の前の扉を少しだけあけると隙間から中に入る。急に電気が消えたことで、四人の敵は動揺していた。
「!?」
「なんだ!?」
「敵か?」
四人の男は人質を体育館の中心に固め、そのまわりを囲む形で四方に散っている。ヴラドは静かに歩を進めると、一番近くにいた男の背後を取る。
「なっ!?」
一瞬声を上げる男の首を捻って折る。ボキ、と鈍い音がして男は絶命した。異変に気付いた他の三人はライフルを撃つが、まるで見当違いの場所に着弾する。ヴラドの狙い通り、男たちは暗闇のせいでヴラドの位置や動きを把握できずにいた。
「クソッ!!」
「どこだ!?」
パパパパと火を噴く銃口のおかげで、ヴラドからは相手の位置が丸わかりだ。人質の生徒たちは恐怖からか声もでないようで、一塊になったまま動かない。それはヴラドからすれば好都合だ。巻き込まずに済む。
「グアッ」
「ウワ!!」
あっという間に二人を倒し、残るは一人。
「来るなああああああッ!!!!」
連射されるライフルの弾がヴラドの右頬をかすめた。眼帯のせいで上手く避けることが出来なかったのだ。ヴラドは舌打ちをして、流れる血を腕で拭う。魔力を封じていなかったら、この程度の傷はすぐに治るのに、と思いながら相手との距離を黙視ではかる。そろそろ闇に目が慣れてくる頃だろうか。自分の姿が見られないうちにここから出なければ。
最後の男は、弾が切れたライフルを闇の中で振り回している。それをものともせずに近付くと、腰から銃を引き抜いて男の頭を打ち抜いた。
二階の客席に隠れていた紅葉は銃声に顔を上げた。暗闇に目を凝らすが、うっすらと人影が見える程度でなにもわからない。
「椋本と連絡はついたのか?」
急に後ろから話しかけられて、紅葉は内心飛び上がりそうなほど驚いた。銃撃戦の最中よりも心臓が跳ねている。
「あ、はいっ」
「……?」
四人の男を倒したヴラドは紅葉が隠れているところまで、匂いや僅かな息づかいを頼りにやって来た。驚かすつもりではなかったのだが。
「先輩の部隊がすぐに救助に来るそうです。うまくいきましたね」
倉庫に向かう途中、紅葉は椋本に携帯で連絡を取っておいた。それが聞こえていたのだろう、ヴラドの聴覚は本当に人間のそれを凌駕している。
「月島さんはいましたか?」
紅葉は答えをわかっていてきいた。
「いない。ここには生徒が十七人と歴史の教師がいただけだ」
「岸田先生ですか?」
ヴラドが頷いたのが気配でわかった。そもそもどうしてここにいたのかはわからないが、全員無事そうなので紅葉は安堵した。
「レイラは校舎の方だろう。多分これは時間稼ぎだ。俺たちが先に体育館の方にまわるとみて、校舎にトラップでも仕掛けておこうってことだな」
「……ヴラドさん、どうして頭を狙うんですか?」
唐突に紅葉が言った。さっきからヴラドが的確に容赦なく、敵の頭を撃ち抜いていることに違和感を感じていた。相手の動きを止めるなら、別にどこでもいいはずだ。
「人間なら確実に殺せるし、その他なら確実に動きを止められるだろ?死ななくても再生に時間がかかるからな。あと、心臓は狙いにくい」
「え、ヴラドさんって頭撃っても死なないんですか?」
紅葉はぎょっとした顔でヴラドを見た。なにか得体の知れないものを見たような、そんな目だ。それを見てヴラドは少し傷ついた。
「なんだよ!?そんなに引くなよ!!」
「あ、いえ、すみません」
ゴホン、と気を取り直して紅葉が今後の行動について話をはじめる。
「月島さんが校舎のどこにいるのかわからないので、必然的に後手に回ってしまいますね」
「そうだな。俺が狙いだから相当準備して来ているだろうし」
魔具を使ったトラップなどが仕掛けられているのは間違いない。そしてヴラドはともかく、紅葉はこういったものと相対するのは初めてだった。
「なんなら俺だけ行ってもいいんだぜ」
その方が味方を庇いながら進む必要がない分好都合だ。しかし紅葉は断った。
「心配は無用です。確かに私は無知ですが、私たちのせいで巻き込んでしまった月島さんを放っておくことはできません」
「だからお前のせいじゃないって言っただろ」
紅葉は首を横に振るだけでそれ以上何も言わない。暗闇の中でヴラドは唇を噛む紅葉の顔を見たが、黙っていることにした。
そうしていると体育館の電気が復旧した。同時に椋本の部隊が室内へと入って来る。それを見た人質たちは安堵の表情を浮かべる。部隊の誘導に従い避難を始めた。ヴラドと紅葉も隠れていた客席から離れて、バレないように二階のフロアに出る。
「こっちの渡り廊下から校舎に行きましょう。まずは一階から索敵です」
「了解」
一階に下りると、校舎側に渡り廊下がある。そこを通って校舎に侵入する。幸い校舎側の扉の鍵は開いていたのだが、そこで一つ目のトラップにまんまと引っかかる二人だった。
「あ」
「どうかしました?」
「いや、今なんか魔力を感じた」
「えっ!?」
それは単に侵入者を感知するためのものだったので、ヴラドは別段気にしなかったのだが。紅葉はヴラドを睨みつけると言う。
「しっかりしてください!!」
「悪い。あまりにも弱い魔力だったんでつい……」
「もう!!」
次からはお願いします、と言って紅葉は先へ進む。ヴラドは苦笑いを浮かべたままその後を追う。魔力を封じているヴラドには、弱い呪や魔具は感知しにくいのだった。こういう時、自分がどれだけ魔力に頼って生きて来たのか思い知らされる。
二人は静まり返る校舎を、出来るだけ音をたてないように進む。いつもなら生徒の声で騒がしい廊下も沈黙していて、なんだか違和感があった。
「ここ数日、どこに行っていたんですか?」
小さな声で紅葉が聞く。前を歩いているので表情はわからない。
「知り合いのところだ」
「私に会いたくなかったからですよね」
「まあ、そうだ」
取り繕うことのないヴラドの言葉が少し紅葉の心に刺さったが、それでもめげずに言った。
「これが終わったら、ちゃんと学校に来てください」
「だから俺はバレてしまったところに長居はしないって」
「大丈夫です。私たちが黙っていればいいんですから」
秘密なんて自分以外に知れてしまったらそれは秘密にならない。黙っているからという問題ではないのだ。
「わかっています。ここに残るのがヴラドさんにとって危険なんだってこと。だから、私があなたを守ります!」
「は?」
突然振り向いたかと思えば、とんでもないことを言ってのけた。人間の女の子が、吸血鬼を守る。そんな喜劇今まで聞いたこともない。しかもその吸血鬼は、誰もが名を聞いただけで恐れを成して逃げるような、そんな吸血鬼だ。
「お前、本当にアホだな」
「なんと言われようと私は本気です」
その時、背後からサブマシンガンを持った敵が近付いてきた。二人は無駄口を叩くのをやめて、とっさに走る。前方に階段があり、その陰に飛び込む。その後ろを弾丸が通過していく。
「はあ、はあ」
「ふう、なかなかにスリルがあるな」
「悠長なこと言ってないで応戦してください!」
ヴラドは柱の陰から覗くが、敵が撃ってくる様子はない。どうも殺す気はないようだ。
「これは上に行けってことじゃないか?」
「そのようですね……」
「確実に罠だな」
二人は階段の上をみる。そこは中央階段で、四階建ての校舎で唯一屋上まで上がれるようになっている。このままじっとしているわけにはいかない。二人はさらに警戒しながら二階まであがる。
「ここも静かですね」
「ああ」
ヴラドは二階の廊下に出ようと一歩踏み出す。すると、予想した通り廊下の向こうからサブマシンガンで狙撃される。パパパパ、と短い連射音がして武装した敵が壁越しにいるのがわかる。反対側の廊下も同じだった。
「やっぱり上に行くしかないようです」
「魔術によるトラップもないようだ」
あれだけ警戒していたのにと少し拍子抜けする。二人は顔を見合わせ、紅葉を先頭に一気に屋上まで階段を上がった。
屋上には普段は入れないように鍵がかかっている。が、その扉は当然のように開いている。
「っ、月島さん!!」
その扉の向こう屋上の中心辺りにレイラが縛られた状態で横たえられていた。紅葉に気付いた彼女は必死に上体を起こし何か叫んでいる。
「月島さん。今助けます!!」
「ダメ!!来ちゃダメよ!!」
レイラの言葉が耳に入っているのかいないのか、紅葉は扉の外へ走り出した。ヴラドはそんな紅葉を追いかけるが、途中でキラリと光るものが目に入った。それはヴラドに取って見覚えのある光だ。
「紅葉ッ!!」
「えっ」
紅葉はヴラドに後ろから押し倒される形で、前のめりに倒れる。急に何が起こったのか理解するのに時間がかかった。
「ヴラドさん……?」
「ハッ、お前、油断してんじゃねえよ……」
ガハっと、その口から大量の血液が吹き出す。背中から銃弾が貫通していた。幸い心臓には当たらなかったようだが、肺を突き破ったのか徐々に呼気が弱くなっていく。
「そんな!!」
頭上のヘリの中に敵の仲間がいたのだろう。狙撃銃による大口径の弾丸だが、即死を免れたのはヴラドが吸血鬼だからだろう。頑丈さは人間の比ではない。それでも修復されないのはやはり魔力が封じられてるからか。ヒュウヒュウと漏れる息の合間にヴラドが言う。
「逃げ……ろ……」
その場に膨大な魔力感じ取れる。これでは紅葉に勝ち目などないだろう。そう判断しての言葉だが、魔力を感知することが出来ない紅葉にヴラドの意図は通じない。
「出来ませんっ!ヴラドさんと月島さんはどうなるんです!?」
「おっと、久しぶりの再会だが……その様じゃもう口もきけんな」
いつの間にかレイラの横に男が立っていた。その男は不敵に笑いながら、憎悪に溢れた目でヴラドを見る。
「……お、まえ」
「ヴラドさん、もう話さないでください!死んじゃいますよ!」
紅葉がヴラドの胸の銃創を両手で押さえながら言った。血は止まることなく溢れ続ける。
「この薄汚い吸血鬼め!よくもあの時私を殺してくれたな!お前さえいなければ、聖女の涙を使った我々の計画は上手くいっていたのだ!お前と、あのエドワードとか言うバケモノに魂を売った男さえいなければな!!」
「あなたは二百年前の……?」
「そうだ。そこに無様に倒れている吸血鬼に殺されたマルズだ」
「ヘッ、……悪い、が……っ覚えて、ないな」
瀕死の状態にも関わらず、ヴラドはバカにするように言った。ヴラドにとっては本当に名前すら知らない相手だったのだが、その態度がマルズを怒らせた。
「……貴様ッ、あの時私は貴様に心臓を抉り潰され死んだ。全てを失った!だがな、私は蘇ったのだ!あのお方の力で、私は新しい体を手に入れた!お前に復讐するためにな!!」
「あのお方……?」
「フン、それはこれから死ぬお前たちには関係ない」
マルズが一瞬で目の前から消える。次に現れた時、紅葉はマルズの蹴りをくらい吹き飛んだ。その動きはとても人間に捕らえきれるものではなかった。
「うぐっ」
かろうじて受け身をとるが、それでもかなりの衝撃が紅葉を襲った。
「あの時は失敗に終わったが、今度はそうはいかない。お前たちは人類の異物でしかないのだ。テロは序章にすぎない。そして貴様を殺し、最後のカルディアは消え、私の復讐は終わる。そして世界は平和になる!!」
そう言うと、血溜まりに倒れるヴラドの首筋を掴んで持ち上げる。宙吊りにされ、ヴラドはさらに呼吸が出来なくなる。
「そうだ。貴様を殺す前に、あの女を殺す。エドワードの養子なのだろう?本人を殺す前に、多少なりとも苦痛を与えることが出来るだろう」
紅葉は腰からハンドガンを引き抜くと、マルズに銃口を向ける。
「ヴラドさんを離せ!!」
「銃で私に勝てるか?お前は残念な子どもだな。こんな最悪の吸血鬼のそばにいながら、魔力を感知することも出来ない。ただ無力なだけだ」
紅葉がトリガーを引く。放たれた銃弾は、マルズに届く前に全て地に落ちる。
「くれ、は……やめろっ」
「そうだ。やめておけ。抵抗しなければ楽に死なせてやる」
「嫌です。私は諦めません。あなたの世界平和は歪んでいます!」
弾の切れた銃を投げ捨て、今度はサバイバルナイフを取り出す。こんなナイフ一本では勝てない。それは紅葉にもわかっている。しかし、諦めるわけにはいかない。
「どういうことだ?」
「世界平和は、全ての種族が平等に平和でなければ意味がありません!人間以外を殺してしまうあなたたちは世界の敵です!」
「黙れ!!綺麗ごとだ!私の率いる組織”ラッヘ”は皆はこの悪魔に家族や大切な人を殺された。だから魔術師になった!才能のなかったものは武力で復讐を遂げる!こんな思いをする人間が増えないために、我々は人間を捨てたのだ!!」
テロ事件の動機は復讐だった。その問題はなん百年経とうと尽きることはない。吸血鬼や人狼は人間を補食し、悪魔や天使、妖精たちは人間の心に寄生する。その結果精神を病むのは、被害にあったものだけではない。まわりの人間は復讐を考えるだろう。マルズはそこにつけ込んだのだ。世界平和を謳っているが、それはただの口実に過ぎなかった。全てはヴラドへの復讐から始まった。
「あなたはそうやって人間を利用しています。あなたこそ世界平和の妨げです!」
紅葉はサバイバルナイフを正面に構え、マルズに向かって走り出す。ヴラドにはそれを止める気力はもうなかった。
「黙って死ね!!」
激高するマルズが手を振った。そこから風が生まれ、勢いを増して小さな竜巻を作る。紅葉は避けきることが出来ずに竜巻に巻き込まれ、衝撃で後方の壁に叩き付けられた。
「ガハッ」
血を吐いて崩れ落ちる紅葉を、ヴラドは成す術もなく見ていることしか出来ない。心の底から沸き起こる怒りも、昔のように魔力に引火してはくれない。中途半端に頑丈な体、長く生きて痛みに慣れてしまったせいで、なかなか意識を失うこともできない。だらだらと血が流れ、このままでは本当に死ぬかもしれない。
「さて、ヴラド・シルヴェストリ。魔力が使えないというのは本当だったようだな。無力な貴様のせいで、あの女は死ぬ。よく見ておけ」
自分が無力だから、紅葉が死ぬ。いや、それは違う。自分はちゃんと注意したはずだ。紅葉は自分の身は自分で守れると言ったんだ。だからおとなしく紅葉に従った。庇ってもやった。なのにこんなあっさり死ぬとは。
死ぬ。自分もこのままでは殺されるだろう。それとも先に失血死しそうだ。笑える。魔力を封じて七十年も耐えて来たのに、こんなことで死んでいいのか?
そんなくだらないことがヴラドの脳裏を過る。
ふと、いつかの記憶が蘇った。誰かがヴラドに”生きて”と囁いている。確かに記憶しているのに、初めて見るような不思議な感覚がする。
「”地獄の門を守る古の黒い悪魔よ、我に応えよ”!!」
屋上に黒い霧が立ちこめる。空間が歪んでそこから獣のうめき声と、嫌な匂いが漂う。
「お、まえ……魔力が……」
「そうだ。もとはただの人間だった。貴様に殺されるまではな。あの方が新しい体とともに魔力も授けてくれたのだよ。魔力を封じた貴様に、私を倒すことはできない。わかったらおとなしくしていろ」
マルズに呼び出された三つの頭を持つその生き物はケルベロスという。地獄の番犬と言われるあの生き物だ。もっとも竜の尾とヘビの鱗は誇張のようで、三つの頭をもつ黒い犬だが。
「ケルベロス、その女を殺せ!」
ガルルルルル、と三つの頭が同時に唸る。このままでは紅葉は確実に食殺される。地獄の番犬の名は伊達ではないのだ。しかし、ヴラドは動けない。もはや目を開けていることも億劫だった。
その時、またも脳内で声がした。
”ヴラド、生きてね。あたしの分まで”
ヴラドの記憶が勝手に再生される。この声はアナスタシアだ。そしてこの場所は七十年前の、あの場所だ。
”ヴラドがちゃんと生きられるように、あたしがずっとついててあげるつもりだったんだけど……できそうにないから”
かけつけた時、アナスタシアはもう助からないとヴラドは理解した。だから、静かにその最後の言葉を聞いた。
”だから……だからあたしの力をあげるね。ちゃんと生きて、いつか守るものが出来た時、この力で助けてあげて”
”そんな日が来るまで、あなたの力は没収よ。あたしがあなたにしてあげられる、最後の試練よ”
フワッと空気が揺れた。それはヴラドを中心に屋上に広がる。今にも紅葉に噛み付こうとしていたケルベロスはその変化を敏感に感じ取り、どこか不安げに動きを止める。
「なんだ……?」
あまりにも異様な雰囲気に、マルズは思わずヴラドを掴んでいた手を離す。ドサッ、と地面に力なく横たわるヴラド。
「どうなっている!?魔力は封じられているはずじゃ……!?」
「……っ!!」
紅葉も痛む体を必死に起こしてヴラドを見た。死んでいると言われてもおかしくないほどの血溜まりが、彼のまわりに出来ているが、この得体の知れない力は確かにヴラドから感じる。魔力を感知することが出来ない紅葉やレイラだが、それでも身を震わせた。
「フ、フフ……フハハハハハッ」
突然、不気味な笑い声が響いた。声の主はヴラドだ。
「そうか……俺は自分で力を封じてたと思っていたが……あの女、マジで冗談キツいぜ」
「き、貴様っ!!その魔力は……!?」
さっきまで意識もはっきりしないほど衰弱していたはずのヴラドが、ゆっくり立上がった。
立上がったヴラドには、確かに魔力が戻っていた。




