第74話 試合終了――それから
「読み通り、ストライクを取りにきたカーブや! どやあああっ!!」
バシィーンッ!!
9回表の浪速筋高校の攻撃で、先頭バッターの『浪速筋の◯カベン』阿波がカウント2−1から変化球を完璧に捉えた。
マウンドにいるのはオレ……じゃなくてウチのリリーフエース大岡。オレはもう100球をとうに超えていたので、古池監督から交代を指示されたのだ。
それにしても、あんなに飛ばされるなんてなあ。大岡はアンダースローなので左バッターには不利ではあるんだけど。
そして打球は放物線を描いてライトスタンドへ吸い込まれた。
「これで1点差や! イケるで逆転、諦めるんやないで〜!」
「おいおい! オージロウの代わりに入ったピッチャー大丈夫なのかよ!?」
スタンドが一気に騒がしくなった……でもオレを含めてベンチ内は不思議なほど静かだ。
なぜなら、大岡は必ずリードを守りきって試合を締めてくれる男。そういう信頼感がオレたちにあるからだ。
「おおおかー! 今のは出会い頭みたいなもんだ! 気にせず後続をアウトにしていこー!」
「勝崎さんもしっかりリード頼んますー!」
キャッチャーも控えの勝崎さんに交代して、しょーたはショートに回っている。
勝崎さんは肩と打撃が弱いが、リトル時代からのキャッチャー歴でしょーたよりも経験値が高い。
思い切ったリードが持ち味で、マウンド上でも強気な大岡と相性が良く、2人が実力を発揮すればそうそう打たれないのだ。
対する浪速筋高校は代打攻勢で次々と左バッターを送り込んでくる。だけど……。
「……らぁっ!!」
「うっ! こっちへ向かってノビ上がってくる。クソッ、当たれ!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
よっしゃ! これでツーアウト!
大岡の決め球『左バッターに向かってノビ上がるスライダー』が決まった!
アンダースロー独特の低いリリース位置から高めに投げるボールは、途中までストライクに見えるライジングボールとなって。
バッターの手前でノビ上がりつつ、左バッターへ向かって横滑りしていく……フリスビーみたいな独特の軌道で、分かってても簡単には捉えられない。
そして次のバッターも早くもツーストライクと追い込み、恐らくこれが最後の1球……!
「……らあっ!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト! 4−3で5校連合チームの勝利!」
「うおおおおーっ!! 5校連合チームが優勝候補を見事に破ったぞー!」
「スゲー! とんでもねーぞこの連合チームはよお!!」
「まさか負けるなんて……でもオージロウだけのチームじゃなかったんだ」
「あーん! 甲子園でクシジマくんを見れなくなっちゃう〜!」
大歓声に包まれながら整列する両チーム。
挨拶を済ませて、お互いに寄り合って健闘を讃え合う。
オレのところにはハリー、頭崎、串島がやってきた。
「……アッパレじゃいオージロウ! 以上!」
「試合は敗れたけどなあ。ワシとお前は最速175キロで並んだまま……この決着はプロでつけようやないけ! のう!」
「あんなあ。約束は約束やけど……恋愛っちゅうのは自由やと思うねん、俺はさ」
他の2人はともかく、串島のコメントは聞き捨てならねえな。
「ダメだ。アンタみてえな『稀代のワル』は姉ちゃんに近づけさせねえ。オレがアンタの評判を知らないとでも思ってるのか?」
「……クックック……ぶわっはっは!」
「ギャハハハ! 『稀代のワル』ってか、クシジマくんがのう!」
「アハハハ……それ、どうせSNSで見たんやろ?」
「ああ、そうだけど」
「SNSの評判を鵜呑みにしすぎじゃい!」
「それはクシジマくんを貶めるためのガセやぞ」
「はあ? なんでそんなことを」
「クシジマくんは確かにケンカが強い。せやけどそのほとんどが、他校の不良どもに絡まれたクラスメートや友人を助けるため、やむなくやった正当防衛や」
「それを逆恨みした連中があることないことSNSで言いふらしとるんじゃい!」
ええっ。そうだったのか……だけどそれを聞いてホッとした自分にも気がついた。
甲子園でしのぎを削った強敵が、地方予選で対戦した八ツ頭学園の坂平みたいなガチヤバ外道な野郎とは違っていたことに。
だが、それを差し引いてもなあ。
「でもなあ。とんでもない女たらしで、おまけに昼頃から女連れで学校に登校するのも日常茶飯事っていうのも見かけたけど」
「ああ、そっちはおおむね事実じゃい!」
「クシジマくんは女に優しい、ちゅうか一緒にいてと言われたら断りきれんくらい甘いからのう」
「アハハ。まあチャラいしだらしない性格なんは自分でも認める。せやけど雛子さんのことは本気なんや、だから」
確かにネットの情報を鵜呑みにしすぎたオレにも非はあるだろう。だが、コイツが姉ちゃんに近寄るのはどうしても気に食わねえ。
だから、一度言ってみたかったセリフをここぞとばかりに冷徹に言い放ってやった。
「だが断る」
「そんな〜! せやけど俺は絶対に諦めへんで〜!」
一応は串島への誤解が解けたところで彼らと別れ、オレたち5校連合チームはホームベース付近に整列し直す。
そして場内に流れるのは……遂に我が校、大化高校の校歌の番なのだ!
まあ、昭和のよくある校歌でなんの変哲もない歌詞とメロディなんだけど……甲子園で流れるというだけで嬉しさが込み上げてくる。
それからベンチの片付けに戻る……そうだ、姉ちゃんは。
内野指定席に現れた兄ちゃんにしがみついて、そのあと出入り口へと入ってしまって、どうなったのかわからないままなのだ。
そして古池監督から聞かされたのは……。
「オージロウくん! 落ち着いて聞いてほしいんだけど……雛子ちゃんが倒れたって!」
「えっ……」
「ちょっ! マジですか!? 雛子さんが……まさか熱中症とか?」
「しょーたくんも落ち着いて。居合わせた由香里さんと仲尾さんが救急車を呼んで、病院に運ばれたんだけど」
「……はい」
「幸い、疲れが溜まってただけで命がどうこうってわけじゃないって診察結果が出たそうだ。アルプス席の笹木先生にそう連絡があって、大会の運営から今さっき報告があった」
そんな……もしかして兄ちゃんのことで無理をしたんじゃないか。とにかく病院に行って様子を確かめないと。
「オージロウくんは荷物を整理したらすぐに病院へ向かっていいから」
「で、でもインタビューとかは受けなくていいんですか?」
「それこそおれが代わりにタップリと答えておいてやるから! おれも本当は駆けつけたいけど、ここは家族のお前が行ってやらないとな」
「わかった。すまねえ、しょーた!」
「それじゃアタシと一緒にタクシーで向かおうかね。運営にはそれで許可取ってあるから」
「ありがとうございます。上中野先生!」
友と先生の気遣いに感謝しつつ手早く準備を済ませる。
それからオレと上中野先生はインタビュールームを素通りして球場をあとにすると、すぐにタクシーへと乗り込んだ。
◇
「……ね、姉ちゃん。どうして」
「どうしても何もないのだけど。急な睡魔に襲われて、少し深い眠りについていた。それだけ。まさか入院するとでも思ったのかしら?」
病院へ到着して玄関口を通り抜けると、ロビーを歩いてこちらへ向かっていた姉ちゃんと由香里さん、仲尾さんに出くわしたのだ。
なんだ、大したことなかったのか。ホッとして一息ついたオレの代わりに上中野先生があれこれ質問し始めた。
「それなら良かった。なにせオージロウくん、タクシーの中でほとんど喋れないくらい心配してたんだよ?」
「それは……弟を連れてきてくださってありがとうございました、上中野先生」
「……まあ、どうってことねえんなら、もう帰ろっか。なあ姉ちゃん、先生」
「それはいいんだけど、ちょっと困ったねえ。ここにいるのは5人……でも同じタクシーに乗れるのは4人だ」
確かに。困り顔となった上中野先生だが、由香里さんがその懸念を解消してくれた。
「あの。私の母が迎えに来てくれてますから、私たちは電車で帰ります。ねえ仲尾さん?」
「そ、そうね。試合後にやってきたオージロウくんに気を使わせるのはアレだしね」
姉ちゃんたちは元々、タカラヅカのファンである由香里さんの母親に連れられての観劇旅行であり、その合間に甲子園での応援もしてくれたのだ。
お手洗いから戻ってきた由香里さんの母親と上中野先生が軽く挨拶したあと、オレたち3人はタクシーでホテルへと向かう。
姉ちゃんはオレと反対側の後部座席で、乗り込んでからもずっと窓の外を眺めていたのだが。
走り始めてから5分ほど経ってボソッと話しかけてきた。
「……何も聞かないのかしら?」
「何もって、何をだよ?」
「兄さんのことに決まってるじゃない」
「ここにいないってことは、逃げられちまったんだろ?」
「……ゴメン」
「別に謝ることなんてねーよ。姉ちゃんは全力を尽くして、それでも駄目だった。なら仕方がない話だ。そもそも今回は兄ちゃんの周りに3人いたしさ」
「なんだ、知ってたんだ」
「姉ちゃんが男に変装して兄ちゃんに背後から組み付くところまでは見たから」
「あっそ。それで、あの3人のことなんだけど」
「姉ちゃんと見た目が似ているお嬢様と、そのメイドさん、それからボディガード、だろ」
「まあ合ってるけど……わたしとあの女のどこが似ているのかしら!」
「そんな怒らなくても。わかったよ、それは撤回する。『ドレス姿でおっとりした雰囲気のお嬢様』でいいか?」
「……まあいいけど」
「で、もしかしてその人が首謀者とか?」
「ええ、そうね。オージロウにしては珍しく勘が冴えてるじゃない」
「珍しくってのは余計だ。で、ナニモンなんだよ?」
「それは……やっぱり頭の中で整理できてないから、また今度でいいかしら?」
「なんだよそりゃ。自分から話を振っといてさ」
「……」
姉ちゃんはそれきり黙ってしまった。何があったのか知らないが、話す気になるまで待つことにする。どうせ兄ちゃんがオレたちの前にいないことに変わりはないのだし。
それから間もなくタクシーは姉ちゃんたちの宿泊ホテル前に到着して先に降りていった。
「上中野先生、ここまで送っていただいて本当にありがとうございました」
「気にしなくていいよ。アタシと雛子ちゃんの仲じゃないか」
「それじゃオージロウ。また明日の朝ね」
「ああ、それじゃあな。今日はもう休んどきなよ」
「……アンタに言われなくてもそうするわよ」
なんとなくスッキリしない別れ方であったが、内心で一番落ち込んでいるのは姉ちゃんだろう。
オレも疲れてるし、明日でいいことは先延ばしにすればいい。さて、今日の晩ごはんは何かな……。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は8月28日(金)の予定です
よろしくお願いします




