ベイオンの謝罪
長霧月(九月にあたる)がはじまったころ、いつものとおりに教育部屋からアルトとメアが出て来た。──セリスも二人に付き合って参加することもあるが、彼女には専属の教育係(家庭教師)が付けられている──
そのまま二人は訓練場に向かって行き、そこでセリスと合流するのがこのところの日課だった。
勉学と訓練の毎日は子供にはつらい部分も多いだろうが、幼なじみの三人は比較的楽しく毎日をすごしていた。仲が良い三人の将来を見越しての活動であるため、それぞれが身を入れて取り組んでいた。
それに訓練が終われば、三人はその日その日の遊びをはじめ、ときには大人たちと共に町の外に出て河原で釣りをしたり、野営をして遊んだりもした。
その日は訓練場に行く前にメアの家に寄ることになった。
すると彼女の家の前でベイオンと会った。どうやら少年はずっと家の前で待っていたらしい。
「ベイオン……」
アルトは自然と険しい顔になってしまった。もう怒ってはいないはずなのに、気まずい雰囲気になってしまうのはしかたがないことだろう。三人の少年少女たちにとってあまりに複雑で、感情的な問題をふくんでいた。
「メア、アルト。ごめん、おれが悪かった!」
二人の顔を見るとベイオンはすぐに謝り、深く頭を下げた。
「おれは勘違いしてた。自分が貴族と同じような意識でいたんだ。けど、おれはあいつらとは違うんだ。おれは商人のこどもだ。なのにおまえらに──友だちに、ひどい態度をとっていたと思う。
ゆるしてほしいとは言わない。おれはこれから商人のこどもとして、ほかの町と取り引きするような商人になるために勉強するよ。だから今後、商売のことで何か協力できることがあったら、遠慮なく言ってくれ。そのときには必ず役に立ってみせるから」
彼はそう言うと頭を上げ、二人に背を向けた。
「ベイオン!」
走り出した少年の背中にアルトは声をかけた。
「商人の仕事がんばれよ!」
ベイオンは走りながら片手を上げて手を振っていた。
おそらくベイオンは知っていたのだ。幼なじみ三人が傭兵としての人生を歩もうとしているのを。彼は傭兵になるつもりはなかった。彼は商人の子供であり、商人になると心に決めていた。
神の加護を与えられなかったとき、なぜ自分には加護が与えられなかったのかと絶望したりもした。
そのあとで幼なじみ三人が、傭兵になるべく訓練に励んでいるのを耳にしたのだ。
そこで彼は、つぎのような妄想をしていた。
もし自分がなんらかの加護を得て、それで三人の幼なじみに傭兵になるよう誘われていたら、いままでどおり仲良く──とはいかないまでも、友人関係をつづけていけただろうかと。
それは無理だろうとすぐに答えが出た。
ベイオンには危険に立ち向かう勇気はなく、傭兵になる訓練に取り組む覚悟も、気概もないのは明白だった。
このままでは幼なじみに嫌われたあげく、加護のことを抜きにしても、人として置いていかれてしまう。少年はその現実に向き合うことになったのだ。
そこで少年は思い出した。商売を広げるという夢があったことを。いまある店よりももっと大きな店を、あるいはほかの町にも自分の店を作るのだと。
彼はその夢を実現するための努力をすると決めた。
いまでは彼の中には、黒魔との戦いを選択した友人たちのためにも、武器や防具を積極的に取り扱おうという考えも生まれていた。
少年はどこまでいっても商人の息子であり、性格は多少ひねくれた部分があったが、幼なじみを想う心優しい少年だったのである。
ベイオンのした妄想とは自分の心を慰めるだけのもので現実的な意味はない。ということに気づいた彼は、自分の弱さなどを見つめることができたんですね。
ベイオンは弱者ほど人を傷つけようとする、ということを貴族のガキどもから反面教師的に学んだわけです。




