幸運の神の加護
神官の長い独白ですがかなり真面目な内容なので、できれば読んでいただきたいです。
洗礼の儀式のあとでアルト、メア、セリスの三人の家族が集まって食事会を開いた。
加護なしとなったベイオンは泣きながら神殿を出てしまい、それを追いかけた両親たちを気の毒そうな表情で三人の家族は見送った。
「ベイオン……」
「ちょっとかわいそう」
「バチが当たったのよ」
三人の友人たちは少年の姿を見送りながら、そんな言葉を口にしていた。
「よかったな」とセリスの父親が娘に近づいて声をかけた。
「はい、父さん」
セリスは本心からそう思っている様子だ。
彼女の父親は娘の大事な日のために、近衛の仕事を休みにしてもらっていた。
生命の神の加護を与えられたメアレーズも家族から祝福されていたが、その加護がどういった力を持っているのかはまだわからない。
それはセリスもアルトも同じだった。
「そのうちどんな能力を授かったか、おのずとわかるものだ。だが、授かった加護を調べることもできる」
セリスの父はそう説明し、三人の子供たちに安心するように言った。
だがそんな彼の表情も、アルトに対しては複雑なものになっていた。
なぜならたとえ幸運の神の加護であっても、七色に光るようなことは滅多にないからだ。
洗礼の儀式を終えたあとで老齢の神官が話したことからも、アルトに起きた現象がまれなものであるのは明らかだった。
* * * * *
「よいですか。加護を得られた人も得られなかった人も、どちらも神は見守っています。人は多くの苦悩を抱え、災難や不幸に見舞われるものです。それに耐えながら生きなければなりません。
加護の力によって人生を幸福にできる人もいれば、逆に加護の力によって不幸になった人もいます。
……今回の洗礼式ではめずらしいことが起きました。私個人の話をすこしさせてください。それは私が神官になることを選択させる、大きなきっかけを与えてくれた出来事でした。
私が十歳になったとき、今回のような虹色の輝きを見ました。
私のあとに洗礼を受けた少年がその光をまとい、加護を与えられたのです。そのときは神グライクの加護を授けられていました。
私はあのとき、あの洗礼の現象を目撃したときに、もう一度あの光を見たいと想いつづけてきました。
ところが私は神官になって十年、二十年と経つにつれ、そのことを忘れていくようになりました。
ところが今回、あの光を目の当たりにしたことで、私は一つの結論を得ました。それは欲するほどに遠ざかり、忘れてしまうようなものは、人生には実は大切ではなかったということです。
私は誠実な神官ではなかったかもしれません。『民衆の良き隣人であるように』という神官のあり方を実践していた私は、神に対してより人に対して誠実であろうとしました。そんな私は神官であるよりもきっと、なんらかの職人になったほうが良かったのです。
あの日、若かりしときに見た光景に心奪われ、授けられたグライクの加護には見向きもせず、私は神官職になるよう神学に没頭しました。
あの輝きを与えられた少年に嫉妬した私は、同じグライクの加護を与えられたにもかかわらず、それを捨てて神官になったのです。
けどそれが間違っていたとは思いません。
私がいままで忘れていた想いを、今日ここで取り戻すことができました。それは私にとっても、祝福を与えられた気持ちになったのです。
あの若き日の努力と情熱。それらが結実した結果が、この日の光景として蘇ってきたかのようでした。
それはいままで蔑ろにしていた神から『おまえを赦す』と、お声をいただいたような気持ちでした。
私は神に対しては誠実ではなかったかもしれません。しかし人に対しては、私は誠実でありつづけていたと信じています」
年老いた神官はそう言うと、一筋の涙を流した。




