第55話 荒れ球
「こうなったらよぉ〜、俺が先頭打者ホームランで取り返してきてやっから! 待っとけオージロウ!」
「もちろんお願いします、阿戸さん!」
浪速筋高校との準決勝は1回裏、ウチの攻撃が始まるところだ。
表はいきなり相手の猛攻を食らったけど..…阿戸さんたち野手陣の好プレーと連携に助けられて失点はなんとか1点で凌ぐことができた。
つまり試合の流れを取り戻すチャンス……できればここで同点、いや一気に逆転を狙いたい。
そして反撃の狼煙をあげる1番手は、その阿戸さん。アッパースイングで低めをカチあげるパワフルなバッティングが魅力的だ。
だがこのところ調子が下降気味なので、今日は気分転換も兼ねてトップバッターとして起用されている。
その効果でヤル気がみなぎる阿戸さんなら期待が持てそう……ぜひ一発カマしちゃってください!
と勢いづこうとするオレたちへと冷水をぶっかけるかのように、マウンドから暴言が聞こえてきた。
「オージロウは3番。つまり、まずは1番2番とザコの相手せなアカンねんな。はぁ〜、なんやダルいのぉ!」
いかにもダルそうなその声の主は、相手先発ピッチャーの頭崎。
それにすかさず反応したのは……やはり阿戸さんであった。
「誰がザコだコラァ! そんなにカチあげられてーか!!」
あちゃー。両者、早速睨み合い……というかヤンキー漫画の如くメンチの切り合いが始まった。
「阿戸さーん! 落ち着いて冷静にいきましょう!」
「俺は最初から冷静に決まってるだろーが! 余計なお世話してくんじゃねえ!」
どこがだよ。そんな波乱含みでプレイ再開……なんかもう、悪い予感しかしない。
そしてワインドアップからスリークォーターの角度で、頭崎が右腕を振り抜いてくる!
「そういや低めが得意やったのう。これでどないや! だりゃああっ!!」
「どうもこうもボール球……んんっ!」
ズバンッ!!
「……ストライク!」
「決まったー! いきなり初球から167キロ!」
「相変わらず惚れ惚れする速さやで〜!!」
ひええっ……甲子園から近い大阪代表っていうのもあって、ストライクだけで大歓声が凄まじい。
頭崎は現時点でオレと並ぶ最速169キロを投げる男。
確かに速い……そして低めボール球がホップしてノビてきて、ストライクゾーンをかすめた。
オレと違って低めの方がノビるということなんだけど、それにしてもえげつない。阿戸さんにスイングを躊躇させるとは。
そしてテンポ良く、もう2球目を投げてくる!
「喜べや! お前の得意な低めで仕留めたる! だりゃああっ!!」
「何が仕留めるだコラァ! 膝をめがけて投げやがって……おおっ!?」
ズバンッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
「よっしゃ! もう追い込んだ!」
「今日もエエ具合に荒れてる! いてまえー!」
なんか阿戸さんが思わず足を後ろに引いたけど……投げた瞬間は身体に向かってくるように見えたのか?
頭崎は単なる速球王ではなく、『荒れ球』で有名でもある。
調子いい時はビシバシとコーナーに決まって手が付けられない……らしい。
だけど去年のセンバツから4期連続出場しているにも関わらず、ここまでは全て準決勝止まり。
なぜなら、敗れた試合は例外なくストレートが甘いところへ行って痛打されている。
だから古池監督の指示は、ボール球を見極めるために序盤は待球策で行こうってことなんだけど。
残念ながらここまでは裏目に出てる。次はどうする阿戸さん……!
だが考えさせてはくれない。もう3球目が来る。
「これでトドメじゃあ! だりゃああっ!!」
「なんもせずにムザムザやられっかよ! オラァッ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「おっしゃあ! あっさり三球三振で好発進や!」
「ド真ん中168キロで完全に振り遅れさせたったでしかし!!」
関西弁の怒号が球場内を飛び交う……聞いてるだけでプレッシャーだよこれ。
そして頭崎はドヤ顔でマウンドから煽ってきた。
「おおっと、しもた。ストレートがノビ過ぎてド真ん中いってもうたわ〜、スマンのう!」
「……クソがっ!!」
低めからド真ん中に入ったボールを完全に振り遅れて空振り……顔を紅潮させて戻ってくる阿戸さん、そっとしておこう。
そして今日の頭崎はどうやら絶好調のようだ。しかも投げた直後はボール球に見えてストライクに決まるという、最も厄介なパターンの荒れ方で。
「オージロウくん! 当初の方針にとらわれずに、打てると思ったらスイングして構わないよ!」
「うっす」
古池監督も自分の作戦にこだわってる場合じゃないと悟ったようだ。
それじゃバットとヘルメットを持ってサークルへと参りますか。
2番はしょーた……できるだけ粘ってくれ、オレがヤツのストレートを見極めるためにも。
と、その前に。
姉ちゃんたちは、今日はどの席で応援してくれているのだろうか。
準々決勝では姉ちゃんが内野指定席、由香里さんがレフトスタンド、仲尾さんがライトスタンドという布陣で兄ちゃんが現れるのを待ち構えたのだが……。
いたいた。だけど妙だな。
姉ちゃんは連合チーム側のアルプス応援席で、腕組みをしてデンと構えるように腰を下ろしている。
そしてその両隣には、姉ちゃんを挟み込むようにくっついている由香里さんと仲尾さんの姿も見えた。
……うーん。なんていうか、何がしたいんだ?
というのも姉ちゃんは、なぜか目元を隠すようにして◯ューヨーク◯ンキースの帽子を深くかぶっているのだ。
どういうつもりだよ。今さら顔を隠したって無駄だと思うんだけど……。
オレが分かるんだから兄ちゃんにだってバレバレに決まってる。
もしや、目からビームが出る装置でも装着してたりして……って、んなわけないか。
それにアルプス席以外はどうするつもりだ。諦めるつもりか?
それとも、何か秘策があってあえて隙だらけにしてるのか。
まあ姉ちゃんのことだから、オレには思いもつかない考えがあるのだろう。ここはもう任せよう。
あとは兄ちゃんが現れるのを待つだけ。その保証も無いんだけど……そうするしかない。
ちなみに、この前の出来事はウチの両親から警察には報告済みで、球場周辺に警官の巡回を増やすという連絡を密かにもらってる。
機密保持のため他言はできないが……できうる限りの態勢は整えてあるのだ。
「ストライク! バッターアウト!」
えっ?
まさか、もう終わっちまったのかしょーた?
「ソッコーで連続三球三振! シビれるで! かしらざきー!!」
「このままオージロウもやってまえー!!」
ひいっ! なんかやな雰囲気だな。
結局、見極められないまま打席に立つことになったが……まあいい。結局は来たボールを振り抜くだけさ。
<あとがき>
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次回更新は7月3日(金)の予定です
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