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メランコリック・ヴァンパイア  作者: しーやん
第一章 目覚め編
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吸血鬼の苦悩

 久しぶりにブラドは自分の部屋で目を覚ました。時刻は午後二時。欠伸を一つして、ベッドから降りる。


 昨晩帰宅すると、ポストにメモ紙が数枚入っていてそのどれもが紅葉からの小言だった。”学校に来てください”一番多いが、”携帯は見ていますか?”と書いてあるものもあって、それを見て初めて携帯の存在を思い出した。ヴラドは正直この携帯というものに慣れていないのだ。僅か二十年ほどで瞬く間に発展を遂げたこの機械は、なかなかに使いこなすのが難しく、持ち運ぶことを忘れてしまう。一応持ってはいても、サイドテーブルで置物と化していた。


 部屋に入って携帯を確認しようと手に取った瞬間電話が鳴りだした。通話ボタンを押す。


『もしもーし!純平、全然学校来ないから死んだかと思ってたぜ!!』


 とんでもなくぶしつけな言葉を発したのは他でもない恭弥だ。本当に死にそうな目にあっていたから尚更腹が立つ。


「……じゃ」


『え!?切らないでっ!?』


 電話の向こうで悲しげな声がする。


「何のようだ?」


『友達にそんな言い方はないだろ。てか、どうしたんだ?学校来いよ』


「あー、まあ、その内な」


 ヴラドは適当に返すと一方的に通話を終了した。それからしばらく携帯が鳴り続けたが、ヴラドは一切出なかった。


 そして今に至るのだが、そんな会話をしたにもかかわらずヴラドは学校に行く気などこれっぽっちもなかった。


 今日中にこのアパートを出るつもりで荷造りをする。といってもほとんど荷物はないし、すぐに終わってしまった。


ドンドンドン!!


 突然部屋の扉を叩く音がした。耳を澄ますと人数は三人で、急いでいるのか息が荒い。


「おい!純平、あけろ!」


 ヴラドが不機嫌な顔で扉を開ける。扉を叩いていたのは恭弥だった。その後ろには瑠璃と、そして相変わらず無表情の紅葉もいた。学校を抜け出して来たのか、三人とも制服姿だ。


「なんだ?」


「レイラ知らないか!?」


「知らん」


 それだけ言うと扉を閉めようとする。


「待ってください!!」


 閉まりそうな扉の間に足を挟み阻止すると、紅葉がヴラドの腕を掴んだ。そのままの勢いでまくしたてる。


「月島さんが誘拐されました!例のテロ組織の犯行だと思われます!ヴラドさんにも責任があります!昨日二人で並んで歩いていましたよね!?」


 ヴラドは一瞬言葉に詰まった。どうしてこう自分の情報が筒抜けなのだろうか。


「え、紅葉ちゃん……?」


「……どういうこと?」


 恭弥も瑠璃も知らなかったようだった。


「皆さんにはお話していませんでしたが、私は特別な事情で警察などから情報をいただける立場にいます。今日の朝、月島さんが誘拐されたと情報がありました。月島さんの足取りを昨晩から調べると、ヴラドさんといるところが目撃されていました。何を話したんですか?」


「俺は何も言ってない。というか知らないフリをしていろと言った」


「それはヴラドさんの正体を知っているということですよね?」


「……」


 二人の会話の意味がまったくわからない恭弥と瑠璃が、あっけにとられた顔のまま立ち尽くす。


「逃げるつもりだったんですね。私のせいですか」


 それは質問と言うより確認だった。もし自分がヴラドにしつこく付きまとわなければ、テロにも巻き込まず、ヴラドが怪我をすることもなかった。そのまま平和な学校生活を続けていれば、レイラはヴラドの正体をしらず結果誘拐されることもなかったのではないか。そんな思いが紅葉の心を蝕んでいた。


「……お前のせいじゃないよ。アイツは最初から俺のことを知っていた。昨日言われるまですっかり忘れていたが、俺はアイツが小さい頃にあってるんだ。仔猫を助けようとして川に落ちたところを俺が助けた」


 恭弥と瑠璃が驚いて声を上げる。


「お、王子サマってお前のことか!?」


「そんなことありえない。だって……十年前の話よ」


 あれだけレイラが話していた相手が、自分たちと同じ学校に通っていた。それはにわかには信じられないことだった。


「はあ。まあもう隠す隠さないなんてどうでもいいから言うけど。俺は吸血鬼だ。十年前どころか千年前くらいから外見に変化はない」


「「……」」


 恭弥も瑠璃も言葉を失う。少し顔色も悪いような気がする。そこにヴラドがさらに言募る。


「本名はヴラド。日光もニンニクも聖水も教会も平気だが正真正銘吸血鬼だ」


「ははは。マジかよ……なんか変わったヤツだなとは思ってたけどな」


 恭弥が引き攣った笑いをして言った。


「悪かったな変わってて」


「それで?紅葉ちゃんは知ってて一緒にいたんだな?」


 紅葉は頷いてから言った。


「私が所属している組織には、ヴラドさんのような方がたくさんいます」


「え!?たくさんいるの?」


 恭弥は驚きの声を上げる。それは当然の反応だろう。今まで都市伝説だと思っていた生き物が、実は身の回りにいると知ったのだ。


「……それとレイラの誘拐、どう関係があるの?」


 瑠璃が真剣な顔で聞く。最初こそ驚いたようだったが、彼女の中ではクラスメイトが実は吸血鬼でした、ということよりも、レイラの安否の方が気になるようだった。意外と肝が据わっているのか、そもそも信じていないのかはヴラドには判断がつかなかった。


「それは……」


 紅葉はこの間起こった駅前の商業ビルで起こったテロ事件からいままでにあったことを二人に話した。必然的に、今国内で起こっている連続テロ事件や、そういった事件に対抗する自分の組織についても軽くだが話すことになった。


「だから二人とも学校に来なかったのか。純平の眼帯もそのせいなんだな?」


「まあな。見えないだけで不便なことはないが、慣れるまで大変だった」


 これは嘘ではない。学校など二度と行かないつもりだったとは言わなかった。


「じゃあ、そのテロ組織が狙っているのは、その、吸血鬼みたいな存在で、純平をおびき出すためにレイラが誘拐されたってことか?」


 恭弥は難しい顔をして言った。ヴラドをどう扱ったらいいのか、はかりかねているようだ。


「そういうことだと思います」


 紅葉はヴラドの目を真っすぐに見ながら答えた。


「なんだ?だから俺にのこのこ出て行けというのか?」


「ッ!?そんなことは言ってません!!どうしていつもそうやって捻くれた言い方をするんですか!?」


「捻くれた?違うだろ?お前らこそ素直に頼めばいい。”レイラを助けるために犠牲になってください”ってな」


 紅葉は言葉に詰まった。紅葉はただ、ヴラドの力を借りたいだけだった。たとえ魔力が使えなくても、自分を助けてくれたのは他でもないヴラド自身だ。何か出来ることがあるはずだ。それをどうすればヴラドに伝えられるのだろうか。


「……違うぜ、純平」


 そこで口を開いたのは恭弥だ。


「何が違う?お前達は人間で、人間というのはどこまでも利己的だ。常に自分以外の誰かが犠牲になればいいと思っているだろう。特に、俺のようにお前達と違う存在がどうなろうが知らん顔をする。だがな、俺らだってお前ら人間の一人や二人、どうなろうが関係ない」


 冷たく言い放つヴラドに恭弥も負けじと言い返す。


「だから違うって!!オレはお前が吸血鬼とか、何百年生きてようが関係ねえよ!!まだ数ヶ月しか経ってないけど、オレはお前に友達として頼んでんだ!!一緒にレイラを探してくれってな!!」


「……」


「人間だからなんなんだ?他と違う人間だって山ほどいるだろ。同じことじゃねえのか?オレらからすればお前はただの友達だ!!」


 ヴラドは険しい顔で恭弥を見る。恭弥も見つめ返した。


「……あたしも、友達じゃなかったら、こんなに必死に頼まない。純平くんがどんな生き物だって、利用しようと思ってる訳じゃない。純平くんも、レイラも大事な友達だから」


 瑠璃も恭弥と同じ目をして言った。


「ヴラドさんは無力なんかじゃないです。私を助けてくれました。どうせどこかに逃げるつもりだったんですよね?だったらその前に月島さんを探すのを手伝ってください」


 ヴラドは考えた。こうして情に訴えて、利用しようとしてきた人間はたくさんいた。そうした人間を、ヴラドは容赦なく葬って来た。今回だって同じだ。裏切られそうになったら殺せばいい。少しだけ手伝ってやって、隙をみて逃げてもいい。一緒に行かなければ、三人は意地でもここを動かないだろうし。


「……わかった。それにしてもただの友達って……大事なのかそうじゃないのかわからんな」


「あ、いや、そりゃもちろんいい意味でだ!あとな、実を言えばテロのあった土曜日、オレ、見ちゃったんだ。紅葉ちゃんがあのビルから出てくるところ」


「え?」


 紅葉は目を丸くする。まさか見られてるなんて思いもしなかった。


「担架について救急車に乗ったとこまで見てた。運ばれたの、純平なんだな?」


 ヴラドの眼帯は、きっとその時に負った怪我が原因だろう。


「そうです。私が無理をしてしまって……」


「そんなことはどうでもいいだろ。で、俺は何をすればいい?言っておくが魔力のない吸血鬼ほど役に立たないものはないぞ」


「なあ、魔力って何だ?」


 恭弥がそこで初めて疑問を口にした。確かに、吸血鬼の伝承や都市伝説では人知を超えた力を持つとしか書かれていないことが多い。恭弥の疑問はもっともだ。ふと思いついたのかさらに続ける。


「コウモリになって飛んだり煙になって消えたり出来るのか!?」


 目を輝かせる恭弥に、ヴラドは溜息をつく。


「はあ?アニメの見過ぎじゃね?んなこと出来るわけねえだろ」


「そんなことより、レイラの居場所を考えて。何か心当たりはない?」


 瑠璃が恐い顔をしながら言った。その時、紅葉の携帯が鳴った。紅葉が通話ボタンを押すと、向こう側で男の声がした。


「先輩!何かわかったんですか!?」


 ヴラドは聴覚に意識を集中させてその会話を聞く。


『月島レイラは宮島大付属高校に立てこもったらしい。お前の学校だな?』


「そうです。他の生徒はどうなったんですか?」


『ほとんど避難できたが、一部生徒と教師が体育館に閉じ込められている』


 恭弥と瑠璃は、不安な表情を浮かべて電話が終わるのを待っている。ヴラドは話が聞こえているので、一人溜息をこぼした。よりにもよって白昼の高校に立てこもるなど、余程なりふり構わない集団のようだ。それは今までのテロ行為からも用意に想像がつくことだったが。


「そんな!!今から向かいます!」


『いや、ヴラド・シルヴェストリの部屋にいるんだろう?』


「はい」


『もう近くまで来ている。すぐに降りてこい』


 そう言って通話が切られたと同時にアパートの前に車が止まる音がした。自分の部屋の情報がどんどん漏れていることに、ヴラドはまた溜息をつく。プライバシーなどあったものではない。


「で、宮高に行くので間違いないな?」


「聞いてたんですか?」


「俺の聴覚は吸血鬼並みなんだよ」


 冗談を言ったら紅葉に睨まれてしまった。ヴラドは肩を竦めてみせる。


「宮高……?なにかあったのか?」


 恭弥が声を上げる。


「月島さんを誘拐した犯人グループが、彼女を連れて学校に立てこもったようです。私の先輩が迎えに来てくれていますので、今から学校に行きます」


 アパートを出て車に乗り込むと、椋本がヴラドを見て言った。


「てっきり来ないと思っていた」


「なんなら今から降りようか?」


 椋本は何も言わずに運転に集中した。車はアパートを離れ、学校へ向かって走り出す。二列ある後部座席にどっかりと腰を下ろすヴラドと、対照的に紅葉たち三人は緊張しているようだった。


「なあ、椋本とか言う人間。立てこもり犯は何人いる?」


「……確認できているのは二十人弱。大型重火器を所持している、とのことだ」


「問題は魔具ですね。聖女の涙のようなものをたくさん所持していると考えた方がいいでしょう」


 もう一度聖女の涙を喰らうのはごめんだと思うヴラドだった。つぎ喰らえば死ぬかもしれない。


「あのー、魔具ってなんですか?」


 さっきテロのことを話したときに聖女の涙のことは伝えたが、そういうものが他にも存在するということは言っていなかった。


「魔術師が作ったろくでもないものだ。俺らと対抗するために作られたものが多いから、人間に作用するものは少ない。が、物理的な力を持った魔具がたまにある」


「物理的?」


 今度は紅葉が質問した。それにヴラドは意外な顔をする。てっきりなんでも知っていると思っていたからだ。


「知らないのか?」


「そ、そんな顔でみないでください!!私は今勉強中なんですよ」


「苦手なのは学校の勉強だけじゃないんだな」


 紅葉は顔を赤くした。学校での紅葉は決して出来る方ではなかった。体術や武器の扱いは人一倍上手いのだが、勉強だけは苦手意識がある。


「ヴラドさんみたいに人生に空き時間がたくさんあるわけではないんです。得手不得手があることは当然なんです!」


「ああそう」


「笑ってないで教えてください!!」


 椋本は運転しながら後部座席の会話を聞いて安心していた。ヴラドが病院を出てから、紅葉に元気がないのは誰の目にも明らかだった。だから、いつも通りの紅葉に戻っていることが嬉しかった。今でこそ立場は先輩と後輩だったが、それ以前に椋本と紅葉はエドワードの養子として育った兄弟も同然だと思っているからだ。


 学校までは後少しだ。椋本は、どうか紅葉が無事で帰れますように、と誰にともなく願っていた。


「だから、魔具の形状で見極めて回避するしかないんだって。いいか?」


「いえ、全くわかりません」


「……相楽さんって、見た目は真面目そうなのにね」


 ヴラドと紅葉のやり取りを聞いていた瑠璃が恭弥に言った。


「まあ、オレといい勝負だ。多分」


「……」


 車が静かに停車した。椋本が後部座席に向かって言い放つ。


「着いたぞ。どうする気か知らないが健闘を祈る」


 ヴラドたちは車を降りて学校の方を見た。警察車両や救急車に消防車まで勢揃いで、しかも報道だろうか数機のヘリまで飛んでいる。ヴラドたちは知らなかったが、この時間に放送されているテレビ番組で、事件の様子が生中継されていたのだ。


「ヴラドさん、どうしますか?」


 ここに来てまで、紅葉はヴラドが本当に手伝ってくれるのか心配していた。が、ヴラドはさっきまで確かに逃げるつもりでいたことなどすっかり忘れていて。ついうっかり言ってしまった。


「お前に従うよ」


「では……」


 紅葉はヴラドに向かって宣言した。


「体育館に捕らえられている人たちから解放しにいきます。潜入ミッションで開始です」

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