第70話 相手の立場で考える
「……」
3−2でウチが1点リードの8回表、浪速筋高校の攻撃中。
先頭から2人続けてフォアボールでランナーを出してしまい、ピンチで左の強打者ハリーを打席に迎えたのだが。
ヤツは黙って構えようとしている……。
また上級生への礼儀がどうのと先輩風を吹かせて喝じゃ!って言ってくるかと思ってたのに。
というか全く何も……これはこれでなんか調子が狂うなあ。
まあいいや、これで落ち着いて集中できる。
しょーたとサイン交換を済ませてセットポジションに着いて、いよいよ初球……ん?
「ここまで追い込まれたら、もはや上級生もクソもない……チームが勝つために全力でお前に挑むまでじゃい! オージロウ!」
ふふふ。ようやくオレのことを対等の立場で対戦する相手だと認めたらしい。
それはそれで歓迎だ。その感情を爽やかな笑顔として返そう。
「なんじゃい! その不敵な笑みは! やはり試合後に喝じゃ!」
えー、そんな風に受け取るなんて心外だなあ。だがこの方がお互い調子が出そうだ。
というわけで初球……行くぜ。
「うりゃあああっ!!」
「内角高め……!」
ズバンッ!!
「ボール!」
「これはイケるで! ピッチャーもうヘロヘロや!」
「オージロウ〜、辛いだろうけどここはなんとか踏ん張ってくれ〜!」
スタンドから色々と声が聞こえてくるが、悪いけど的外れだ。
今のは意図的に外した釣り球。そして狙ったとおりに投げられている。
つまり2球目からが勝負ってわけだ。だけどさっきのも空振りしといてほしかったな。
◇
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「……ストライク! カウント2−2!」
4球目を投げ終えたところで、ハリーは1球もバットを振らなかった。
いったいどこのコースが狙いなんだろう。もう4隅全てに投げたんだけど反応が無いからわからん。
まさかど真ん中に張ってるとか……そりゃあ失投すればそこへ行くけど、あえてそこで勝負はしないよ。
うーん……普通に考えればボールになったコースが狙いかな。内角高めに外角低め。
それとも、そう見せかけて実はストライクだったコースかも。見送ったのは軌道とタイミングを見極めてたとか。
どっちもありだ。余計に迷う。
ならばハリーの立場で考える……どこを狙って振り抜きたいか。
前の打席からオレの170キロ台ストレートに振り遅れないようにと採用した縦向き天秤打法と片手フォロースルー。
これまでの限界を超えた速さのスイングをして脇腹を痛める恐れを無くすためのものだが、ハリーにとっては別の代償がある。
この場では詳しく言わないが、片手フォロースルーへ移る際に左手の指を痛める危険が。
だから当てにいってファウルで粘る以外は、これと決めた狙い球のみ全力で振ってくるはず。
となると、どこが最も振り抜きやすいか……。
コースは決まった。こちらもこの暑さの中でこれ以上消耗したくはないから、あえてそこで勝負を決める。
あとは全力で左腕を振り抜くのみ。
サイン交換を済ませてセットポジションに着いたオレと、左打席でおもむろに構えるハリーは静かに睨み合う。
球場全体としては声援やブラスバンドの演奏などが響いているけど、このバッテリー間には緊張感と静けさが空間を支配してる。
ふっと小さくひと息ついてから、右足をスッと上げて。
そこから踏み出して一気に体重移動しながらコンパクトなテイクバックで左腕を振り上げて。
スリークォーターの角度から、これでもかと指先でバックスピンをかけながらビシッ!とボールを弾き飛ばす!
「うりゃあああっ!!!」
「来たか外角高め……かぁーーーつッッ!!!」
ズバンッ!!!
「ストライク! バッターアウト!」
「いよっしゃあああ! 173キロでハリーを三振だあー!!」
「ハリーが振り遅れてボールの下を振らされるなんてなあ。滅茶苦茶やであのピッチャー!」
「でもまだ頭崎と串島が残っとる!」
球場内の興奮は最高潮って感じだが、ハリーはやっぱり顔をしかめて左手を右手で包んでいる。
「痛たあ……イテテテ、つうううっ!」
「君、大丈夫かね? 救護を呼ぶかい?」
「だ、大丈夫……ちょいと指を捻っただけ。球審、気遣いは無用じゃい」
ハリーは幼い頃の事故で左手に後遺症が残っている、と試合中に古池監督から聞いた。オレに黙ってたのは、オレの性格だと勝負に集中できないんじゃないかと心配したようだ。
それはともかく、人差し指と中指が曲がったままでまともに曲げ伸ばしできず、薬指と小指は一部欠損もしてるらしい。
なので握力も右手より弱く、引き手は難しいがバットを握ってスイングする分には問題ない。
でも片手フォロースルーをやるには強引に左手の指を引き抜かねばならないので苦痛を伴う。
自分で言うのもなんだが、オレの球威を片手打ちで弾き返すのは難しいから、ハリーとしてはこれしかなかった。
普段の暴れん坊な性格はアレだと思うけど、プレイヤーとしては素直にスゴいと思う。
そんなハリーはオレに同情されたくないだろうから、何も言わずに心の中で敬意を示しつつ、淡々と次の投球準備へ移る。
◇
「うりゃあああっ!!」
「ワシは何としてでもバットに当てて、最低でもランナーを進める! あとはクシジマくんに任せた!」
バコッ!!
173キロを連発したにも関わらず、頭崎にボテボテのファーストゴロを打たれてしまった。いつもはアッパースイングなのに、やや上から叩きつけるようなバッティングで。
ランナーはそれを見た瞬間にそれぞれ走り出し、アウトは1つしか取れなかった。
そしてここで迎えるのは『回収屋』の異名を持つクラッチヒッターの串島。
そしてヤツが打席でいきなり取った行動は……。
<あとがき>
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