第75話 休養日
「みゃあ!」
「へえ〜。この子が噂の、しょーたくん家のレオくんなんだ! か〜いいよね〜!」
「このもふもふした毛並みを見てるだけでも癒される〜!」
「レオく〜ん! わたし、雛子のことを覚えてくれてるかしら〜?」
準決勝の翌朝、我らが連合チームのホテルまでやってきた仲尾さんと由香里さん、そして姉ちゃんは、しょーたの飼い猫でキジトラのオス猫レオくんに朝から骨抜きにされている。
しょーたがホテルのロビーで自宅の母親へとビデオ通話をかけたら、そこにレオくんが登場した……というかあからさまに登場させた。
理由はもちろん姉ちゃんたちの気を引くため。スマホを持ったしょーたを中心に女子3人が取り囲んでいる……。
しょーたよ、顔が気持ち悪いくらいに緩んで綻んでいるぞ。
ちなみに姉ちゃんと由香里さんはレオくんと会ったことがある。しばらく前、オレはしょーたから『レオくんに会いたければ2人を連れてこい』と強要されたから。
実はオレ……もふもふが結構好きなのだ。
だけど何故かレオくんに嫌われて……でもあれから日が経っているし、もしかしたら笑顔で可愛い鳴き声を聞かせてくれるかもしれない。
そこで、姉ちゃんたちの背後からそっと顔を覗かせてみた……。
「……シャアアーッ!!」
そ、そんな! 顔を見ただけでシャーされるなんて……どうしてなんだレオくん?
「ちょっと! オージロウはあっちに行って!」
「あのねオージロウくん。邪魔しないでくれる?」
その上、姉ちゃんたちから散々に邪険にされた……トホホ。
「みゃあ〜ん!」
「あー、今すぐ抱っこしたい!」
「また会わせてよしょーたくん!」
ますます顔面崩壊するしょーた。そして猫撫で声でますます姉ちゃんたちの気を引くレオくん。
オレは今、『ペットは飼い主に似る』という諺を目の当たりにしているのだ。
だがここで後ろから別の女子の声が響き渡る。
「ちょっと! なんであたしにも見せてくれないのよ! しょーたぁ!?」
「よ、よっちゃん! べ、別にそういうつもりじゃ」
『よっちゃん』とは埜邑工業のマネージャー鯉沼さんのことで、しょーたの幼馴染みだ。
「あたしだけじゃなくて泉先輩も! いったいどういうことなのか説明してよね!」
「私もレオくんを見たいです……」
泉さんは松花高校のマネージャーだ。
姉ちゃんたちに囲まれて浮かれていたしょーたは、一転して窮地に。ざまあみさらせ。
その雰囲気を察したのか由香里さんと仲尾さんはそそくさと退散し始める。
「あの。私たちもう行くから、あとはゆっくり見ていいよ」
「お邪魔してゴメンね〜、鯉沼ちゃん、泉ちゃん!」
そっか。もう帰る時間なんだな。
姉ちゃんたちはタカラヅカ観劇が旅行の主目的なので、残念ながら今日が地元に帰る日なのだ。
「それじゃあねオージロウ。ここまで来たら優勝する! それ以外は認めないから」
「なんで初出場の連合チームにそんなノルマ課すんだよ? まあやれるだけはやってみるさ」
「あと、わたしは帰るけど明日は父さんたち……少なくともどっちかは応援に駆けつけるって言ってたから」
「わかった。それはいいんだけど」
「……兄さんなら、たぶんだけど明日は来ないと思う。だから試合だけに集中しなさい」
「また勘かよ。だけど、その時次第の出たとこ勝負ってことでいいだろ」
「まあ、いいけど。それじゃみんなも、明日の試合での健闘を祈ってるから!」
「雛子さん、行っちゃうんだ」
「寂しくなるぜぇ〜」
「地元に戻ったらまた会いましょう!」
連合チーム全員に見送られながら姉ちゃんたちはJR宝塚駅へと歩いていった。そこから在来線経由で新幹線に乗り換えるらしい。
◇
「え〜。雛子さん、もう帰ってしもたんか」
姉ちゃんたちが帰ってから少し間を置いて散歩に出たオレたちの前に、浪速筋高校の串島がふらっと現れた。
目当てはやはり姉ちゃん……だが一足遅かったというやつだ。
そしてオレは、いきり立つしょーたと阿戸さんを制してヤツに言葉を返す。
「ああ。昨日のうちに地元へ帰っちゃったよ。所属してる部活に今日は顔出さないといけないからって」
「所属してるって、雛子さんも3年生やから既に引退してるやろ?」
「姉ちゃんは女子硬式野球部だけじゃなくて英会話部も掛け持ちしてるんだよ。そっちは文化祭に向けて今からが忙しいから」
「そっか……だから途中からアルプス席で姿を見かけへんかったんや」
「そういうことだ。残念だったな」
昨日の兄ちゃん絡みの出来事は他人に説明する必要は無い。
あと、さっき帰ったと言ったら追いかけかねないから、そこは悪いけど嘘を言った。英会話部のことは本当だけど。
幸いにも串島は阪急電鉄で宝塚駅まで来たのだろう。すれ違いもなかったみたいだ。
「というわけで無駄足だったな。それじゃあ」
「ちょい待ち! せめて雛子さんがどこの大学に進学するつもりなんか教えてくれへん?」
「それはオレもマジで知らない。まあ、恐らくだけど語学系の学部があるところかな。そういうアンタは何を目指してんだよ?」
「俺は法学部や。ロースクールにも通って司法試験を受ける予定。弁護士を目指してるねん」
弁護士……口八丁な串島にはある意味ピッタリな職業だけど、最近は悪徳弁護士がやらかしたニュースも時々耳に入るし、まさかコイツも……。
「弁護士になって金儲けしようってか」
「そら、金儲けできるに越したことはないけど。俺のオヤジも弁護士やってるねん。債権回収とかが専門の」
「さいけんかいしゅう……?」
「まあ、平たく言えば借金の取り立てやな」
「それってまさか、反社と組んで弱者の人たちから暴力まがいの取り立てを……それなら悪徳弁護士じゃん!」
「違う違う! そんなんやない……オヤジがやってるのは、個人商店がタチ悪い相手に踏み倒されかけた売掛金とか、離婚して養育費払わんと逃げた男から取り立てるとか、そういうやつや! 一応は庶民の味方側やで!」
「そうだったのか。それはすみませんでした」
「まあええよ、よくそういう誤解されるし。それに仕事柄、反社とか半グレ界隈から逆恨みされてネットであること無いこと書かれとるわ」
「そんなんでやってけるのかよ?」
「ちゃんと仕事してたら見てる人は見てる。それにお客さんが口コミで次々と客を紹介してくれるし、仕事には困ってない」
「じゃあそのオヤジさんを目指してるってか」
「そやな。俺が日本で、いや世界で一番尊敬しとる人物やからな」
「……なんと、ええ話じゃないですか」
「俺はお前のことを誤解してたぜぇ〜」
しょーたと阿戸さんが感激している……だが串島のことだからこれで終わるとは思えない。
「わかってくれたらそれでええんや。というわけでオージロウくん、雛子さんのスマホの番号を」
「それとこれとは話が別だ! 調子に乗るんじゃねえ!」
「もうちょっとやったのに〜。しゃあない、今回はこれで終わっとくわ。雛子さんによろしく伝えてや! ほな!」
串島のヤツ、散々かき回しといてサッサと行ってしまった。伝えるつもりはないが、また出会うことがあれば腹を割ってじっくり話をしてみたい。
◇
決勝戦前日の休養日もあっという間に夕暮れを迎えて、晩飯食べたあとのミーティングの時間となった。
「なあ、しょーた。決勝の相手はどこだっけ?」
「お前なあ……昨日、監督が言ってただろ? それにスマホ見ればわかるはずだ!」
「だって、連絡する機能以外は使わねーし」
「あっそ。相手校は『真自由学園』。昭和の時代に春夏連覇も達成した、かつての名門私学だ」
ふーん。『かつて』ってのが引っかかるけど……また強え奴らとやれるのなら文句はないぜ……!
<あとがき>
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