セリスの誘い
「おはようアルト」
「うん、おはようセリス。──朝からどうしたの?」
「すこし出かけましょう」
と少女は意味ありげにほほ笑み、少年をドキドキさせた。
セリスは腰から短剣を下げていた。
たまにアルトは彼女の剣の稽古に付き合っていたが、そのときは木剣を使っていた。
「その短剣どうしたの?」
「ああ、これ? 洗礼の儀式のお祝いに父さんからもらったの」
彼女はそう言って、うれしそうに短剣の柄頭をとんとんと指でたたく。
十歳にしてはおとなっぽいセリスだが、もらったばかりの贈り物を自慢したかったのだろう。そんなところは少女らしかった。──贈り物が短剣というところを除けば──
少女の戦闘技能は父親から鍛え上げられたもので、彼女は本格的な戦闘訓練を基礎にした、年齢以上の技術的な強さを有していた。その実力は傭兵ギルドからも一目置かれているほどで、子供たちを訓練する教育課程の中でも群を抜いた存在感を示していた。
「ねえアルト」
少年の前を歩きながらセリスは振り向かずにしゃべりはじめた。
荷車が入れない細い道。二人は裏路地の踏み固められた土の道を歩いている。
「なぁに?」
「あなた、もう自分の加護について何か知ってるでしょう」
突然の言葉に少年は驚き、目をきょろきょろさせながら「そ、そうかもね」と虚勢を張った。
すると前を歩く少女はやはり背を向けたまま、くすくすと肩を震わせる。
「いいよ言わないでも。けどねアルト。私はこう思うの。戦いのための加護を授かった人は黒魔との戦いに臨むべきだって。それが生命の神にしろ幸運の神にしろ、黒魔との戦いに有益な加護を与えられた人は、戦えない人を黒魔の危機から守るために行動するべきなんだって」
彼女はそう言うと立ち止まり、くるりと振り返った。
「アルト、私と一緒に世界を冒険しましょうよ」
「え!?」
「十四になれば傭兵ギルドにだって入れるし、中央都市には十四になった子供が各地の神殿をめぐる『巡礼の旅』というものがあるそうよ」
「でも……」
少年が言葉を紡ごうとすると、少女は指を立てて彼を制した。
「だめよアルト。『でも、だって』そんな言葉は自分を弱くするだけ。何度も言ってるでしょう。否定の言葉を口にする前に、自分の心を強くもたなくては。自分のやりたいこと、やるべきこと。それを明確に自分にもってないと」
セリスはこうした厳しい態度を見せる反面、すぐに笑顔を見せた。彼女はかわいらしく、そしてどこか大人びた表情をして、少年に強い印象を与えた。
「アルトにはやりたいことはないの? この町を出て、各地に現れる黒獣(黒魔と同じ存在と考えられている獣)を倒したりしながら、世界を渡り歩く傭兵になったりね」
「そんな、ぼくには無理だよ」
「だから、すぐに無理とか言わない」
少女はすこし怒った顔をすると、すぐにため息を吐き、友人の頼りない部分をどうすれば変えられるのかと、思案するような顔をした。
「……まあ、いいでしょう。けど世の中には子供のころは弱かったけれど、加護の力とも関係なく、努力だけで強くなった人もいるんだから。『加護なしの英雄タロン』は黒魔を何千体も倒したという伝説の英雄なんだから」
「それはそのタロンさんだからだよ」
アルトは悪びれずにそんなことを口にして、セリスをがっかりさせた。
少年はあまり彼女の期待を裏切りたくないと考えてもいるが、見栄を張るのはもっとしたくないと考えているようだった。
それに長いあいだ一緒に行動している二人の関係では、互いの得手不得手は熟知しているものだ。いまさら格好をつけたところでしかたがないと考えているのかもしれない。
「とにかく、今日は訓練に付き合ってもらいます」
「ええ──」
ここ最近は自宅で重い物を運んだり、腕立て伏せなどをして身体を鍛えていたアルトだが。基本的な身体能力の低さを自覚していたために、あまりそうした基礎運動にも身が入らないのだった。
今日のような剣の訓練はたまにセリスの号令ではじまり、アルトとベイオンだけでなくメアも加わって、傭兵ギルドの訓練場で剣の稽古をすることがあった。
ベイオンは以前ほど彼女の訓練に付き合うこともなくなり、最近は彼女の呼びかけを無視することが増えていた。──そもそもベイオンは家業を継いで商人になると自慢げに吹聴しており、剣の腕は必要ないと考えているのである──




