第77話 当たり屋
「おい! なんしよっとか! 早うこっちにもボール回しなっせ!」
「順番ちゅうモンがあるんじゃけえ、おとなしく待っとれや! ワリャ!」
「遂に甲子園の決勝……俺ァもうワクワクが止まらんき、身体がムズムズしゆう!」
「ンだから、この独特の雰囲気がたまらんっちゃ!」
今は決勝戦の対戦相手である真自由学園の試合前練習なのだが。グラウンドにはあちらこちらの方言らしき言葉が飛び交っている。
だけど確か……と疑問に思ったのはみんなも同じらしく、しょーたが古池監督に質問してくれた。
「監督! 今の真自由学園って、廃部前と違って全国からスカウトしてないんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあなんであちこちの方言が」
「そういや説明不足だった、ゴメンね。その理由は、旧野球部OBたちの息子や孫が何人かいるからだよ」
「あー、つまり出身地に戻ったOBたちの」
「そういうこと。たぶんだけど、復活させたかったのは息子や孫を母校の野球部に入れたいっていうのもあったんだろうね」
「でも野球部専用寮は無くなったはずでは?」
「確か一般生徒用の寮は今でもあるから、そこに入ってるんじゃないかな?」
「だけど昭和平成時代に起きた部内暴力事件の元凶の一つが、閉鎖的な環境の寮だったんですよね? それじゃ結局、暴力的な体質は変わってないんじゃ」
「旧野球部の廃部後、一般寮は携わる職員の数を増やしてサポート体制も規律も強化してるらしいよ、噂では。だから以前のようなことは無いはずだけど……試合中に気になる事があったら遠慮なく言って」
うーん。改善されてるならいいんだけどさ。
さっき会った相手のリリーフエース柄冬の風貌を思い浮かべると余計そう思う。見た目で判断しちゃいけないといっても、あれはちょっと……。
しかし何も起きてないうちからどうこう言うわけにもいかず、オレたちも試合前練習をこなしているうちに気持ちを切り替えた。
そして試合前の挨拶も終わり、後攻を取った我らが5校連合チームは守備位置へと散らばっていく。
オレはもちろんマウンドへ。キャッチャーはいつも通り、しょーただ。
「オージロウ! 今日も良い感じでボール来てるぞ!」
「ヘヘっ。ちゃんと体調万全にしてるからな」
軽口を言い合いしながら投球練習をしているとスタンドからざわめきが。
「あれがオージロウか。背は低い方なのに、とんでもないボール投げやがる」
「あんな速いの打てるのかよ、ウチは?」
「いいぞオージロウ! 今日も力で抑え込んでやれ〜!」
ひええっ、すごく注目されてる。まだ8割も力を出してないんだけど……全力で投げたらどんな反応が返ってくるか楽しみだ。
だが今日は余裕ぶっていられないんだよな。
高校野球では一応、1週間の投球数が500球までという制限がある。
オレは3回戦からここまで3試合で400球近く投げてるから、あまり球数をかけずにバッターを仕留めていかないと。
なので細かい組み立てよりも、序盤から球威で圧倒せねば……そこは普段アウトコースに拘るしょーたも承知している。
というわけで、できれば全てのバッターを三球三振に仕留めるのが理想だ。
さて、そんなことを考えている間に投球練習も終わって、いよいよプレーボール。決勝戦が始まるのだ……!
そしてトップバッターが右打席に入ると相手のスタンドから歓声が。
「今日も派手に頼んだぞ金盛〜!」
「怪物に『当たり屋』の根性見せてやれ〜!」
なんかスゲー声援を送られてるなコイツ。確か、しょーたから聞いたコイツの成績は……。
安打数はそうでもないけど四死球が多くて出塁率は高く、トップバッターとしての役目を果たしてる。
で、ヤツの構えを見てその理由がなんとなくわかった。
「さあ来い! どんな速いボールでも、何としても出塁したるがいや!!」
どこの方言だろ? まあ、何言ってるかわかりやすい方だから気にしないけど……。
バッターボックスのベース側ラインギリギリに立って、ベースに覆いかぶさるように構えている。
これまでの対戦相手にもたまにいたけど、内角攻めを封じて揺さぶろうって魂胆だな。つまりフォアボール狙い。
オレはコントロールには自信があるから内角に投げ込んだっていいんだけど……金盛は線が細くてそれほどパワーは無さそうだし、球威で圧倒してやればいいさ。
それじゃ行くぜ初球……。
「うりゃあああっ!!」
「速いがいやっ! だが!」
ガコッ!!
「ファウル!」
ちくしょう、当てられたか。立ち上がりで165キロしか出なかったとはいえ、やはりコースを絞って待てばバットが出しやすい。
ならばこれはどうだ?
「うりゃあああっ!!」
「外角高め、ノビてくる……がいやっ!!」
ガコッ!!
「ファウル! カウント0−2!」
これも付いてくるのかよ。思ったよりも手強いな。
このまま粘られちゃ無駄に球数を使ってしまうじゃねえか……。ここはやはり内角攻めで一気に決めてしまおう。
これまでだって内角攻めすると結局はみんな避けたのだ。
それに左ピッチャーが右バッターへとクロスで投げるボールは、ストライクゾーンを通りつつ向かってくるわけだから、そのまま当たっても避ける意思無しとみなされて当たり損になるだけ。
念のため太ももあたりの高さで、クロスの角度で3球目を投げ込む!
「うりゃあああっ!!」
「……」
もうすぐベースを通過……そろそろ避けるはず。
「……」
おい、そのまま当たっても当たり損だぞ。避けろよ。
「……!!」
ヤバい! なんとか避けろ!
ボコォォッ!!
「あだああああああああああああああああっ!! 痛っってええええええええええええっっっ!!!」
あちゃー。言わんこっちゃない。
金盛は当たる寸前になってから、こちらへ背中を見せるようにボールを避けて……。
左臀部に直撃すると、そのまま1回転しながら大声で叫んで、派手なリアクションで倒れていった。
ストライクとはいえ、さすがにこれは何も言わないわけにはいかない。既に金盛を気遣うしょーたと共に声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「立てます? それとも左足が動かないとか」
「……ううっ」
どうしよう……相手選手にケガさせるなんて。
正直、動揺してるオレに更なる衝撃が。
「デッドボール! バッターは1塁へ!」
「ちょっと球審! ボールはストライクゾーン通ってたでしょ!?」
「……いや、その外で当たっているよ。だからゾーンは通っていない」
「でもさあ!」
「よせオージロウ! これ以上は!」
クソッ。しょーたの言う通り、これ以上抗議したところで判定は覆るまい。確かこういうのは、この大会から導入されたビデオ判定の対象外だ。
それはともかく、オレの剛球に当たった金盛はヤバい状態に……ん?
「うああ〜、それじゃボチボチ1塁へ行くぞいや!」
「あ、あの。痛くないんですか? ケガは?」
「あー、あれぐらいどうってことねえがいや! 心配してあんがとね、ハハハッ!」
マジかよ。だけどそんなバカな……。
ここでオレの脳裏には、格闘技マニアのクラスメートから聞かされたあるウンチクが思い浮かんだ。
「ボクシングでさ、中南米の選手が得意にしてる高等テクニックでスリッピングアウェーっていうのがあってさ……相手のパンチが頭部に当たったと同時にさ、頭部を動かしてパンチの力を受け流すっていうのがあるんだよ〜!」
まさか、あの派手な1回転と倒れ込みって。だから『当たり屋』ってわけか……!
「さすが『当たり屋』! まさに鉄人だぜ!」
「このまま怪物から先制点もぎ取っちまえ〜!」
スタンドも騒がしくなってきた。この試合、簡単には終わりそうにねえな。
<あとがき>
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次回更新は9月7日(月)の予定です




