アンデムの誤算
森の近くまで来た荷車は、街道をはさんだ場所にある木のそばに置かれた。騎竜馬を木につないだ教官は一人で森に入って行く前に、子供たちに簡単な指示を与えて、森の左右を見張るよう告げた。
「いいな? 黒蟲が森から出て来たら笛を吹け、すぐに我々がかけつける」
セリスとアンデムが頷くのを見届けて教官は森に入って行った。
アンデムとその友人の二人組みは森の左側を。森の右側をセリスたちが見張ることになった。
森の角に位置するところから二手に分かれ、森の音に注意を向ける子供たち。森のずっと奥で傭兵たちが黒蟲を探しているのか、あたりは静まり返っている。ときおり強い風が吹いて、木々をざわつかせるくらいの物音しか聴こえない。
「傭兵の人たちは森の奥で戦っているのかな?」
「戦っているとは限らないんじゃない? たぶんほとんどの人は黒蟲を察している最中なんだと思うわ」
そんなふうに言葉を交わしながら緊張した様子で見張りをつづけていると、メアが何かに気がついた。
「ねぇ、いま、声が聴こえなかったぁ?」
「え? そうかな……何も聴こえなかったけど」
「私も聴こえなかったわ。どんな声だった?」
「うん、驚いたようなぁ、悲鳴のようなぁ」
ちょっとした沈黙が訪れると、セリスは不意に駆けだした。
「あのバカ!」そんな言葉を口にして。
二人はセリスのあとを追いかけた。重い剣や防具を着けて走るのは思いのほかむずかしかったようで、アルトは危うく転びかけた。
森の角を曲がると、遠くでアンデムひとりだけが剣を抜いて、森のほうをにらんでいるのが見えた。
すると森の中から黒い何かが飛び出した。
それは四本脚に大きな腕をもった黒蟲で、振り上げた腕をアンデムに振り下ろした。アンデムはなんとかその攻撃を避け、街道の端まで下がって距離をとる。
「ピィイイイィィ──!」
走りながらセリスが笛を吹き鳴らす。その音は遠くまで鋭く届くような高い音をひびかせたが、黒蟲はその音にはまったく反応せず、アンデムに襲いかかろうとしていた。
「はぁっ!」
少年が空裂斬で攻撃すると、黒蟲はその斬撃を大きな腕を盾のようにして受け止めた。その攻撃では黒蟲にダメージを与えることはできなかったようだ。
「そっ、そんな!」
渾身の力で放った攻撃だったが、黒蟲の硬い甲殻は少年の攻撃にはびくともしなかった。
「うぎゃっ!」
くるりと回転した黒蟲の脚がなぎはらわれ、アンデムは弾き飛ばされた。なんとか防御姿勢はとったものの街道の上を転がり、セリスたちが駆け寄って行った先にごろごろと転がってきた。
「いっ、いってぇ……」
腕に大きなすり傷を作ったがどうやら無事の様子だ。
「ったく、何やってるのよ。お仲間はどうしたの?」
セリスが言うとアンデムはよろよろと立ち上がりながら、町のほうを指さす。
「あっちに逃げてった。あいつ、黒蟲の姿を見た瞬間逃げだしやがった」
セリスは小声で「ご愁傷さま」とつぶやきながら剣をかまえた。
街道の先から黒い怪物が迫って来ていた。
それは四本脚のしっぽの無いサソリを思わせる姿をしており、平べったい胴体の前方からハサミをもった腕を左右に振りながら近づいて来る。
小さな頭が前方にあるが、胴体に比べて遥かに小さく、全長は三メートル近くあるだろう。
しかし右腕にあたる部分が欠落していて、どうやら傭兵との戦いで腕を斬り落とされ、逃げてきたらしかった。
「あなたは下がっていなさい」
「なんだって? おれも戦うぞ!」
「私たちの連携を邪魔されたくないの。これ以上恥をさらす前に従いなさい。傭兵を目指すのなら自分の実力くらいしっかり把握しておくことね」
セリスの痛烈な言葉を受け、アンデムはなおも反論しようと口を開きかけたが、なんとか抑えたようだ。
すでに三人の幼なじみたちは迫って来る黒蟲を迎え撃とうとしており、そこに少年の入り込む余地はなかった。
ぜんぜん描写されてないけれど、前話の最後でアンデムたちがないしょ話していたのは「黒蟲が現れても笛を吹かず、おれたちだけで倒そう」とかいうことだった。
んで、今回それがどうなったかというと……相棒は恐怖から逃げ出してしまった。といった感じ。




