第66話 往生際
「なんだよそれ! どうしておれに黙ってたんだよオージロウ!」
「ぼくの雛子様に近づこうだなんて許せないです〜!」
「串島の野郎……今すぐぶっ飛ばしに行くぜぇ〜!!」
さっきの浪速筋高校の攻撃中に串島のヤツがオレに向かって言った言葉……『義弟』などというフザケた話がしょーたにも聞こえたのだが。
ベンチに戻った途端、しょーたのみならずひょ〜ろくくん、阿戸さんにどういうことかと問い詰められているのだ。
阿戸さんに至っては本当に相手ベンチに殴り込みに行きそうな勢いだし、ここは何とかコイツらの気持ちをなだめないと。
「いやだからさ、さっきも言ったけど偶然出会った串島が一方的に言った約束であって、姉ちゃんはあんなヤツと付き合う気自体、毛頭ないから。『考えてやる』としか返事してねーし」
「だからってだな、なんでそんな大事なことを言ってくれなかったのかって言ってんだよおれは!」
「ぼくにも……なんだかショックです〜!」
「俺にも黙ってるなんてどういうことなんだよコラァ!」
ひええっ。ますます責め立てられてるよ。
でもどう言い返せばいいのか分からず黙ってたら、兄ちゃんの元チームメイトであり姉ちゃんのこともそれなりに知っている古池監督が助け舟を出してくれた。
「みんな、気持ちはわからなくもないけど。雛子ちゃんのことだから、そんなことで気持ちが流されたりはしないよ。心配はいらないと思う」
「でも、勝ち負け関係なく串島が強引に迫ってきたら」
「その時こそみんなで守ってあげようよ。もちろんこちらにも相談してくれていいから。だからこの回の反撃にまずは気持ちを向けよう」
「……わかりました」
「監督の言うとおりだと思うです〜」
「オージロウ! お前もちゃんと雛子さんを守れよな!」
やれやれ、やっとみんな引き下がってくれた。
「ありがとうございます、監督。オレだけじゃどうにもできなかった」
「まあいいんだけどさ。こちらには相談してほしかったな〜」
「……すみません」
「別に謝らなくていいよ。オージロウくんはランナーが出た時のために心の準備を頼んだよ」
はい、と返事しつつ、やっぱりこういうことはキチンと相談すべきだよなと心の中で反省した。
さて、気持ちを切り替えて6回裏のウチの攻撃をベンチから応援しよう。
先頭バッターの中地さんは既に右打席に入っている。何とか塁に出て上位に繋げてもらえれば……。
「中地さん! 頭の中で打てるコースのイメージを作っておきましょう〜!」
オレの声援に軽く左手を上げて応える中地さん。気合は十分みたいだ。
正直なところ、高校球児としてはあくまで平均的なレベルの中地さんのバッティングだけど。
時には運も味方につけてそのパンチ力を生かした活躍をしてくれる。
そしてここはなんかやってくれそう、な感じがしたのだが……。
「ストライク! カウント0−2!」
あちゃー。相変わらずの大振りの振り遅れで早くも追い込まれた。
ただでさえマウンドの頭崎は最速171キロ、しかも荒れ球でブレるムービングボール……あれじゃあ打てるイメージも湧かない。
次の阿戸さんに期待しよう。その後にはしょーたも控えている。荒れ球故に1球や2球は甘いところへ入ってくる可能性はある。
そんなことを考えながら見ていると、中地さんが間をとって苦笑いしながらグローブをはめ直し、仕切り直して再び構えていた。
だけど表情を見る限り、何か策を考えついたわけでも無さそう。まあ、ここまできたら思いっきりスイングしてもらえればいいと思う。
頭崎は構わず始動して、さっさとトドメを刺すとばかりにスリークォーターの角度で3球目を投げ込んだ!
「ザコらしくこれで往生せいや! わっしゃいいっ!」
「狙い球の内角低め……うわあっ!!」
ボールに見えたのか、スイングを途中でやめて思わず腰を引いた中地さん。
ボールはそのままキャッチャーミットへ……!
バコォッ!!
そのミットから鈍い音がして、ボールが三塁側へ転がっていった。あの荒れ球ムービングボールじゃ、キャッチャーは大変だよね。
「おっと! ボールを止めきれんかったわ!」
キャッチャーの阿波がゆっくりと後逸したボールを追いかけ始める。
とりあえず1球は延命した……中地さんの次の一振りに期待しよう、と思った瞬間だった。
「……ストライク!」
まさかの球審のコール!
これは……結局三振ってことか?
オレだけでなくみんな戸惑ってどう言えばいいのか分からなかったけど、中地さんと同じ升田高校の勝崎さんが必死でベンチから叫んだ。
「ナカジ! さっさと1塁へ走れ、振り逃げだ〜!」
「いや、でも中地さんはスイングやめちゃって見逃し三振だから、振り逃げじゃないのでは?」
「『振り逃げ』っていう用語だから紛らわしいけど、見逃し三振でも条件が合えば振り逃げになるんだよ! ナカジ! 早く!」
マジかよ! やっぱルールブックはちゃんと読まないといけないな……と反省しながらオレたちも必死で早く行けと中地さんを急かす。
そしてようやく走り出した中地さん。一方の阿波もコールを聞いて慌てて取りに行くが、ボールは結構な勢いで転がり続けてる。
そしてやっと追いついた阿波から送球された1塁ベース上での判定は。
「セーフ!」
「うおっしゃあ! いいぞ中地さん、往生際が悪くて素敵!」
「さすが俺たちの中地さん! 悪運が強すぎる!」
オレたちはベンチ内で興奮のあまり好き勝手に言ってしまった。あとで文句言われそうだな。
対照的に苦々しい顔つきとなった頭崎と、さすがにシュンとしている阿波の姿が目に映った。
まあ、同じピッチャーとして頭崎の気持ちは分からんでもないけど。そういうのを態度に出しちゃうと試合の流れが変わるよ? と自戒を込めて心のなかで呟く。
このまま抑え込まれるかと覚悟し始めていた頭崎の攻略……なんとなくだけど見えてきたような気がする。
というわけで。オレまで何とか繋いでくれよ、阿戸さん、しょーた!
<あとがき>
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