第72話 用意周到
8回表の浪速筋高校の攻撃を無失点で切り抜けたオレたち5校連合チーム。
意気揚々とベンチへと引き上げる途中、オレは内野指定席で見つけたんだ。
兄ちゃんの姿を……!
「オージロウ! あれ、あそこ!」
「わかってるって、しょーた! 兄ちゃんだ!」
「それもなんだけど。その横でお兄さんと会話してるのって、雛子さんじゃないのか?」
「えっ? なんだって!?」
オレは思わず聞き返してしまった。オレには見えてないけど、姉ちゃんが既にいるだと……それならもう解決じゃん。
それにしてもいつの間に。まあオレたちは試合中だから、姉ちゃんたちが先に見つけて駆けつけたのかもだけど。
「で、姉ちゃんはどこにいるんだよ」
「見えてるだろうが! ほら、あのふんわりして王女様とかが着るドレス姿の」
「はあっ!?」
そんなバカな。姉ちゃんは活動的な服装が好みでスカートは少なめだし、ましてやドレスなんて。
だが兄ちゃんの近くには……確かにいた。ドレス姿でツバが広い帽子をかぶっている……いや待てよ。
髪は黒いストレートで背中まであるロングだから同じだけど、目元、鼻、口元が微妙に造形が違う。
特に目元……姉ちゃんは勝ち気な性格そのままにややつり目だが、あの女性はタレ目気味でおっとりしたお嬢様って感じだ。
「よく見ろよしょーた。あの人は姉ちゃんとは違う。確かに似ているがそっくりってほどじゃない。なんていうか、よく似てる姉妹みたいな似方っていうか」
「うーん。言われてみればそうだな、目元とか」
それにしても、兄ちゃんはまた新たな女性を連れてるってことか。
3回戦では『帽子にアクセサリーの角を付けたギャルっぽい女性』で、準々決勝では『エルフみたいな耳をしたアスリート系お姉さん』を連れていたのに、今回も全くタイプが違う女性と。
彼女どころか身辺に女の影すらなかった兄ちゃんが、どうしてこうなったのか。などと考えていたら、しょーたから更なる事実を突きつけられる。
「今回は他にも仲間がいるみたいだぞ、ほら」
確かに。今回の同行者はあと2人いるようだ。
まずはメイド服っぽい服装の若い女性。ドレス姿のお嬢様と時折かしこまった態度で話している。普通に考えればお付きのメイドさんだろうか。
あと、長身でガッチリ引き締まった体格のダークスーツを着た20代後半くらいの男が近くでうろついてる。お嬢様の周りで忙しなくキョロキョロして、ずっと気を張っている感じ……ひょっとしてSPとかボディガードの人かな?
あの人たち、この暑さの中よくあんな格好してられるな。『暑苦しい格好の奴らがいる』なんて観客の声が聞こえたのはそのせいだろう。
おっと、奴らの素性よりも姉ちゃんは……。
「何やってんだよ姉ちゃん!!」
アルプス席を見て思わず叫んじまった。
だって姉ちゃんのヤツ、顔を隠すように帽子を深くかぶって腕組みしたまま動いてないじゃないか!
気がついてないのか? でも一緒にいた由香里さんと仲尾さんの姿が見えない。
まさか……姉ちゃん、居眠りしてやがるのか?
もしかしたら由香里さんたちは姉ちゃんに気を使って、彼女たちだけで兄ちゃんがいる場所へ向かったのかも。
「姉ちゃん! 起きろ、早く起きてくれ〜!!」
クソッ。ここから叫んでも届かねえ。
そしてヤバい。兄ちゃんたち4人が出入り口へと動き出した。グズグズしているとまた逃げられるかもしれない。
そうこうしているうちに、もう出入り口へと差し掛かってる。このままじゃ……。
◇
少し時を遡って、兄たちのスタンドでの会話から再開する。
◇
「ふふっ。オージロウくんの素晴らしいピッチングを楽しませていただきました。ところで、もう一打席見ておきたい気もしますが……せっかくの弟さんの試合なのに、本当にいいのですか?」
「ああ。今回はピッチングの方を見ておきたかったし、ピンチを落ち着いて切り抜ける場面を見られたから十分満足だ。打つ方はまあ、もう見なくても大丈夫だと思うから」
「姫、そろそろ戻らないとタイムリミットが近づいています」
「そうなのですね、エマ。では出入り口へと参りましょう」
「やれやれ、これで一安心……それにしてもこのスタジアムの暑さはなんなのだ。それに間断なく騒がしくて、座席もこんなに詰め込んで……これほどお守りするのに苦労した場所はなかった。姫、体調に問題はございませんか?」
「問題ありませんよ、ピアーズ。私はこの『はんでぃふぁん』というのが気に入りました。戻ったら早速、魔力研究室に同じものを作ってもらいたいです」
「おっと、向こうから来た男と鉢合わせになったぞ」
「それなら私たちが通路を譲りましょう」
「姫に道を譲らせるなど、このピアーズは承服しかねます!」
「いえ、こちらは一人なので譲ります。その方がお互い良さそうですし……さあどうぞ」
「ありがとうございます……ピアーズ、この方への無礼は許しませんよ?」
「……大変失礼いたしました」
「すまないな、アンタ。この頭の固い男に代わってオレが謝るよ」
お互い言葉を交わし終えて、鉢合わせになったスーツ姿の若い男が避け、その横をダークスーツ男を先頭に通り抜けていく。
そして最後の一人とすれ違う瞬間にスーツ姿の男が動いた。
「……兄さん! 今度こそ観念してもらうわよ!」
男は女子の声で叫ぶと、兄と呼ぶ男の胴体に背中から食らいつき、腰のあたりを両腕でガッチリと抱え込んだ。
「なっ! 雛子じゃないか……はは、気づかなかったよ、メイクしてるし声色まで変えてたから。今からでもタカラヅカの男役スターになれるんじゃないか?」
「茶化さないでもらえるかしら、兄さん!」
「じゃあアルプス席にいるのは……ドッペルゲンガーとかじゃないだろうな?」
「あれは連合チームの埜邑工業の顧問、笹木先生……私と体格と髪の長さが似ているから、お願いしたの」
「だから帽子のつばで顔を隠してたのか。変だとは思ってたんだ。ところで雛子は内野指定席でずっと待ってたのか?」
「ええ。準々決勝はオージロウのバッティングを外野から見てた……それならこの試合は内野指定席で正面からピッチングを見るつもりなんじゃないかって」
「相変わらず勘が鋭いな、雛子は。参ったよ」
「参ったということは、このまま私たちの元に帰ってきてくれるということかしら?」
「それは……」
「あの。申し遅れました……私はセシリアと申します。大変申し訳ないと思うのですが、貴女のお兄様にはまだこちらへ戻っていただくわけにはいきません」
「……姫とか呼ばれてたわね、貴女。そうすると、あの女……クラウディアが言ってた『主』というのは」
「そうですね。私は王女で彼女は近衛騎士団の副団長さんですから、一応は主従関係ということになります」
「貴女が……いや、お前が兄さんを私たち家族から……よくも!!」
「貴様ああっ! 姫に向かってなんと無礼な!」
「ピアーズ! 控えよ!」
「……御意にございます」
「確かに、私は貴女のお兄様を『呼び出す』ための儀を執り行いました。ですから私にすべての責任があるのは間違いありません」
「それなら……悪いと思ってるなら、今すぐ兄さんを私たちに返して!!」
「それは、重ねて申し訳ありません。今はまだ……ですが、いずれは必ずご家族の元へお兄様をお返しいたします」
「嫌よ! 今すぐ返して!!」
「姫。ここはこのエマにお任せください」
「この王女のメイドさん? その耳……エルフみたいだけど、クラウディアのお仲間かしら? でも残念ね、わたしに同じ手は2度も通用しない。風の精霊魔法を仕掛けても、顔を兄さんの身体に埋めれば窒息しないから」
「姉さんと違って、このエマは攻撃魔法が苦手……治癒魔法が得意です」
「へえ、姉妹なんだ。まあどっちにしてもわたしはこの腕を離さないから」
「そうですか。でも治癒魔法にはこんな使い方もあるのですよ?」
エマと名乗るメイドが手をかざすと、光が雛子の身体を包み込んで、その身に過剰な安らぎを与えた。
「……眠くて、耐えられない。腕に力が……でも絶対に離すもんか……!」
「無駄です。眠りに落ちる瞬間、全身が脱力してしまいますから」
エマの言う通り、抗い続けた雛子の両腕は徐々に緩んでいって……。
「雛子! このまま倒れ込んだら頭を打つぞ!」
仰向けに倒れ込む雛子。その身体を受け止めたのはセシリアだった。
「姫! そのような危険人物に接触するなど」
「心配は無用です、ピアーズ。それにしても……ふふふっ。本当に似ていますね。まるで姉妹のように」
「だ、誰が、お前なん、かと」
「壁にもたらせ掛けることになるのをお許しください。私たちはそろそろ行かねばなりません」
「姫! ゲートが開きました、お早く!」
雛子は薄れゆく意識の中で、兄たちが壁を通り抜けていく光景を眺めていた。信じられないことだが目の前で起きている事実を受け入れるしかなく、そしていつの間にか深い眠りについたのであった。
そこに駆けつけた由香里と仲尾はその姿を見て悲痛な叫び声を上げる。
「ひなちゃん! 何があったの? しっかりして!」
「いやあああ! 死なないで、ひーちゃん!」
◇
兄ちゃんたちと反対側からすれ違ったサラリーマン風のスーツ姿の客は、かぶっていた麦わら帽子が脱げて……それが姉ちゃんだとオレにはわかった。
薄くメイクしてたけど、あの顔の輪郭と目付き。それに背中まであるロングの黒髪……オレが見間違えるもんか!
なんと、姉ちゃんは男に変装していたのだ! 直前までオレでも分からないくらい上手に。
そしてアルプス席の姉ちゃんは……笹木先生だった。
「あらまあ〜、なんや上手いこといったみたいやね〜。それにしても……ふふっ、たまには若い子と同じ格好するのも新鮮な気分で、クセになりそうやわ!」
確かに2人は身長170センチ前後で引き締まったアスリート体形なので体格が似てる。
それに髪の長さもほぼ同じでストレート。笹木先生は普段髪をまとめてるから、あんなに長いとは知らなかった。
ここまで用意周到に策を練っていたとは……でも組みついたあとは兄ちゃん共々出入り口の中に入ってしまって見えない……イライラするなあ。
「オージロウくん、しょーたくん! こっちの攻撃が始まるから準備しないと!」
古池監督の声だ。オレたちは気になりつつも、打席に立つ準備に入るのであった。
<あとがき>
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次回更新は8月21日(金)の予定です
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