第58話 掴みかけたことを思い出す
「ふううっ。みんな、お待たせ〜」
控えキャッチャーの勝崎さんがそこそこの駆け足で、内野陣が集まるマウンドへとベンチからやってきた。
3回表、ワンアウトながらランナー一塁。この状況でウチのベンチは早くも1回目の伝令を送り込んできたのだ。
まだ序盤なのに……だけどベンチが心配するのも分からんではない。
相手先発ピッチャーの頭崎が絶好調なので、ズルズルと点差を離されるのはマズいという判断なのだろう。
「で、何をしに来たんですか?」
「オージロウ……相変わらず空気読めないな。勝崎さんに特別な策なんてない、間を置いてお前を落ち着かせるのが目的だ」
「なんだよしょーた、エラそうに! オレだってそのくらいわかってらあ! だけど一応聞いただけじゃねーか!?」
「なに〜! おれのどこがエラそうだってんだ!」
「あのさ、俺からすればどっちも失礼なんだけど。まあお察しの通りただの時間稼ぎだ、策なんて無いよ。へへっ」
「すみません……しょーたが余計なこというから」
「なんだとコイツ、人のせいにして!」
「いちいちケンカしない! 普段は仲いいくせになんでマウンドだとここまでいがみ合うんだろうね」
ふんっ! とオレはしょーたから顔を背けて黙ったが、しょーたは勝崎さんと話を続ける。
「ハリーへの配球はどうします? やっぱ高めは危険ですよね?」
「だけど低めだけじゃアイツは抑えきれんだろ」
あーだこーだと2人が意見を交わしているところで、ふとウチの側のアルプススタンドに目を移す。
姉ちゃんたちに何か動きは……無さそうだ。
つまり兄ちゃんはまだ姿を現していないということ。
それはいいとして、なんとなく違和感を感じる。
相変わらず腕組みして腰を下ろしている姉ちゃんは、まだ帽子を深くかぶってツバで顔を隠しているんだけど。
バレないようにとか無駄だと思うが、ホント何が狙いなんだか?
そして左右に座っている由香里さんと仲尾さんも。
いつもはもっと姉ちゃんにベッタリな感じでくっついているのだが……そこまでじゃなくて。
なんていうか、臨戦態勢みたいな雰囲気を感じるんだけど……兄ちゃんが現れた際に備えてだろうか?
でも彼女たちはあくまで協力者であり、そこまで気を張らなくてもいいのに。
「おいオージロウ! 話をちゃんと聞いてたか?」
「えっ。あっ、その、あの」
「まったく……まあいい、おれの要求通りに投げてくれればいいからさ!」
「わかった」
「それじゃ俺はこれで引き上げるから」
みんなそれぞれの守備位置とベンチへと戻っていき、マウンドにオレはポツンと一人取り残される。
なんか寂しいな……いやいや、ピッチャーとは孤独なものなのだ。ここからは気を強く持ってバッターと対峙しなければならない。
そして既に左打席に立つ浪速筋高校の不動の1番バッター、ハリーがまたなんか言ってきた。
「前の打席ではお前の『挨拶』を返してやったというのに、まだまだ礼儀がなっとらん。もう一度『喝』を入れてやらんとダメだな」
「……そりゃどうも、すみませんねえ」
「相変わらずのふてぶてしい物言い……やはり今すぐ喝じゃ!」
なんだよ、場を収めるために渋々こっちから頭を下げてやったというのに。
結局、オレが何を言ったって喝だとか返して、先輩風を吹かせたいだけに決まってる。
で、初球は……うーん、なるほどねえ。
ランナーに気を配りつつ、セットポジションから投球モーションに入る!
「うりゃあああっ!!」
「おっと。つまらん」
ズバンッ!!
「……ボール!」
内角低め、最初からボール球で入った。
基本はやはりストライク先行……しかし前の座席でオレのストレートを完全に捉えてきたコイツにいきなり真っ向からというわけにはいかない。
というのがしょーたのリードだろうけど、オレの方で対策がない以上はその通りに投げるしかない。
そしてスタンドは敵味方とも別の意味で盛り上がってんなー。
「怪物がビビっとるぞ! ここでツブしてまえやハリー!!」
「だいたい怪物とか言ってコイツは気に食わん! いてまえ!!」
「あーあ、オージロウでもここまでなのか。ガッカリだ〜!」
うっせーな、好き勝手言いやがって。
結果で黙らしてやるから待ってろ……しかし1塁からもうっとうしいのがなんか言ってくる。
「どこまでもベースから離れられるやで〜! ウヒョヒョ!」
「このっ!」
「あひぃ! ちょい危ねえ!」
「セーフ!」
ランナーの低井田がチョロチョロと……だけど浪速筋高校は1回表もエンドランを仕掛けてきたりと、意外にも機動力を使ってくるから油断できない。
ランナーにギリギリまで視線を向けて、2球目を要求通りに投げる!
「うりゃあああっ!!」
「外角高め、ミエミエじゃい! かーーつっ!!」
バコォーッ!!
ヤバい、レフト線にとんでもなく速いライナーが!
「ファウル!」
コイツとんでもねえな。高めのノビる169キロを……。センバツでは革新学院の江側たちが抑えたらしいが、信じられんな。
「少し手元が狂ったか。だが次はそうはいかん! センバツの無念を晴らすべく、毎日腕に重りを付けて素振り1000回こなしたんじゃい!」
なんだよ、その亀◯流みたいな鍛え方は。
でもヤツのスイングスピードは確かにオレに勝るとも劣らない。それがセンバツからパワーアップした秘訣らしい。
じゃあどうやって……。いや、まだオレはできていないことがある。
準々決勝で掴みかけた投球の極意のようなもの……あれをやれるだけやってみよう。
とりあえずしょーたの次の要求は……敬遠だと?
しかし即座に首を振ったオレは、次のサインを恐る恐る出してきたのを自信満々に頷く。
それに意気を感じたのか、しょーたも覚悟を決めたようにサッと構える。
スッと右足を上げて。
無駄に力まずに踏み込んで体重移動を始めて。
いつもよりコンパクトなテイクバックを心がけて……最後に鞭の先端のように左腕と手首を振り抜く!
「うりゃあああっ!!」
「……まだ速くなるんか!? じゃけんど!!」
バコッ!!
「ファウル! カウント1−2!」
3球目は外角低め、前より確実にキレを増した実感があった。それでも当ててくるかコイツ。
そっか、まだ足りてないものがあった。
4球目はいつものあのコース。
できるだけ無駄を省いた投球モーションから。
最後の最後、指を離す瞬間に目いっぱい回転をかけながら腕を鞭のように振り抜く!
「うりゃあああっっ!!!」
「内角の高め……悪いが一番振り抜きやすい! かぁーーーつッ!!!」
ズバンッ!!!
「ストライク! バッターアウト!」
「出たあああーーっ!! 遂に国内最速171キロ!」
「一気に最速を2キロ更新だああー!!」
自分でも驚いた……そこまで考えてなかったから。
そしてさすがのハリーも呆然と立ち尽くしてから引き上げていった。
但し代償もあった。バッターに集中するあまり低井田に2盗を許したのだ。
そして次は2番バッターの頭崎なのだが。
「……よくも、よくもワシの目の前で先に170キロ更新しやがって……!! ワシが、このワシが最初に突破するはずやった壁を……!!!」
怒りに打ち震える姿にちょいと戦慄を覚えた。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
更新時に多くのPVをいただいて連載の励みになっております
次回更新は7月10日(金)の予定です
よろしくお願いします




