第87話 リズム感
「ここは勝負どころ! じゃけえ集中、集中じゃあ……!」
5回表の真自由学園の攻撃は、先頭バッターの金盛に四球を許して送りバントを決められ、一死二塁のピンチだ。
ここで左打席に迎えるのは強打者の3番ナギータ。
前の打席では、オレのクセが見破られてたのを逆手に取って三振に仕留めたけど。それで簡単に引き下がるような相手とは思っていない。
ちなみにクセは『高めに投げる時は口がへの字、低めに投げる時はその逆』になっていたらしい。
古池監督に観察してもらって判明したので、今は意識して常にへの字にして投げている。
それにしてもいつの間に……以前はそんなクセは無かったはずなんだけど。ピッチングが進化する反作用で余計なクセが身についてしまうのだろうか。
「ナギータぁ! お前ならコイツのボール、引きつけてからでも打ち返せるがや! 慌てて振らんでええぞいや!」
2塁ランナーの金盛が激を飛ばしてるがナギータは集中してて反応はない。
それにしても金盛には言いたい放題やられっぱなしだぜ……次は絶対三振に仕留めてやる。
で、問題はナギータを打ち取れるのか。
どこから攻めるべきか……力ずくで外野に打球を運べるだけのパワーと身体の強さを持ってるからコントロールミスは許されない。
だがいつまでも悩んでいるわけにいかないので、しょーたとサインを交換してセットポジションに入る。
初球は……ここだ!
「うりゃあああっ!!」
「……」
ズバンッ!!
「……ボール!」
外角低め、惜しい。
というのは嘘で最初からボールにするつもりで外した。
金盛が虚を突いて走ってくる可能性もあったんで……3塁を取られると犠牲フライでも追加点が入ってしまう。
「やっぱピッチャービビってるぞ!」
「ここで怪物にトドメ刺してやれぇ!」
相手側スタンドが好き勝手言ってるが気にしない。こちらは目的があってやってるのだ。
「ナギータ! ここでとっておき出すよー!」
ん? 真自由学園のブラスバンドが聴いたことある曲を……これは確か人気アイドルユニット『ピンクソレルZ』のメガヒット曲。
ナギータが大ファンらしいからここで出してきたってか。球場内の雰囲気が攻撃側で一気に盛り上がって、大声援と金管楽器の空気を震わせるような演奏がオレの聴覚まで支配しそうな勢いだ。
ナギータは集中してるからかこれにも無反応……いや、微かに指先とつま先でリズムを刻んでる。
ちょっと投げにくいな……こういう場面は!
「うりゃっ!」
「おっと! 刺されてたまるかいや!」
「セーフ!」
不意打ちで2塁に牽制球を送ってリズムを変えた。もうちょっとだったのに。
そして間髪入れずに2球目をズバンッ!!
「ボール! カウント0−2!」
今度は高めというか球審の頭上くらいを目掛けて外した釣り球。これは、やや反応あり。
初球の低めはボールを追いかける様子があまり見えなかったので、やっぱり高めが狙いなんだろうな。
もちろん演技の可能性もあるけど……ナギータ独特の、重心を後ろに残して上半身が仰け反るような体勢で広角で打ち返すあの打法なら高めの方がよりパワーを発揮しやすいと思う。
というわけで次は……。
「うりゃあああっ!!」
「……まだ」
ズバンッ!!
「ストライク!」
外角低め、今度はギリギリに入れた。
まあ、ここはよほど甘いか狙い球でなければ見送るだろうと読んだ。というかセオリー通り。
次は低めでも打ってくるかもな……追い込まれる前に。
問題はナギータが引っ張るつもりか逆方向へ打ち返すつもりなのかってことだ。ランナー2塁だからセオリーとしては、無理にでも引っ張って最悪でもランナーを進塁させたいところ。
だけど次は4番の喜与間、その後は5番の柄冬と強打者が続くことを考慮すれば……。
なので4球目は内角高め。進塁打よりも得意の広角打法で打ちにくると判断した。
渾身のストレートで凡打に仕留めてやるぜ!
と、ここで相手側ブラスバンドから流れてくるのがオレでもよく知っている部分に変わった。
「待っとったけぇ〜! サビが流れてくるのをのう〜!!」
うわ、ナギータの雰囲気がガラッと変わってリズムよくバットを振り始めて……これはなんとなくヤバい!
だが右足を上げてモーションに入ってるので投げるしかない。ここから牽制に切り替えられるほど器用じゃないし、ボークを取られたら目も当てられないのだ。
ならばこちらも集中力を高めて投げ切るのみ。
軸足に溜めた力を踏み出す右足に込めて……体重を十分に乗せて左腕を振り下ろす!
「うりゃあああっ!!」
「速うて威力十分のボール……じゃけえええっ!!」
バッッコーーーンッ!!
174キロで詰まらせた……だがそれでも強引に振り切った打球音とともにレフト側へ大飛球が……!
ポールを巻きそうだが……打球は浜風に乗ってグングン伸びて……。
「ファウル!!」
「うわあああっ! 惜しい、惜しすぎる!」
「風が強すぎてどんどん切れてっちゃったよ〜」
ふい〜! 今回は風が強くて命拾いした。
それにしても本当に恐ろしいパワーだ。オレのストレートを詰まりながらあそこまで飛ばすこと自体が……!
そしてサビの部分は一旦過ぎたが、一度ノッてしまったナギータの勢いは落ちていない。目がもう完全に獲物を狙うかのような鋭さを保ってる。
もう、どこに投げても打ち返されそうだ。そしてしょーたはボール球を要求……敬遠するつもりか?
それはイヤだ。それにこのあとのバッターを考えれば、その策は裏目に出る確率の方が高いとオレは思う。
だがまだ手はある。こうなったら真っ向から広角打法を打ち破る……そしてしょーたの要求に首を振り続けて勝負に出る。
「さあ、逃げずにどこでも投げてきんさい! 今の俺はずっと頭ン中でサビが流れ続けとるんじゃけえ、リズム感バッチリでジャストミートじゃあ!」
言われなくてもそうしてやるよ。だがジャストミートは無いから……!
さり気なくプレートの位置をまたもや一塁側から三塁側へ変えて。
オレの頭にも残ってるサビのリズム……その最後の部分にフォーカスして終わりに合わせるように、完全に静止したセットポジションからスッと右足を踏み出して。
スムーズな体重移動とコンパクトなテイクバックの最短かつ力強いモーションで……サビの終わりと同時に左腕から爆発的に力を解き放つ!
「うりゃあああああっっ!!!」
「内角高めやけぇ、さっきと違ってこっちに向かってくる……それにリズム感が! じゃけえええええっっ!!!」
ズバンッッ!!!
「ストライク! バッターアウト!」
「なんだあのストレート! 175キロだけどもっと速く感じたぞ!」
「爆発的に加速したみてーだぁ!」
「ナギータでも逆方向に打ち返せないなんて!」
よっしゃ! 正直言えば一か八かだったけど、やっぱリズム感にはこっちもリズム感で対抗しないとね。
もちろんしょーたには後で『全て計算通り』と言い訳しとくけど。
さて、ツーアウト3塁……金盛に盗塁を許した状態で、あとは喜与間を打ち取りさえすれば……!
<あとがき>
読んでいただいてありがとうございます
次回更新は10月12日(月)の予定です




