英雄的傭兵の話
戦闘訓練がひと区切りつくと、ギルド長は仕事に戻って行った。
休憩になると少年少女は、それぞれの仲間のところに行き、さまざまな話をしながら訓練の疲れを癒している。
いくつかのグループに声をかけていたウェルクが、アルトたち幼なじみのところへやって来た。
「さっきはお疲れさま」
「さすがに英雄と呼ばれるだけはありますね。参考になりました」
「いやいや」
謙遜というのではなく、本心から「英雄」と呼ばれることを望んでいない様子のウェルク。
「セリスが負けるところなんてほとんど見たことがないです」とアルトがめずらしく、見ず知らずの相手に声をかけた。
「そうだろうね、彼女は十代の強さの水準を大きく上回ってるよ。私が十代のころは、そんなに強くはなかった。たびたび同年代の女の子に負けるくらいでね」
ははは、と照れ笑いらしいものを浮かべる。
その少年がいまでは「若き英雄」と呼ばれるまでに成長したのだ。
その事実はアルトやメアにとっても、大きな希望に思えた。
「さっきあっちの子たちと話して、何か盛り上がっていましたね〜」
メアが尋ねるとウェルクは「ああ」と、どこか照れくさそうにする。
「私が英雄なんて異名が付けられているものだから、彼らが知っている英雄の名前をあげはじめてね。私にも英雄として尊敬している人はいるから、その人と比べると自分が英雄と呼ばれるのは時期尚早というか。おこがましいよ」
「ウェルクさんが英雄と思う人はどんな人ですか?」
「アッシュフェルドの英雄といえば『王国の盾ベルガンプ』が有名なんだけど。この人は大きな盾と大きな剣を手にして戦う重戦士で、もちろん尊敬できる人だけど、私とは毛色が違う種類の戦士かな。
私が尊敬する英雄的な人物は『流浪の剣豪ハシン』と『加護なしの英雄タロン』かな」
タロンの名前が出たことで、アルトはセリスのほうを見た。すると少女は得意げに頷いて「ほら、すごい人だったでしょ」とでも言いそうな顔をする。
「ハシンという人のことは聞いたことがないです」
「う──ん、実を言うと私もくわしくは知らないんだ。百年ほど前の人物らしく、うわさ話ていどのものが各地に残っていて、いま私たちが剣術と呼んでいるものの基礎を広めた人として伝わっているんだよ。まあ国やギルドによっては、その話を認めてはいないんだけど」
彼はそう説明し、ぽんと手をたたく。
「そうそう、空裂斬を最初に使ったのはハシンなのは間違いない。加護の力を引き出して、自分で編み出した技らしいよ。その記録がデシールの図書館に残っているんだ」
それを聞いたセリスは「すごい人じゃないですか」と驚きの声をあげる。
「そうだよね。けどあんまり有名じゃないんだ。『流浪の』なんて異名が付けられていることからもわかるように、いまひとつ実態のつかめない人物なのも、その名が広まらない理由のひとつなのかもね」
後世に剣術の基礎を残したのに名前が広まらないことなんてあるのかな。アルトはそんなふうに考えたが、百年ものあいだ進化していった剣術のかげで創始者の名がころころと変わり、失われてしまったのかもしれない。
「君らは好きな英雄とかいるのかい?」
ウェルクの問いにアルトとメアは顔を見合わせて首を横に振ると、セリスをじっと見つめた。
「私? 私は──そうね、英雄じゃないかもしれないけど。いま生きている人で、女剣士アリアーネスという人とは闘ってみたいと思ってる」
と、若干質問とは違った答えをする少女。
セリスがその名前を出したとたん、ウェルクの口から「うぇっ」という声がもれた。
そんな奇声をもらした若き英雄のほうを三人が見つめると、彼は気まずそうな顔をして、目をそらしたのだった。
ハシンが現在に通じる剣術の基礎を切り開いたにもかかわらずほぼ無名である理由は、旅しながら各地にある訓練場などで傭兵に技術指南をし、すぐに別の場所に行ってしまうためかも。
彼の教えを受けた傭兵が各地でさらに人に教えたため、どこから、誰から広まったかが特定できないらしい。




