第71話 変則打法
「バッター! ふざけていないでちゃんと『打撃姿勢』をとりなさい!」
8回表、浪速筋高校の攻撃中で二死二、三塁のピンチ。
右打席にはチャンスで勝負強くランナーを返すクラッチヒッターで『回収屋』の異名を持つ串島が入っているのだが。
一応、バットを構えてはいる。だけど明らかにおかしいのだ、構え方そのものが。
で、球審から指摘を受けた串島だが、どうやら反論しているみたいで声がこっちまで聞こえてくる。
「お言葉ですけど、球審。俺はキチンと構えてますよ? 『一本足打法』ちゅうやつで」
「いや、それは軸足で無い方……君なら左足を上げるものだろう。なのに逆の右足、つまり軸足を上げている。それに一本足はピッチャーがモーションに入ってから上げるのが普通だが、先に上げて片足立ちで構えるなんて」
「いえ、俺のはこれで正しいんですわ。正確には『逆一本足打法』で」
「いやいや、どう考えてもまともに打てるはずがない。正しい構えに直したまえ。でないと『打撃姿勢』をとらないとみなして『ストライク』を宣告するよ?」
「それもお言葉ですけど。公認野球規則5.04(b)(1)には『 打者は自分の打順がきたら、速やかにバッターボックスに入って、打撃姿勢をとらなければならない』とあるだけで、具体的な姿勢まで取り決めはないですよ。打席で暴れたり踊ったりしてるとかやったらまだしも」
「だが、ある程度の想定というものがある。君の言ってることは屁理屈だ」
「それやったらこうしましょう。初球で実際にまともにスイングできなかったら、そのあとは投げる前に全部ストライクをコールしてもらって構いません」
「……なるほど。そこまで言うなら1度だけ見させてもらうよ」
どうやら終わったらしい。暑いんだから長引かせないでくれよな、まったく。
逆一本足打法ってのが聞こえたけど、オレが知ってるのは軸足を上げるんじゃなくて、前足に全重心移動してインパクトの瞬間に軸足が浮いてるように見えるってやつだけだ。
そういう意味では同じだけど、重心移動そのものがないのにどうやって打つつもりなのか。
口撃代わりのこけおどしなら通用しないよ?
それでいいならオレは一向に構わん。初球を思い切り投げ込むのみ。
セットポジションに入って……それにしても串島は片足立ちなのに全くふらつきもしない。
そして右足のつま先を小刻みに動かして……リズムでも取ってるのか。
気になるけど投げないわけにはいかない。初球は、いきなりの内角高めで機先を制す!
「うりゃあああっ!!」
「……せいやあっ!!」
バコーン!!
「ファウル!」
「あんな打ち方でバックネットに鋭いファウルやなんて。さすがやで串島ぁ〜!」
「きゃああ〜っ!! どんなバッティングフォームでもカッコよくて素敵よクシジマくん〜!」
嘘だろ。滅茶苦茶だよあんなの。
串島は上げたままの右足を、掛け声とともに下段回し蹴りの如く素早く踏み出して。
その際の腰の鋭い回転を利用してバットを猛烈に振り抜いたのだ!
だからフォロースルーはホームベースに完全に背を向けている。
重心移動を極力無くして振り遅れず、かつボールの威力に負けないパワーで弾き返す、というのがヤツの逆一本足打法のコンセプトだったらしい。
ここまで口撃で心理を揺さぶるのがメインだったのに、まさかここにきてパワー勝負に出るとは。
でもあんな打ち方では……このコースは打てまい!
2球目は外角いっぱいだ!
「うりゃあああっ!!」
「そこは届くで〜! せいやああっ!!」
バゴォーンッ!!
「ファウル! カウント0−2!」
なんて奴だ。身体を回転させながら右足の踏み出しをベース寄りに咄嗟に変えた。
おまけに目の端でボールを追いかけ続け、ヘッドに遠心力を利かせたバットで173キロのボールを弾き返したのだ。
持ち前の動体視力と反応速度、体幹の強さを最大限に生かして……串島だからできるバッティングだと思う。
あえて言えば右におっつけて打つのが精一杯のはず。今回もライト方向へのファウルだった。
それはいいとして、一つ確かめておかねばなるまい。
「しょーた! バッターの右足がボックスからはみ出てなかったか!?」
本来は外角にまともに届かない打ち方なのだからどこかに無理があるはず。完全にはみ出てたら反則打球でアウトだ。
「球審! どうでしょう?」
「うーん。踵がライン上に残ってたからセーフだね」
そっか、残念……だけどヤツのバットを空振らせる手段はまだある。
というか、まともにストライクを取りに行く必要はない!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「……ボール!」
クソッ。外角低めから外にハズしたのだが、ハーフスイングで止まったか。
ならばこれはどうだ!
ズバンッ!!
「……ボール!カウント2−2!」
「こんなミエミエの釣り球には引っかからへんで〜! そろそろ覚悟決めて勝負しようやオージロウくん!」
真ん中高めから上に外したボールも見切られた。ノビてホップするストレートだというのに。
やはりストライクゾーンギリギリを攻めないと串島を仕留めるのは難しいようだ。
そしてあの打法を破るには……チェンジアップならタイミングを崩すことができそうだ。だがオレの球種はストレートのみなのでそれはできない。
あとは球速を上げるくらいしか……野球マンガの主人公じゃあるまいし、そんなポンポン球速を上げることができたら苦労しない。
いや待てよ。今のオレに足りない要素があるとしたら。
よし、5球目は……最後のボールはそれでいこう。
セットポジションから右足をスッと上げて。
軸足を安定させる……のはいつも通り。ここで微妙に膝を曲げて後ろに重心を残す。
そこからジワっと体重移動して……なんか股関節に力のタメを感じる。
そして右足を踏み込むと同時に軸足で地面を蹴って、タメた力と体重を一気に前へ移動して。
スリークォーターの角度で左腕を振り抜く!
「うりゃあああっ!!!」
「内角高め、なんかさっきより速い……せやけどなあ! せいやああっ!!!」
ズバンッ!!!
「ストライク! バッターアウト!!」
「よっしゃ来たぁ! 遂に175キロに到達だあ!」
「しかもとんでもないノビ! 串島を完全に振り遅らせたぞ!」
「あーん! 串島くんが打ち取られちゃったぁ〜!」
ふうっ。イメージ通り、いやそれ以上のボールで三振を奪うことに成功した。
ちなみに軸足にタメを作るイメージは、串島の片足立ちを見て気がついたのだ。
構えている間のヤツの軸足は真っすぐ伸びているが、オレが投げるタイミングで右足を蹴り出す予備動作として力をタメるような動きをわずかに見せていた。
「この俺が一人もランナーを回収でけへんやなんて。あんなボール滅茶苦茶やでオージロウくん!」
ふふふ。滅茶苦茶なのはお互い様だろ。
そしてあの男にも感謝しなければいけない。
「ありがとうな、しょーた!」
「なんだよヤブから棒に。気持ち悪いなあ」
175キロのノビてホップする高めストレートをバッチリ捕球してくれたしょーた。そうでなければ思い切り投げることなんてできない。
照れくさいので軽い感じではあるが、感謝の言葉を言わずにはいられなかったのだ。
ピンチを脱して意気揚々とベンチへ引き上げるオレたち。
その途中でバックネット側から、つまり内野指定席から声が聞こえてきた。
「おい、あれ見ろよ。暑いのにあの格好」
「屋根があるとはいえ、見てるほうが余計暑いぜ」
なんだろう、とその観客たちの視線をたどっていくと。
やはり……そして、やっと兄ちゃんが姿を現した。
ここはもちろん姉ちゃんの出番……頼んだぜ……!
<あとがき>
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なお曜日は月・金に変更いたします
従って次回更新は8月17日(月)の予定です




