第60話 ホンモノ
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
ふうっ。とりあえずこれでひと息つけたかな。
浪速筋高校との準決勝は、3回表のピンチを171キロストレートによって無失点で切り抜けたのだが。
その裏のウチの攻撃は相手エースピッチャーの頭崎の前に三者連続三振……反撃とはならなかった。
うーん。頭崎のストレートはオレよりは遅い最速169キロなんだけど。
荒れ球の上に今日は妙にコーナーへビシバシ決まるから、打ちにくいとは思う……みんなどうしても腰が引けちゃってるんだよな。
そんなわけで試合は早くも4回表に突入している。
そして先頭の4番バッター『浪速筋のド◯ベン』阿波を左打席に迎え、たった今空振り三振に仕留めたところだ。
「オージロウくんのストレート、まるでカスリもせえへんかったわ〜。171キロ打つなんて俺には荷が重すぎるでホンマ!」
「へへへ。そりゃ失礼」
阿波がボヤきながら引き上げていく。
まあどこまで本心かはわからんが、阿波がオレのストレートについていけてないのは間違いない。
パワーと長打力だけなら浪速筋高校でNo.1だと思うけど……ハリーや頭崎、串島みたいにスイングスピード、反応速度で打ち返せるタイプではなさそうだ。
たぶん、キャッチャーらしく配球を読んで対応するタイプなのだろう。読みが外れるとからっきしだけど、回を重ねるとどうなるかは分からない。
それはともかくとして、この裏はいよいよオレに打順が回る。
頭崎にはここまでノーヒットに抑えられているけど、ここらで同点……いや、逆転まで持っていきたい。
というわけで、あと2人をサクッと片付けますか!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
◇
「やっと甘いトコ来たぜぇっ! オラアッ!!」
バシィーーッ!!
4回裏、先頭バッターの阿戸さんが遂に頭崎のストレートを捉えたのだ!!
外から真ん中低めに入ってきたシュート回転気味のストレートを待ち構えてカチ上げた。
本当はレフト方向に引っ張りたかったと思うけど、やや振り遅れたのと球威に押されてライト線近くへと打球がフラフラ飛んでいく。
だけどそれが幸いして相手のライトがいないところに落ちそうだ。
「落ちたぁ! ライト線のギリギリ中に落ちたぞ!」
「ライト急げぇ! 二塁行かれてまうど!」
両側のスタンドが沸き立つ中を阿戸さんが激走してる。行けええっ!
「オージロウにチャンス回してやんねえとなあ! オラアッ!!」
「セーフ!」
おっしゃ2塁打! これならよほど走塁でヘマしない限りランナーを置いた状況でオレに回ってくる!
それじゃオレもサークルで静かに出番を待つとしよう。そんなことを考えながら歩いていたのだが。
「クソやでしかし! ワシとしたことが、あんなザコにポテンとはいえヒットを許すとは! 我ながら嘆かわしいのう!」
「誰がザコだコラァ!!」
あーもう、頭崎と阿戸さんがまたヤンキーの睨み合いやってて騒がしい。この試合はずっとこんな調子で落ち着きそうにない、やれやれ。
そういやしょーたは……やや緊張しながら、いや不安な表情を見せながら右打席へと入っていく。
「しょーた! もうちょっと気楽にいこうぜ! 最悪三振でもランナー残してオレに回せばいいから!」
「なんだよそれ……まあいつでも避けられるようにはやるさ」
何をぶつくさ言ってんだコイツ? とその時は思ったのだが。
頭崎の投球が始まるとそれはすぐに判明した。悪い方向で。
「ワシが簡単にやらせると思うとんのかザコ2号が! だりゃあああっ!!」
「うわあっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク!」
「バッター何やってんだ! 送りバントもできねーのか!」
「その調子や頭崎! ランナー足止めしとけ!」
やっぱり腰が引けちゃってるなー。
でも仕方ないと思う。170キロ近いボールが、恐らくは自分に向かって来るように見えるのだろう。
相手バッテリーはわかってて内角高めに投げているに違いない。荒れ球でブレるストレートがバッターからどう見えるのか……そして今日はどう投げてもそれがストライクゾーンに決まることも。
だけどバッターからすれば怖いものは怖い。もうバントしなくていいから……と思いつつあっさり追い込まれたのを眺めるしかなかったのだが。
コンッ!
「これなら……なんとか当てたぞ!」
「この期に及んでセーフティでスリーバント仕掛けやがって! ワシがそんなモン許すとでも思うとるのか!?」
頭崎は猛ダッシュで三塁側へ転がっていく打球を処理してサード……は阿戸さんが好スタートを切ってたので間に合わない。
「チッ! せやけど一塁は絶対に殺す! クソガキがあっ!」
ひええっ。あのコワモテでそういうセリフを言われると怖い!
そしてヤツが思い切り送球したボールをファーストの串島がパシっとキャッチして一死三塁へと状況は変わったのだ。
それにしてもよくあんな剛球の送球を平気でキャッチできるな……慣れてるんだろうけど。
ウチはどうしても連合チームの宿命で普段は毎日合同練習とはいかず、オレが送球する時はそれなりに気を配って投げなきゃならんのである。
それはともかくとして。
「しょーた! 結果的にナイス送りバント! だけどなんで今さらスリーバントで仕掛けたんだよ?」
「別にセーフティにするつもりは……先にバントの構えをして腰を落としたらさ、避けるのがワンテンポ遅くなってどうしても腰が引けるから。ボールがヤツの手から出てからサッとバントした方がまだやりやすいかなって」
「だから腰高で……じゃあホントに結果オーライじゃん」
「それでもポップフライは避けたいから懸命に転がしたんだぜ。これで相手バッテリーはコーナーに投げにくくなるはず……それじゃあとはヨロシク!」
そうだな。阿波がその身体の横幅を使って後ろに逸らさないようにしてるけど……心理的にはプレッシャーをかけられる。
しょーたのプレーを無駄にしないためにも、甘く入ってきたストレートを絶対に逃さん。
そして前の打席でセンターの『魔術師』低井田にホームランキャッチされた分まで取り返してやる!
「オージロウ! なんややたらとヤル気が漲っとるやんけ。せやけど今回も打ち取る……いや今度こそ三振に仕留める!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さあ来いや! 今度こそスタンドに放り込んでやらあ! センターが助けられないくらいに完璧のをなあ!」
「どこまでもナメ腐ったガキやのう……お前にだけは絶対に打たせん……!!」
頭崎の集中力が急激に増していくのを感じる。ひょっとして怒りをパワーに変えるタイプか……だとしたら煽り返したのは失敗か。
いや、この方が面白い。全力で投げたボールを真芯で捉えた時の感触は何物にも代えがたい気持ちよさだからな……!
そして初球……から3球続けて。
「ボール! カウント3−0!」
「なんやねん頭崎! イザとなったら逃げ腰か! ガッカリさせんなや!」
「いいぞ! このままエースを引きずり下ろしちまえ!」
なんか拍子抜けだな。投げた瞬間にボールとわかる……でも頭崎の名誉のためにいえば、ビビってるのではなくやたらリキんでる。
まあこれが荒れ球ピッチャーの運命だわな。リキむほど制球がままならなくなる。
そしてストライク欲しさに甘く入ってきた威力のないボールを仕留める……と考えてたら、頭崎がなぜか不敵な面構えに戻った。
「そろそろ掴めそうなんや。ワシがずっと追い求めてきたモノを投げられそうな感触がな」
どういう意味……を確認する間もなくヤツはセットポジションからモーションに入る。
「これが正真正銘の170キロ……打てるモンなら打ってみい! だりゃあああっ!!」
なんだと……だがブレて外角高めにきたストレートを狙っていく!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「……ストライク!」
「ホンマに来たあー! 頭崎も170キロ!」
「オージロウがちょっと振り遅れてた!」
クソッ。単に170キロってだけじゃなく、威力もノビも十分……それでブレてくるから判断も一瞬遅れちまう。
阿波もミットで捕りきれず、プロテクターで受け止めたほど。
でもすぐにミットに収め直してた。どんだけ頑丈なんだよコイツ。
だがボールの軌道はだいたいわかった。次こそは。
「ファウル! カウント3−2!」
まだズレがあった。だけど次はイケる……!
広角に打てるオレにとってはレフト側へ弾き返せば判断の遅れも十分に取り返せるのだ。
「オージロウ……また不気味に笑いやがって、けったくそ悪いのう! せやけど、その顔を悔しさで埋め尽くしたる……これがワシの、ホンモノのストレートじゃあ!」
なんだと。あの自信、まさかまだ……!
「行くでしかし! だりゃああああっ!!!」
速い! だがオレのスイングが負けるか!
「うりゃああああっ!!!」
バゴオッッ!!
「な? ボールは何処へ?」
「前には……スタンドには、行ってないよな」
「じゃあファウルチップ……いやミットには無い」
スタンドがざわつくのも無理は無い……まさかの事態がオレの目の前で起きている。
「なんや! 前が見えへん! ボールはどこへいったんや!?」
慌てる阿波に言ってやったほうがいいのか……と戸惑っているうちに球審が宣言した。
「ボールデッド! 投球がキャッチャーのマスクに挟まってる! ファウルチップは無し」
「マジかよ……あんなの初めて見た」
「これってどうなるの? 三振じゃないの?」
オレも初めての事態でルールが思い浮かばない……果たして球審の判断は。
「ルールに従い、バッターとランナーにそれぞれ一つずつ進塁権が与えられる! 従って3塁ランナーがホームインで1−1の同点となります!」
「うおおー! マジかよラッキーじゃん!」
「んなアホな! せっかく171キロ出て怪物を空振りに仕留めたのに〜!」
結果的には振り逃げと同じか。やれやれ。
トボトボと歩き出すオレの背後でホームインした阿戸さんの喜びの声が聞こえてきた。
でもオレは……171キロを捉えられなかった。恐らくは頭崎の望み通り、顔は悔しさでいっぱいだろう。
対照的に頭崎は同点に追いつかれたってのにオレに向かってドヤ顔……分かりやすいことで。
2打席連続でヒットを打てなかったのはたぶん初めて。この悔しさは忘れずに、次の打席で晴らしてやる……!
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は7月15日(水)の予定です
よろしくお願いします




